白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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15:47層*竜と舞う円舞曲(ワルツ)

 手伝ってくれ。そう言われて降り立ったのは47層《フローリア》辺りは一面花、花、花! 最前線で攻略対象だったときはそうでもなかったのに、いまやデートスポットと化していて一人で来るのにあまり居心地の良い場所ではなかった。なんとなくケープを目深にかぶる。今ならなぜあの時ディアベルがこの場所を指定したのかわかる。キリトに指定された時間はお昼過ぎではあったが、中層プレイヤーを連れてきているだろうことは予想できたため、なんとなく早めに来ていた。それに、《思い出の丘》に行くと言っていたと言うことは連れているのはビーストテイマーなのではなかろうか。攻略組にはビーストテイマーはいない。どんな人がなれるのか、純粋にそこにも興味はあった。《タイタンズハンド》を牢獄エリア送りにする手筈以外は何の相談もしていない、だから彼らがどういう行動をするかは全く聞いていないので暫くの待ちぼうけは覚悟だ。一度辿った道を歩み取り敢えず軽く狩りでもすることにした。

 

「キリトさーん」

 

 知らない声がよく聞き覚えのある名前を呼んでいるのが聞こえた。その声が女の子のものであることに少し胸が騒いだ気がした。声の方に視線をやると、赤い装備に身を包んだツインテールの可愛い少女といつも通りの真っ黒なキリトがそこにはいた。

 まさかビーストテイマーと思われるプレイヤーがあんな少女だとは思わなかった。そもそもこのゲームは13歳以上推奨と言うレーティングがあったはずだが…ギリギリクリアしてのことだろうか。それ程に少女は幼く見えた。はしゃぐ妹にそれを微笑ましく見つめる兄。まさにそんな図だった。

 

 戦闘はキリトが支えていることもあり、危なげなく進む。レベルは低くとも少女の武器の取り回しも慣れたもので、状況が違えば攻略組にいたかもしれない。ダガーはリーチが短い分、敵に接近をしなければならないがそれに臆することのない度胸もある。いいプレイヤーだなと純粋に思った。そして気になるのは彼女の使役していたモンスター。幼さを残す彼女に強面の厳ついモンスターは似合わないし、あまり弱いモンスターでも足手まといになってしまう。それなりの戦闘を重ねてきたことはみてとれたので

「レアモンスター…?」

そう結論付呟いてから慌てて口を被った。《隠蔽》スキルを使用してはいるものの、言葉を出してしまっては意味がない。

 そもそもこのスキル、あまり向いていない。特に危険もなさそうなことが確認できたので、予定の時間まで別途時間を潰すことにした。

 

 

 

 約束の時間、フローリアに差し掛かる小橋のところで。本音か冗談か分からないがディアベルに想いをぶつけられたのもココだったなと苦笑いする。《隠蔽》を存分に発揮しつつ、回りに意識を巡らせると…いる。キリトの見立ては見事だった。レアアイテムを取りに行けば奪いに来るだろう。そこを迎え撃つ、というのがおおまかな作戦だった。そこらのオレンジプレイヤーにやられるほど私たちは弱くない、ただ同行の少女は分からないため何かあったときに援護、保護するのが私の役目だ。

 キリトと少女も時間にやや遅れその場所に姿を表した。並んで歩いてきた少女の肩を叩き、キリトは少女の動きを止めた。

「キリトさん?」

少女の疑問には答えず、前方を睨み付け、いつもより低い声で言い放つ。

「そこで待ち伏せてるやつら、でてこいよ。」

 それはもちろん私のことではなく、思ったよりも簡単に姿を表したのは、マーシーに聞いた通りの女性。赤髪の槍使い。そして結構美人…。時に容姿は騙す道具にもなり得る。

「ロザリアさん!?」

何も知らない少女が女性の名前を呼び、推測は確信へと変わる。

「私の《隠蔽(ハイディング)》スキルを見破るとは 中々の《索敵》スキルだね。剣士さんのこと侮ってたかしらぁ。」

威圧するよう、どこか媚びるように言う女性、美人は凄むと迫力がある。

「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットで来たみたいね。おめでとう、シリカちゃん。」

不気味に微笑むロザリアに少女、シリカが怯んだのが見えた。

「さぁ、折角だけどこっちに渡してもらおうか!」

 かなりの声量で威嚇される。もちろんそんなものに動じるキリトでもなく、不敵に応じた。

「そうはいかないな、ロザリアさん。いや、オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーさんと言った方がいいかな。」

 キリトの答えにロザリアは一瞬目を見張ったが、直ぐに不敵な笑みを浮かべた。

「へぇー…そこまで知っててよくそこの子にノコノコ付き合ったわね。あんたバカなの? それとも、おこちゃまアイドルにたらし込まれちゃったクチなのかしら。」

 下品なその発言に思わず飛び出しそうになる。まだ幼い彼女には聞くに堪えない侮辱だろう。キリトの視線を感じ、向こうがこちらの位置を把握していることを悟り、目で諌められる。ここで飛び出しては目的は果たせない。思い止まった私を確認してキリトは視線を前に戻した。

「そんなんじゃないさ、俺もアンタを探してたんだ、ロザリアさん。それに聞こえなかったか? 俺は隠れてるやつら、と言ったんだ。」

 キリトの台詞にロザリアの表情から笑みが消え、パチリと指を鳴らした。すると木陰から《隠蔽》を解いた男達が姿を現す。中にはオレンジのカーソルも見受けられた。

「アンタの目的は分からないけどね、たった二人でどうにかなると思ってるんのかい?」

 ビクッと震えるシリカの肩を軽くたたき大丈夫だからとキリトは前に進み出た。

「キリトさん!!」

 シリカの悲痛な叫び声に反応したのは包囲する男たちだった。

「キリト…?」

「黒のマントに盾無しの片手剣…」

 キリトの容姿自体は売れていないものの姿の特徴や名前、二つ名は十分に流布されている。人に影響力をと言う前に自分こそ周りの評判も考えてもらいたい。男たちの出した結論は勿論、

「ロザリアさん! マズイ、こいつビーターの…攻略組だ!」

攻略組、その言葉(ワード)にロザリアにも若干の焦りが見える。

「こ、攻略組がこんなところにいるわけないだろ! ただの名を語ったコスプレ野郎に決まってる! それに、本物なら…」

「私がそばにいるって?」

我慢できずにロザリアの背後をとった。愛槍の先が彼女の背中につく。ひっと声上げるロザリア。すると混乱した男たちはキリトに向かって切りかかった。

「キリトさん!」

シリカの声が再び響いたが、私は真っ直ぐにキリトのHPゲージを見つめた。

「10秒辺り、400ぐらいかな。」

私のその呟きにロザリアが振り向く。

「アンタ、何を言って。」

「おっと、動かないでね。答えは今向こうが言ってくれるわ。」

 顎だけで方向を示すと攻撃に疲れた男達がキリトの足元に転がっていた。もちろんキリトは何もしてさえいない。混乱しているシリカの姿も見てとれる。

「なんだこいつ…。」

「どうなっていやがる…。」

 異質なものを見るように同様を見せる男たち。答えを持っているのはこの中で私とキリトだけだ。

「アンタたち9人が俺に与えるダメージは10秒辺り400ってところだな。俺のレベルは78、HPは14,500、ついでに《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルによる回復が10秒に600ある。どれだけ攻撃してもアンタたちには俺は倒せないよ。」

 キリトの静かな声に男たちは愕然とする。

「そんなのありかよ。」

1層の時、ビーターとして罵られたときのように男たちの不平が噴き出す。

「ありなんだよ!」

それを切り裂くのはキリトの鋭い台詞。

「これはレベル制のMMOだからね。たかが数字だけどそれで大きな差がつくのよ。」

勿論、私の数値がそれに遜色ないことは添えておく。

「…ちっ転移!」

 ロザリアが結晶を取り出したのを私は見逃さずアイテムを掠め取った。レベルが高いと言うことはHPだけではなく、パラメータも高いと言うことだ。同じように転移を試みたであろう男たちはそれをみて唖然とする。

「私たちから逃れるのは無理よ。大人しく言うことを聞いてくれると嬉しいんだけど。」

 笑え、出来るだけ不敵に。口許だけで涼やかに。あの一層で見たチュートリアルのローブの顔なしアバターのように不気味な雰囲気を出せ。するとついにロザリアの手から十字の槍が滑り落ちた。

「こんなとこまで降りてきて、アンタたちの目的はなんなの…。」

「俺達はギルド《シルバーフラグス》のリーダーに頼まれてアンタたちを懲らしめに来たのさ。」

「…《シルバーフラグス》?あぁあの貧乏なやつら。一人生かしてたわね。で、私らを殺してくれって?」

お人好しね、吐き気がする。口ではそう言いながらももう抵抗する意思は無さそうだ。

「あの人は…そんなことは言わなかったわ。あなたたちをただ牢獄へ送ってくれ、そう言ったの。」

「仲間を失った悲しみ、それでも殺してくれとは言わなかったあいつの気持ちがお前たちに分かるか。」

項垂れる《タイタンズハンド》のメンバーたち。

 

―コリドーオープン

 

 開かれた回廊に10人全員が消えていくのにそう時間はかからなかった。

 

 

「ゴメンね、シリカちゃん。」

 呆気にとられている少女に声をかけると状況を把握しきれないらしく、ハテナマークがたくさん浮かんでいるように見えた。

「強いとは…思ってたんですけど、キリトさん攻略組だったなんて…それに…。」

 ケープを脱いで見せるとシリカは少しガッカリした表情を見せた気がしたがそれには気付かない振りをした。

「おんなの…ひと。」

 あれだけ楽しく行動を共にしていたのだ。吊り橋効果も手伝ってシリカがキリトに恋心を抱いたとしても不思議ではない。

「私はセツナ。あなたにお詫びをしなきゃならないんだけど、ここはモンスターが出るから。」

キリトの方を振り返ると彼も頷いた。

「シリカ、ピナも生き返らせなきゃ。一先ず町に戻ろう。」

 キリトから差し出された手にシリカも歩を進めた。

 

 

 

 35層のシリカの宿に戻って腰を落ち着けた頃、ようやく状況を把握したようだった。キリトがシリカを助けた残りの目的。攻略組なのに35層まで降りてきていた理由。…そして二人が有名プレイヤーであると言うこと。

「すごいですね、《舞神》さんの噂は私も聞いたことがあります。」

「セツナでいいよ。そんな大したものじゃないの。」

「そうだぞシリカ。こいつは調子にのせるととんでもない!」

「あんたはちょっと黙ってて!」

 二人のやり取りにシリカが再び寂しそうな顔をする。セツナが現れるまでは自分の恋人のように思っていたのかもしれない。

「そ、それより! 本当にごめんなさい。シリカちゃんを囮にするような形になってしまって。」

「いいえ。私こそキリトさんがいなきゃピナを生き返らせることなんて到底できませんでしたし、もしかしたら殺されていたんですよね。だから、ありがとうございます。」

 深々と頭を下げるシリカに47層に向かった目的を思い出させられた。

「そうだ! シリカ、ピナを早く生き返らせてあげよう。」

 キリトがそう言うとシリカは深く頷き、アイテムストレージから《ピナの心》…そして《プネウマの花》を取り出した。《ピナの心》は青く光る鮮やかな羽根。それだけでどんなモンスターだったのか心が躍った。シリカは大切にそれを机に横たえると、プネウマの花を強く握りしめ、祈るようにその滴を羽根に落とした。

 

 羽根は強く輝いてから目を開けていられないほどの目映い光を放った。そして、その光の欠片が集まった先には、ピナの心と同じ、鮮やかな青い小型の竜のモンスターが横たわっていた。

「ピナ! ピナ!!」

シリカの呼び掛けに竜は瞳をゆっくりと開いた。

「ピナ!!」

 シリカの声が一際大きくなり、ピナもそれに応えキュゥゥンと鳴いた。

 それは見たことのないモンスターだった。円らな瞳が愛らしく、シリカに擦り寄る姿を見るからに彼女がいかに大切にしていたかが見てとれた。

 熱い包容を交わす一人と一匹に気を使い私たちはそっと、姿を消した。

 

 

 外に出ると夕闇がもう町を包み込んでいた。

「良かったね。シリカちゃん。」

 もう彼女達が離れることはないだろう。少し強くなり少し自分を知った彼女がピナを手放すことは考えがたい。

「俺、シリカを見て帰りたいと強く思ったよ。」

 空を見上げそんなことを言うキリトに視線を奪われる。キリトが現実(リアル)の話をするのは珍しい。

「妹と…もっとちゃんと向き合いたい。」

 そんなキリトの言葉に胸の支えが降りた気がした。その言葉の中に自分も含まれてるとは露程も思わず。

「明日も、生きなきゃね。」

 前線から5日も離れてしまった。早いところ戻ってケイタの言うように、自分達とみんなをこのゲームから脱出させるために私たちは毎日戦うのだ。




シリカとセツナをどう絡めていいのか正直悩みました。
シリカはレーティング無視なんですよね。キリトとは二つ違いで直葉と同い年…と思っていますが直葉の方が年上に見えますね。

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