「ディメンション・スタンピード!!」
6連撃の強打が叩き込まれる。体重がのる分強く、それでもアシストで剣閃の光る高速の槍の最上位スキル。ノーブル・ローラスの攻撃力もあり、一気にボスのHPゲージが動いた。例に漏れず、重量と攻撃力重視の強化は変わることはない。
すると、嵐がやや和らいだように思えた。当初は風の壁の先は真っ白く見えなかったが、うっすらと人の影が確認できた。
もしや、と
「はっ!」
身を翻し槍を斜め上から切り下ろし、スキルモーションを起こす。どうやら風の壁の発動中はモブがポップするばかりで攻撃動作は起こさないと言う事前情報は本当らしい。ザシュッザシュッとボス戦にしては気前が良すぎるぐらいに攻撃がヒットする。
よく考えてみればクォーターポイントでも何でもない。そうそう難易度の高いボスがいてたまるものか。気が付けば風の勢いが収まったからか壁内にはアタッカーが入り込んできていた。
「セツナ!」
キリトやアスナも例外ではなく背を合わせモブを狩りながらダメージを与えていく。壁内には
どうも嵐の壁はボスのHPと連動するようだ。と言うことはつまり、
「全員次の嵐に備えて!!」
アスナの声が響き渡った。
またある程度のダメージを与えると最大風速の嵐が襲い掛かってくることが予測できた。3本目までは
2回目の嵐は1回目にセツナがやって見せたようにどんどんと空のモブを利用して皆飛び込んでいく。モブの数の多さがこのボスの攻略ポイントかと思うぐらいだ。
―何事も無さすぎて不気味すぎる。
セツナは何か嫌な予感がした。いくらなんでもことがうまく運びすぎる。4本目のゲージは本当に勝負ポイントになるかもしれない。じりじりと減り続けるボスのHPをセツナは睨み続けた。
「セツナ?」
彼女の異変にいち早く気が付いたのは即席コンビで一番始めに彼女を飛び上がらせたディアベルだった。
「嫌な予感がするの。」
攻撃に回ることを差し控え、モブを狩って様子を見続ける。違うアクションが見えたらそれが引き金だ、さすがにこんなに簡単なはずはない。何かが来る。
「4本目か。」
ディアベルもそれに倣いHPゲージを見据えた。
数は多いものの大分皆対空戦にもなれ、モブの対応に困ることはない。強すぎるボスはクォーターポイントだが、ボスにしては簡単すぎる。攻撃モーションの変化、それがどこまで影響するか。
楽勝ムードにやや緊張感が解けているようにさえ感じられる。…危険だ。
3本目のゲージも削り終えられようとしたところで、ボスは再び翼を閉じた。2回のパターンとは違う。
「下がってぇーーーーーー!!!」
セツナが叫ぶが早いか、ボスの翼が開くが早いか。周囲のプレイヤーは壁へと叩き付けられ一気にHPをイエローゾーンに陥らせた。セツナの叫び声むなしく、その翼からは鎌鼬のような全方位攻撃が放たれたのだった。戦線は一気に乱れる。尚もボスの攻撃は止まず、滑空体勢に移行する。急な変化に対応できず立ち止まるものさえいる。
―自分がみんなに伝えていれば
そんな思いも抱きつつ、嘆くのは後とセツナはボスへ向かって駆け出した。
あとHPバーは1本。飛ばされたプレイヤーたちを守りながら削りきらなければならない。寸でのところで回避した、もしくは受け止めたキリトたちは既に攻撃に戻っていた。それに加わろうと空へ跳ね上がり、ソードスキルを発動させる。
イメージしろ
自分がどんな風に動くのか
さながら竜騎士のように飛び上がり、セツナは重力も体重も全て味方に上空からボスを床へと縫い止めた。
「怯むな! HPがグリーンの人で立て直す!」
貫通した槍を引き抜き、全員の士気を煽る。本来アスナの役目だろうと構ってはいられなかった。しかし、それは裏目に出る。味方の方向を見ることはつまり、ボスから目を放すことにつながり、
「セツナ!! 危ない!!!」
キリトの怒鳴り声が聞こえたのとセツナを強い衝撃が襲ったのは同時だった。
そう感じたのも束の間。衝撃に目を閉じたのは一瞬。目を開き自分のHPバーを確認するとさほど減少してはいなかった。その代わりに
「ディアベル!?」
セツナは庇われたのだと言う事実を突き付けられた。衝撃はディアベルが自分を勢い良く抱えたものと、彼が受けたダメージの残滓だったと言うことだ。彼のHPバーが赤に染まっているのが見てとれる。気付いていながら一番ボスの変化に浮き足立っていたのは自分だと言うことか。そのために自分ではない人を危険に晒してしまった。
手持ちのハイポーションを彼の口に突っ込み、セツナはステータスウィンドウを開いた。
自分が許せない。このボスだけは自分の手で屠る。
強い思いで今まで手にしていなかったそれを握りしめ、地を弾いた。
「どいて!!」
独り善がりでいい。こいつを倒せさえすれば。
白銀の刃を煌めかせ、何人も触れられぬ勢いでそれを振り回した。1枚ではなく、両端2枚の刃が何重もの剣閃を生み出す。
「っつ!」
速く、もっと強く
スキルモーションとリンクした動きがより強くより疾い動きになる。
ザシュッザザッ
セツナの気迫と誰も目にしたことのないそのスキルに誰もが動きを止めざるを得なかった。
「えぇぇいぃ!!!」
大きな咆哮と共に叩き込まれた最後の一撃に終に残ったのはポリゴン片とcongratulation!の白浮きの文字だった。
濃紺の柄、その両端に白銀の刃を携えたその武器。そしてそこから繰り出された無数の剣閃に呆気にとられ、ボスを倒したと言うのに口を開くものも動き出すものもおらず、皆が金縛りにあったようにその場に縫い止められていた。
「ディアベル! ごめんなさい。」
「良かったのか? こんなところで。」
彼を心配するセツナとは裏腹にディアベルの口から出たのはそんな言葉だった。それは彼女の武器の正体を知っていた彼だからでたせりふだ。
「セツナ…。」
キリトから落とされた声にセツナは振り向くことができず俯いた。
「ユニークスキル、だね。」
そして、それに答えたのはセツナでもディアベルでもなかった。その声にはっとしてセツナは声の主に視線を向けた。
「なっ…!」
誰も知らないはず。それなのにそう断言するこの男。思わず臨戦態勢をとる。
「まぁ、そんな恐い顔をしないでくれ。当然の推論だろう。」
「ヒースクリフ…。」
いつだったかセツナのスキルスロットに追加されていたそれと、アイテムスロットに存在した不思議な武器。それを見た時からセツナの中ではもしかして…と言う気持ちは拭えなかった。発動条件も分からない。ならば、万が一の切り札として残したとしても積極的には無かったものにしよう。それがセツナの選択だった。そして、今日がその万が一になってしまった。
「面白いスキルだね。私の《神聖剣》は攻防一体だが攻撃に随分特化している。」
確かに、ヒースクリフのスキルは何より堅固で、しかし盾からもソードスキルを発動できると言う驚異のスキルである。それに比べてセツナの物は、特殊な武器から繰り出される攻撃の手数の多さが強みのスキルだ。防御のことなどはあまり考えられていない。
「…けど私のスタイルにはあってる。」
しかし元よりセツナは盾を持たないプレイヤーだ。攻撃は基本的に避けるか武器で弾く。乱暴な言い方をすればやられる前にやると言うスタイルだ。
「ふむ。与えられるべき人に与えられる、と言うことか。」
それだけ言うと彼は満足したのかその場を去っていった。
「セツナ…。」
尚も心配そうな面持ちでセツナの言葉を待つキリト。相棒にすら伝えていなかったこれをどうして納得してもらおうか。
「…聞いた通りだよ。スキル名《天秤刀》、この両刃の武器が装備できる、それだけのスキル。」
気の利いた言葉はこの状況からは全く浮かばず、最低限の説明だけをした。
「…ディアベルは知っていたのか。」
キリトの抑揚のない声にセツナは頷くことしか出来なかった。
「―――なんで!!」
「ディアベルには! これを作る金属の情報を貰った! だからよ。」
泣き叫ぶように絞り出された言葉。それにいつか彼女が金属を探していたことをキリトは思い出さされた。…そしてその金属は自分の武器の源になっていることも。
「これは、本来使うつもりはなかったの。ただ私の驕りと油断が彼を危険にさらした。」
「セツナ…。」
「キリト…ごめん…。」
「いや、言えないことぐらいあるのは…」
「そうじゃない。」
セツナの目尻には水滴が見てとれた。突然の謝罪。それは隠していたことに対するものだと当然に判断したキリトだったがそうではないらしい。セツナは頭を振る。そして続けた言葉はキリトには到底受け入れられないことだった。
「私、《竜騎士の翼》に入る。」
セツナのユニークスキルの発覚、そしてソロプレイヤーからの脱却。ボスを倒したことよりもあまりの出来事に、攻略組のプレイヤーたちは未だに言葉を発せずにいた。
セツナの武器はクロノクロスの主人公セルジュの武器を思い浮かべてください。固有名もそこからいただいてます。
ユニークスキルについては色々迷いましたがここに落ち着きました。
67層をターニングポイントに選らんだのは原作で人が亡くなるからです。