白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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30:67層*それぞれの思惑②

 

 

 

 67層の攻略会議が開かれたのはその翌日のことだった。

 偵察隊によると、67層のボスはやはり鳥獣型らしい。《ザ・マーシレス・ストーム》、容赦のない嵐の名の通り突風の攻撃が物凄く、壁のようにボスを守るため近付くのですら容易ではないとのことだ。

 そんな報告からか、いつもは会議にはあまり姿を見せないヒースクリフが攻略会議には列席しており、緊迫した雰囲気が流れていた。

 

「では、攻略会議を始めたいと思います。」

 

 今回の作戦指揮はアスナ。いつもはもっと堂々とした雰囲気を醸し出しているが、ヒースクリフがいるからか、やや緊張した面持ちで会議をスタートさせた。

 メインの協議テーマはいかにボスに近づくか。嵐をどのように防ぐかと言ったところだった。当然に技後動作(ポストモーション)は存在するのでその硬直中に仕掛けると言うのが主だった意見になるが、その間に近寄れないところまで吹き飛ばされてはしょうがない。いかに吹き飛ばされないような対策をとるか、突進力のあるプレイヤーが突っ込むか。果たして壁戦士(タンク)とてその突風に耐えられるのか。

 

「嵐の中に飛び込んじゃえば良いのに。」

 

 様々な押し問答が繰り広げられるなか、セツナが放り込んだ爆弾。アスナとキリトはまたかと頭を抱えた。稀に明後日の方向からアイディアをぶちこんできては会議を停滞させる。それが役に立つこともあれば、彼女の行動メンバーがハイレベルなためか、要求レベルが高く、彼女の構想レベルに至らない攻略組プレイヤーもおり採用できないことも多々ある。あくまでマイペース。…と言うのが攻略組のセツナに対する共通の見解だった。

 そんな彼女を ほう、とヒースクリフが面白そうに眺めた。

 

「セツナ君、話してみたまえ。」

 

 柔和な雰囲気なのにものすごい貫禄と威圧感。存在そのものにやや気圧されながらも、いつもキリトとアスナに呆れられるのが納得のいかないセツナは、それに負けじと毅然と口を開いた。

 

「ほら、台風の目みたいな感じで風攻撃の最中ってボスの回りは無風だと思うんですよ。それに攻撃中は他の動作(モーション)は起こさないでしょ。そこを狙えば。」

 

 ヒースクリフが頷くのとは真逆に会議の雰囲気は落ち込んだものとなった。あぁ、またセツナを黙らせる時間が必要なのかと。アスナが溜め息混じりに言葉を紡ぐ。

「あのね、だから今その方法を考えてたの。分かる?」

「話には続きがあるの。」

 正面突破は当然難しい。だからその方法を話し合うことの方がナンセンスだ。

「風の壁はなにも天井まである訳じゃない。越えれば良いのよ。」

「越えるって…。」

「勿論、一人で越えるのは無理だけど…私やアスナのような軽装プレイヤーを壁戦士(タンク)が跳ばせば越えられるわ。」

 そもそも、この層の敵は対空戦が主流だ。ならば、こちらも空へ赴けばよい。

「…ダメだ! 危険すぎる!!」

 セツナの案に異を唱えたのはキリトだった。軽装プレイヤーは盾を持たない者が多い。それはつまり、風の壁が消えた後の攻撃を防ぐ手段を持たないと言うことにもなる。それに、空中では思うように体を動かすことは難しい。その間にモブに襲われては一堪りもない。

「いえ…それしか方法はなさそうね。」

 しかしアスナはそれを受け入れた。

「アスナ!?」

攻撃特化型(ダメージディーラー)で身のこなしに覚えのある者は名乗り出て。それを軸に考えましょう。」

 キリトとアスナの意見が対立したのは56層以来だった。戸惑いながらもメンバーはアスナの指示に従う。危険なのは分かる。ただ、それより良い案を持ち合わせているものは他にいなかった。やるしかないのだ。

 キリトも早い段階で折れ、

「…俺も前衛(アタッカー)に入るからな。」

と、言った。

 

 

 

  攻略会議の後、久しぶりにならんで帰路を共にしているキリトとセツナの姿があった。

「お前って…ホントめちゃくちゃ。」

 小さく呟かれたその台詞には諦めと安堵が含まれていた。いつも通り突拍子もないことを言い出す彼女への諦め。そして避けられていたように思えたがこうして肩を並べられることへの安堵。

「だって、押し問答しててもしょうがないと思ったんだもん。」

 それはきっと誰しもが頭にあっただろう案。しかし口にするには危険で、嵐を飛び越える自信など誰もなかったのだろう。だから上がらなかったその意見を取り出したのは誰にとっても驚くことだった。それによって決めあぐねていたアスナも背中を推され、結果そのもっともハイリスクでハイリターンな攻略法が採用されることになったのだ。

「俺には言えなかったな。」

 当然キリトの中にもそれはあった。ただどれだけの人間が空中戦をこなせるか分からなかった。セツナとアスナは問題ないだろう。ただそれでは倒せない。そしてすぐに棄てた案だったから人に跳ばせてもらうことまでは考えなかった。

「良いのよ。めちゃくちゃなことを言うのはいつだって私、でしょ。」

 室内から出て被り忘れているのか、いつもはケープに隠されている髪が日に透ける。金糸のように輝きふわりと揺れるそれに目を奪われずにはいられない。

「……そう、だな。」

 肯定の言葉を返しつつもキリトは自分が何を言っているのか上の空だった。意識はセツナの髪に奪われる。

「危険なのは私だって百も承知。だけど、越えなくてはならない壁だから、文字通り飛び越えてやるのよ。」

 自分のスキルに自信がなくてはとてもじゃないけど言い出せない。いざとなれば一人でも前衛(アタッカー)役をやるつもりだったのだろう。

「一人で行くなよ。」

 放っておけば一人でどんどんと危険な橋を渡りかねない。最強のお姫様を守るにはそれより強くならなければならない。

「ちゃんと着いてきてね。」

 さほど長くはない髪をなびかせ、前を歩くセツナ。いつかキリトはベータテスターの自分には攻略組を率いることなど出来ないと思ったことがあった。しかしそうではないと、皆の注目を集める彼女は証明していた。大切なのは諦めることではなく、示すこと。彼女のこの世界での生き方が、そう表していた。

「明日も勝とうな。」

 それは1層の頃からの攻略前の合言葉。後何回繰り返すか。とにかく犠牲なく勝つ。それが全ての攻略におけるただひとつの決め事だ。

 セツナはひらひらと右手を振ることでそれに応えた。

 

 

 

 

 

 鷹の頭部、人形の体に大きな翼。そんなレリーフの刻まれた扉が67層最奥部にはあった。

 アスナがレイドに頷きかけてからそれを開け放った。円形の室内の中央部に事前情報と相違のない姿、レリーフと、同じ姿のモンスターはいた。《ザ・マーシレス・ストーム》取り巻きのモンスターは10羽ほどの鷹だろうか。扉の解放と共にレイドメンバーが雪崩れ込むことはお決まりで、今回も例に漏れず音をたてて部屋の中へ突入した。…いつもと違うことと言えば、アタッカーとタンクが一対一でコンビを組んでいることだろう。キリトはエギルと、セツナはいつか面識を持つこととなったシュミットと行動を共にしていた。今回の作戦ではキリトとは勿論、ディアベルとのコンビを組むことも出来なかった。HPゲージの4本中3本を減らすと、嵐での保身は終わり、攻撃に転じてくるとある。それまではこの体制で、ディアベルのようなバランス型のプレイヤーは専らモブを担当することになる。

「シュミットさん行きますよ!」

 本日の相方に一声掛けると、セツナはまずは自力で飛び上がり空中の取り巻きへ向かってソードスキルを繰り出した。

 飛び上がってから、射程圏内へモンスターをおさめてからのソードスキル。タイミングをとるのが高難度であるが、キリトとアスナもそれに続いた。まだ、嵐の壁を繰り出していないボスに近付くと、無数の羽が飛んできて、HPを削っていく。

 

「あまり近付くと壁にHP持っていかれるわよ!!」

 

 アスナの指示が飛ぶ。例の風はまだ発動されていない。至近距離で食らえばどれだけ吹っ飛ばされどんなにHPを削られるかは想像もつかない。適度に距離をとりつつ、軽微なダメージでも徐々に蓄積させることがまずは得策だ。ヒット&アウェイを基本に組み立てる。

 

 一本目のHPバーが半分ほど減ろうかと言ったところで、ボスが一度翼を閉じた。

 

「来るわよ!!」

 

 アスナの号令で全員が壁際まで下がり、盾持ちのプレイヤーはそれを地に立てた。

 バサッと翼が開かれると共に、それは巻き起こった。

 

 

ゴオオオオオ

 

 

 地鳴りと共に正に嵐。その目を縫ってモブがリポップし、その勢いそのままに襲いかかってきた。中の様子は全く窺えず、ボスの姿は全く見えない。

 モブの迎撃をしながらも調査隊参加者以外が呆気にとられた。

 

―――勢いのレベルが違う。

 

 少し動こうものなら風の勢いに押し戻されてしまう。本当に作戦通りになど行くのか。皆が不安にかられた。飛び上がったら最後、壁に叩き付けられるのではないかと。

 一度退いて再度作戦を立て直すか。アスナでさえ層思った。

 

「シュミットさん!」

 

 そんな中、退かないのはやはりセツナで。

「正気か!? 俺は人殺しにはなりたくない!!」

 図体の割に臆病な相方の腰の方が引けていた。

「これで死んだってあんたを恨まないわよ。…大体、侮らないで!」

 作戦通り高く飛び上がろうとした彼女。しかし発射台の役目を果たすシュミットの方が(かぶり)を振った。

「嫌だ! 恨まれなくたって俺の中には残る!」

 ギリッと奥歯を噛み締め、セツナは身を翻した。

「…ったく! ディアベル!!」

 そして駆け寄ったのは彼女が何番目かには信頼を置く盾持ち片手剣士の彼のところだった。

「セツナ!?」

 モブを迎え撃つ彼は今回は役割が違う。自分のところに来るはずはないとディアベルは驚いた。

「跳ばして! 誰かがやらなきゃ進まないのよ!」

「俺じゃシュミットほど飛ばないぞ?」

 戸惑うディアベルにセツナは迷わず空を指差した。

「狙いはあれよ。」

 その指の先を見て、ディアベルは頷いた。

「…分かった。カウント、とってくれ。」

 目標から垂直に下がり、助走をとる。

 

「いくよ! 3!」

 

「「2!」」

 

「「1!」」

 

 二人の声がこだまする中、セツナは空中へその身を投げ出した。その行方をレイド全員が見守る。

 

「っつ! はぁぁぁあ!」

 

 風に身を飛ばされそうになりながら、目標へと《ソニック・チャージ》を繰り出した。

 システムアシストが、敵へとその身を導く。

 

「そうか!」

 

 キリトの声とセツナの槍が敵を穿つのはほぼ同時だった。

 セツナが狙ったのは風の中心部上空を浮遊するモブ。そこまで辿り着ければ中央は無風。壁の中に侵入することができる。空中でのソードスキルはタイミングがシビアではあるが、システムアシストをうまく使えば目標へはかなり楽に近付ける。

 ポリゴン片を撒き散らしながら、セツナは壁の内部へと降り立った。予測通り、壁を作り出している間はノーガード。そして内部に障害はない。

 

「これでぇっ!!」

 

 濃緑の槍を大きく振りかぶり、人前ではまだ使ったことのない、スキルを思いっきり叩き込んだ。

 

「ディメンション・スタンピード!!」

 

 

 それが攻略の皮切りとなった。

 

 




勿論続きます。

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