近頃アスナの様子がおかしい。
何かとつけて会いに来るしアシュレイさんのワンメイク品をよく着ている。彼女の服はレア素材でないと作って貰えないから出来上がり品は更にレア。ちなみに私は一着も持っていない。…その代わりにサチが私に合う服を作ってくれているから良いのだけど。
彼女が武装をしていないなんて天変地異の前触れかと初めこそキリトと怯えたぐらいにはおかしい。
以前は会議の連絡だってメッセージでだったのに今は絶対会いに来る。毎回、生存確認よ、なんて言われるけどフレンドリストを見れば分かるじゃないかと思うのは私が薄情なんだろうか。
リズに新しい武器をお願いしてから2ヶ月が経った。
モンスタードロップ品のノーブル・ローラスはさすがはクォーターポイントのフィールドボスからのもので、きっと終盤まで頼れそうなぐらい申し分ない性能を誇っているけれど、今私が欲しいのは
そんな時、いつもどこから情報を仕入れてくるのか、情報屋に転職した方がよっぽど儲かるんじゃないかと言うぐらいに情報通の彼からメッセージが届いた。…そんなこと言おうもんなら、俺はセツナのためにしか動かないよ、なんてまた言われることは目に見えているので言わないけど。
【55層の西の山、ドラゴンの巣穴に新種の金属があると情報が入った。】
メッセージの内容を見て一旦は喜んだものの、55層の様子を思い出してからすぐに落胆した。記憶が正しければあそこは氷雪地帯…のはずだ。いや、印象に残らない層のことは忘れてしまっていることもあるのでまず間違いないだろう。取りに行くのがちょっと億劫になる。
でも、他の人が取りに行くのを待ってもいられないし、その人が売りに出すとも限らない。ならば取りに行くしかない…と言うことだろうか。
確か今日キリトも、素材集めとかで下の層に行くと言っていた気がする。55層ならここから8層も下だし一人で向かってもまぁ怒られることは無さそうだ。たとえドラゴンだろうとレベルも80はゆうに超えているから安全マージンも問題はない。
サチに防寒具だけ用意してもらおう。ディアベルには【ありがとう】とだけ返事をし、20層に寄り道してから単身乗り込むことに決めた。
「さっぶいー!!!」
そんなこと叫んだって何も変わるわけじゃないし誰もいない。それでも叫ばずにはいられない寒さ。私の記憶は間違ってなく55層はやはり氷雪地帯だった。
雪の積もる町を抜けるとそこは一面銀世界。きれいはきれい。雪の結晶が舞い行く。だけどこの寒さはいただけない。風邪引かないからっていいって問題じゃない。クリスマスイベントの雪はそんなに寒すぎなくてきれいだから歓迎するが、今すぐ青々とした草原に変わって欲しいぐらいには寒い。
葉のない針葉樹が並び、見渡す限り白く尖る山脈。あぁ…でもなんか確かに強い金属がありそう。なんたって山だし。
ザクザクと雪道を歩きながら早まったかなと後悔する。ここまで寒い記憶ではなった。誰かに依頼すれば良かったんだと今更ながら思い当たってももう遅い。
仕方なしに折角一人なのだからと目的地まで敏捷力全開で駆け抜けることを決めた。
目的地付近に差し掛かると風景の中にクリスタルが混ざるようになってきた。ここが前線だったときには目にしかなった光景だ。雪がチラチラと舞い、少し明るくなってきたことから山頂が近いことを悟る。
さっさと討伐してこんな寒いところ早くおさらばしよう。強くそう思った。
山頂はまるでクリスタルで出来た森。
大小大量のクリスタルで埋め尽くされ静かな光に包み込まれる。
「きれー…。」
思わず言葉が漏れるぐらいには見事な光景だった。金属が手に入らなくとも、このクリスタルで何かアクセサリぐらいは作れそうだ。年のために少し採取しておく。
「さて、ドラゴンはどこかな。」
景色は静かなもので風の音さえ聞こえる。ディアベルの情報がデマだとは思わないが何かフラグが足りないのだろうか。
きょろきょろと辺りを見回すも深い谷底が見えるばかりだ。
「困ったなぁ…。」
残念なことにフラグなんてとてもじゃないけど思い付かない。
そう思案に更けると後ろから影が差した。巨大な翼に尻尾の形、そして角のような形が見てとれる。
振り返るとそこには影と同じ形をした白銀色をしたドラゴンが姿を現していた。
「私の髪と同じ色なんて運命なんじゃない?」
皮膚はクリスタルのような質感のソレに語りかけながら、背から一振り槍を抜き取った。同じく白銀色の刃先のそれ。
「この子のようになってくれると嬉しいんだけど!」
素振りをしてドラゴンに向かって槍を立て、八相に構えた。
キュゥゥゥウウン
ドラゴンは声高く嘶き、その口からブレスを吐き出した。瞬間、冷気を感じるほどの絶対零度のブレスが空間を切り裂きながら向かってくる。
視界が真っ白に染まるも、それは槍で円を描くことで武器に纏わせ、地に逸らす。そして、
グギュルルル
切りつけた左足からバランスを崩し、倒れ込んだところが好機! 《ダンシングスピア》で多角連続攻撃を仕掛け、一気にHPを削り取ろうとする。
すると、
「え…」
バサッ バサッバサッ
倒れ込んでいるドラゴンの片方の翼が大きく動き、竜巻のような風が巻き起こった。
「っつ……!!」
ものすごい勢いに吹き飛ばされそうになるのを、槍を地に突き刺すことでなんとか堪える。細い濃緑の柄が大樹のように頼りになった。
「谷底になんて落とされてたまるもんですか!!」
風がやや収まりつつあるところで、再び《ソニック・チャージ》を今度は地に向かって繰り出した。紫色の
グゥルルル
呻き声をあげるそれに槍を大きく回転させ胸元も切りつけた。HPバーはあと少し。
「はっ」
よろめくドラゴンに押し潰されぬよう、背に回り思いっきり突き刺した。するとドラゴンはポリゴン片に形を変え大きく四散していった。
予定ではここで金属をドロップするはずなのだけどアイテムウィンドウにはそれらしきものは特に表示されなかった。
「なんでぇ…」
倒し方がまずかったのか、やはり何かフラグが足りなかったのか。
「金属だけにマスタースミスがいなきゃダメなのかな。」
思い至ったのはそんなことだったが自分のマスタースミスの知り合いと言えばリズベットただ一人。彼女も戦闘をこなせないわけじゃないが、攻略組ではない彼女をここまで連れてくる気にはなれなかった。
情報が足りない。仕方がないので一度戻りまた挑戦することにした。いずれにしてもこの寒さ、これ以上ここにはいたくなかった。
48層、《リンダース》。牧歌的な雰囲気が漂いつつも農村ではなく町の洗練があるここにリズのショップはある。いつもお世話になっている彼女が店を構えると聞いたときはアスナと二人で援助も申し出た。
水車の回るかわいい小屋を見たとき、リズがどうしてもと言った気持ちがわかった。その扉をキィと、開けると奥から張られた声で
「リズベット武具点へようこそ!」
と響くも私の顔を見るなりげんなりするのがいつものパターン。
「なんだ。セツナか。」
巷では一応私有名人なんだけど関係ないこんな彼女が大好きだ。
「なんだって言わないでよー。」
私とアスナが出入りしていることで女性プレイヤーを中心に評判は上々のはずなのに。
「客じゃない人に振り撒く愛想は生憎持ち合わせてないのよ。」
ふんっと胸をはってそんなことを言うけど語り口は優しい。
「今日はやっと金属の情報が入ったから来たのにー」
私の武器の件ではだけでなくスミスとして、近頃新しい金属が見つからないことを彼女も心配していた。お陰で価格は高騰。プレイヤーのお財布も直撃だ。そして従来の金属では今後の攻略に耐えられるかも心配だった。
「本当に!!」
手のひらを返すリズ。こういう現金なところも嫌いじゃない。
「それがね…。」
「ふーん。55層のドラゴンね。採取が少し大変かも。」
ディアベルから得た情報を流すとうんうんと頷きながら聞くリズ。話の核心はどちらかと言うとこちら。
「あと問題なのは、条件なのよ。」
ドロップ条件が分からないことには何度行っても同じだ。スミスクラスの同行がいるのかはたまた。
「条件…ねぇ。ってもしかしてあんた…。」
「うん。一回行ってきた。」
「あんたはー!!!」
「大丈夫よー。前線でもないし、私元々ソロプレイヤーだし。」
一人で行動してはリズとアスナに後で怒られる。普段からたまーに都合が合わないと前線迷宮区でマッピングしてるなんて言ったらもっと怒られそうだから口が裂けても言えない。ボスに挑んでる訳じゃないんだからそこは許してもらいたい。…一回だけボスも前科はあるけども。
「ったく…。で、金属のドロップはなかったってことね。」
「そう。クエスト受注には問題なさそうなんだけど…あとはマスタースミス帯同条件とかかなー。」
「なら、私一緒に行こうか?」
私が口にした条件にすぐそう反応してくれるのはありがたいけど、ドラゴンと対峙し肌で感じたイメージでは一緒に行きたい感じではない。強くはないけど全体攻撃が厄介。そして翼が巻き起こす風に吹き飛ばされては救うのは中々大変だ。
「んー…遠慮しとく。」
「そっか。」
「ま、でもそう言うことだから情報拡散しておいてー。」
「りょーかい!」
職人クラスの彼女には私とは違うコネクションがあるはずだ。…と言うよりも基本的に私の知り合いは非常に少ないのだけれども。
「じゃぁ、また進展したらくるねー。」
アスナじゃないけれど寒いところに長時間滞在したからゆっくり、お風呂にでも入って今日は休みたい気分だった。
リズに情報を流してから1週間もせずに、その物を拝むことになるとはその時は全くもって思っていなかった。
久しぶりな戦闘シーンでしたがやっぱり難しいですね。
心の温度本編に続くって感じで。