白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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キリト視点になります。


38:74層*シンジツの言葉④

 

 

 

 

全身の血が沸騰しそうだった。

 

総毛立つ…とはこう言うことか。

 

 コーバッツにマップデータを提供したあと、そのまま無謀な行為に及びそうだった彼らを追いボス部屋までの道を辿った。そこで目にした光景は予想より酷く…彼らを追うことにした自分達に今となっては感謝したい。

 

 地面にうずくまる11人のプレイヤー。青い巨体を迎え撃つディアベル。…そしてコーバッツを庇い、共に弾き飛ばされたセツナ…。

 中々起きあがらない彼女に体が震えた。自分の中での彼女はいつだって強くて、多少無茶をするきらいはあれど、離れていてもその命に疑問を持ったことはなかった。それが、目の前で危険に晒されている。

 

 今しかない。

 

 公にすることをずっと避けていたエクストラスキル。50層で見たヒースクリフのスキル。67層では彼女のものを見た。ただ出現条件のわからないそれを公開する度胸は自分にはなく、ずっと切り札にして来た。

 認めたくはないが67層で彼女が公にした気持ちが今なら分かる。持てる全てを尽くし、守れるものを守りたい。

 その姿を見て、自分の右手は勝手にそれを使うことを選択していた。

 

 床に転がる自分の武器の半身のような武器。名をグランドリームと言ったか。2枚の刃を持つその武器は自分のもう一本の剣と色が酷似している。クリスタルの輝きも持ち主のてから離れ鈍くなっている。

 右の手にはいつも通りの黒い剣、エリュシデータ。左手にずしりと感じるダークリパルサー。グランドリームの痛みを感じているのか左手の血管が波打っているように感じた。

 

「キリトくん?」

 

 アスナの不思議そうな声を背に、一気に部屋の中へと飛び出した。

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

 そこにあったのは怒りのエネルギー。

 セツナにダメージを与えたボスへ。

 セツナを巻き込んだ《軍》へ。

 

 そして、セツナを手放した自分への。

 

 ディアベルと対峙しているヤツの背中を斬りつけ、タゲ取り。右手から身を翻し左手への攻撃へ繋げる。両の手から斬り付ける衝撃が身に伝わる。硬い。セツナが後ろに気をとられながらでは叩けなかったことを身を(もっ)て理解する。

 ただし、こいつを倒すのは俺だ。

 この怒りは、そうしなくて消えてはくれない。

 

「だっ! ぅらぁ!」

 

 速く…疾く…そして強く…

 

 今までレベルをあげてきたのは全てこのときのためのように思えた。両方の剣でヤツの大剣を受け止め、弾きあげる。いつもより数段簡単に持ち上がる。

 重たい斬撃。頬にかするが何より優先するのは攻撃を食らわすこと。尾が鳩尾に入るのも構わず両手の動きを止めはしなかった。

 

「ふっ…ぅぉおおおおおおお!!」

 

 これで!

 最後の一撃はアイツの相棒の半身から繰り出した。左手の剣はヤツの脇腹に見事に収まり、その体を大きなポリゴン片に姿を変えさせた。

 

「おわっ…た…。」

 

 意識を失う前、視界の端に涙を浮かべたセツナの顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリト!!」

 

 意識の奥で聞こえた声。以前は呼ばれることが当たり前で、近頃では聞くことを焦がれた声。

 

「良かったぁ…。」

 

 少し気を失っていたか、目を開けると飛び込んできたのは涙を溜めたセツナと目尻から落としたアスナだった。

「どれぐらい、意識失ってた?」

 体を起こしながら尋ねる。HPは数ドット…あと一撃食らっていたら危なかったところだ。

「ホンの数秒よ。」

 アスナの答えを待ってからセツナは立ち上がろうとした。アスナに気を使っているのか、だけど俺が何のために戦ったかと言えば他ならぬ彼女のためで、その手を強く引き抱き寄せた。

 

 

「良かった…。」

 

 

 その感触に心からの安堵の言葉が出た。もう一度こうして存在を確かめることができて。にやにやとクラインが余計なことを言うのも気にならないぐらいに安心しきっていた。

「キリトのやつよぉ、セツナがブレス食らった瞬間にスキルいじり始めてよ、あれだもんな。」

 居心地が悪いのか身動ぎをして口を開くセツナ。

「何よ…自分の方がボロボロじゃない…。」

 そんなかわいくない言葉でさえ、懐かしくて頬が緩むのを抑えられない、そしてそれが嬉しく思えるほどに自分は追い詰められていた。

「怖かった…セツナがやられるかもしれないって思ったら、ここで使うしかないって…。」

 自分の台詞とは思えないような言葉。極限まですり減らした神経のせいか人目を憚るということを忘れてしまったようだ。そんな自分にかこつけて、より強くセツナを引き寄せた。

「それで自分が死んだらしょうがないわよ…。」

 本当に憎まれ口しか出てこない、素直じゃない。それなのにこんなにも渇望するヤツが他にどこにもいるものか。

「セツナがいない世界に何の意味もない。そう思ったのはこれで2回目だ。」

 1回目は奇しくも同じく結晶無効化空間での危機をしのいだ時だった。あの時は、セツナのスキルと判断力に助けられた。そして、初めてセツナが女の子であることを強く意識した日。

 腕を緩め、真っ直ぐにセツナを見据えると、戸惑ったような顔を浮かべながらもまだ目尻には涙が浮かんでいた。

「キリ…ト…?」

 兎のように元々赤い瞳が、涙のせいかより赤く見える。

 

 

「セツナが好きだ。」

 

 

 もう、離れるのは嫌だ。あの時散々思ったくせに手を離した隙に離れていった。もう2度とこんな思いをしたくはない。神経が高ぶっているからか、その言葉は自然に溢れて出た。

 

 

「うぉっほん!!」

 

 

 (わざ)とらしい咳払いにそれは阻まれた。

「キリトよぉーおめぇの気持ちも分かるが周りの人のことも考えてやれよ。」

 それはクラインだった。呆れたように頭をかいてはいるがどこか楽しそうなのは気のせいか。目の前では珍しくセツナが顔を茹で蛸のように染め上げており、アスナは逆に青ざめている。《軍》のメンバーと《風林火山》のメンバーは所在なさげに視線を泳がせ、ディアベルは…。

「キリトさん…助かったよ。」

 その表情は読めなかった。

「いや、あそこまで持ちこたえてくれて良かった。」

 ディアベルから差し出された手を握りようやく立ち上がった。

「しっかしよぅ…オメエなんだよ、さっきのはよぅ。」

 クラインの言うそれが何を指すのか。この場で分からないものはいないだろう。当然に俺の使ったスキルについてだ。特殊スキルを持つ一人であるセツナが床に視線を落とした。セツナのスキル《天秤刀》も彼女しか持たないスキルで発現条件はわかっていないらしい。

「言わなきゃ、だめか?」

 それでも彼女の情報が禁句(タブー)であることはなんとなく攻略組には知れわたっているため、それはそう大っぴらにならなかったが、これはそうもいかないだろう。…勿論、セツナのスキルは特殊性が高く、使用者を選ぶのもある。しかし…俺の場合。

「ったりめぇだ! みたことねぇぞあんなの。」

 周囲の容赦はなく、使用者(ユーザー)の一番多いと思わせる片手剣のスキルのため拡散されるのに時間は、かからないだろう。

 観念し、肩から息を吐いて答えた。

「…エクストラスキルだよ。《二刀流》」

 おぉと言うどよめきの中にセツナのやっぱりと言う呟き。

「…知ってたのか?」

 そう尋ねるとセツナは小さく頷いた。

「…私の《天秤刀》発現と同じぐらいから何か隠してるのは気付いてた。」

 自分は67層のあの時までセツナがそんなスキルを持っているだなんて気付きもしなかった。どう反応していい困るが、何より彼女がそんな風に自分のことをよく見ていたことを嬉しく思う自分が末期だと思った。

「…セツナもそうだったろうけど、発現条件が分からないからには公開できなかったんだ。」

「ネットゲーマーは嫉妬深いからねぇー…まぁ俺は人間が出来てるからいいけどさ、それに…」

 クラインはそこまで言うと元々のニヤケ面をさらにニヤニヤさせ、俺とアスナとディアベル…そしてセツナをみやった。

「ま、苦労も修行のうちだと思って頑張りたまえ。」

 自分の蒔いた種ではあるが、時間が経つほどに冷静になり視線を床に落とすしかなかった。

「勝手なことを…。」

 問題は何も解決はしていない。生き残りはしたが今や俺は《血盟騎士団》の一員で、セツナは《竜騎士の翼》の主力プレイヤーだ。俺が望むような形にはそう簡単にはなれない。

 四人が沈黙を貫く中、クラインはテキパキと軍の生き残りとも話を進めている。彼らは自力で帰れると部屋を出て転移結晶を使ったのが見えた。

「俺らは75層のアクティベートに向かおうと思うがどうする? キリト、お前がやるか?」

 今回のボスを倒した俺に気を使ったのかクラインはそう言ったが、正直それどころではない。

「いいよ、任せる。」

「そうか。道中気を付けてな。」

 仲間に合図をするとクラインはそのまま奥の階段へ向かっていった。

 カツカツと鳴り響く足音が不意に止まる。背中越しにクラインは口を開いた。

「キリト…もう後悔すんなよ。」

 それはずっと俺が始めにあいつを置いていったことを後悔していたのを知っているような口ぶりだった。口の中だけであぁと返事をすると、仲間と共に階段の奥へ消えていった。

 だだっ広いボス部屋に残されたのはこれで四人。青い炎が燭台の上でごうごう燃える音だけが響き、それ以外に音はなかった。

 座って放心したままのアスナに表情の読めないディアベル。そして、ようやく立ち上がったセツナ。

「ふぅ…やっと痺れがとれてきた。」

 ボスのブレス攻撃の追加効果は麻痺だったと知る。彼女のHPは、正常値であることに再度安心した。パーティを組んでいないと見えないHPバーやステータス表示に歯痒い思いをしたのは初めてだった。

 

「セツナ」

 

 床に落ちたままだったグランドリームを手渡す。その重さはエリュシデータと張るかさらに重たい。ずしりとした感覚はすぐにセツナに取り除かれた。

「ありがとう。」

 さっきまでは茹で蛸のようにしていた顔がもういつも通りに戻っている。勢いのままに伝えたこと、彼女はどう感じたのか。その表情は必死で平静を保っているようにも見えた。

 

「セツナ」

 

 次に彼女の名前を読んだのはここ最近ずっとセツナの隣にいた男だった。呼び方が以前よりこなれているのが癇に障る。

「何?」

 グランドリームをアイテムストレージに格納しながらセツナは視線だけをディアベルに向けた。ディアベルの表情はどこか寂しげだった。

「君の本当の気持ちを教えて欲しい。」

 突如投げ込まれたのは大きな爆弾だった。なぜそんなことを言い出したのか、パクパクと口を鯉のようにさせたのは俺だけではなくアスナもだった。

「本当の気持ち?」

 ディアベルの真意は分からない。セツナも質問の意図を探ろうと聞き返す。

「…君が何を思っているか分かるぐらいには見てきたつもりなんだけど。」

 彼の言葉に口を真一文字にするセツナ。口にするのを迷っている。ただその中にしっかりとした答えは持っているようだった。それが俺の望むものなのかは分からないけれど。

 そんなセツナにディアベルは小さくため息をついた。

「君はもっと容赦なく言葉が言える子だろ? なら俺が代わりに言おう。」

「ディアベル!?」

「ギルドリーダーとして、セツナに今日限りで暇を命ずる。」

 ディアベルのその言葉にセツナは一気に泣き出しそうな表情を浮かべた。

「なんっ…」

 セツナの何でと言う言葉は最後まで発せられぬままディアベルに打ち切られた。

「それは君自身がよく知っているだろう?」

 ディアベルはどうみても俺と同じ気持ちを持っている。それなのに、なぜセツナにギルドを辞めさせようとするのか。自分には考えられないことだった。

「セツナの気持ちは嬉しかったよ。だけどもう素直になって良いんだ。」

 優しく続けるディアベルにセツナの涙腺はついに決壊し、

「…わたし…私だってキリトの隣にいたい…。」

 顔をくしゃくしゃにしながらセツナは子どものように泣き出した。

「…っく…自分の行動に、責任は…持たなきゃって思ったし、…ぇぐ、キリトの隣は今はアスナだっているし…。」

 嗚咽を漏らしながら吐き出された本音。クライン、どうしたって俺は後悔するように出来ているらしい。どうして本当にもっとちゃんと傍に置いておかなかったのか。

「ディアベル…ありがとう。」

 泣きじゃくる彼女を再び抱き寄せ代わりにお礼を言う。

「…キリトさんのためじゃなくてあくまでセツナのためだからね。」

 そう言える彼がどんなに格好いいか俺だけがわかるように思った。しかし、問題はもうひとつある。

「…私、キリトくんがギルド抜けるのに協力なんかしてあげないからね。」

 アスナの言う通り自分が所属しているギルドも問題だ。

「でも、反対もしないから。副団長としてね。」

 アスナの精一杯の言葉にありがとうと言うと、アスナは片手を挙げて、75層への階段に向かっていった。身を翻したそのときに、一筋の滴が落ちたのを見逃しはしなかった。

 

「セツナ、おい。」

 

 延々と肩で泣き続けるセツナ。あの時だってこんなには泣かなかった。

「セツナ。」

 泣き止ませるのは俺の仕事とばかりにディアベルも回廊に出ると転移結晶でギルドに戻っていった。残されたのはついに二人だ。

「おいー…。」

 抱き寄せたのは自分だったがこんなに泣かれるとは具合が悪い。肩に手をかけ身を起こそうとすると、言葉が紡がれた。

「帰ろう?」

「ん?」

「帰ろう。私たちのホームに。」

 50層、アルゲード。全ての問題が解決したわけではないが、実に数ヵ月ぶりにその帰路を共にした。

 

 

 




と言うことで…キリセツ派の皆様お待たせしました 笑
くっつくまでにコイツら何話書かせる気なのかと。

ディアベルさんはいつだっていい男です。

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