白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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2:1層*黒の少年と白の少女①

 

 広場から一目散に走り去って、道中の敵はどうやって、倒したかなんてよくは覚えていない。気がつけば次の町にたどり着き、レベルは1上がっていた。

 

 …キリトとクラインはどうしただろうか。

 

 このゲームがリソースの奪い合いだということをよく知っていた私としてはあの出来事があろうとなかろうと今日中に拠点は《はじまりの町》から移す予定だった。

 キリトのことは何も心配していない。他のゲームからの付き合いだ。"親友"とか特別な間柄ではないにしろ、心配しないで済むぐらいには彼のことはよく知っていた。おそらく同じ選択をするだろうことは易く推測できたので、近く顔を会わせることもあるだろう。しかし、クラインはどうだろうか。キリトが連れて出てくれれば良いが…。

「こんなときだからこそ…逃げずにいれば…。」

 私が混乱して逃げずに連れてくれば。一人今さらゴチても仕方ない。祈るは生命の碑の彼らの名前に線が引かれないことだ。勿論自分も。後悔しても取り返しはつかないので状況の整理と今後の方針だ。

 

 レベルがまだ2の私のスキルスロットはたったの二つ。一つは攻撃スキルの《槍》で埋っている。そしてもう一つは無難に《索敵》で埋めた。ソロプレイにおいて不意討ちは大きなリスクだ。生存率を少しでも上げるには必須のスキルだった。

 問題は装備だ。《ショートスピア》と言う名前の初期装備では当然のごとくこの第一層すら乗りきるのは少々、いやかなりしんどい。他のRPGで言うなれば"たけのやり"相当の代物だ。

 武器の種類自体に優劣はないとしても()()()()()()というぐらいだ、片手剣や両手剣などの剣と名の付くものに比べて槍はドロップやクエスト報酬が豊富でないのも事実で、それは早急に解決しなければならない問題だった。

 それでも装備の選択に失敗したとは思わない。今ならスキルを変更するリスクも気にはならない程度の熟練度だが、変更すると言う選択肢は端から無く、いかに装備を調えるか、と向き合う。

 

 店売りの物でも問題はない。ただし資金は潤沢にあるわけではなく、また揃えなければならないのは当然に武器だけではない。レベルだってまだ2で油断すればその辺の敵にペシャリとやられかねない。

 ならばお金も経験値も稼がなければならない。…それにはクエストに行くしかない。

 

 リアルラック値に大きく左右されるかも知れないプランだが答えは案外簡単に出た。全ての問題を解決する答え。

 

 

 ここ《ホルンカ》には有名なクエストがある。

 難易度は高くないが運に左右されるクエストで場合によっては途方もない時間のかかるものであるが、その分旨味もある。《アニールブレード》と言ううまく強化をしていけば3層終盤ぐらいまでは相棒として使える片手直剣が報酬のクエストだった。売れば15,000コルぐらいにはなるだろうか。そういった意味でもこなしておいて損はないクエストだ。

 道中で少し貯まっていたコルで最低限の装備を調えた後、NPCの民家を訪ね、クエストを開始した。

 内容としてはよくある、平たく言ってしまえば病気の子供のために薬を取ってきてほしい、といったものだ。

 その薬をドロップするモンスターの出現率が恐ろしく低く1%にも満たないのではないかと言う具合。リアルラック云々と言うのはその辺りにある。

 《リトルネペント》という植物型のモンスターなのだが、普通の《リトルネペント》ではなく同種の花を咲かせたモンスターでなくてはならない。そして更に悩ませるのが花ではなく実をつけたヤツを誤って攻撃してしまうと《リトルネペント》の集団に囲まれてしまうという罠だ。単体ではさして強敵というわけではないが、現状では囲まれてしまってはどうにもならない。そしてまだにわかには信じがたいがこれが本当にデスゲームだというならばゲームオーバーになることは許されない。

 レベル上げも兼ねて、そう決めた通り長期戦になることを覚悟して《ショートスピア》を握り直した。

 

 《リトルネペント》の攻撃はショートよりのミドルレンジ。蔦による攻撃と腐食液の噴射。槍使い(ランサー)としては戦いやすい相手と言えるだろう。蔦による攻撃を遠距離からいなしつつ、腐蝕液の噴射をかわし、技後硬直(ポストモーション)中にソードスキルを叩き込む。

 槍のソードスキルは突きがメインであるがスキルに頼らなければ薙ぎ、斬りと多彩な攻撃をすることも出来る。

 根気よく払う、突くを繰り返すことでようやく一体のモンスターを爆散させた。

 休む間もなく現れた二体目に花が付いていないことを確認するとタゲられる程度には近付き、遠距離からの攻撃でヘイトを煽る。

 どうか集中力の途切れる前には花付きが現れると良いのだが。

 

 15体ほど狩っただろうか。生憎花付きはまだ姿を現さないが、もう一つの目的であるレベルの方はファンファーレと共にまた一つ上がり3になっていた。ステータスアップポイントを全て敏捷力に振り分けると心なしか体が軽くなった感じがした。実際遠くから蔦をいなさずショートレンジにて断続的に攻撃を重ねても腐蝕液の噴出から逃れられるようになった。

 上部から襲ってくる蔦を上へと払い上げ、空いた胴体に短く息を吐き、地を蹴り突撃技の《ソニック・チャージ》を叩き込む。

「はっ!」

 最初は爆散させるまでに一体辺り30秒ほど要していたが、半分ほどまで短縮できた。レベルが上がったことで余裕が出来たためだろう。

 問題は武器の耐久力だ。30体程を狩った辺りで少し心配になってきた。

 このゲームの妙にリアルなところは手入れをしないと武器が消耗し、破損するところだった。腐蝕液を操る相手との長時間の戦闘。正直心許ない状態ではあった。

「一旦戻って…」

 意識を村へと移した瞬間、待っていた筈のその時は訪れた。しかし運の悪いことに花付きは一体ではなく2体の《リトルネペント》を連れていた。

 予期せぬピンチに心拍数が上がる。

 一体を倒すことは出来る。戦いなれてきた今、3体も不可能ではないはず。ただ、死んではならないこの状態でどれ程のパフォーマンスが出来るか、自分にだって分からない。

 背を向けて逃げることもできたかもしれない…。でも一番ごめん被りたいのは後退時に背後からやられること!

 大きく息を吐き地面を蹴り飛ばした。

 敏捷力ステータスを最大限に利用し正面の花付きの懐へ入り込むと横へと払い飛ばす、左の《リトルネペント》にぶち当り、双方が一時行動停止(スタン)したことを確認するやいなや右の一体に《ソニック・チャージ》を繰り出した。

 蔦が攻撃モーションに入っていたがスキルモーションに入っていたのはこちらも同じ。今さら引ける状況ではなかった。

 

「っつけぇー!!」

 

 青いソードスキルのエフェクトが反射する中、《リトルネペント》のヘイトが増大し、腐蝕液のモーションが見てとれた。

 

―まずい、まともに食らうと…!

 

 嫌なイメージが頭をよぎったが寸でのところで赤い光を放ち、爆散した。それでも安心するのは未だ早く、2体のモンスターが残っている。おまけにHPゲージが削られ7割ほどに減っていた。

 2体に向き直ったのは視界の隅に腐蝕液が飛んでくる瞬間だった。ギリギリ交わしきれず左腕に違和感を覚えるも、ここが好機には間違いない。怯むことなくスキルを発動した。

 

「っはぁぁ!」

 

 気合いの咆哮がモンスターに追加効果を及ぼすことは当然ないのだが、気合いで押しきり2体目も屠る。

 

―後は落ち着いてさえいれば…。

 

 改めて気を落ち着かせたのち、蔓の攻撃を弾き飛ばし、花付きを四散させることに成功した。

 

「はぁー…」

 

 気が付けばHPゲージは2割ほどまで削り取られていたが、3体を退けたことに安堵し思わずその場に座り込んでしまった。目の前にはドロップアイテムの表示がポップしていたがそれよりも生き残った気持ちの方が強かった。

 

―もう戻ろう…。

 

 念のためポーション(決して美味しくない。子供の風邪薬の味に似ている)を喉に流し込み、怯んだ腰を上げた。

 

 クエストアイテムの《リトルネペントの胚珠》は手に入ったし、レベルも1日目にしては十分だ。

今日はもう休もう。

 

 

パァァァン!

 

 

 森が揺れたかと思った。

 それが何の音なのか、分からない自分ではなかった。誰かがやってしまった。実付きの《リトルネペント》の実を割ってしまったのだ。 ダメだ。もしその人が一人なら…想像するだけで鳥肌がたった。勿論自分が行ってどうなるとも思えない。それでも…デスゲームで死に逝こうとしている誰かを放ってなんか置けなかった。

 破裂音の方へ歩を向けるとそこには見知った後ろ姿ともう一人、姿が見えたような気がしたが直ぐに表示は喪失した。

 辺りには30体もの《リトルネペント》。たった今自分は3体ですら苦労して倒したばかりじゃないか。でも、その姿を見てしまったら尚更放ってはおけなかった。囲まれていたのは数時間前に別れた友人だったのだから。

 

「キリト!!」

 

 基本技の《ツイン・スラスト》で敵を散らし、刀身を旋回させる《ヘリカル・トワイス》へとスキルをつなげ、集団の中へ入り込むと背を合わせた。

「セツナ!?」

 なんで、と台詞が続きそうなキリトを制し《ソニック・チャージ》を繰り出し確実に1体ずつ倒す。

「今は集中! 抜け出したら何でも答える!」

 背を合わせることで背後の攻撃には意識を向けなくていい。払う。突く。後ろでは自分とは違うエフェクト音がキィンと響く。

 5体ほど爆砕した頃30体のうち10体は草むらの方へ群がっていることに気が付いた。そして、稀にエフェクトが光ることにも。

 表示が喪失し、見えなくなったことをそこでようやく悟った。

隠蔽(ハイディング)》スキル。

 身を隠すスキルを発動したことで起こった現象だったのだと。しかしながら植物モンスターのような視覚で知覚しないようなモンスターにはあまり効果がない。恐らくその主がそこにいることは窺い知れた。でも申し訳ないがまずは自分の身とキリトの身を守ることで精一杯だった。

 

腐蝕液くるよ!

 

スイッチ

 

横に飛べ!

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

「うぉぉぉぉお!」

 

 どれぐらいの時間が経っただろうか。もしかしたらほんの5分足らずだったが知れない。それでもこの世界に来てから一番長かったように感じた。

 よく覚えていない。見ればHPゲージがイエローとレッドの狭間当りにある。

 なんとか二人で30体足らずの《リトルネペント》を倒し終えた頃、草むらにはスモールソードとバックラーが転がっていた。いずれも片手剣の初期装備だった。

「実を割ったのね。」

 自分でも驚くほど静かな声が出た。するとキリトは頷き同じく静かな声で答えた。

「あぁ…。あの持ち主がな。」

 あの初期装備の主のことだろう。その事実は考えたくない答えを導きだしてしまう。

MPK(モンスタープレイヤーキル)…」

 多くのモンスターを集中させ、自分は《隠蔽》スキルを発動する…。そしてモンスターに、他のプレイヤーを…。キリトが答えなかったことが答えのように思えた。

「セツナは《リトルネペントの胚珠》手に入ったのか?」

 その代わりに飛んできた質問に頷くことで答えた。

「じゃぁ村に戻るか。もうくたくたでこれ以上は無理だ。」

 同感。と体を起こし村の方向へ足を向けた。その前に初めて目の前で出会ってしまった死者に手を合わせることは忘れなかった。

 

 

 帰り道、モンスターとのエンカウントは無かった。30体もの個体を乱獲したからなのか。なんにせよ現状には有り難かった。

 疲れた体に鞭を打ち取り敢えずはクエストを完全に終了させてから話をしようとNPCの家を訪れた。依頼主の母親に《リトルネペントの胚珠》を渡すと、部屋の隅の棚から一振りの長剣を「ありがとう」と差し出した。初期装備の武器とはずいぶんと解離のある重量の剣を受けとると、母親は例の薬をくつくつと煮出していた。クエストはすでに終了し、ボーナス経験値と予期せぬ出来事のお陰で私のレベルは既に5に上がっていた。疲労感からかNPCの姿から暫く目を離せずにその動向を追う。

 暫く煮出した後、NPCは小さなカップにそれを移した。…そして隣の部屋へと歩を進めていった。何となくその後を追うと、そこには小さな少女が横たわってきた。

 そういうクエストなのだからなんら不思議はない。でも慈しむような表情を浮かべる母親に、安堵の笑みを浮かべる病気の少女。それはまるで…。

 

 少女の血色がよくなるのを待たずして家を飛び出した。交代でクエストを終了させるようキリトを促して彼がNPCハウスに消えるのを待ってからその場にうずくまる。

 まるで自分を見ているようで、これ以上はあの場所にいられなかった。

 

思えば自分の母親もあんな表情で。

 

「帰りたい…。」

 

 《はじまりの町》のイベント終了時から恐らくはずっと抱いていた本音。でも口に出してはいけないと無意識に自分を諌めていた。

 

いつか帰るためにやることは分かっている。

 

でも今だけは。

 

キリトが戻ってくるまで、と静かに頬を濡らした。

 

 

 

 




槍のスキルはインフィニティモーメントから名前をいただきましたが、未プレイなのでエフェクトが違っていると思いますがご了承ください。

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