白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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リズベット視点です。






23:48層*育まれる想い①

 私には二人の親友がいる。

 一人は11層のマーケットでまだ路面商店を開いてたときに出会った少女。そして、もう一人はその少女が連れてきた少女。

 二人とも、周囲が驚くほどの美人なのだがそんなことを僻むほど心の狭い人間じゃない。…というよりもレベルが違いすぎてそんな気にもならない。むしろ現実で知り合ってたら絶対に同じグループにならない。女子は何故か自然と同レベルの容姿の人間とつるむことが多い。美人は美人同士。地味な子は地味な子同士。私は至って普通。でも、そんな二人とこんなに仲良くなるんだから分からないものよね。少し殻を破ってみると本当は素敵な出会いが沢山あるのかもしれない。

 

 

 

 カランカラン。ドアのベルが軽快に鳴り、来客を知らせる。振り向くと見知った顔が入ってくるところだった。

「リズー!」

 普段は背筋を伸ばして堂々と闊歩するその少女が自分にはまたたびを与えた猫みたいな反応をするのがとても気持ち良い。

「セツナ、いらっしゃい。」

 紺色のケープを外し、白銀色の髪が露になる。

 自分のアイテムによって変えられた髪色とは違って天然のその色。初めて見た時はそれは驚いた。白髪(はくはつ)の鬼のように強い少女がいる…噂にはそう聞いてはいたが自分が知り合いになるなんて思ってもいなかったし、お目にかかることなんてないと思っていた。知り合う前からそんな有名人の彼女。容姿の美しさもあるが前線でも指折りのその戦闘力が主な理由だろう。

 ひょんなことから手にいれた当時のレア金属で打ち上げたその頃の最高傑作は、ちょっと変わっていた。片手剣にしては全体的に大きく、槍にしては刀身が長い。両手剣や重槍にしては全体的に細い。ただ、暁色に輝くそれはとてもじゃないけど失敗作とは思えず、使い手が現れるまでは客寄せパンダにしようと思った。看板娘にはちょうど良い派手な武器だった。実際、要求値はかなり高く、そこらのプレイヤーには扱えないだろう代物で、ランス装備の強戦士は沢山いたけどスピア装備の前線プレイヤーなんてそうは見かけなかった。槍カテゴリーのこの武器をとりまわせるプレイヤーがすぐに現れるなんて思っても見なかった。

 自分で言うのもなんだけどこんな小娘がやっている武具屋よりも屈強な体つきをした男や偏屈そうな表情をしたおじさんの店の方がなんとなく強そうな武器を作ってそうだ。…容姿なんて当然に関係はないのだけど。だから実力の証拠としてその武器の効果は絶大だった。

 だからなんとなく声をかけた冴えない表情(かお)をしたプレイヤーにまさか持っていかれることになるなんて思いもしない。当時、マーケットは11層が中心だったといっても前線プレイヤーが降りてくることなんてそうなかったから、まさかそのプレイヤーが攻略組でも有名な《舞神》だなんて想像もしなかった。

 その縁で私もそこそこ名前が売れて安定した売上が上がるようになったし、そのお陰で素材も手に入れやすくなったし、マスタースミスにも中々の速度でなれたと思う。

 セツナはリンキングガーディアン(絆 の 守 護 者)の名前は伊達じゃないね。なんてよく言うけど本当にそう思う。そんな武器も今は前線を離れ、今度はどう活用するか相談しているところだ。彼女の新しい主武器(メインアーム)のノーブル・ローラスははっきり言って化け物クラスだ。聖槍(ホーリーランス)と呼ぶのにも値する。つい昨日研磨はしたはずなのに今日はどんな用向きか。…大抵何もせずに居座っては来店客を驚かせているのだけど。

「リズにしか頼めないの。」

 こんなふにゃふにゃした姿、彼女の相棒はいつも目にしているのだろうか。だとすれば随分な毒だ。セツナは自分自身にあまりに無頓着だ。話にしか聞かない少年がどんな人なのか私は見たことがない。

「メンテナンスは昨日したばっかりだと思ったけど?」

 どうやら今日はただ来ただけでは無さそうだ。だったら昨日言えば良いのに。

「新しい武器が必要なの。」

 さらりと言われたその言葉に頭がくらくらした。最高レベルの武器を持っていながらなんだと言うのだ。

「あんたの槍以上のスペックを出すような金属は今手元にないわよ。」

 元々私はスピード系の武器が得意だ。セツナは儚げな容姿に似合わず重い武器を好む。…ついでに態度も全然儚くないけど!リンキングガーディアンにしても随分と丈夫さ(デュラビリティ)を強化させられ、重くしたもんだ。それは10を数えたところでようやく満足し、折角のスピード系金属の恩恵が跡形もなくなった。

 そんなこともあり思わず突き放すような言葉が出てしまった。

「作って欲しいのは(スピア)じゃない。」

 ますます分けが分からない。

「あんた何言って…。」

 溜め息をつくと、セツナは自分のステータスウィンドウを可視化して私に提示してきた。

「リズにだけ言う。どうしても必要なの。」

「これ…。」

「他の誰にも頼めない。リズにだからお願いしてるの。今すぐにじゃなくて良い。当然私も金属を探す。だからお願い。」

 真剣な眼差しの彼女に逆らえる人間がいるのなら見てみたい。可能かどうかは分からなかったが頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 そんな彼女とは入れ替わりにもう一人の親友が姿を現した。栗色の髪を腰まで伸ばした聡明な少女、《血盟騎士団の》アスナだ。紅白のギルドの制服をまとい細い腰に細剣(レイピア)を下げる。

 二人とも特徴的なのは白だがよく比較してアスナは赤、セツナは青と呼ばれている。特に意図してのことではないのだろうけど紺をはじめとしてセツナの服装には青基調のものが多く、アスナの制服には多くの赤が差し込んでいるからだ。

「リズー聞いてよー。」

 近頃のアスナは女の子だ。本当に普通の。

 出会った頃の彼女と言うと肩肘を張って、攻略に邁進する、どうしてそんなに頑張れるんだろうってぐらい頑張って無理しきっちゃう神経の張り詰めた様子だった。そんな彼女が今やテーブルに突っ伏し、ぐだぐだしている。無駄な時間が何よりも嫌いそうだったのに。

「今度は何?」

「あ、その前にランベントライトよろしくー。」

 どっちがメインなんだかどうやらメンテナンスにも来たようだ。彼女のタイプは細線のスピード系。私の得意な系統で、そう言う意味ではセツナよりも相性はいい。だからこの武器、ランベントライトは出来上がったと言っても過言ではないと思う。細線カテゴリでこれより上位の武器はまだ目にしていない。《閃光》アスナの地位を確固足るものにした立役者とも言われて少しくすぐったい。揺らめく光、そんな意味すら彼女に相応しいとも思う。

 しょうがないなぁと受けとり、研磨をしてから話を聞くことにした。

 

 

ビィィィィン

 

 

 私にとっては心地いい音が響く。プレイヤーの生命線を握る武器のメンテナンスは大切な仕事だ。放っておいては折角の武器も耐久値が下がりいずれは消えてしまう。それを防ぐのが私たちの仕事だ。アスナはいつも楽しそうにそれを見ている。

「はい、終わり。」

「ありがと。」

 顔もキレイだけどスタイルも羨ましいぐらい良い。チンっと剣を鞘に納めるだけでも絵になるのが悔しい。

「で?」

 本題はここからだ。メンタルケアまでしてあげるのなんてセツナとアスナだけへのサービスだ。前線組には色んな付加がかかっているのは当然理解しているけれども、デスゲームに閉じ込められている環境はみんな同じで、誰も彼も面倒見てられない。

「好きになっちゃいけない人、好きになっちゃった。」

 明らかに様子が変わった彼女に、好きな人ができたのかな、ぐらいは思っていた。ただ

「好きになっちゃいけない人ってヒースクリフ団長とか!?」

 そこまでは予想できずに大きな声を上げてしまった。

「そ、そんな団長なんて畏れ多くて!! 違う! 違うよ!!」

 私のチョイスはどうやら違っていたようで、アスナに慌てて訂正された。

「じゃぁ既婚者?」

 そう言われて思い浮かぶのもうそれぐらいだった。

「ううん。友だちの大切な人。そして友だちのことを大切に思っている人。」

 アスナの表情に切なさが滲み落ちた。

 その人を好きだと思う気持ちと同じぐらい、その友だちのことも大切なんだろう。

「聞いたところその人たちは相思相愛みたいだけどお付き合いはしてないの?」

「うん…多分彼の方は彼女のこと好きなんだと思うけど、彼女の好きはどういう好きか分からない…。」

 悩ましい話だ。好きになった相手には好きな人がいて、それは自分にとっても大切な人。関係を壊したくない思いもあるだろう。自分が同じ立場だとすればきっと身をひいてしまう…。でもきっとアスナは、

「引き返せないところまで来てるんでしょ?」

 悩んでしまうのはその想いが強いからだ。消せないところまで来てしまっているのにどちらも大切にしたいと言うアンビバレントな感情。私がそう言うとコクりと頷いた。

「だったら、戦っちゃいなさいよ! そんなことで関係が崩れるような安っぽい絆でもないんじゃないの? 私の知ってるアスナは困難に立ち向かう人だよ。」

 私に出来ることは背中を押すことだと思った。何もせずに悩み、後悔するのであればやりきってからでも遅くはない。アスナらしくない! そう、付け加えると、キョトンとしてややあって笑顔を作った。

「そっか…押し潰して取り繕うとするからこんな思いになるのね。正々堂々戦えば…そう、そうだね。」

 それが正しいのかなんて分からないけれど、未練や悔恨の思いを残さないためにはそれが一番だ。それに、常に死と隣り合わせの私たち。縁起でもないが伝えられるうちに大切なことは伝えないと何があるか分からないのだ。今日は生きていても明日には分からない。それが今の私たちの現実でもあった。

「しっかし…このアスナ様が片想いねー…。」

 俄には信じがたい思いもある。ファンクラブすら存在する美貌の女剣士に陥落しない男がいるのだろうか。

「な、なによう…」

 セツナ程ではないがアスナもどこか自分の容姿の価値に無頓着な気がする。

「いんや、私が男だったら絶対断らんと思ってね。」

 こんな美人に想いを告げられて舞い上がらないヤツがいたら見てみたい。むしろどんな男でも連れて歩いて自慢したいぐらいの容姿を兼ね備えている。

「そんなに褒めても何も出ませんよ。」

 頬を真っ赤に染めるアスナ。普段はそんなことないのによっぽどその人のことが好きなんだろう。

「どんな人なのか見てみたいなー…」

 純粋に興味があった。きっと、頼りがいがあって、強くて、優しい…イケメンなんだろうなぁ…

「そのうち、顔を会わすことになると思うよ。」

 それには後から考えれば多くの意味を含蓄させていたのだろうけど、その時の私はまだ見ぬアスナの想い人を想像することをただ楽しんでいた。

 また、同時にこの世界でそんな想いを見付けた彼女を羨ましくも思っていた。

 

 

 




オリジナル部分は筆の進みが早いです。
タイトルがうまくつけられなかったので暫定で。
ちなみにノーブル・ローラスは月桂樹の学名です。
芸術と狩猟の神アポロンの冠からとりました。

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