白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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33:68層*芽吹き出した感情

 

 

「セツナさーん!」

 

 自分のカーソルに増えた翼のマーク。まさかギルドに入る日が来るとは思っても見なかった。ビックリするほど簡単に受け入れてもらい、一気に最強ギルドだ! なんて言う者もおり、なんだかくすぐったい気分だった。元々ディアベルは5本の指に入るだろうプレイヤーだし、人数が多くない分このギルドの平均レベルは他の有名ギルドに比べて高いだろう。加えてキリトとならんでおそらくトップのレベルを誇る自分が加入するとなるとそう考えるのも不思議ではないように思えた。

 

【今日はシリカちゃんとクエスト。】

 

 ギルドに加入してから、ホームは移してないもののキリトと顔を合わせることはなくなっていた。あぁは言ったものの完全にソロプレイヤーになってしまう彼のことが心配でないわけではなかった。勿論、キリトだって色んなギルドから勧誘を受けていたのだから加入するのは当然に自由だ。ただ彼の性格からしてそうはしないように思えた。だからこうして時々メッセージを送るようにしていた。

「またキリトさん宛ですかぁ?」

 不可視にしているとはいえウィンドウを覗き込まれるのはあまり良い気はしない。送り終えると手早くウィンドウを閉じた。

「まぁ、ね。」

 出会ってから随分と強くなったシリカ。前線プラス5、6レベルといったぐらいか。ビーストテイマーのことは全然分からないのだが、テイムモンスターのレベルもどうやら上がる模様だった。回復できるHPの量が明らかに増えている。フワフワとした毛玉のようなドラゴンははっきり言ってぬいぐるみのようでかわいい。

「いいなぁ。私もそれ欲しいなぁ。」

 《索敵(サーチング)》スキルも、《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルもなくて良いならスキルスロットがもっと有効活用できる。

「セツナさんのそれって、実用的な意味ですよね。」

 シリカにとっては可愛い相棒。心を読まれたようにじとりとこちらを見た。

「う、うーん…ピナ可愛いし。」

 取り繕うもその辺りは敏感でシリカはぷぅっと頬を膨らませた。

「セツナさんには《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルがあるからピナのヒールブレスは必要ないですし、《索敵(サーチング)》スキルなんかはもっとずっと敏感じゃないですか。」

 考えていたことをピタリとあてられ言葉が返せなかった。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルの回復量は《戦乙女(ヴァリキリー)の加護》で底上げされているし、《索敵(サーチング)》スキルはマスターしている。確かに今更と言ったところはある。自分の胸元に揺れるペンダントを見つめた。これをくれたのはキリトだった。

「ま、まぁ、そうなんだけどね。」

 そう返すしかなく、渋い顔をするとやっぱりぃぃ! と、シリカはますます膨れた。

 そんな時、ディアベルからメッセージを受信した。それはシリカも同じようで、それぞれのボックスを開いた。

 

 

【緊急会議。至急ギルド本部へ。】

 

 

 メッセージはそれだけの簡単なものだった。それだけに緊急性を感じ、クエストは中断してギルドに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ギルド本部、会議室に入ると自分達がどうやら最後だったようですぐに会議は開始された。物々しい雰囲気にやや気圧される。

「突然召集して済まない。しかし急を要する事態だ。」

 ディアベルの表情も堅く、いつもの軽薄な笑みなど一ミリも浮かんでいない。

「近頃、ラフコフの活動が活発化しているのは皆知っているな。」

 その呼び掛けにメンバーはゆっくり無言で頷く。この世界での生活に慣れてきた今、戦闘で命を落とすものは大分減っている。安全マージンをしっかりとり、回復結晶と転移結晶は必ず持ち歩く。それは常識だった。それでも亡くなる人がいるのは事故と、PK(プレイヤーキル)だ。そして近頃はその割合が随分と増えている。

「そこで、ついに討伐チームが組まれることが決まった。それの参加要請が当然うちにも来ている。ただそれはギルドの皆で決めたい。強制ではない。」

 ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は殺人ギルドだ。いかにレッドプレイヤーと言えど、それを倒すことは殺人を犯すことに繋がる。

「それは…!」

 そんなことは許されるのかと声をあげると、ディアベルも頷き再び口を開いた。

「…勿論、目的は捕縛で殺害ではない。ただし相手が相手だ。場合によっては…と言うこともある。」

 誰もが口をつぐんだ。そう簡単な問題ではない。確かに彼らの及ぼす被害は甚大で放っておけるものではない。しかし黒鉄宮の監獄送りならまだしも場合によってはと言うなら。ただ彼らは強い。そしてHPを全損させることに躊躇がない。もし、命の取り合いに発展してしまったときの分はかなり悪い。ボス戦よりも危険で、自分の死と相手の死が隣にあると言うことだ。

 やろうともやめようとも誰も言えない。捕縛は必要かもしれない。でも殺害はできない。このゲームがゲームであっても遊びではない所以もそこにある。

 

「…私、個人としては参加するわ。」

 

 ただ、それでも成さねば成らぬと言うのなら。沈黙の中、声が張り詰めて響いた。メンバーの視線を一斉に集める。

 

「このギルドがそんな責めを負うことはしなくて良いと思う。…だけど誰かがやらねばいけないのなら、私は《舞神》としてそれを背負う。」

 

 自分を受け入れてくれたギルドに人殺しの傷は負って欲しくない。ただ他の人に任せておくだけの自分でもいたくない。…そして恐らくは参加するであろう彼。きっと私と同じ気持ちに違いない。

 ざわざわとし出す会場にディアベルがはぁと大きく息を落とした。

「君はそう言うと思ったよ。」

 私の考えを読むのが本当にうまい。だから彼の隣は居心地が良いのだろう。全部先回りしてくれる。

「ま、でもそう言うことだからさ。これで会議終わり! ね?」

 私に押し付けたと思わせぬよう努めて明るく振る舞う。

「…俺もギルドリーダーとして参加するよ。要請を無下に断るわけにもいかないしな。」

 ディアベルのその言葉で会議は終了することとなった。

 

 

 

 

 その戦闘はそう時間を空けることなく行われた。《笑う棺桶(彼ら)》の本拠地はフィールドダンジョン洞穴の奥深くにあった。オレンジカーソルの者も多い彼らならでは、だろう。犯罪者プレイヤーは《圏内》に立ち入ることは出来ない。

 いつか対峙した彼らを思い浮かべると背がぞくりと震えた。あの時は、Poh(プー)と確かxaxa(ザザ)、そしてジョニーブラックと言う幹部三人だった。何も考えずに飛び出したが今考えると恐ろしい。いくら何でも彼らと一人でやりあうのは…勿論、そばにキリトとアスナがいたことは大きいのだけど。今回は大人数で挑むとはいえそんな彼らを擁するギルド本隊とやりあう。捕縛で済むのだろうか。そうは俄には思えなかった。

「セツナ?」

 隣に立つ彼は私が彼らと対峙したことを知らない。同じように顔を合わせたことのあるキリトとアスナの姿を連隊の中に見付け様子を窺う。二人の表情も周囲より幾分堅いように思えた。特にPoh(プー)からでるなんとも形容しがたい雰囲気。それは実際に相対さないと分からないだろう。

 

 《聖竜連合》の指示のもと、ボス戦よりもよりいっそう密やかに、彼らの本拠地(アジト)へと乗り込んだ。内部は段差が大きく頭上には鍾乳洞。深い横穴が多数存在し潜伏には環境は十分だった。人の手など感じさせないような洞窟。それがより不気味さを助長していた。ひたっひたっと時折水滴が地面に落ちる音さえ聞こえる。

 《索敵》スキルを全開に注意深く歩を進める。マスターの《索敵》と《隠蔽》ではどちらに軍配が上がるのだろう。そこまで来ると自分の本来の感覚や身体能力に基因するのだろうか。小さな衣擦れの音さえ拾うべく耳を澄ませた。

 暫く歩き続けると大きな広間に出た。そこに来て初めてスキルが反応する。…それじゃ遅すぎる。広間は空中空間のような段差になっており、冗談には多数のプレイヤーが立っていた。カーソルはオレンジ。

 

「ひゃっほー!!」

 

「上だ!!」

 

 前衛が剣を抜くのと上段からプレイヤーが飛び降りてくるのはほぼ同時だった。

 

―待ち伏せられていた…!?

 

 そうとしか思えなかったがそんなことは後だ。まずは強制的に開始されたこの戦闘を切り抜けなければならない。自身も背からノーブル・ローラスを抜き取り、まだ上段へ残ってるプレイヤーの元へと跳ね上がった。

 

 

 そこからは地獄だった。赤い鮮血のように見えるエフェクトが飛び交う。始めこそ攻撃に戸惑っていた討伐隊のメンバーたちも次第に強く攻撃を重ねていく。人は慣れる生き物だ。不意は付かれたがなんとか立て直した。それでも、笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のメンバーのHPが赤く染まると攻撃するのに躊躇する。それは、人として正常な反応と言っていい。しかし、その隙は彼らにとっては食い物で、一気にこちらのHPが減らされる。あとわずか1ドットほど。そこまで追い詰めて投降を勧告しても、彼らに退却の意思はなかった。

 

「うわぁぁぁぁあ!」

 

 最初に姿を消すことになったのは討伐隊のメンバーだった。追い詰められたプレイヤーの捨て身の攻撃が3人を一気に消し飛ばした。

 そんな現場を見て誰が正気でいられるか。

 瞳孔の開いたキリトと目があった気がした。

 3人を消したラフコフは尚も獲物を求めこちらへとソードスキルを繰り出してくる。

 

 迷ってる暇などない。

 

「…っつ!」

 

 目を閉じて繰り出したソードスキルの後には何も残ってなどいなかった。

 

 

 

 最終的に私たちは10人以上の犠牲者の上に笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のいない平和を勝ち取った。消滅したラフコフのメンバーは20人を超え、そのうち私が屠ったのは3人だった。

 

「セツナ。」

 

 戦闘が終わってもその場から動けずにいた私のとなりにかつての相棒が腰を下ろした。知らずの内にこぼれ落ちていた涙を拭われる。

 

「俺の分まで背負うな。」

 

 その意味が分からずただ彼を見つめた。

「お前、俺に向かってくるやつから攻撃してただろ。」

 無我夢中で、何より怖くて攻撃しているときの記憶は靄がかかったようだった。初めに一人のHPを全損させてからはただ必死で。しかし自分が人を手にかけたと言う実感だけは残った。

「私…。」

 ただ自分と目の前の人を守るために自分は人を殺した。その事実は拭えない。

「ふっ…うぅ…。」

 漏れる嗚咽とともにそれも消え去ってしまえばいいのに。

「大丈夫だ…セツナは俺を守っただけだ。」

 優しくかけられる彼の言葉に、後から後から涙はあふれでてきた。

「うわぁぁぁぁ…」

「お前がやらなきゃ俺がやってたよ。」

 宥めるようにぽんぽんと撫でられる手に少しの救いを求めた。

 

 

 ほんの数日前、別の人の手をとった。その人は今日もこの場にいた。それなのに命が危険に晒された今日の戦闘、一番に思ったのはその人ではなかった。自分で選んだ道。なのにそれが間違ってたのではないかと突き付けられる。ただ元には戻れないことも分かっている。その分の涙もひっそりと流した。

 

 

 




タイトルのわりに血みどろ回。
キリトの殺したはずだった二人はセツナが手にかけました。
よってキリトのここでの殺人トラウマはなしです。
…GGOのことは知りません。

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