白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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17:56層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い①

 それは56層でのフィールドボス攻略会議でのことだった。

 

「ボスを町まで誘い込みます!」

 アスナその一言に会場は騒然とする。

 それはつまり…

「ボスがNPCを襲っている間に叩きます。」

なんとも残酷な作戦だった。それに真っ先に反論したのはなんの後ろ楯も持たないキリトだった。おそらく不平不満は持ちつつもギルド間抗争に発展すると厄介。口にできない参加メンバーは少なくなかっただろう。

「俺はその作戦には賛同できない。」

 パリッとしたその言葉に直ぐ様アスナの射すような視線が飛んでくる。

「今回、56層フィールドボス戦の作戦指揮を任されているのはこの《血盟騎士団》副団長のアスナです!」

 どうして彼女はこんな風になってしまったのか。強くなる、そうは思ったけれども最強ギルドの副団長まで上り詰め、攻略のためなら手段を選ばない…そんな攻略の鬼にまでなってしまうとは。

「私もキリトと同意見だわ。NPCだって」

「生きている、とでも?」

 私の台詞にもすぐに強い切り返しが飛んできた。

「アレはオブジェクトです。消滅しても一定時間経てばまたすぐに、ポップするのですから。」

 草や木と同じ。私たちと会話をするNPC。人の形をしたそれを彼女は物体(オブジェクト)と言って切って捨てた。クリアするまでこの世界から抜け出せない。私たちはここで生活し、生きている。例え私たちと違って命は無限であっても彼らは私たちと生活を共にしている。そんなNPCを切り捨てるなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない。

「…要は囮がいるのなら、俺たちが引き受ける。だからそれは撤回してもらえないか。」

 キリトも同じ気持ちなのだろう。何の関係もない彼らに囮役をやらせるのなら、キリトの台詞に私も、強く頷いた。

 そうなるとまた周囲は騒がしくなる。ザワザワと意見の交換が取り交わされる。一番の攻撃特化(ダメージディーラー)の二人が攻撃に回らない。それはそれで大問題だ。アスナもそれは十分に分かっている。

「…ダメです。あなたたちは壁戦士(タンク)じゃないんです。」

「平気よ。全部パリィするし…《戦闘時回復(バトルヒーリング)》だってあるもの。」

 それでも引けない。NPCを切り捨てることはこの世界を否定することに思えた。

「あなたは…!またそんな無茶なことを!」

 今回は指揮と言う立場からか、一線を引いた言葉遣いも変わらない。アスナにとって、プレイヤーの命は大切なのだろう。それは私も例外ではない。だから、プレイヤーなら本気で心配もする。でも、まだ彼女にとってここは《現実(リアル)》ではなく、脱け出すべき場所。あくまでも《仮想世界(バーチャル)》には違いない。1年以上もここに生きていてそう思えることはこのゲームをクリアするには必要なことだろう。ただ蔑ろにしてはいけないものだってある。

 

「まぁまぁ、どっちも言ってることは分かるよ。ただこれは会議だからな。押し付け合いは良くない。」

 

 互いに譲らない状況、割って入ったのはエギルだった。一層から一目置かれている彼。彼の登場に騒々しい雰囲気が一気に落ち着いた。

「アスナの犠牲を最小限にと言うのも分かるが、個人的なことを言わせてもらえば俺も人形(ひとがた)のものが怯え、殺されていくのは見たくないがな。」

 両者を思いやりつつも自分の意見はしっかりと主張する。一層から彼が信頼されているのは絶対的な倫理観だろう。さすがのアスナも押し黙る。

「納得のいかない戦術に士気が下がってはどうしようもないだろ。皆が思いきり戦える方法を探してはどうだ。」

 更に続けられたエギルの言葉に会議は安堵の空気に包まれた。ただ、アスナが、はいそうですね、と引き下がれる性格をしていないことを私たちは知っている。アスナの次の発言に注目が集まる。

「なぁ、アスナの言う通りにするかもう一度考えるか、デュエルで決めないか。」

 キリトの助け船にピクりとアスナの眉間が動いた。

「いいわ。それならみんな文句ないわね。」

 やれやれとエギルは最初に座っていた場所に戻る。それはキリトに対する信頼だろう。そして純粋なる興味もあったかもしれない。《閃光》と《黒の剣士》はどちらが強いのか。今度は周り中そちらに興味を惹かれて攻略会議どころではなくなった。

 ただ1つ私には心配なことがあった。キリトは基本的に優しい。女の子相手に本気で戦えるのか。相手は《閃光》。手加減はもちろん気の迷いがあって勝てる相手ではないだろう。

 

「そのデュエル、私がやるわ。キリトが出るまでもない。」

 

 ならば確実に。私とて100%アスナに勝てる自信はないけれどもし、キリトに迷いがあればそれよりは確率は高いだろう。

 

―出るまでもないって、ビーターより《舞神》の方がつえーんじゃねぇの?

 

―バーカ、《舞神》だって元々ビーターだよ。

 

―いや、俺はキリトの方が強いと思うね。

 

―キリトと《舞神》は《舞神》が勝ったんだろ?

 

―しかし見物だろ。《閃光》と《舞神》。

 

 好き勝手な会話が飛び交う。その空気にアスナは大きく溜め息をついた。

「もう、どっちでも良いわよ。まさか簡単に勝てると思ってないでしょうね。」

「もちろん。《閃光》サマとやれるなんて光栄だわ。」

「どの口が言うのかしら。」

 そう言いながら会場の扉を開き表に出る。それに続き私も部屋を後にするとガタガタと音をたて皆が立ち上がった。そんな面白いショー、見逃すわけにはいかないといった様子だ。一応会議の一貫なんだけどお気楽な連中。だからこそ今まで生きてこれたのかもしれないけど。

 フィールドに出てアスナと向き合う。申請されたデュエルには当然《初撃決着モード》を選択した。

「私は、どう思われようと一番効率的な方法を選ぶ。」

アスナの剣が抜かれ、右足が前に出て構えられた。

それに倣い背から愛槍を抜き、〆を描くように素振りをしてから構えた。アスナは速い、そして正確だ。私が上回れるとするならば間合いと破壊力。牽制に回るなら中段…。レベルが近い者とのデュエルは技量もそうだが意思力も重要だ。

「バカにしないでよ。」

 選択したのは上段に構えることでの挑発だ。アスナのその台詞が引き出せたと言うことは成功したと思っていいのか。打ち込む隙が出来るこの構え。賢い彼女なら当然にそう判断するだろう。デュエルは開始前の60秒間が肝だ。ここの駆け引きで雌雄が決してもおかしくはない。

 

時計の針が0になる。

 

「っ!!!」

 

 瞬間、アスナの剣閃が飛んでくる。《ペネトレイト》。そもそもが凄まじいスピードの貫通系の技。アスナが行うとそれは本当に瞬く間。

 

 でも、大丈夫。見えてる。

 

 後ろにスライドするように大きく飛び、思いっきり弧を描くように愛槍を降り下ろす。

 

キィィィィン

 

大きく鋭い金属音。しかし休む間もなく剣技が降ってくる。縫うように間合いを詰めて来ようとするが、柄を回転し弾く。

中、遠距離の攻撃では間合いからして私には勝てない。攻撃は届かず全て弾かれてしまう。アスナの表情に焦りが見えたように思えた。頃合いだ。

《ソニック・チャージ》。アスナと同じく突き系の技が得意なのは私も同じ。懐に思いっきり飛び込むが()()を当てるのが目的ではない。地にそのまま武器を突き刺し、別のスキルモーションを起こす。

 

「決まったな。」

 

キリトのそんな声が聞こえた気がした。嫌なやつ。

 

「はぁっ!」

 

武器を軸に水平蹴り技の《水月》を繰り出し、アスナの足許に叩き込んだ。

 

 何が起こったかわからない表情(かお)をしてアスナが吹っ飛ぶ。白く浮き上がるwinnerの文字が、空中で勝負の行方を示していた。

 

 武器以外での決着に周りが唖然とする。そうそうデュエルなんてしないけれどももう奥の手にはできない。体術スキル。条件さえ満たせば誰でも入手できるがそう知られていないエクストラスキルだ。

「セツナも修得してるなんて知らないわよー!」

アスナのそんな叫び声が響き渡る。()と言うのはどっかの黒の剣士も修得してることを彼女は知っているのだろう。

「ゴメンね。剣で決着つけた方がスマートだとは思ったんだけど。」

 アスナに、謝りながら手を差し出す。体術を使わなくとも勝つ算段は無くはなかった。ただ、確実性をとりたかった。

「いいわよ、もう。分かりました。異論はないわ。会議に戻りましょ。」

 私の手に仕返しと思いっきり体重を預けながら起き上がると、アスナはスタスタと会議場へ戻った。武器の攻撃力と言うサポートがない分、威力がさほど大きくないのも体術選択の理由だったのだけど。

 思わぬ決着に周りの評価は割れていた。剣技ならアスナだとか、勝ちは勝ちだとかなんとか。もう、好きにして欲しい。めんどうだから情報屋たちの拡散だけは止めておこうと思った。

 

 

 

 それから会議は無難に終了し、NPCの犠牲も出すことなく、私たちが囮をすることもなく攻略の指針は定められた。バラバラと解散するなかスキンヘッドの巨体に呼び止められる。

「なんでお前さんたちと副団長さんはそうなんだ?」

「きっと相性が良くないんだよ。」

 キリトが肩を竦め答える。一層の時から確かに二人はあまり表面的には仲は良くない。ただお互いに認め合っていることは確かで、戦闘となると背中合わせで、また隣通しで戦うコンビネーションは見事なものだ。それは、相棒(パートナー)の私ですら驚くぐらいに。

「…お互い素直じゃないだけよ。」

 それが私の素直な感想だった。

「まぁ、なんにせよ良い作戦が立って良かったな!頼りにしてるぜ。二人とも。」

 ポンポンと私たちの肩を叩いた。そしてキリトと肩を組むと、ちょいと借りるぜ、と遠くへ連行していく。

 そんな彼らを適当に眺めていたら今度は青髪の男が寄ってきた。

「相変わらず無茶をするね、君たちは。」

「お陰さまで、それが取り柄ですから。」

 今ではキリトの次に私を理解してくれてるだろう存在だと思っているディアベルだった。

「あんな奥の手をもっているとはね。でも、ケープをとればもっと簡単に勝てたんじゃないか?」

 そう、今回のデュエルで私はケープをとらなかった。

「さぁ、どうかしら。対人は駆け引きも勝負の内よ。」

 それもアスナを挑発する材料だったのだが果たして効果は分からない。

「食えないね。俺としてはその髪が舞うのも見たかったんだけど。」

 そう言ってディアベルがケープに手をかけようとすると私たちの様子を見ていたのか、アスナの《リニアー》並みの速度でキリトが飛んできて、彼の腕を掴んだ。

「…お姫様の髪を暴くのには騎士(ナイト)の許可がひつようかい?」

「ったく、油断も隙もねぇな。」

キリトの飛んできた方向を見るとエギルがひらひらと手を振りその場を後にしようとしていた。

 思わず溜め息をつかざるを得ない。

「なんでディアベルのこと目の敵にするかな。これでも結構いい人だよ。」

「これでもは余計だよ。」

 キリトは珍しく彼に対しては敵愾心を露にする。色々助けてくれたり、気遣ってくれたり悪い人じゃない。ギルドを率いれているのもその証拠だろう。

「攻略組同士仲良くしなよ。…直近アスナと揉めた私が言えることじゃないけど。」

 そう言うとディアベルは吹き出し、キリトは微妙な表情を浮かべた。

騎士(ナイト)サマも苦労するね。」

 そしてディアベルの方は実に親しげにキリトの肩をぽんぽんと叩き、去っていった。

「なんだったの?」

ぽかんと間抜けな顔で見送り隣の相棒に尋ねる。

「…お前は知らなくて良いんだよ。」

 呆れたようにそう吐き捨てると相棒もさっさとホームの48層に向かって歩き出した。

 

 近頃の私は大分みんなに守られていると、支えられていると感じるようになった。キリトを始め、ディアベルにエギル。サチは勿論《月夜の黒猫団》のみんな。そしてリズ。

 アスナを見ていると心配になる。彼女が心を許し、助け合えるような存在はいるのだろうか。可能ならば私が…。でも今はそれも叶わない。もどかしい思いを抱え私も56層の町を後にした。




空気だったアスナにようやく!
圏内事件に続きます。二人のデュエルが書きたかっただけです。
ちなみに現状ヒースクリフ>セツナ=キリト>アスナ>ディアベル=エギルです。参考までに。

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