ここ4層ソロ攻略をする羽目になっているのは何でなのか。セツナに避けられているような気がする。65層に引き続き66層もホラー系エリアだったため一応女の子のセツナは嫌がると思っていたのに。実際に61層と63層の昆虫エリアの拒否具合は物凄く、
この状況はいつまで続くのだとキリトはため息をついた。代わりにアスナが訪ねてきては自分の心配をしていく。セツナがディアベルと出掛ける代わりにアスナに監視を頼んだのかとも思ったがどうやらそうでもないらしい。
見慣れていないのもありセツナと違ってその姿は眼福。たまに見るからなのか有り得ないほどの美人だといつも思い知らされる。栗色の長い髪も艶やかな唇も、細部まで気の配られた女性らしさも魅力的で、よく騒がれているのが分かる。純粋に同じ人として美しい彼女。話していると視線を集めるのも面白い。
恋愛経験なんて豊富じゃない。美人に構われて惹かれないヤツがいるなら見てみたい。
…それでも、自分の中からいなくなってくれないアイツ。自由気ままに自分に想いを寄せてると分かっている人物と出掛けている。何の計算も打算も、悪びれすらないから
「ほんっとに苦労させられるよ、アイツには。」
キリトの呟きは町の喧騒に溶けて消えた。
ここ、67層はバードハウスだ。小鳥型モンスターから飛べない最大の鳥類のようなアレ、はたまた絶滅した飛行型爬虫類のアイツまで様々な鳥類が出迎えてくれる。ドラゴンみたいな大きさがない分、空からの迎撃はちょっと大変だ。65層、66層と動きの遅い敵にソードスキルを叩き込むスタイルだったが、今度は通常攻撃に頼らざるを得ない。プレイヤー各々のスキルが重要になってくる。ソードスキルは発動すると修正がかかり目標を自動的に捉えてくれる。このフロア、攻略組でもソードスキルに頼っているプレイヤーにはちょっと辛いフロアになりそうだ。
そんなことはどこ吹く風と鼻唄交じりに敵を屠るセツナ。ここ数層で溜まっていたストレスを一気に発散しているようだった。60層台は2回の昆虫エリアに加えて連続のホラー系エリア。女性プレイヤーじゃなくてもその手のものが苦手な人間としては辛いものがある。そんなストレスに比べれば対空戦など得物のリーチも活かしつつちょろいもんだと戦闘を繰り返す。
65層にパーティに誘われて以来、ギルドの用事がない時はセツナに同行しているディアベル。そろそろ一ヶ月近くになるが豪快な戦闘には何度見ても興奮させられた。初めてパーティを組んだ時、二つ名の通り舞うように戦うとも思ったが、この層ではギルドメンバーではないにも関わらず誰よりも竜騎士のようだと思った。半世紀前からの有名タイトルでは定番のジョブ。槍装備が余計にそう思わせる。《軽業》スキルを修得しているのか、飛び上がる高さが尋常じゃない。空中でソードスキルを発動するなんてとてもじゃないけど自分には出来そうにないと思った。
スタッと音を立てて着地をし、はだけたケープをかぶり直すセツナ。
「それはもう外さないのか?」
ディアベルの記憶によれば外していた時期もあったはずだ。一層の頃は被っていたが…。30層辺りから20層近くは脱いでいたはずだが…ここ暫くはその
「んー…戦闘の邪魔なのは確かなんだけど…。」
一層の頃からは何度かモデルチェンジもしているのだろう。微妙に色合いも変わったり、装飾も変わったりしている。
「まぁ、君は目立つからね。」
ホームが隣接しているキリトがそれも独占しているのかと思うと、ディアベルはやや恨めしい気持ちを覚えた。
「この方が都合が良いことも多くて。」
ハイディング補正がかかることもあり、単独行動にに欠かせないものでもあった。その事実はセツナ本人と製作者のサチしか知らないことである。サチの作品はシンプルな中にワンポイントの可愛いデザイン。そして、実用性もしっかりで何かしらのステータス補正が嬉しい代物が多い。そんなところがセツナのお気に入りだった。
「それより、もうホラーエリア終わったからギルドの方優先してくれていいのに!」
随分とワガママな言いぐさである。先日は着いて来てと懇願したのに、必要なくなるとこれだ。本当に、いつになったらこの感情は消えてくれるのかと、ディアベルは溜め息をついた。
1層の牧場フロアはミルクやクリーム。3層の水上ステージは海鮮。茅場晶彦は細かな楽しみをこのゲームに散りばめていた。そうなるとこの67層は当然に鶏関係だ。アイテムストレージには既に卵やら肉やらがドロップされていた。惜しむべくは自分が料理スキルを修得していないことだ。セツナは積極的に戦闘以外のスキル修得はしていない。武器はリズが作ってくれるし装備品はサチが。そして足りないものはエギルのお店で見繕うことができる。美味しい食べ物を探して食べ歩きをするのも楽しいし、必要を感じたことがなかったのも一因だ。女性プレイヤーとしては珍しい、戦闘バカなのである。
「美味しそう…なんだけどな…。」
一層でのクエスト報酬のクリームの味を思い出すと、なぜ戦闘にばかりかまけてしまったのだろうとがっかりした。
周囲は本当にここの生活に馴染んできている。釣りや音楽などの趣味スキルを磨いている人もいると聞く。そしてリズベットとも話したが、ゲームクリアへの意識が遠退いてきている。その代わりにプレイヤー同士の結び付きは強くなる。ディアベルになぜケープを取らないのかと言われたが、ステータス補正のこともあるがセツナとしては少し困った事情もあり、時々マイナーチェンジを繰り返し、被り続けていた。アスナも以前そんなことを言っていたが交際や結婚を見知らぬプレイヤーに申し込まれる。向こうがこっちを知っているのに自分は全く知らない。そんな状態でそんなことを言われても恐ろしいだけである。ディアベルのように知っている人ならば、違った形で好意を寄せている相手ならば戸惑いもあるが喜びようもある。
好意の形にも色んな種類があることは最近分かり始めた。知っているのと理解しているのは大きな違いで。ディアベルに置くのは信頼だ。友人とし尊敬している。サチやリズ、アスナに置くのは友愛。見返りに関わらず力になりたいと願う。
――じゃぁキリトは。
最近よく聞かれるテーマで、まだ答えが見つけられずにいる。アスナの想いと自分の好意が同じかと言えばそれは違うように思える。ただ他の友人たちと違う感情を有しているのも事実ではあり、だからこそ今こうしてアスナに遠慮をし、距離をとっている。
全く会わないわけではなく、最近購入したホームはすぐ隣で食も大抵共にしている。ただ公に出掛けないだけだ。情報交換はしているし、予定の擦り合わせはできているので以前のようなすれ違い状態ではない。
今はこうしてアスナを気遣っているが、自分の背中を彼以外に預けられるとも思えず実に悩ましい問題だった。
そう言えばそのアスナは料理スキルを上げていたなと思い当たる。折角手に入れた食材であるし、最近購入したらしい61層の彼女のホームを訪ねることにした。
61層が前線の頃、ダンジョンのモンスターは昆虫類ばかりで随分と苦労させられた。しかし主街区は高級住宅街を思わせる建物が建ち並び洗練された空気を漂わせている。街の中央には湖があり、夜に渡された橋から水面に写る街の灯りを眺めるのは中々風情がある。ただし、高級住宅街の雰囲気は伊達ではなく、プレイヤーホームとしては最高レベルの価格帯であるのも事実だった。50層に購入した自分のホームとは大違いだ。
「ふわー…。」
思わずポカンと口を開けて景色を眺める。
先程アスナにメッセージを送ったら、6時には帰るからと返事が帰ってきた。現在時刻は5時半。30分程の猶予があるため少し街の中を散策することにした。
石畳の道にNPCショップが並ぶ。時折プレイヤーショップの売出し地も混ざっている。ホームは最高価格帯と聞いているが、ショップの方はどうもそうではないらしい。
ガラス張りのショーウィンドから内部が窺えるが、パン屋、洋服屋、八百屋と至って普通なものに混じって武具店や防具店、アイテムショップが存在するのはやはりアインクラッドならではだろう。ほぼプレイヤーメイドとドロップ品で装備を構成しているものの見るのは楽しい。思えば一層の頃から店売りの武器はほぼ手にしていない。それがビーターと揶揄されるべきことだったのかもしれない。ショップにお世話になるのは専らポーションなどの消耗品だ。ダンジョンに籠るときのお弁当も忘れちゃいけない。無駄にお金が余っている分エンゲル係数はかなり高め。現実なら関取クラスになるほど食べている。もちろん、どっかの相棒も食べることが大好きでその影響は計り知れないのだけれど。
「あーお腹空いてきた!」
時計を見るとまだ6時には早かったが、待ちきれずにアスナの家へと向かった。
丁度アスナが扉を開けるところに出会し、早いわよと多少と不平をもらいつつ中に入る。白を基調としたシンプルな内装が洗練した雰囲気を醸し出す。
「そう言えばこうしてプライベートに話すのはあれ以来かもね。」
至って穏やかな、普通な調子で話すアスナ。言われてみれば何の気なしにこうして来てしまったが、リズのお店で宣言を受けてからは攻略以外の会話はしていなかった。
「そう言えば。」
まずかったかなと思いつつ、勝手にソファーに腰を下ろした。家具も凝っていていくらぐらいかかったのか何て考える。簡素な自分のホームとは大違いだ。
「私の方から言い出したからなんか声かけ難くって助かったわ。」
食材の話はしていたため、エプロンをしながらアスナは振り返った。
「…なんかごめん。ただ美味しいご飯が食べたかっただけなんだけど。」
本当に他意はなく、アスナを頼ってしまったことをすすこし恥ずかしく思った。
「セツナらしいけど。じゃっ、取り敢えずご飯作っちゃうね!」
サラリとそう言ってくれたアスナにドロップ品の食材を渡す。頷きながら何作ろうかなぁと鼻唄混じりに、稀にレア食材に喜びながら作業は進められていった。
ポンポンと形を変える食材。初めて見るその光景は魔法のように見えた。アスナが包丁で食材をタッチすると丁度よく切り分けられる。卵も殻を割ることなくきれいに中味が露に。
「やっぱり鶏肉はこれかなー。」
自前の食材も取りだし、作業は佳境に入る。
「何作っても簡単なのが玉に瑕だけどまぁしょうがない。」
「さて、あったかいうちにどうぞ!」
あっという間に出てきた料理は、この世界にこんな食べ物があったのかと言う代物。
「これは…!」
とろとろの半熟の卵の海に時折のぞく鶏肉。そしてあしらわれた三つ葉に似た何か。
「ふふーん。私のこの一年半の研鑽の成果が入ってるわよ。」
ドヤッっと言われても納得せざるを得ない。
「親子丼だ!!」
いただきます、と湯気をたてるそれを持ち上げいっきに掻き込む。擬き食ばかり食べていた身には懐かしい味がした。
「はひはひひへへほひひい!!」
あまりの感動にモゴモゴと食べながら伝えようとしてしまいアスナは苦笑いする。
「何言ってるか分かんないよー。」
ガツガツと食べ進める私にアスナが口を開く。
「ねぇ。」
「ふ?」
「なんでキリトくんと行動してないの?」
核心を突くその言葉にそう来るかと目を見張ってしまった。
「…この間は、私がフェアじゃなかった。だからこれでチャラ。こんなことで二人がパーティ組まずに死なれるのが一番嫌。変な気、使わなくていいから。」
美味しいと思っていた食べ物の味が急に分からなくなる。ポカンと彼女を見つめると、アスナの方が所在なさげにご飯を掻き込み始めたのだった。
67層ボスまで書こうと思ってたのですが…どうしてこうなった。
セツナの呪文のような台詞は「出汁がきいてて美味しい。」です。