白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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36:74層*シンジツの言葉②

 

 

「ギョルルルル」

 

 ギシギシと不快な音をたて、なんとも形容しがたい奇声を発するモンスター。この層の敵は人型で皆、強力なソードスキルを使用してくる。目の前の骸骨型のこいつなんか、どこにそんな力があるのかと言う恐ろしいパワーで襲い掛かってくるので、受け止めるのも一苦労だ。

 昔から何故かRPGの骸骨モンスターは強い傾向があるのは気のせいだろうか。つついたら崩れ落ちそうな感じの見た目の癖になんだか納得がいかない。

 

「ふっ」

 

 軽く息を吐いて地を蹴る。

 この手のモンスターは突き系のスキルを当てるには穴が多すぎて難易度が高い。槍のソードスキルは突き技が多いので一苦労だ。その分通常攻撃に頼らざるを得なくなるが、最前線の敵のHPは通常攻撃では中々減らない。デモニッシュ・サーバント。レベル80台のモンスターだ。

 前線が進むにつれて安全マージンは取りづらく、モンスターレベルも益々上がる。おまけにAIすら進化して見せ、より高度な戦術を使ってくる。アルゴリズムが変化しているのだ。

 だからこそなおのこと、こちらの方もパーティプレイが重要となる。

 

「スイッチ!!」

 

 大きくそう叫ぶ前に強打のソードスキルを発動させ、モンスターの硬直を促す。攻撃パターンが変化するとコンピュータも戸惑うのか隙が出来やすくなる。

 セツナがスピードとパワーで圧倒するスタイルなのに対し、ディアベルはその外見に似合わず中々堅実な戦闘を見せる。攻守のバランスがとれており、その攻撃はアスナ程ではないが正確。完全なるオールラウンダー。どのポジションでも適格にこなす。

 誰に言わせてもめちゃくちゃ…な戦闘スタイルのセツナとはある意味(すこぶ)る相性が良いだろう。

 声と共に突撃系のソードスキルを着実に当てるディアベル。ついつい一人で迷宮区に籠ってしまうこともあるが、やはり手練れが一緒にいると戦闘がスムーズに進むのは間違いない。

 斬撃がみるみる敵のHPを減らす。キリトのものほどじゃないにしろ、ディアベルの武器もかなりのハイレベルなことはうかがえる。

 

「セツナ! ラスト!」

 

 そう声をかけられてセツナは気が弛んでいたことを気付かされる。生存率に100%はないのに。濃緑の柄をしっかり握り直し、スイッチに備える。

 大きなモーションを起こし、青白いエフェクトが光出す。ここだ。

 

「「スイッチ!!」」

 

 ディアベルの《バーチカル》が当たるのを見計らって飛び上がった。上部より串刺しにするようにソードスキルを放つ。

 残り少なかったHPが一気にゲージをなくし、ポリゴンの欠片が姿を現した。

 

 パチンッ

 

 戦闘は何度もあるが乗り越えたらハイタッチを交わすのはもう習慣みたいなものだ。ソロプレイにはないこの行為がくすぐったくて心地いい。

「お疲れ様。」

「大分パーティプレイ慣れてきたな。」

「もうギルドに入って2ヶ月近くなるもの。」

「もうそんなになるか。」

 約2年のここでの生活の中で2ヶ月はほんの一部だとしても、大きく変化があった。良くない出来事も多々あったが、自分を受け入れてくれる人々が多数いるという得難い幸せ。それこそが今の自分の支えでもあった。

「やっぱりパーティメンバーがいると楽だなぁ。最近の敵は強くって。」

 ふらふらと軽い足取りで先を進むセツナの後をディアベルはゆっくりと追う。

 出発前、広場で目にしたキリトとアスナ、そしてクラディールといったか…血盟騎士団のメンバー。キリトとクラディールのデュエルを見て、セツナは誰よりも正確にその先を見通していた。

 どんなに離れていても互いへの理解、信頼は変わっていない。それをまざまざと見せつけられた形だ。

 今日のマッピングに影響が出るかと多少懸念はしたがそれは思い過ごしだった。彼と離れたことは勢いのようにも思えたが、思ったよりも強い意思だったようだ。セツナとキリトが顔を合わせる度ディアベルとしては気が気ではないのだが、それは彼女のことを侮りすぎ…ということか。

 しかし果たして自分の技量をあんな風に正確に判断してくれるだろうか。段々欲が出てきたとディアベルは思う。一度は想うことだけにすると決めた。だがどんな形であれ今一番傍にいるのは自分だ。そう思うと徐々に欲がもたげだした。

 

「さて、ここいらでお昼にしましょうか。」

 

 セツナにそう言われ、安全地帯に入ったことに気付かされる。食事は集中する上ではしっかりとることが原則だ。ディアベルはセツナの声に応え、腰を下ろした。

 

 

 

 

 食事をしていると隣を猛スピードで駆け抜ける影が現れた。

 二人の髪が釣られて進行方向に揺れる。一瞬で居なくなってしまったもののその影はどこか見覚えのあるもので。

「白と…」

「赤?」

 セツナとディアベルは顔を見合わせた。

 やって来た方向の安全地帯の出口を見るとその影をターゲットにしただろうモンスターがちらほら。完全にマナー違反な訳だが。

「この先はもうじきにボスエリアよね?」

「キリトさんとアスナくん…次のボスは余程の形相なのか?」

 仮にあの二人だとするならば倒すのに苦労はしないだろうし、マナー違反をするのも考えにくい。余程何かがない限り。

「ま、取り敢えず…。」

 そう言ってセツナは立ち上がり。右手を縦に振り槍を手に取った。

「おい?」

 ディアベルの手には昼食に買ったサンドイッチ。食べ終わるには少々時間がかかりそうだ。嫌な予感しかしない。

 セツナの右手が青く光り、スキルモーションが開始されたことが分かる。

 

「ぃやぁっ…!!」

 

 気合いと共に吐き出された息と勢いそのままにモンスターたちに突撃していく。発動されたソードスキルにザシュッザシュッと斬撃音が小気味良く響く。さっきデモニッシュ・サーバントを相手にしていたのが嘘のように攻撃を当てていく。確かにこの階層ではレベルが低めの敵が多いのだが。右に左に剣閃が光り、赤いエフェクトが交じる。槍スキル最多攻撃回数を誇る《ジャッジメント・ピアッサー》だった。

 7連撃を当て終えると同時に、宙返りで体術スキルの《弦月》を繰り出し、接近している敵を蹴り上げたかと思えば再び右手を光らせる。地に足が着いたのは一瞬のことか、ガッと言う音と共に瞬速の突進スキル。セツナの一番の得意技、《ソニック・チャージ》だ。

 一体、二体とポリゴンが増えていく。欠片となって消えていなければ串刺しになっていっているだろう。パリン、パリンときれいに割れていく。

 一体逃したかと思えば手首を返し、そのHPも最後まで削りきった。

 

「食後の運動終わりっ!」

 

 武器を背に戻し、手を空へ向け腕を伸ばす。本当にそれが準備運動だったかのように。

 何か違和感。高位のソードスキルを使用すると通常技後硬直(ポストモーション)が起きるはずだ。当然、《ジャッジメント・ピアッサー》も例外ではない。

「それも何かのスキルなのか?」

 ディアベルの疑問は尤もなものだった。Modで冷却時間短縮と言うものはあるが無効は自体はないはずだ。

「うーん…習得できる技術だけどまだ練習中だからなぁ…。」

 セツナの回答はそうではなかった。顎に手をあて小首をかしげる仕草あれど、やってのけたことは全くもって可愛らしさの欠片もない。ソロプレイが長かったことによって生み出されたものだろう。

「なんかもうホントにソコが知れないよ。」

 二つの影が引き連れてきたモンスターはきれいに殲滅され、進路は開かれた。

「まぁまぁ。あのままにはしておけなかったし。」

 勿論、自動的に捌けるのを待つと言う選択もあったわけだが、セツナの性格上どちらにしても戦っていただろう。それが一人か二人かの違いだ。パーティを組んでいたため、自分にも表示された獲得経験値とコルを見てディアベルはため息をついた。

 

「誰!?」

 

 戦闘を経て敏感になっている感覚が、プレイヤーの接近を感じとる。セツナの向ける視線にならってディアベルも攻略済みの方向を見やった。

 ザッザッザッザッと定期的な足音が響く。それも単独ではなく複数。背から再び武器を取り出したセツナにならい、ディアベルも武器を手に取る。ラフコフは討伐した今、そう危険なプレイヤーは多くない。ただいつだって命の危険を含蓄しているため大人数のプレイヤーは警戒せずにはいられない。

 索敵スキルによるとそれは12個の表示。

「12人…。」

 パーティ二つ分の数字であり、今日単体でも既知の数字。セツナは構えていた武器を下ろす。機械的な足音。そしてパーティ二つ分の人数。現れたのは予想した通りの人々だった。

 

「全体、休め!」

 

 その掛け声と共に先頭のプレイヤーを除く11人がその場にドサッと音をたてて崩れ落ちた。

 それは迷宮区入り口で出会(でくわ)した《軍》の面々だった。その際は先を行かれたはずだったが、ルートが違ったのだろう。また人数は多くとも戦闘能力は二人の方が優れており、このような形になったと言うことか。男達は肩で息をしており、相当の疲労がうかがえた。

「《舞神》殿と見受ける。私は《アインクラッド解放軍》のコーバッツ中佐である。」

 先頭の男が近寄ってきて言った台詞に思わず目を向く。仰々しい物言いに、()()とくるか。

「はぁ…。」

 呆気にとられセツナは気のない返事を返した。

「貴殿らはこの先は既に踏破されたか。」

 そう回りくどい言い方をせずとも良いのにとめんどくさい気持ちを抑えながら答える。《軍》と揉めるのは避けたい。

「…私たちはまだよ。さっきKOB(血盟騎士団)の二人が先を進んでいたようだけど。」

 簡潔にそう言うと、コーバッツは頷いた。

「彼らにはマップデータを提供してもらった。まだボスとは誰も対峙していないと言うことだな。」

 それが当然かと言う口振りに神経を逆撫でされる。未踏破エリアのマッピングの大変さを何も分かっていない。どこまで行けばいいか分からない不安感。残り回復アイテムと気力、時間との兼ね合い。その先は行き止まりやもトラップやも分かりない。精神にかかる負荷はボス戦と張ると言っても良い。確かにキリトやアスナなら何も言わずそれを差し出すだろう。お金には困っていないだろうし、何より攻略が最優先。そのためには労はいとわない。自分が同じ立場だとしても恐らく同じことをする。ただそれを当然のように、何の礼もなく受けとること男とは相容れる気はしなかった。

「…あの二人が対峙したかどうかは知らないけど私たちは何の情報ももってないわ。悪いわね。力になれなくて。」

 極力関わりたくないと突っ慳貪に話を切ろうとした。

「なぁ、そのままボス部屋に突入なんてしないよな。」

 ディアベルが男に進み出る。

「…何か問題か。」

 コーバッツはそれが当然だと言うように答えた。

「お仲間は随分疲れておいでかと思ってね。ボス攻略は偵察に偵察を重ねて行うのが定石だ。今回はこの辺で良いんじゃないか。」

 それはコーバッツではなく11人に対する思いやりだった。HPの具合は分からないが、最前線で戦闘をすることに慣れていないのだろう。自分達とは随分と疲労の濃さが違う。…目に見えて限界、の様子だった。

 しかしそんなディアベルの気遣いもコーバッツに一蹴される。

「貴様にそのようなことを言われる筋合いはない! 私の部下はそんなに軟弱ではない。さぁ! 立て! 行くぞ!!」

 そして再びザッザッと音を立てて進み始める。起き上がるのに武器を支えにするような人たちがこれ以上戦えるものか。この先のモンスターは恐らく全てセツナが倒したと思われるのでエンカウントそうないだろうが、コーバッツはボスに挑む気だ。

「どうする? アレ。」

 呆れてものが言えないが顔見知ってしまったからには見殺しにするのも寝覚めが悪い。

「…どうするもなにも…様子をみるしかないだろ。」

 折角お昼を終えたところに妙な来客でこちらも休めたもんではない。HPと装備の確認を手早く行い彼らの後を追うことにした。

 

 




セツナさんTUEEEEEEの回。
話が思ったよりも進まずだったので黒い人の回は次回?
白と赤?の台詞は黒と白?と初め書いており、うちのキリトさん今黒くないと焦って訂正しました…。

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