白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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3:1層*黒の少年と白の少女②

 

 

 一夜を明けて、昨日の約束通り"なんでも答える"ことになった。

 この世界では寝不足でもクマなんかできたりしないし、いくら泣いたって目蓋の腫れもない。良いところを一つ見つけた。

 セットしたアラーム通り朝7時に目を覚まし、のろのろとステータスウィンドを開いて武具を装備する。昨日と一つだけ違うことは頭をケープで覆ったことだった。昨日キリトと別れてから村が夜の装いになる前に購入したものだ。

 約束の時間にNPCレストランへと行くとそこにはもうキリトの姿があり、簡単な朝食を食べ始めていたところだった。

「おはよう。」

 昨日の出来事は無かったかのように、待ち合わせしてログインしたような気安さで声をかけられ毒気を抜かれる。周囲にはちらほらと他のプレイヤーの存在があり、同じことを考えてスタートダッシュを切った人がそう少なくないことが窺えた。

「おはよ…」

 何となくそっけない挨拶を返しNPCに注文をしようとすると、昨日のお礼とキリトに会計を済まされてしまう。

「昨日は本当に助かったよ。」

 重ねてお礼を言われなんとなく気恥ずかしくなる。

「そんな…。」

「いや、セツナが来てくれなかったら今ごろ俺ここにいなかったかも。」

 冗談めかして笑うが正直洒落にならない。苦笑いを浮かべるとキリトは続けた。

「ベータテストの時割っちゃった集団見たことあるけどさ、4人ぐらいのパーティーで全員レベルも3か4ってとこだったけど全滅してたからさ、二人で生き残れたのはホントに奇跡だよ。」

 改めてありがとう、と頭を下げられ、もうなんと言葉を発していいか分からなくなった。居心地の悪さに話題を移そうと思い浮かんだのは、あの場にいたもう1人の人物の事だった。

「それより…あの《隠蔽(ハイディング)》スキルの人は…知り合い?」

 自分とキリトに精一杯で、このデスゲームから早々に退場させてしまった彼。恐らくはキリトにMPK(モンスタープレイヤーキル)を仕掛けたであろうことが窺い知れたため、自業自得と言えばそうなのだが、リアルな人命がかかっているとすればそう簡単に切り捨てていいものか。

「コペルって名前で…俺もそれぐらいしか知らないけど元ベータテスターだよ。俺の《リトルネペントの胚珠》を狙ってのことだったと思う。」

 目を伏して答えるキリト。MPKされかけたとはいえ目の前で人がなくなった現実。どう捉えていいのか彼にも分からないんだろう。それはセツナも同じだった。自分としては助けに入ったのにそれが叶わなかったのだから。

「そっか…その、クラインは?」

 続けて自分が気になっていたことをぶつけると、キリトの表情には更なる影が落ちた。あの場所には彼の姿はなかった。それは行動を共に出来なかったことを示していた。言いにくそうにキリトは口を開いた。

「他のゲームで知り合った人たちと待ち合わせしてるからって…。流石に俺一人で4人も5人もは無理だから…迷ったけど俺は…。」

 見棄てたんだ…飲み込まれたその言葉が私には聞こえた気がした。その話を聞いて広場から逃げ去ったことを心底後悔した。私が逃げさえしなければキリトがこんな負い目を感じることもおそらくは…。1人では無理でも2人ならなんとかなったかもしれない。今からでも戻るか。…でもクラインが受け入れてくれたとしても他の仲間たちはどうだろうか。訝しまれてもおかしくはない。

「ゴメン…私…。」

 そんなセリフが出たのは自分が楽になりたいからなんて分かりきってはいたが、それでもそうせずにはいられなかった。今更そんな言葉を述べて彼らが救えるわけではない。自分の罪悪感が軽くなるだけだ。

 俯けばキリトが首を横に振った。

「セツナのせいじゃない。俺が…強くないから。だけどなんであの時…、聞いて良いのか分からないけど…。」

「良いよ。なんでも答えるって言った。」

 その言葉にそもそも自分が何でも答えると言って約束したことを思い出す。それなのに自分ばかり質問してしまいばつが悪い。それにその質問がぶつけられることは予想していた。

 キッパリと返事をするとキリトは少し言いにくそうに続けた。

「…いつものそのアバター、リアルなセツナだったんだな。」

「うん…。不気味でしょ?」

 白い髪。赤い瞳。奇異の目でしか見られないこんな姿大嫌いだった。だけど作られた世界ならこんな私を誰も疑問に思わず受け入れてくれていた。だからどんなゲームでも自分はこの姿だった。

 ただこのゲームではアバターは現実世界の姿に変えられた。多くのプレイヤーが日本人だったため当然ゲームの世界でもそれは異質なものに変わった。

 自嘲するような笑みを浮かべることしか出来なかった。しかし、それはすぐに形を変えることになる。彼は自分の思っていたこととは異なる答えを返してきた。

「不気味…とは違うかな。確かに驚いたけど、それは姿が変わらなかったことで、何て言うかよく分からないけど、前からアバターの立ち振舞いが堂に入ってるって思ってたんだ。それもそのはずだよな。現実と変わらない姿なんだから。」

 そう言って笑うキリトにどうにも間抜けな顔をしていただろう。そんな風に言ってもらえるとは全く予想してなくて。

「ま、そこがセツナにとったら知られたくなかったことなのかもしれないけど、幸い髪はアイテムでカスタマイズ出来るからそのうち目立たなくなるだろ。」

 あっけらかんと言い放つキリトに少し心が軽くなる。

逃げ出してしまった罪は消えないし自分の姿が変わるわけでもないけど自分が気にするほど周りの目は気にならないかもしれない。

 ようやく何時間かぶりに本当の笑顔を作れた気がした。

「ところでセツナはこれからどうするんだ? 攻略を目指すつもりではあるんだろうけどさ。」

 キリトからするとこちらの方が本当に聞きたかった方なのかもしれない。その問いには当然に頷いた。

「いち早く《トールバーナ》を目指すつもりではあるけど…まずは主武器(メインアーム)の確保、かな。」

 そう答えるとキリトは腕を組み考え込んだ。

主武器(メインアーム)か。槍は片手剣と違って一層は店売りしかない…そういやなんで《森の秘薬》クエストを…。」

 《アニールブレード》の手に入る(くだん)のクエスト。キリトの疑問ももっともではある。片手剣使い以外にすれば、ただの面倒なクエストだ。しかし私は別の答えを持っていた。

「それについて知りたかったら一緒に来れば?」

 

 

 

 向かったのは村の鍛冶屋。

 このゲームのリアルなところはメンテナンスを怠れば武器の耐久力は落ちる。そのため定期的なメンテナンスが必要だ。また武器強化もここで行うことができる。鋭さ、丈夫さ、重さ、速さ、そして正確さ。5種類のパラメータをいじることによって同じ名前でも人とは違う武器に育てることができるのだ。

 昨日のクエストで消耗した《ショートスピア》をメンテナンスするのも良いが所詮は初期装備。選んだのは別のコマンドだ。

「《アニールブレード》をインゴットに。」

 特に口で告げる必要はないがNPCの鍛冶屋のパネルをそう操作した。横ではキリトの間抜けな声が聞こえたような聞こえなかったような。

「ばばばばばっか! 正気か!?」

 昨日剣を受け取ってからうっとりと眺めるようにしていたキリトからすればそりゃ正気の沙汰ではないかもしれない。そんな間にも《アニールブレード》は炉へと送り込まれ赤い光を放っていた。

「あぁぁ…。」

 心底残念そうな声が響く。確かに自分がこれから相棒にしようとする剣が目の前で溶けていくのはあまり気分の良いものではないかもしれない。

 そうこうしているうちに私のアイテムストレージには《キュイブルインゴット》が格納された。ついで《ショートスピア》もインゴットに変えるそしてここからが勝負である。

「《キュイブルインゴット》をスピアに。」

 インゴットから武器を生成する。ゲームシステム的には組み込まれているものの、まずこんな序盤から利用する者はいないだろう。店売りよりも高価になるし鍛冶屋のスキルも序盤だから当然大したものではない。それに武器作成には《基材》や《添加材》も必要になってくる。支払ったコルやアイテムの対価としては見合わないものが出来る可能性の方が遥かに高い。それでも生き抜くと決めたからには納得のいく装備が欲しかった。リスクは折り込み済。失敗したらまたクエストに挑む覚悟だってある。それがあのクエストを受けた一番の理由だった。そう、ここでも試されるのはリアルラック値だ。

 カン、カン、カン…と小気味良い音が響き渡り鎚音が重なっていく。

 

―どうか良い武器ができますように。

 

 祈るように鍛冶屋の作業を見つめると、鎚音は30を数えたところで止んだ。隣でキリトが息を飲むのが聞こえた。叩く回数と比例して武器の性能は決まる。そう、悪くないものができたのではないだろうか。

「はいよ。」

 そうNPCの鍛冶屋に渡された槍は《アニールブレード》には及ばないものの、《ショートスピア》よりは幾分か重い。プロパティウィンドを開くと強化試行回数は8と出ていた。

「《スタニウムスピア》。《アニールブレード》相当…かな。」

 どうやら昨日は人並みだったリアルラック値だったが今日はかなりの高水準だったようだ。

 NPC鍛冶屋にありがとうと告げ、キリトへと向き直った。

「と、言うわけでした!」

 思いの外期待していたよりもうまく言って内心ホクホクだ。お陰さまで手持ちのコルはすっからかんな訳だけれども。恐らく見せたことの無いような笑顔がうかんでいるだろう。我ながら現金…。しかし、

「と、言うわけでした、じゃないだろう! そんな高リスクなこと…それに《アニールブレード》をそんな無下に。」

 種明かしはどうやらお気に召さなかったようで成功したから良かったものの、と暫く小言を聞く羽目となった。

 

 

 それぞれ主武器(メインアーム)を手にしたところで、試運転を軽く行う。少し重くなった分取り回しは難しくなったから次のレベルが上がったときには筋力値を上げた方が良いかななんて考える。それでも威力は段違いで《ホルンカ》周辺の防御力のあまり高くない植物モンスターならばソードスキルを使わずともHPが面白いぐらいに減る。レベルとしては大したことないがそろそろ経験値効率としては次の町へ移った方が良さそうだ。周辺の敵は3レベルぐらいなので偶然が重なり5まで上がってしまった私としては多少緩い。

「そろそろ私は次の町にいこうと思うけどキリトはどうするの?」

「…流れとしてはコンビ組むとこじゃないのか。」

 呆れたように言いつつも彼のスタンスも基本はソロの筈だ。

「生存率を上げるためにはそれも良いと思うけど経験値効率は下がるわよ。」

 複数人でしか出来ないことだって当然あるが基本的に経験値の按分されるパーティプレイはソロプレイよりも経験値効率が下がる。強敵や複数の敵を相手にするならば当然そうしなければならないが一層のモンスター。侮りさえしなければどちらが良いかと言う感じもする。

「それはそうなんだけど…。」

 昨日のMPK寸での経験は苦いものを彼に残したようで。勿論、自分の中にも迷いはある。経験値効率云々は本音はそこそこにほぼ建前でもある。キリトがクラインを見棄てたと言うならば、私は二人とも見棄てた。そんな私がパーティを組むことは許されるのか。…他人を出し抜くことを一度選んだ自分に。

 デスゲームと化してしまったこの世界で生き残り、戦っていくには安全マージンと未踏破エリアの攻略のバランス感覚が非常に重要だ。

 ソロプレイでどこまで出来るかは正直分からないがソロを貫くことが贖罪になるような気もする。

「…私にはパーティプレイの資格がない。」

 あの場から逃げ出し、利己的なプレイを考えた。それが答えのように思えた。

「でも、セツナは俺を助けてくれただろ。俺にだってパーティプレイの資格はないけど…。」

 キリトにも同じ迷いがある。それならば、

「いつでもメッセ飛ばして。すぐに駆けつけるから。」

 自分が許せる時までは一人でも良いのかもしれない。その答えにキリトも納得をしたようだった。彼の中でもソロプレイと言う回答の方が大きかったのだろう。

「今度は俺がセツナを助けてやるよ。」

 そう言って不敵に笑った。

「楽しみにしてる。」

 じゃぁと背を向け歩を進めると、背にキリトの言葉が刺さる。

「セツナ! お前は好きじゃないのかもしれないけど俺は結構その姿好きだよ!」

 ケープなんかで髪隠すなよ! と飛んでくる言葉がすごくくすぐったかった。お返しにとびっきりのくすぐったい言葉を返す。

「私もキリトのいつものアバターよりそっちの方がかわいくて好きだよ!」

 名残惜しくなるから反応は待たずに走った。

 今日は昨日とは違う。また会える別れ方。

 運よく巡り会えた相棒を手に誰よりも早く次の町を目指した。

 

 

 

 




オリ主が序盤キリトよりネガってます。
チート武器に登場いただきましたが、インゴットの名前はフランス語で銅。槍の名前は英語でスズ(青銅の化合物)です。
アニールブレードが恐らく銅の剣(アニール加工)と想定し、そのような名前にしました。

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