白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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35:74層*シンジツの言葉①

 

 

 

 

 再びのクォーターポイントも目前。悪夢を見ることも随分と減り、少しずつ攻略に集中できるようになってきた。

 

 茜色に染まる50層の町を歩いていると、男たちの無遠慮な視線が突き刺さる。

 空色の軽鎧の下はギルドの制服。濃紺の少し短めのスカートにも少しずつ慣れてきたところだ。町中ではケープの有無にかかわらず声をかけられることが増えたので隠すのはやめた。ギルドに入ったことがきっかけかキリトと離れたことがきっかけか。いずれにせよ余計なちょっかいをかけられて迷惑極まりないので自然と早足になる。

 

「もうじき2年…か。」

 

 目の前に浮かぶ夕日を見つめ、足を止めた。

 いつだって、どんな日だって始まりを忘れたことはない。色んなことが有りすぎて、密度の濃いこの2年間。いつだって根底はこのゲームをクリアすることだ。

 帰りたいと泣いたあの日。こんな容姿(すがた)の私を大切に育ててくれた両親は今どうしているだろう。まだ戻らない私のことを待っていてくれているのだろうか。

 その答えを知るためにも前に進み続けなければならない。

 

 

 

 

「こんばんはー。」

 馴染みの店の扉を開き、カウベルの音を響かせると中では巨体の男がしくしくと涙を流していた。

「え、エギル…どうしたの?」

 店主のエギルはカウンターに突っ伏し、実に無念そうな表情を浮かべていた。

「お、おぉ、セツナか。」

 入ってきたのが私だったから良かったものの新規さんならその時点で回れ右だろう。筋肉隆々で浅黒い肌のスキンヘッドの大男がべそをかいている。かなり怖い光景だ。

「め、めずらしいね。何かあったの?」

 元々ちょっとやそっとのことでは取り乱さない男のこの崩れ具合。それはそれは大事には違いない。

「聞いてくれよ! キリトのやつ!!」

 はて、キリトはエギルに危害を加えるような人ではないと記憶しているが。取り敢えず話を聞くことにした。

 

 

「ラグー・ラビット!? あのS級食材の!?」

 話の内容は言ってしまえばバカバカしい、しかし娯楽が主に食の私たちにとっては中々にスルーし難い出来事だった。

「初めはさ、あいつも料理スキルなんか上げてないから売るって言って持ってきたんだが…その時丁度よくアスナが来てだな…。」

「あー…アスナ料理スキルコンプリートしたって言ってたっけ。」

 忙しいのに変なところに時間を割くなぁと戦闘スキルしか上げてない身としては思う。そこからの展開は読めた。金銭的にどう考えても不自由していないしどうせなら食べたいはずだ。アスナに調理を依頼し、二人連れだって去っていったと。

「俺ら友達なんだから一口ぐらい食わしてくれてもいいと思わねぇか!?」

 ダンッと音をたててカウンターが震える。

 エギルが叩いた衝撃に破壊不能物体(イモータルオブジェクト)のポップが浮き上がる。

 食べ物の恨みは恐ろしい。私でも泣くかもしれない…いや、エギルと違って何があっても着いていくかも…。

「うーん…今度獲ってくるよって言って獲れるものじゃないしね…。出来る反撃を考えましょ!」

「まぁ、っつーのも大人気ないから飯一回だな。」

 そう言ってあれだけ嘆いていたエギルはあっさりと文句を飲み込んだ。誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

「そう? なら私の用事を済ませてもいいかしら。」

 それならそうと早速トレードウィンドウを開き、エギルとの商談にはいることにした。

 

 

 

 

 ギルドに戻り、出店のもの頬張りながら今日の出来事を話す。夕食時はデートに出掛けるものも多い。大抵メンバーはディアベルとシリカと3人が固定だ。

「てなわけでさ、S級食材て情報屋のカタログ上のものだけじゃないらしいのよね。」

 S級食材の話をしているのに自分達が食べるのは店売りの適当なもの。侘しいものだ。

「はぁー…キリトさんて《血盟騎士団》に入ったんですよね? なのに行動は変わらずなんですねー。」

 シリカの感想はS級食材そのものじゃなく、入手経緯向けるものだった。70層を超えた辺りからアスナの強い勧誘から《血盟騎士団》に籍を置いているキリト。敵のアルゴリズムが変わってきた為、ソロプレイはだんだん辛いものがある。だからそう聞いたときは胸に刺さるものはあったが安心したのも勿論で。

「ギルドに入ってる意味ないじゃんね。」

 しかしギルドに入ったものの相変わらず一人で迷宮区に籠っているようで、アスナも頭を抱えているようだった。

「その言葉、セツナにもそっくりそのまま返すぞ。」

 シリカとのやり取りにしっかりディアベルに釘を刺される。実はソロプレイの癖と言うのは中々抜けないもので、朝起きて迷宮区に直行…と言うのを今でもやってしまう。迷宮区に入ってしまうとメッセージは届かない。夕方になってダンジョンから抜け出しようやく怒りのメッセージを読むことになるのもしばしばだった。

「ま、まぁ、大分ましになったでしょ?」

「明日は一緒にマッピングに行くからな! すっぽかすなよ。」

 たじろぎながら答えるとしっかりと明日の約束を取り付けられてしまった。これでは逃げ場がない。

「えーディアベルさんばっかりズルいですよー!」

「セツナと実力が拮抗するのが俺ぐらいなんだよ。」

 実際問題ギルドメンバーは受け入れてくれても自分の人見知り及びコミュ障が直るわけではなく、それに自分自身がパーティプレイの旨味を分からずにもいたことも原因である。それはディアベルも理解を示すところであり、他のメンバーとのパーティを強要することはなかった。

「シリカちゃんはまた今度ね。」

 シリカとパーティを組むことは好きだが性格的にサポートに回るのが基本的に向かないため、最前線ではあまり組むことはなかった。そう言うと頬を膨らませながら約束ですよーと言うシリカ。妹がいればこんな感じなのかなと想像できる。

「明日は74層の転移門に9時な。」

 しっかりと念を押され苦笑いするしかなかった。誰も逃げやしない…多分。

 

 

 

 

 翌日、74層の転移門広場に降り立つとそこには人だかりがあった。すでに到着していたディアベルもその様子をうかがっていた。

「何の騒ぎ?」

 彼の肩から中を覗こうとすると、おはようと言われそれに応える。

「いやー…。」

 ただ人だかりについては触れない彼に周りを押し退け円の内部を見る。

 紅白の制服を来たプレイヤーが3人立っていた。それは《血盟騎士団》の制服。そしてその内の二人が剣を抜き構えていたところだった。

「キリトと…アスナ…と?」

 キリトが知らない《血盟騎士団》のメンバーと剣を合わせようとしているのをアスナが見守っているところだった。ギルド内での抗争、デュエル。外野にとっては面白い見世物で人だかりができていることは頷けた。

 

 カウントがゼロになり両者同時に動き出す。

 

 相手の男は先手必勝と両手剣から強打のソードスキル《アバランシュ》を繰り出した。

 

―キリトの相手じゃないな

 

 相手の男の動きを見てすぐにキリトの勝ちを確信した。ボス戦攻略でもあまり姿を見ないし大したプレイヤーじゃない。それに最近行動を共にしていなくとも自分の現状とキリトの勘の良さを照らし合わせれば分かった。案の定キリトはやや遅れて斜めに切り上げるソードスキル、《ソニックリープ》で迎え撃つのが見えた。

 威力は当然に両手剣のそれには敵わない。ただキリトが狙うは別のところにあることはすぐに分かった。

 

武器破壊(アームブラスト)…。」

 

 私の呟き通りに相手の剣は派手なエフェクトの光と共にキィィンと音を立てて真っ二つに、剣先がくるくると観衆の方へ飛んでいく。《圏内》であればダメージは例外を除いて受けることはないが、思わず鍛え上げられた《敏捷スキル》の利用してそれを受け止めにかかった。

パリン…

 手に取ろうとするとそれはすぐにポリゴンの欠片となって消えた。そして、男の手からも剣の片割れが消えようとしていた。

 剣を合わせた二人は背中合わせに立ち、動こうとしない。その中男の手がピクリと動きその手に新しい剣が握られるのを見付けた。《クイックチェンジ》のModだろう。このレベルのプレイヤーになると誰だって習得している。

 再び握られたその切っ先は真っ直ぐキリトを狙っているが、キリト自身は落ち着いたもので、背を向けたままいい放った。

「もう良いだろう。武器を変えてやるって言うならそれでも良いけど。」

 

 そう言えば白い制服を着る彼をまじまじと見るのは初めてのことだった。ボス戦や攻略会議ではこうも不躾に視線を送ることはできない。

「違和感しかない…。」

 決して似合ってないわけではないのだが制服に着られていると言うか、七五三と言うか、入学式と言うかまぁ…その様な着なれていない感が非常にぬぐえない姿だった。

 キリトと言えば黒。ビーターの名前をもらう前からやや黒ずくめ。もらった後は黒い服でなきゃ落ち着かないと言う程度には全身黒かった。

 そのキリトがおめでたい紅白の制服に身を包み剣だけは当然と言えば当然だが相変わらず真っ黒なエリュシデータを振るっている。

「まぁ似合ってないな。」

 隣にいたディアベルはより辛辣に言葉を吐いた。自分のギルドの制服が自分に似合う色で良かったと安心せざるを得ない。

 そんな余計なことを考えている間に、ギルド内紛争は終了したようでギャラリーたちは捌けようとしていた。アスナとキリトの迷宮区へ向かう姿は確認できたが、もう一人の男は見えなかった。…あの立ち振舞いの後でこの層に居場所があるとは思えない。おそらくそのまま転移門へ飛び込んだと考えるのが普通だろう。

「ま、まぁ私たちも行く? 近頃マッピング割合減ってるし。」

 人だかりも疎らになりだし、そこに留まることは何の意味も持たない。適当に昼食を調達してから二人連れだって迷宮区へ向かった。

 

 

 

 迷宮区に入ろうとすると珍しい人々と顔を合わせることになった。12人の連隊を組み、その全てが銀の甲冑に身を包む仰々しい姿をしている。顔を兜でおおわれその表情は見えない。一番前の男はその中でも一等高そうな鎧を身に付けている。恐らくはリーダーなのだろう。

「失礼。」

 先頭の男は短くそれだけ口にすると私とディアベルを押し退け、全員を率いて先に迷宮区の中へと入っていった。ザッザッと一糸乱れぬ足音が人形…もしくはNPCのようで、プレイヤーかと思うと正直気持ち悪いぐらいだった。

 集団が通りすぎてから自然と力の入っていた肩の力をふぅと抜いた。

「あれって…」

「《軍》、だな。」

 ギルド《アインクラッド解放軍》、通称《軍》は25層の攻略で甚大な被害を出してから攻略よりも自治を主に担ってきたはずだ。私の好きじゃないトンガリ頭のあいつも所属しているがこの世界の秩序を守ると言う上では不可欠なギルドでもある。

「何で今さら…。」

 それが正直な感想だった。もう前線には出てこないと思っていた。そして、それは約50層に及んで続いていた。なぜ今。

「分からない。《軍》は一番巨大なギルドだから一枚岩ではないんだろう。…攻略を再開すると言う噂はあったが。」

 さすがはギルドリーダーとしてディアベルは私なんかよりも情報に強い。そんな噂、露ほどにも知らなかった。

「…あの人たち集団で狩り場占領するから好きじゃないんだけど、まさか迷宮区でそんなことはないわよね?」

「まぁファーミングポイントではないからそれは大丈夫じゃないか? それより連中にボス部屋発見先越されるぞ。」

 そう言うとディアベルは一人で迷宮区へと進んでいった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 誘っておいて酷い仕打ち。いや、自分はもしかしたらいつももっと酷いのかもしれない。自分の行動を省みて、今度からは改めようと思いながらディアベルの後を追った。

 

 

 

 




ここでプロローグに繋がりました。
ようやく原作第1巻冒頭ですね。
推敲せずに書き進めているので誤字脱字のご指摘お願いします。

そろそろバディコンの方も…

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