白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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21:19層*新たに芽生える想い、過去を偲ぶ想い⑤

 ヨルコによるとシュミットは19層の《十字の丘》と言うグリセルダの墓標がある場所にいるようだ。彼女たちの目論見は成功し、何か秘密を握っているシュミットは亡くなったグリセルダに許しを請いにいった…というところだろうか。

 

「結婚するとアイテムストレージが共通化するのはともかく…、離婚したり死別したりするとどうなるのかしら。」

 今回のキーポイントはここにあるように思えた。道中の話題も自然とそうなった。

「そうね、なんか色々選べるって話は聞いてるけど…。」

 巨大ギルド所属のアスナはこう言う情報にさすが強い。自分達の攻略以外の情報に疎い私たちとは大違いだ。

「うーん…セツナ、試しにやってみようか?」

 キリトと私の間には基本的には隠し事は存在していない。百聞は一見にしかずとも言うしそれも良いかなと、返事をしようとすると、アスナから、いけません!! とお叱りが飛んできた。

「そんなの試しにすることじゃありません! 今ヒースクリフ団長に聞きますからそんな軽率なことは慎んでください!」

 何を怒っているんだと二人で顔を見合わせる。

 その間もヨルコの表情は暗い。

「ヨルコさん?」

 声をかけると彼女はマップを凝視していた。

「…カインズとシュミット…グリムロックさんもいる。…なんで。」

 彼女の話によるとグリムロックはそもそも今回の計画に乗り気ではなかったと言う。その彼がなぜその場所にいるのか。当人たちを知らない自分にしたら嫌な想像しかできない。

「急いだ方が良いかもね。」

 キリトとアスナにも目だけで合図をし、ヨルコの手をとると敏捷力ステータスにものを言わせ、一気にその場所まで駆け抜けることにした。

 

 

 

 ヨルコに言われた場所にはシュミットの姿だけが確認できた。

「グリセルダ…すまなかった…。」

 大きな体を小さく竦ませ、木の根元の盛り上がる土…グリセルダの墓標だろうか、に向かって頭を下げる姿があった。

「俺はあんたを死なせるつもりなんてなかったんだ。ただ、命令された通りに…それであんたが死ぬなんて全然思ってもいなかった。」

 シュミットはグリセルダの死についてやはり何かを知っている。ただ主犯でもなければ指輪の行方についても知らなさそうだ。

 

「!!!!!」

 

 《索敵》スキルの警鐘が響く。それはキリトとアスナも同様のようで反射的に《隠蔽》スキルを発動させた。

 

 黒いフーデットマントに身を包んだ男に目出し帽のような袋を被った男、そして骸骨のモチーフの仮面をつけた男。カーソルはオレンジだ。つまり犯罪者プレイヤー…。シュミットの《索敵》もどうやら機能していたようで、気が付くが時既に遅し。三人の男に取り囲まれ、腰を抜かしていた。

「ひっ………!」

 シュミットの声にならない悲鳴、そして会話が辛うじて聞こえる。

「DDAの部隊長さんとはでっかい獲物だな。」

 艶やかな低音の美しい、それでいて異質感のある声。

 シュミットの様子がおかしい。そしてあれは…記憶が正しければこんなところで隠れていていい存在ではない。キリトの制するのを振りほどき、飛び出した。

 

「シュミットさん!!!」

 

 ケープを乱暴に投げ捨て、背から武器を完全に抜ききる。当然実験に使っていたどうでもいい代物ではなく、50層フィールドボスからドロップした主武器(メインアーム)ノーブル・ローラスを突き出した。

 この3人は…知らないわけがない。こうして対面するのは初めてだとしても、この世界で最低最悪のレッドプレイヤーたち。

「Wow! 今度は《舞神》サマときたか。」

 この口調すらも流布される…

「………Poh(プー)…………。」

 

殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)

 

 それもリーダーのPoh(プー)をはじめと幹部が3人も。流石に武器を握る手が震える。

「なぜ、あなたたちがこんなところにいるの。」

 一つの可能性を持ってはいた。ただヨルコさんの手前考えたくはなかった。

「《舞神》ちゃん震えちゃってんじゃん。」

 袋の男、ジョニーブラックが楽しげに言う。緊張感のなさが悔しい。

「良い武器だな、コレクションに加えたい。」

 骸骨面の赤目のザザがフシューと音をたてて笑う。私の瞳もこんなに不気味に光っているとは考えたくない禍々しさ。そして、

「さすがのお前も分が悪いことは分かっているんじゃないか?」

 Pohの艶やかな声に気圧されないようにするので正直精一杯だ。

「私一人じゃ当然ね。」

 攻略組の中でも上位なことは自負している。それでもラフコフは危険な相手だ。そこらのオレンジプレイヤーとは訳が違う。特にリーダーの彼が持っている武器は魔剣クラスで、それを操れると言うことは彼がかなりのレベルであると言うことを示していた。

 そんな彼を含む三人と一人でやりあったら当然勝てない。ただ、

「よぉ、Poh。」

 友だちかのように挨拶をしながら出てくる相棒。そしてアスナもいる。この状況ではこちらに分があると考えるのが自然だろう。

「黒の、剣士…。」

 骸骨面の男がキリトを睨み付ける。私が知る限り面識はないはずだから一方的な怨恨だろうか。

「流石のあなたたちも私たちと戦ったらどうなるか分からないわよ。」

 キリトが隣に立ったところでての震えも引いた。濃緑の柄を握り直す。

「イッツ・ショウタイムと行きたかったが流石に獲物がでかすぎるな。」

 Pohはsuck…と漏らしボロボロのマントを翻した。

「黒の剣士、いつかお前は《舞神》をかっ捌いた血の海に転がしてやるから覚悟しておけよ。」

 そして巨大な魔剣を腰に納めると、二人を連れてその場を後にしていった。

 

「シュミット!」

 ラフコフが去ってシュミットに駆け寄ったヨルコの姿を認めたからか、木の影から彼も姿を現した。

「ヨルコ、どう言うことだ?」

 死んだはずの男、カインズだ。彼の姿を見て、ひっとシュミットが小さく悲鳴をあげる。死んだと信じていたのだから無理もない。

「分からない、なんでラフコフがシュミットを。」

 泣き出しそうなヨルコ。彼女もグリセルダ死亡の真実を知りたかっただけであり、シュミットの命を奪うことまでは考えていなかった。しかしラフコフの登場は偶然ではないだろう。Pohの台詞がそれを示していた。そしてその答えを握るのは、ヨルコのマップに表示されていたものの姿を表さない彼であろう。

「グリムロックさん、あなたは出てきていただけるのかしら?」

 アスナの刺さるような声に眼鏡をかけた研究員のような出で立ちの男がゆっくりと姿を現した。当然に私だけでなくキリトやアスナも《看破》していたのだろう。

「…久し振りだね、みんな。」

 男は薄い笑いを浮かべて何事もなかったかのような振る舞いを見せる。

「グリムロックさん…あなたが…本当にグリセルダさんを? そして今度は私たち…」

 ヨルコの泣き声のような言葉が風と共に響く。

「今更、あの事件を暴こうとした君たちが悪いんだ…。」

 その言葉には悔恨の念など全くなく、自分が正当である滲みしかない。そして、紛れもなくグリセルダ殺害の肯定。

「なんで! あなたたちはあんなに中の良い夫婦だったのに!!」

 ヨルコの泣き叫ぶ声も彼には全く響かない。

「…そうだ、彼女は良い妻だった。だから彼女が私の良い妻であるうちに、私は…。」

 全く理解できない。結婚した愛する妻を手にかけなきゃいけない理由なんて何一つ思い付かない。

「私の愛する妻がこれ以上強くなり、変わってしまって私の手を離れる前に。まだ若い君たちには理解できないだろう。」

 たとえ、大人になり愛する人が出来たとしてもそんなの理解したくない。だってそれは、私の思う愛情とは違う。

「そんなのは愛情じゃない。それは自尊心を満たすだけの所有欲よ。」

 アスナが切り裂くように言い放った。そう、それは愛情じゃない、私が今分かるのはそれだけだ。

 その言葉はさすがに彼にも響いたようで、その場に膝をついた。

「…みなさん、ありがとうございました。これからのことは私たちに任せてください。」

 巻き込んでしまって、騙してすみませんでした。ヨルコはそう静かに入った。

「…あの時セツナさんが壁を上ってきたときからまずいなとは思ったんです。」

 カインズさんは道半ばにして自分達の擬装《圏内》PKが見破られてしまったことを察したようだった。

「買い被りすぎよ。カインズさんが本当は死んでいないと言う情報がなければ分からなかったわ。」

「そう言えばあの時どうやって消えたんだ?」

 そう、発端となった事件のトリックを私たちは解明したわけではない。ただ情報から彼が本当は死んでいないと言うことを知っただけだ。

「あの槍が減らしていたのは装備の耐久値です。それが切れるときに転移結晶で。」

 それで私に転移の言葉を聞かれるのを危惧し、あの表情をしたのか。

「そう言えば指輪は結局どうなったのかしら。」

「指輪は私がシュミット君に報酬を支払うために売却をしたよ。」

 私は指輪も金もどうでも良かった、グリムロックはそう言って麻袋に入った大量のコルを取り出した。やはり共通化されていたストレージのアイテムは全てグリムロックに移っていたのだ。そしてこれはラフコフの懐に収まる予定だったのだろう。

 ただ指輪はグリムロックにとっての好機に過ぎず、事件の中核ではなかった、と言うことか。

 未知なる《圏内》PKの手段がなかったことに安心しつつも、やりきれない思いを残し事件は終焉を迎えた。

 

 

 

 彼ら四人の姿がみえなくなるまで見送ると、荒野は日が落ちたところだった。

「ねぇ、二人なら結婚した後に相手の違う一面が見えたらどうする?」

 アスナの呟くような問いに即答できるような経験は私は持ち合わせていなかった。人と関わることを現実では避けていたし、初恋と言えるものすらまだしたことがない。今回の事件の根底にある感情は全く持ってそれこそ未知なのである。

「…ラッキーって思うかな…。」

 キリトのセリフに意識を奪われる。

「え?」

 それはアスナも予想だにしなかった回答の様で、勢いよくキリトに振り向いた。そんな反応をされてか、キリトはばつが悪そうに頭をかき、続けた。

「ほ、ほら結婚するってことはそれまで見えてた面はもう好きなわけで…その後に新しい面もみえて、それも好きになったら……2倍じゃないですか。」

 彼らしい回答に頬が緩んだ。

「それ、いいね。」

 そんな彼だからこんな私でも安心して背中を預け一緒にいることができるのだろう。

「変な人。」

 アスナもそう言いながらも頬を染め口元には笑みがあった。

「な、自分達はどうなんだよ! 俺だけズルいぞ!」

 恥ずかしさからか顔を赤くしたキリトに追いかけられながら、その場所を3人で後にする。

 

―頑張って

 

 風と共に凛とした声でそう聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。振り向くと、そこにはたおやかで美しいが強い意思の瞳を持った女性が見えた気がした。

 

 目を擦るとそこにはもう何もなく、見間違いだったかもしれない。ただ会ったことはなかったがそれは恐らく悲劇に見回れたグリセルダさんの意思の欠片だったのだと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




圏内事件終わりました。
まとまらなかった…私の能力ではうまく再構築できませんでした。
完全なる力不足です。
心の温度編恋愛要素増量計画。

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