白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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32:68層*少女の選択

 

 

『私、《竜騎士の翼》に入る。』

 

 

 その言葉にキリトは当然、ディアベルですら言葉を発することが出来なかった。重たい沈黙に包まれる中その雰囲気に耐えられず渦中のセツナが再び口を開いた。

 

「……68層のアクティベートしてくるね。」

 

 そう言ってその場をセツナが去ったあと、ややあってボス部屋は騒然とすることとなった。

 

 

 

 

 階段を一段一段踏み締めるように上る。こんなにやりきれない思いでこの階段を上がるのは1層の時以来だった。あの時は生贄(スケープゴート)としてビーターと揶揄された。それは自身で選んだ道だった。この世界を解放するために必要だと判断したから。今回も自分の判断には違いない。あの時と違うのはそこに迷いがあったことだ。

 階段を上りきるとそこには砂浜と見渡す限りの水面が広がっていた。

「次は…海、か。」

 ザザンと波が打ち寄せては引いていく。

 勢いで言ってしまった。後悔がないと言えば嘘になる。でも、それだけの衝動にかられスキルを解放しそう告げたことは自分の思いに正直に動いた結果に他ならない。

 

「セツナ。」

 

 後ろから呼ばれ振り向くとそこにはそのきっかけになった人物がそこにはいた。

「ディアベル。」

 1層の頃から大切に支えてくれていた彼。いつも無償で私に色々なものをくれた。

「うちのギルドに入るって…。」

 さんざん勧誘をしていた割りに、いざ入りますとなるとこの反応。ディアベルにも隠せない戸惑いがあることが見てとれた。

「あら、勧誘キャンペーンが終了したら私の入る余地はもう無いのかしら。」

 冗談めかしてそう言うと、ディアベルにも小さな笑みが見えた。

「そうじゃないさ。うちは君が入ってくれれば随分助かるよ。ただ、本当に良いのか。」

 ピリッとした表情に変わり言われたその言葉。それは本音か彼の気遣いか。《竜騎士の翼》は少数精鋭のしっかりとしたギルドだ。今さら攻撃特化(ダメージディーラー)の一人や二人、必要とは思えない。

「…それは、ソロをやめること? それともキリトと離れること?」

 しっかりと目を見据えて尋ねると、彼は肩を竦めて答えた。

「どっちもさ。」

「…そうね。」

 水面は静かに音を湛える。水中戦は勘弁して欲しいななどと思考を巡らせる。

「ソロプレイには限界がある。生き残るなら…だから頃合いとも思っていた。」

 いくら安全マージンをとったって突発的な事故は一人で防ぐのは難い。だからこそいつもキリトも、この男もセツナが一人で出歩くのを咎めていた。

「キリトは…。」

 セツナの中でそれはただ1つ、答えの分からないことだった。ただ確実に言えることは。

 

「今、私はあなたの力になりたい。」

 

 それが、セツナの答えだった。

 キリトは自分がいなくともしっかり攻略をして生き抜いて見せるだろう。しかしいつも無償の善意を与え続けてくれる彼は自分が傍にいてもいなくても、自分のことを思い支え、時には彼自信を犠牲にもしてみせる。…今回も危うく命を失う寸前になってまで救ってくれた。いくらレベルとHPが高いとはいえ軽装のセツナだ。どれ程のダメージを受けていたか想像もつかない。ならば、少しでも返したい。そばにいて今度は自分が守りたい、力になってあげたい。

 セツナの真摯な思いに、ディアベルは思わず彼女を抱き寄せる。

 

「ありがとう。」

 

 ハラスメント警告が出るがセツナはワンタッチでそれを消した。そこにあるのは純粋な思いだけだ。それを受け止め、自分も彼の背に手を回した。何度となく自分を守ってくれた。その感謝の思いをこめて。

 

「よろしくね。ギルドリーダーさん。」

 

 ザッと人の砂を踏みしめる音が聞こえた。それに気付き二人が体を離すとそこにはキリトの姿があった。

 

「キリトさん…。」

 ディアベルはどこか所在なさげにする。その前をザッザッとセツナが踏み出る。

「キリト、ゴメンね。私…」

 何と説明をしていいか頭の整理は追い付いていない。今までお互いを相棒(パートナー)とし、共に歩んできたのを一方的に裏切った形になる。それでも道を別つことを決めたのだ。きっちりけじめとして話をしなければならない。

「いつから考えてたんだ?」

 先に質問を投げつけてきたのはキリトだった。

「考えてなんかいなかったわ。」

「…最近ずっと俺のこと避けてたのに?」

「…それは、また別の理由よ。」

 キリトからすれば最近の行動を別にしていたことが結果的に予兆ととれたのだろう。それはアスナへのただの遠慮でこの件とは全く持って関係はないのだが。

「…あなたは、キリトは私がいなくても大丈夫だもの。」

「な…!」

 セツナの口から出たその言葉はキリトには思いもよらないものだっただろう。

「彼は、私を必要としてくれる。いつでも私を支えてくれた分を返したいの。」

 そう言ってセツナはディアベルの手を握りしめた。

 セツナの隣に立つには強くあらなければならない。いつだって自分より弱い騎士(ナイト)は要らないといっていた彼女だ。それはキリトにとって自分が強くあり続ける1つの理由でもあったのだがここに来てそれに裏切られることになるとは。彼女自身が騎士(ナイト)になることを選ぶのは予想だにしないことだった。

「…俺も一緒に加入すると言っても?」

「…あなたの選択がそうと言うなら私はダメと言わない。だけど、キリトはそれでいいの?」

 セツナのそれでいいのと言う言葉に目の前のことしか見えてないことにキリトは気付かされる。以前その通りに行動して加入したのが《月夜の黒猫団》だった。一歩間違えれば全滅させていたかもしれないギルドのことを思いキリトはぐっと拳を、握りしめた。

「…………。」

「…勝手で申し訳ないとは思ってる。だけど、あの時キリトが月夜の黒猫団(彼ら)を選んだように私はこの人を守ることを選んだ。」

 それはキリトがあの時ギルドに加入した時よりも遥かに強い思いを秘めているのが分かった。

「わがままだけど今まで通りでいてくれると嬉しいけどね。私のカーソルにギルドのマークが加わるだけ。」

 そう言って作られたセツナの笑顔には少しの未練が見てとれた。それでもキリトには彼女を止める術はなかった。

「…分かった。」

 確かに相棒(パートナー)だった。ただ、それは約束されたものではなく、いつだってお互いの都合に合わせたものだった。必要なときに組み、必要でないときは単独で行動する。キリトがギルドを抜け、少しの関係は変わったがスタンス自体が変化したわけではなかった。パーティを組んだり別れたり。恋人でもなければ、ましてや結婚システムを使っているわけでもない。以前自分はセツナに無断でギルドに加入したこともあった。その負い目もあり、キリトはそれは受け入れた。

「…ホームを移すつもりはないから。」

 セツナはそう言ったがその隣になっているのが自分ではなく他の男であることにキリトは強く憤りを感じた。

 

 

 

 

 

 49層の《ミュージェン》にギルド《竜騎士の翼》の本拠地はある。

 セツナが扉を開け、中の様子を覗き込むと既知の仲である少女が奥から出てきた。

「セツナさん! お久しぶりですー。今日はどうされたんですか?」

 肩には青いフワフワとした竜を乗せている。竜騎士には竜と意思の疎通ができるなんて設定も他のゲームでは見たことがある。彼女がここに所属していることは至って当然のことに思える。

「シリカちゃん、今日はお願いがあってここに来ました。」

 セツナがギルドに所属するのは当然に、初めてのことだ。なんだか気恥ずかしくて勿体ぶった言い方をしてしまう。

「ボス攻略終えたばかりなのにですか? どうぞ、奥に入ってください。」

 後ろに立っているディアベルの顔を窺うと頷かれたためそれに促され、奥へと歩を進める。何人かのプレイヤーが在中しており、挨拶をされる。ディアベルがリーダーだからか、ただ単にセツナが有名人だからか、このギルドにセツナを知らないものはいない。

 ギルド内にいるものを一先ず全員集めると、ディアベルはまるで1層攻略会議の時のように芝居がかった物言いをした。

 

「今日はみんなに報告したいことがある。」

 

 そんなディアベルの言葉に沢山の野次がとんだ。

 

―ついにご結婚ですか?

 

―片想い卒業、おめでとうございます

 

 そこから暖かい、飾らない雰囲気が感じとれセツナは純粋にいいギルドだなと思った。

「…だと良いんだけど、みんなにとっても喜ばしいことだ。」

 そう言ったディアベルに周囲がおぉ! と、期待に溢れた反応を返す。そして、一段と大きな声でディアベルは言い放った。

 

「この《舞神》、《白の槍使い(ランサー)》セツナが当ギルドの一員となる!!」

 

 わぁぁぁぁあ!!

 

 大きく歓声が上がった。あまりの歓迎ムードに、セツナは呆気にとられる。

「セツナさーん!!」

 シリカに至っては目が涙ぐんでいる。あっちこっちから思い思いの言葉が飛び交い、そこには、ビーターザマァ! や《黒の剣士》撃破! などと穏やかでないものも混じっておりセツナは苦笑いするしかなかった。

 

「みんな! ありがとう!」

 

 ただギルドメンバーとして素直に受け入れてもらえたことは嬉しかった。キリトだけではなくセツナもビーターとして生きてきた。基本的に集団行動には馴染みにくい。それはみんな知るところだろう。それでも歓迎してもらえたことに驚きつつも喜びを感じた。選択は間違っていなかったと思わせてくれた。

 おそらく、そもそもこのギルドは元ベータテスターが多くいるのだろう。ディアベル自身が元ベータテスターであり、それは多くの人が知るところだ。元ベータテスターもセツナとキリトほどではないにしろ一般プレイヤーから疎まれ、行動しにくい時期があった。リーダーも同じ境遇なら過ごしやすい。そんな事情もあり、歓迎してもらえたのだとセツナは思い至った。

 ギルドの雰囲気を噛み締め頬を緩ませていると、ディアベルから堅い雰囲気で言葉を告げられる。

「セツナ、1つだけ言っておかなければいけないことがある。」

「なに?」

「うちは一応ノルマあるからな。」

 そう言ってニヤリと笑った彼にセツナもニヤリと笑顔を返す。

「誰にものを言ってるのかしら? 楽勝よ! 私のレベル超えてから言ってよね。」

 

 

 この世界に囚われて約1年半。新しい世界の始まりにセツナは少し心を躍らせた。

 

 

 




キリトとセツナ袂を分かつの回。
take2ですね。1は勿論月夜の黒猫団編。
どうしてこうなった…

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