祝福するような柔らかい風
暖かく包み込まれるような陽気
こんなに気持ちの良い気候は年に一回あるかないかだ。こんな日に折角の季節感を楽しまなければ損だ。そんなわけで私と
…はずだったのだがこの様子は一体どういうことなんだろう。
隣にキリトが転がってるのは当然として、その逆隣には実に愛らしい、いつ見ても可憐な容姿の彼女がそこにはいた。1層の時一目惚れした、今や攻略の鬼、最強ギルド《血盟騎士団》の副団長、《閃光》のアスナ様が横になっていた。近頃会うのは戦場が多いためキリッとした表情ばかりみていたが、あどけない寝顔が惜し気もなく晒されている。
時計を見ると私が寝ていたのは30分そこそこだろうがその間に何があったのか。状況を整理できずにいると、相棒が大きく伸びをして目を覚ました。
「おはよ。」
キリトに声をかけると、彼もこっちを見てギョっとした。そして一言、
「ホントに寝ちまうとは…。」
そう溢した。
「何かあったの?」
首をかしげるとキリトは視線を右にあげ言葉を選び出した。
「いや、まぁ…その、叱責を受けまして。」
と思いきや何もオブラートに包まれなかった。
「叱責?」
「…簡単に言うと攻略をサボるなと。」
…実にアスナらしいと言わざるを得ない。
「でも、なんでそれがこうなるの?」
アスナが私たちが寝転がってるのを責めるのは分かるが、アスナが寝転がることにはつながらない。
「いや、気持ち良いからお前も寝てみたら分かるって言ったんだ。そしたらこれだもんな。」
定期的に胸が上下し、実に気持ち良さそうに寝ている。熟睡、爆睡とはこういうことか。
「…疲れてた、のかな。」
「かもな。」
取り敢えず、いくら《圏内》とは言え睡眠中は無防備なので抜け道を使った悪質な犯罪に巻き込まれないとも限らない。有名人の彼女だ、不躾に記録結晶を向けてくる人間も多々いる。彼女が目を覚ますまで見守ることにした。
「アスナには、頼れる人とかいるのかな。」
昼間の屋外で、いくら気持ち良いからと言えすやすや眠る少女。相当に疲れていると想像するのは難くない。トップギルドの副団長を任され、攻略に邁進する。それがいかに大変なことか、彼女の必死さが物語っている。どちらかと言えば、いやかなり聡く、要領も良い。ゲームなんかやったことの無いような初心者ぶりだったが今やこの適応。そのレベルのプレイヤーが余裕がないとはどれほどの苦労があるのか。
「…ヒースクリフは攻略にあまり口出しをしない。ほぼアスナに任せているように思えるしな。」
「団長に頼れないならもう他には…。」
《閃光》と言う二つ名すらある彼女を支えられる人などそうはいないだろう。あまりにも酷なことだ。いくら能力があっても彼女とてまだ10代の少女なのに。
「何か、してあげられないかな。」
自分とはあまりにも違う。出会った時はこうも運命を違えるとは思わなかった。
「珍しいな。」
「だって、私やキリトと違ってしっかり責任のあるポジジョンにいるのに、辛すぎるよ。私みたいにキリトのような存在がいればいいけど、そうじゃないし。」
心から信頼できる誰か。そんな人さえいればどんなに楽になるだろう。全てに置いて一線置いているように思える。
「…お前、たまにすごいこと言うよな。」
「え?なにが?」
キリトの頬が染まって見えたのは日の光のせいだろうか。
至って気候が忠実に再現されているので日が落ちると気温はやや下がる。
「くしゅん……っ!」
現実世界なら夕焼けこやけの音楽が聞こえてきそうな時間帯、ようやくアスナは身動ぎした。
もそもそと体を伸縮させ、ゆっくり寝ぼけ眼で体を起こす。半開きの口からは少しの涎に頬には草の跡。
「おはよ。」
「よく眠れたみたいだな。」
二人で声をかけるとようやくその瞳は焦点を合わし、急激に立ち上がると愛剣の柄に手をかけた。
「「!!!」」
その行動に私たちも思わず臨戦態勢をとる。
うつむきながら顔を紅潮させ、ふるふると体を震わせる彼女。何かお気に召さないことがあっただろうか。近頃対立してばかりの私たちにはみっともない姿なんか見せられない、と言ったとこか。
「………はん…っかい…。」
小さく声が落ちる。
「え?」
なんと言われたのか分からず臨戦態勢を解き、聞き返すと、開き直ったように顔をあげ剣を納めしっかりとした口調で声をあげた。
「ご飯一回!! なんでも好きなだけ奢る! それでちゃら! どう?」
潔いと言うかなんと言うか。彼女のこういったサバサバしたところは見習いたいところだ。
57層のレストラン。ヨーロッパの街並みを思わせるその層は食事のレベルも中々らしい。アスナに案内され席に着くも注目を集めなんだか落ち着かない。
―アスナ様じゃん
―一緒にいるの誰だよ?
―黒い服の男と…紺のケープの…? 顔は見えないな
そんなことも慣れたものと言う堂々とした立ち振舞いのアスナ。さすがはぐれものの私たちとは違う。
「食事するんだからケープとったら?」
そんなことまで言ってのけるから敵わない。確かに彼女の言うことも尤もなので、ケープを外すと集まっていた視線には驚きが含まれるようになった。アスナのようにいつまでたっても慣れはしないが、自分が注目を集める人間だと言うことは十分に理解するには1年半は短くない時間だった。キリトがため息をつき所在なさげにしているのがやや不憫だ。彼の名前は有名でも黒髪の男なんてどこにでもいる。
アスナはさらりとお薦めらしき注文をすまし、テーブルの上で手を組んだ。
「その、今日はありがと。」
視線を下で泳がせ恥ずかしそうに呟く。
「ううん。いつも助けてもらってるしね。」
それは紛れもない本音だ。彼女がいなければ前線はあと10層低くても不思議ではない。
「あまり寝てないのか?」
「まぁ…そうね。寝ても途中で起きちゃったり。あまり深くは眠れないのよ。」
彼女のレベリングの秘密が見えた気がした。フリーな私たちと違い彼女はギルドメンバーの面倒も見ながら高水準のレベルを保ち続けている。目が覚めてしまっては強迫観念に襲われレベル上げをしているのかもしれない。
「でもなんか、初めてセツナとキリトくんとパーティ組んだとき思い出したかも。」
くすくすと嬉しそうに笑うアスナ。何のことだかと二人で顔を見合わせる。
「この世界で生きるってこと、思い出した気がした。」
何のことかはよく分からなかったがそんな彼女を見て、彼女があり得ないぐらい美人なことを思い知らされた。花が飛ぶと言うのはこう言うことかと思えるぐらいに可憐。
「はぐれものの私たちじゃ頼りにならないかもしれないけど、いつでも助けるよ?」
そう言うとアスナは、覚えとく! とまた笑顔を作った。
「きゃぁぁああああぁ!!!」
食事を始めようとしたその時、表からつんざくような悲鳴が聞こえた。
「キリト! アスナ!」
二人に呼び掛けると二人とも頷き、三人で飛び出した。美味しいご飯はお預けだ。
私たちが外に出るとそこにはもう既に人だかりができていた。彼らの視線の先は斜め上方向に統一されており…信じられないような光景が広がっていた。
そこにはスピアに貫かれた大柄な男が時計塔から首を吊っている姿があった。
「早く抜け!」
キリトが男に向かって呼び掛ける。すると今気づいたかのように男は刃を握る。とにかく助けなければ。
「アスナは上! キリトは周囲!」
そう叫びながら自分は男に向かって壁を駆け上がった。流石の反応、アスナは直ぐに時計塔を駆け登り、キリトは広場中央にその位置を移した。
《圏内》でこんなこと、あり得るわけない…どこかにそんな思いを抱えつつ、男に触れようとした瞬間、目の前にはポリゴン片が広がっていた。
「みんな! winner表示を探してくれ!」
キリトが叫びながら周りを見回す。
私も落下しながら確認をするが白抜きのその文字はどこにも確認できなかった。
ややあってアスナが塔から降りてくるも
「上には誰もいなかったわ!」
と迷宮入りしそうに事態は進んでいった。
男は散り際に何かを呟いた。…それは何だったのだろうか。壁を駆け上がった私に怯んだ表情を見せたようにも思えた。助かると安堵するなら分かるがそれは…。カランと地に落ちた槍に不自然な出来事。頼みの綱はその槍と、第一発見者…そして男の知り合いか。
「アスナ、どうみる?」
「普通に考えれば…デュエルを悪用したものだけど…」
「ただ、winner表示はどこにも出なかった。」
静かに言うキリトの声に、1つの嫌な可能性すら浮かぶ。ただそうだとするならば、解明しない限り《圏内》すら危険と言うことになってしまう。
「新しい手口だとしたら、とんでもないわね。セツナ、キリトくん。」
アスナの鋭い視線の思いはおそらく私と一緒だ。
「前線を離れることになるけど、あなたはいいの?」
「…仕方ないわ。早速だけど、頼らしてもらうわ。」
さして私たちはぐれものパーティは一年半ぶりに一時再結成するとこになった。
ここから想いが動き出すはずです。
夕焼けこやけの音楽が流れるの全国共通ですかね。