白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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20:57層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い④

 アスナとヨルコさんとの約束には時間があったので、キリトと貫通ダメージの検証をすることにした。アスナの前でやったらまたお叱りを受け、泣かれてしまわれかねない。《圏内》ではやはり武器が通らないのは昨日確認している。なら《圏外》でダメージを受けたあと《圏内》に入るとどのような現象が起きるのか。

「じゃぁ、いくわよ。」

 昨日と同じく大した攻撃力のない武器を手にとり、HPは減っても5%ぐらいであろうが、念のためキリトに《還魂の聖晶石》を預けてから左腕に突き刺した。ブシュッと音をたて、赤いエフェクトが腕から飛び散る。

「あー気持ち悪い。」

 痛みを感じなくとも貫かれている違和感はある。

「だから俺がやるって言ったのに。」

 この検証についてはどちらがやるかはともかくキリトも賛成ではあった。あらゆる可能性を試さないことには事件は解明できないと、同じ方向を向いているのだろう。

「だって貫通武器の取扱いは私の方が慣れてるもの。」

 キリトの片手剣は基本的に斬撃系の武器だ。私の場合形状にもよるが多くの槍カテゴリーの武器は貫通武器だ。そう言った意味では慣れた者が行う方が検証するにしても安全性が高いと説き伏せた。

 5秒ごとにHPがジリジリ減るのを確認したあと、《圏内》に足を踏み入れた。

「…減らないね。」

「あぁ。」

 それは例の武器、ギルティソーンで試しても結果は同じだった。やはり武器に特殊効果があるわけではなさそうだ。

「あとは犯人の特殊スキル?」

「うーん…」

 そうなってしまうとその人を捕まえる以外に方法はない。今現在一人しか持たないユニークスキルを所有していることを公開しているのは《神聖剣》ヒースクリフただ一人だ。隣の誰かさんが最近怪しげな修行をしているのは気付かないフリをしている。それは向こうもしかりなのかもしれないけれども。

「また面倒なことに首突っ込んでるね。」

 二人で思案していると、最前線でもないここに爽やかな男の声が響いた。

「ディアベル。」

 キリトが露骨に嫌な顔をするのはもうオヤクソクで、ディアベルも然して気にした様子はない。

「シュミットの様子がおかしくてね。」

 《聖竜連合》の幹部の多くはリンドをはじめ1層で彼とパーティを組んでいた。ギルド間の関係が密でも不思議ではない。

「何か言っていたの?」

 シュミットが何か関係しているのは間違いない。続きを促す。

「ずっとぶつぶつカインズの次は俺だってね。」

 キリトと顔を見合わせる。昨日の彼の反応からしてやはり黒幕はグリムロックなる人物なのだろうか。

「いや、でも不可解な事件だろう? 生命の碑を見に行ったんだがカインズは死んでなかったよ。」

 そう続けられた彼の言葉に私もキリトもなんだって!? なんですって!? と叫び声をあげる。…確かに、私たちが確認したとき生命の碑のカインズの名前には横線が引かれていた。

「君たちがこの事件を調べてると聞いて手かがりになるかと伝えに来たんだ。」

 確かに重要な情報だ。でも、

「私たちも確認したのよ。カインズ(Kains)に横線が引かれていることを。」

 もし彼が生きているとなれば今度は蘇生? 冗談じゃない。

「それはおかしいな。カインズ(Caynz)の表示は間違いなくあったよ。」

 ヨルコさんには確かにカインズ(Kains)と聞いた。シュミットはカインズ(Caynz)だと言ったのだろう。別人の線もあるが、彼はグリムロックの名前を知っていた。不可解な事件に名前の食い違い。もし、二人の言うカインズが同一人物だとすると私たちの見たあのポリゴンエフェクトと共に消滅した鎧の男はなんだと言うのだ。確かに私たちは彼が消えるのを見た。

「アンタはカインズ氏を知っているのか?」

 キリトの鋭い声がディアベルに向けられる。

「シュミットの前のギルド仲間だと言うぐらいはね。確か…《黄金林檎(Golden Apple)》。」

 これは、どういうことなんだろう。

 

 

 

「《黄金林檎》?勿論知っているヨ。」

 頼ったのは一番懇意にしている情報屋のアルゴだ。キミたちはすぐ厄介ごとに首を突っ込むから大得意サマだナとほくほく顔で言われてもなんにも嬉しくなんかない。それでも彼女の情報は1層の時から変わらず早く正確で、膨大な量だから頼らずにはいられない。

「今はもう解散していル…と言うよりリーダーが死亡したようだナ。メンバーはグリセルダ、グリムロック、シュミット、カインズ、ヨルコ…。」

 そう続けられたことにやっぱり、と言葉が漏れた。ヨルコさんは嘘をついている。感じていた違和感の正体も見え隠れする。彼女は本当に怯えていたわけじゃなかった。

「中堅のよくあるギルドだナ。シュミット以外のメンバーは今もボリュームゾーンに滞在しているヨ。」

 今回の事件の鍵が見えた気がした。

「キリト。」

 呼び掛けると相棒は頷き

「本当の標的(ターゲット)はシュミットさんだ。カインズさんの事件は警告だと思っていい。」

 ただ分からないのは本当は死んでいないとしても、彼が消えたことだ。私の目の前で、確かに。《圏内》ではダメージが減らないことは検証した通り。生きているならその方がいい。ただ、どうやって…。

「直接彼女たちに聞いた方が早い。彼が生きているのは間違いないだろう。」

 そうキリトに促されて時計を見ると約束の時間に迫っていた。

「マイド~!」

 アルゴの見送りを背に57層の転移門広場に急いだ。

 

 

 

 ヨルコさんとの約束に指定したのは昨日ご飯を食べそびれたあのレストランだった。事件があったばかりだからか町もレストランの中も閑散としている。

「ゴメンね、友達がなくなったばかりなのに。」

 アスナには調査の内容はまだ伝えていない。うつ向いて座るヨルコの様子をそのままに窺う。

「あれから、槍の鑑定と生命の碑を調べてきたの。カインズ(Kains)さんの名前には確かに横線が入っていたわ。そして、槍の作成者はグリムロック…。」

 ここまではアスナも知っている情報だ。手短に伝えるとヨルコの肩がビクりと震えた。

「なぁ、ヨルコさん。グリムロックって名前に聞き覚えはあるか?」

 知っていながら空々しくそう質問をするキリト。うまく情報を引き出すにはどうしたらいいか。

「…私とカインズが前に所属していたギルドのメンバーです。」

 ややあって口を開き、急に怯えたように肩を抱きヨルコは続けた。

「や、やっぱりグリムロックさんは怒っているんだわ。」

どういうことだろうか。手持ちの情報では分からない。

「何が、あったんだ?」

「私たちのギルドは…《黄金林檎》って言って…小さいギルドだったんですけど、ある時レアアイテムをドロップして…アイテムの処遇に揉めたんです…。」

 

―敏捷値が20も上がる指輪なんて今の最前線でもないですよね。ギルドで使うか、売却するか揉めた末…多数決の結果、ギルドは売却を選びました。

 売却の時、リーダーのグリセルダさんは一人で競売に向かったんです。…でも、帰ってこなかった。持ち逃げしたんじゃないかって意見もあったけど、結局は亡くなってました…。指輪のことを知っていたのはギルドメンバーだけでしたし、お互いにお互いを疑いあって…。

 

 そこまでヨルコは一気に話すと最後にこう加えた。

「グリムロックさんはグリセルダさんの旦那さんだった人です。」

「…結婚までするほど好きだった方をなくしてグリムロックさんも辛かったでしょうね。」

 アスナの言葉に痛切な響きがのぞく。このゲームには結婚システムが存在することは広く知られているが、実際に結婚したプレイヤーに遭遇することはかなり少ない。二人がかなり想いあっていたことは確かだろう。

「だから…カインズさんを殺したって言うの?」

 静かな声で尋ねると、それには確信したように答えられた。

「カインズは指輪の売却に反対していました。…だからグリセルダさんを襲った犯人だと思ったのかもしれません。」

 復讐者グリムロック。筋書きとしては十分だ。

「…指輪の売却を反対したの他に誰がいたんだ?」

「カインズとシュミット…そして私です。」

 その答えに真相が見えたように思えた。ヨルコとカインズはグリセルダを殺した犯人にシュミットを疑っているのだ。おまけにアルゴからの情報によるとギルド解散後の身の振り方も彼だけが華やかだ。疑いをかけられてもおかしくはない。

 

「…だからシュミットさんを炙り出すためにあんなことをしたの?」

 

 ヨルコの目が見張られ口はパクパクと言葉を成さずに動いた。動いたのはアスナだった。

「どういうこと!?」

 ガタンと音をたてて立ち上がったアスナを座らせ、ヨルコが落ち着くのを待ってからキリトが口を開いた。

「俺たちはカインズさんが死んでいないことを知っているんだ。」

「だ、だって昨日一緒に生命の碑を確認した時は!」

 そう、アスナも一緒に確認したためその疑問はもっともで。

「私たちが死亡を確認したのはカインズ(Kains)さん。あなたの友人で昨日の消えた男性はカインズ(Caynz)さんで別人…違うかしら?」

 私がそう言うとズルズルとアスナは椅子の上から滑り落ちそうになった。

「未知の手段による《圏内》PKは擬装(フェイク)ってこと?」

 私たちは責めるつもりはなく、ただ真実を明らかにしようとしていた。それはヨルコにも伝わったようで、意を決したように口を開いた。

「お見通し、ですか。そう、私たちは強かったグリセルダさんがPKされただなんて信じられなくて…。」

「でも、シュミットさんはガタイは大きいが気は小さい。PK出来るようなヤツだとも思えないし、壁戦士(タンク)がその指輪を欲しがったとも考えにくい。」

 キリトのその台詞にヨルコは分かっています、と小さく呟いた。

「でも、彼は何か知っている。」

 ヨルコのその言葉はわざわざ昨日私たちにシュミットが会いに来たことからして間違ってはいないだろう。しかし…

DDA(聖竜連合)は加入条件厳しいからお金のためって言うのは分かるけど…そもそもアイテムストレージに入ってる指輪をPKしても奪えないわよね。」

「グリセルダさんはその指輪を装備していたのか?」

「いえ…右手にはギルドリーダーの証を、左手には結婚指輪をしていましたから…。」

 ならば、指輪はどうなったのか。

「ねぇ、結婚してたって言ってたわよね。」

 アスナの言葉に皆がハッとする。

 多くのカップルが結婚システムを使わない理由はそのシステムが実に実際的であるからだ。

「アイテムストレージ共通化…。」

 デスゲームの生命線を担うアイテムに於いて夫婦間では嘘はつけなくなる。基本的にこのゲームではいくらパーティを組んでいようが誰がどんなアイテムをドロップしたかは分からない仕組みになっている。どんなレアアイテムを所有してもそれは秘匿できるのだが夫婦間ではその限りではなくなる。

「で、でもグリムロックさんがグリセルダさんをなんて…。」

 ヨルコは信じられないと言ったように泣きそうな声を出した。

 槍の作り手からしてグリムロックは今回の事件の全貌を知っているのだろう。もし彼が、本当に妻を、と言うことなら今回の関係者全員に危険が迫ると言うのは考えすぎだろうか。

「なんにせよ、シュミットさんに話を聞くのが早いかもね。」

 フレンド登録の残っていると言うヨルコさんに彼の居場所を確認してもらい、真相を確かめるべくその場所へ向かった。




アスナがどうしても空気になってしまう…
長くなってしまいましたが次で圏内事件も終わりドロドロできるはずです。

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