白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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28:65層*感情の種類

 

「お願い! 着いてきてよー」

「嫌です! 私、お化けはダメなんですー!」

 

 前線が65層に到達。ちょっと物議を醸し出す。この層はどうやらホラー系エリアらしく、おどろおどろしい雰囲気が漂っていた。いつもならアクティベートされた新しい層を見に来た人々から歓声が上がるが、今回はすぐに引き返す人が多かった。古城を臨む城下町は廃墟を思わせ、陰鬱な空気が流れる。

 それでも、攻略組としては攻略はしなくては先には進めないわけで。私だって得意な訳じゃないけれど、パーティメンバーを誘いに《竜騎士の翼》、49層のディアベルのギルドに来ていた。…とてもじゃないけど一人でいく勇気はない。

 最前線が55層の頃知り合ったシリカ。中層ではアイドルプレイヤーだった彼女だけれど、オレンジギルドとの事件ををきっかけに中々パーティを組みづらくなったそうだ。そこでディアベルのギルドを紹介したところメキメキと頭角を表し、前線階層のレベルをやや超えるぐらいには成長したと言う。

 そんな彼女に攻略のお供をお願いしていたのだが中々首を縦には振ってくれない。安全マージンが足りない分は当然に私が盾になるつもりである。

「キリトさんと行ってくださいよー!」

 シリカの訴えかけは当然の物だった。私にはキリトと言う相棒がいるのは衆知の事実。どこのギルドにも所属せずにフリーを貫く私たちではあるが、ソロ攻略の頻度は高くなかった。しかし…

「キリトなぁ…」

 アスナにあんな風に言われてからなんとなく、何かとつけて一人で迷宮区に出向くようになっていた。流石のキリトも怒ることに疲れたようで最近はなにも言われない。

「何かあったんですか?」

 屈託なく尋ねられると何もないと言えばないだけに答えづらい。

「んー何て言うか…自分自身を見つめ直したいと言うか。」

 アスナに気を使っているのもなくはない。キリトがリズと一緒にいるのでさえ見るのが嫌だと言ったから私も例外ではない。アスナのキリトに対する感情は恋心だ。そう言ったことに疎い私にだって分かる。迷宮区を攻略していれば顔を合わせることもある。極力アスナの視界に二人ではいることを避けていた。…攻略会議とボス攻略は例外になってしまうけれど。

「キリトさんがアスナくんにとられてしまうよ?」

 明確に答えられずにいると、ディアベルが割って入ってきた。ギルドリーダーだからいても当然なんだけど。

「ディアベル…。」

 複雑な表情を浮かべることしかできず彼を見上げると、横でシリカが驚きの声を上げた。

「えー! アスナさんてあのアスナさんですかぁ!?」

 なんか、この話、もう放っておいて欲しい。リズにも聞かれ、そりゃぁキリトの一番近くにいる異性は私なのかもしれないけれど、なぜ部外者にしてもらえないんだろう。アスナとキリトの問題ではないのだろうか。

「それはそれであなたにとっては好都合なんじゃないの?」

 若干の苛立ちを覚え、そう言うとディアベルは困ったように頭をかいた。

「…セツナも言うようになったね。そう言われるとキツいな。」

 さすがに意地悪だったと反省しながらも、お互い様だと思っておくことにする。いつか想いを告げてくれた彼。それは今でも顕在なんだろうか。

「まぁ…だからキリトと行動しづらいんだよね。」

 ばっさり言ってしまえばそう言うことで、シリカはうんうんと大きく頷いた。

「キリトさんは優しいですもんね。誰だって好きになっちゃいますよー。でも、私はセツナさんを応援します!」

 何を応援されるのかは分からなかったけど、取り敢えずありがとうと答える。

「なんにせよ一人でホラーエリア攻略したくないの! ディアベルでも良いよ。お願い! パーティ組も?」

 見上げながらお願いをすると仰せのままにと返事が帰ってきて、数ヵ月ぶりにディアベルとのパーティを組むことになった。

 

 

 

 昼間だと言うのに暗いこの町。本当に勘弁してもらいたい。そんな中、後ろから地を這うような声が響いてきた。

「セッちゃーん。」

「うううううわっ!!!」

 冷静に考えれば私のことをそんな風に呼ぶのは一人しかいないのだけど、この雰囲気の中暗い声で呼ばれたら驚かない方が難しい。飛び上がって足を滑らせ尻餅をついてしまった。

 ケタケタと楽しそうに笑うアルゴ。驚いて睨み付けることすら出来ない。

「ニャハハハ! セッちゃんの驚き方ハ色気もクソもないナ。」

 驚かせておいてこれだ。大丈夫か、とディアベルに助け起こされ、ようやく言葉を返した。

「生憎そんなものは持たずに生まれてきたもので。」

 砂埃やシワがつくわけではないけども、パンパンとキュロットを払うのは習い性でどうにもならない。

「それなのにいつも騎士(ナイト)サマが隣にいるのは隅に置けないナ。」

 ニヤニヤと事情を知るように眺められる。恐らく最近相棒と行動を共にしてないのを耳にして、情報を抜きに来たって、ところだろう。露骨に肩から息を吐いて、彼女に、いつも通りのことを言う。

「いくら出せば止めてもらえるの?」

 トレードウィンドウを開き、コルを支払う準備をする。私の情報は売らない、売らせない。1層の頃からそれは変わらず極力こうしてストップしている。

「ううーん、連れないネェ。」

 苦笑いしながらしっかりふんだくられる。いい出費だ。そんな私たちをみてディアベルが道理で、と隣で呟く。

「どうしたの?」

「いや、セツナの情報って知名度のわりに無いと思ってたんだがこう言うことだったのかと思ってね。」

「ニャハ。セッちゃんはお得意サマだヨ。」

 ホクホク顔でそう言うアルゴ。複数の情報屋がいるが、アルゴがアインクラッド初で、一番の情報屋なのは揺らがない。彼女の持っていない情報は他の情報屋からはあまり手に入らないと言う通説になっている。

「なにもしなくても人からとやかく言われるんだもん。止められるものは止めておくの。」

 現実(リアル)から容姿のせいで心無いことを言われることが多い。この世界は情報が鍵となることもあるため尚更余計なことは流布されたくなかった。

「いやいや、流石だね。」

 両手を挙げ降参と言う彼。何のことだかはよく分からなかったが、当然でしょ、と返しておいた。

「マァマァ、この層は見ての通りホラー系エリアだからナ、モンスターの系統もアストラル系が多イ。通常攻撃の通じないヤツもいるから気を付けろヨ。」

 サービスだヨ。と彼女は足取り軽く次のターゲットを探しに消えていった。

 彼女がアストラル系モンスターのように高位の《隠蔽(ハイディング)》スキル。それだけじゃなく装備品もそれに特化しているのかもしれない。しかし…

「通常攻撃無効の敵、ね…。」

 つまりはソードスキルしか通用しないと言うことだ。スキル発動後は硬直時間が多かれ少なかれあるから、なかなかに難しくなりそうだ。大技で一発で仕留めるか、硬直時間の短いスキルを繋げていくか。いずれにせよ、一人で攻略するのはかなり難易度が高い。

「うまくスイッチをして庇い合わなきゃならないね。」

 ディアベルも同じことを思っていたようで、頷きかけた。ここ数層放っておいている彼は大丈夫だろうか。ソロ攻略には段々と限界があるのは肌で感じるところだ。

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 赤く光りながら半透明に浮遊するモンスター。人の影を模しながら足はなく、瞳は金に光る。翼はもたず、体の一部が伸び、攻撃をしてくるため間合いが取りづらい。実体がないと言うことは伸縮自在なのかと回避は諦め、武器で防御する。

 キンッ

 こちらの通常攻撃は効かないくせにあちらの通常攻撃はしっかり当たり判定だ。ちょっと理不尽。

 結局、私が選んだのは連続攻撃の当たり判定の多いスキルで一気に殲滅することだった。攻撃に伸びていた腕が縮み始めたのを見計らい、逆サイドにステップし、体を反転、スキルを繰り出した。《ダンシングスピア》、5連続多角攻撃のこの技。オーバーキルになることも多く、発動中は無防備になる。完全にボスクラス専用スキルだと思っていたが思わぬところで役立つ。うまく出来ている、と言うことか。

 狙いは正しく、一気にアストラル体が赤くポリゴンになって消える。食らったダメージも《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルできれいに回復している。胸に下げたペンダントの効果もあり、懸念したよりは簡単にクリアできそうだ。この様子ならキリトの方も問題ないだろう。

 槍を背に収めるとパチパチとディアベルが手を叩く。

「あい変わらずの鮮やかさだね。」

「ありがと。」

 一般的には盾持ち片手剣士のディアベルが前衛で、リーチの長い私が後衛サポートなのだろうが、いつも彼は好きに戦わせてくれる。

「思ったよりも敵が脆くて良かった。」

「ソードスキルしか効かない分動きが遅いな。」

 数回の戦闘で私たちが導き出したのはそんなことだった。後は雰囲気にさえ飲まれなければ、と言ったところか。

「でも悪趣味だわ。こんなところに長くいたら頭がおかしくなりそう。今日はこれぐらいにしようよ。」

 コポコポと音をたて、床では紫の液体が煮沸。触れれば恐らく毒のステータスは間違いない。白く靄がかかり視界は良くない。壁は生物の体内かのように血管のような筋が通る。気持ち悪いことこの上無い。

「了解。出口までもちょっとあるし、時間的ちょうど良いかもな。」

 至って紳士的。こんなにも思いやってくれる人、なかなかいない。

 

 

 

「ところで、この間の金属はどうしたんだい? 見たところ装備品に変化はないけど。」

 そう言えばあのクエストの情報をくれたのは彼だった。…あれからアスナとキリトとこんなことになってるわけだけど、いやただのきっかけに過ぎず遅かれ早かれこうなっていたのかもしれない。

「うーん…」

 情報をくれた彼に黙っていると言うのはいかがなものか。リズ以外には、キリトにさえ隠しているそれ。

「内緒だよ。」

 彼が信頼に値する人物なことはよく知っていたため、リズ渾身の一振りをアイテムストレージから取り出した。すると彼の息を飲む音が聞こえた。

「きれいだな。」

 そして、こんな言葉が落とされた。

 大きく輝く刃先が何人をも魅了する。

「固有名はグランドリーム。」

 それだけ言ってすぐに格納した。

「感謝してる。あなたに教えてもらわなかったらきっと出来上がっていなかったから。」

「いや、良かったよ。俺はいつでも君の《騎士(ナイト)》なんでね。」

 冗談めかして笑う彼。以前は何も思わなかったけれど、アスナやリズに私の中に無かった感情の種類を突き付けられ、少し思うところがある。

 でも、彼の私に向かう想いとアスナのキリトへ向かう思いは違うように思えた。どちらかと言えば彼の感情は私がキリトに向けるものに近いようにも思える。

「ありがとう。」

 見返りを求めない彼に私が返せるものはなんだろう。力になってもらってばかりだ。取り敢えずもうちょっと真面目に攻略しようとは思った。

 

 




アスナだけでなく今度はキリトも空気風味…
虫もお化けも嫌いですが攻略はする辺りアスナとは違った真面目さ加減を出すセツナさんの回です。
そう言えばやっとディアベルのギルドの名前を出しました。

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