白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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39:75層*3人のユニークスキル①

 

 

 

 翌朝、ホームの扉を開けたところでセツナはへなへなと、座り込んだ。隣接したホームを購入しておきながら顔を合わせたのは数えるほど。この数ヵ月、その部屋に電気が点っていることは無かった。自分より早くに出発していたか、ここには帰ってきていなかったか…だ。隣の部屋のその灯りはキリトがそこにいることを示していた。それはつまり昨日の出来事が夢ではなかったと言うことに他ならない。

 昨日は色んなことがありすぎた。ボス攻略での死者…クラインはあんなの攻略じゃないと言ったが死者が出てしまったことは事実。それからキリトのエクストラスキル…。恐らくはユニークスキルであるそれは凄まじい攻撃力だった。魔剣クラスの2本のお陰かも知れないがそれは想像を遥かに越える。自分が1本削るのがやっとだったボスのHPバーをあっという間に0にしてしまった。もっと…もっと自分もできるはずなのに。正直悔しかった。

 そして…私のギルド脱退。

 キリトの気持ちを強くぶつけられたのは初めてだった。この2年の中ですれ違いながらも一番多くの時間を共にしたのは彼だ。ずっとそこにあった感情は形をなさずに浮かんでいた。それが名前を持ったのはわりと最近のこと。

 なんで皆が私たちの関係を訪ねるのか。付き合っているのかと聞くのか分からなかった。ずっと、ずっとただの協力者で、相棒でいいじゃないかと思っていた。わざわざそういう関係に仕立てあげなくとも。でも、自分の中にも見付けてしまった。離れたくないと言う気持ち。

 以前離れたのは今から思えば私のそんな態度のせい。それまでは本当に相棒ですら無かったように思う。ただの仲の良いソロプレイヤー仲間。それがいまや…

 思い出すと顔が熱くなった。感情が大袈裟に出るこの世界のことだ、きっと真っ赤になっているに違いない。好きと言ってくれたキリト。その言葉がまだ耳に残っているようにすら感じる。

 2回目に離れたのは事故…みたいなもの。まだ自分の気持ちが分からないときに知ってしまった友人の想い。そして、自分をいつも大切にしてくれている人が死に直面した。そこで選択した。それはすぐに後悔することになったけど。

 それが今、ようやく繋がった。自分の中に見付け、しまっておいた感情はキリトの強い言葉に抉じ開けられた。いつだって気持ちが揺れ動くのが生死を隣にした時だなんてこの世界で生きている自分達らしい。

 そう言えば…自分はきちんと彼の言葉に応えたことになっているのだろうか。ハッキリした言葉を口にしたキリトとは違い、自分はそうではない。セツナは一人顔を青くした。あのどさくさではともかく、今そんな言葉口にするなんて、とてもじゃないけどできそうもない。

 

「なぁに一人で百面相してるんだよ。」

 

 あまりにも動揺して、扉が開いたことにさえ気付かなかった。コツンとキリトに頭を叩かれる。

「お、おはよう…。」

 様子を見られていたことも、昨日のこともあって恥ずかしさは極限。しかしそれよりも目にしたキリトの姿に驚き、何よりの安心を覚えた。

「その格好…。」

「…あぁ、やっぱりこの方が落ち着くからな。」

 それはキリトの意思表示でもあるのだろう。白い血盟騎士団の制服ではなく、見慣れた黒いコート。ソロの頃に愛用していた黒ずくめの装いだった。

 セツナのカーソルからは目が覚めたらギルドのマークは無くなっていた。それはディアベルの心遣いだろう。しかしもう1つしなければならないのは、キリトのカーソルに残るギルドのマーク。別に脱退しなければならないこともないのだが、それは二人にとってけじめのようにも思えた。

「よく、似合ってる。」

「うん。」

 二人でそうして笑っていると急に地鳴りが響いた。

 

「いたぞ!!」

 

 男たちの騒ぎ声。その姿は鎧に包まれているものやら、フーデットケープに覆われたものやら様々だった。

 

「「え?」」

 

 訳がわからず顔を見合わせるも、その勢いに圧倒される。呻き声のように様々な単語が飛び交う。エクストラスキルだとか二刀流だとか。襲撃団の目的は昨日公開されたキリトのスキルに対するものだった。

 キィンと音をたて、愛槍を手に取りセツナは押し寄せてくる集団の前に立つ。《圏内》なので誰のHPも減りはしないことは自分の身をもって証明済み。それでも牽制には使える。軽くスキルモーションを起こすと先頭の男の前パシィンと障壁が弾ける。

 

「朝から非常識よ。」

 

 相変わらず頼りになることで、とキリトから小さな声が漏れる。セツナの牽制にひと度その騒ぎは静まったかのようにも思えたが、それは別の騒ぎを呼んだ。

 

「舞神サマーー!!」

「ビーターに戻ったって本当ですかー!?」

 

 訳のわからない火種にセツナは顔を引き吊らせた。強引に脱力させられもはや勢いよく武器をとったもののそれ以上牽制する気にもなれなかった。

「キリト、黒猫団。」

 小さくそれだけ呟き、キリトの返事を待たずに高価な結晶アイテムを手にした。

「転移、ミュージエン!」

 あえて違う層を選択し、転移していった相棒に倣い、キリトも慌てて結晶アイテムを取り出した。よもや自分のホームから脱出するのにアイテムを使うことになるとは…。一体なんの騒ぎなのだ。

「…転移、グランザム。」

 アイテムを使用しながらキリトは《月夜の黒猫団》のホームに今日の新聞があることを願った。

 

 

 

 

 20層、ラーベルグ。通いなれたその場所によもや《隠蔽》スキルを使って行くことがあろうとは。

 ミュージエンに降り立ったセツナは周りに気付かれないうちにまたすぐに転移門へ飛び込んだ。そしてサチに作ってもらった隠蔽(ハイディング)補正のかかるケープを目深にかぶり《月夜の黒猫団》のギルドホームを目指す。先程の騒ぎが嘘のように穏やかな朝の風景だ。ただ、どんな情報が流れているのか分からない今、目的地に着くまでは油断は出来なかった。

 

コンコン。

 

 ギルドホームの扉を叩くと幸いそこに人はいた。

「はーい。」

「サチ! 私!!」

 中からするサチの声にすぐさま答えると、扉は勢いよく開いた。

「セツナ! 良かった。」

 その反応は状況をわかっている様子だった。外がどうなっているのか分からないためありがたい。キリトの到着を待って話を聞くことにした。

 

 

 

「セツナが来る前、ちょうどケイタが新聞をもって戻ってきたところでね、中層も凄い騒ぎだったみたいだよ。」

 キリトが到着したところでサチは全員分のお茶をいれてくれた。黒猫団メンバーとしても新聞記事の内容は興味津々と言ったところか、今日は狩りに出ているものはおらず全員が揃っていた。

「舞神を凌ぐユニークスキル使いの出現、青い悪魔を殲滅した50連撃! だってさ。」

 ケイタの読み上げたコピーにセツナは頬を膨らませる。半分ぐらい事実ではあるのだが、

「何よそれー! 私がキリトより弱いみたいに書かれてる!!」

 相変わらずの負けず嫌いにまぁまぁと宥めるのも一苦労である。

「いや、しかし今回は色んな形で号外が出ててさ、こんなことも珍しいよな。」

 そう言ってケイタは様々な新聞を並べた。

 

『最後のクォーター《コリニア》』

 

『3人目のユニークスキル使い現る!』

 

『青い悪魔を撃破した剣技』

 

 机に並べられた新聞にはそれぞれ尾ひれが付きまくって、好き勝手に二刀流スキルと74層ボス戦のことを書き綴っていた。やれ50連撃だの、一撃撃破だの、無敵効果だのと事実とはほど遠い記事。それだけインパクトのあったものだったと言うことで、運の悪かったのは攻略組だけではなく《軍》のメンバーがいたことだろう。申し訳ないが攻略組よりややレベルの劣る彼らにはそれはキリトたちの戦闘は衝撃的なものだっただろう。

 

「ふふーん。それよりさ、俺はコレの方がもっと気になるんだけど。」

 

 ダッカーの取り出した一枚の号外にキリトもセツナも顔を赤くしていいやら青くしていいやら一番反応に困った。にやにやとみつめられるのも昨日に続いて、だ。

 

『《黒の剣士》、積年の想い』

 

 そんな見出しから始まる記事。それが《鼠》のアルゴによって書かれたものだから尚更性質(たち)が悪い。アルゴの情報は早くて正確。それを裏切ったことはこの2年間一度だってない。転移前に言われた謎の火種はこれかと思い知る。記事の中にAさんとDさんのインタビューまで載っているのはささやかな嫌がらせか。そしてさすがは、アルゴと言うべきか、大体あってるのが二人としてもいたたまれないところだった。

「なんでもいいだろ。」

 昨日の潔さは見る影もなく、キリトはそっぽを向いた。

「もう、放っておいてよ…。」

 そして湯気でも出そうな勢いでうつ向くセツナ。私たちのことなんてどうでも良いじゃない、と消え入りそうな声で呟くもサチはコロコロと笑った。

「しょうがないわよ。舞神と閃光は二大アイドルなんだから。芸能人が結婚したみたいな騒ぎよ。」

 その言葉に目眩すらする。こっそり付き合い始めたけど翌日には何故かクラス全員知ってました、みたいな絶望感だ。いや、全然こっそりではなかったのだが。

「『黒の剣士がボスの部屋に到着すると、すでに軍を背に舞神は戦っていた。それを見て…。』」

「わーわーわーわー!!!!!」

 ワザワザ記事を読み上げられて気分的にHPが減っている。ダッカーを圧死させる勢いで止めるキリト。二人としては日常を取り戻したはずだったのにそれまでもがこんな騒ぎになるとは思ってもいなかった。

「大体…積年て…。」

 セツナが大袈裟…と溢すと皆は目を丸くした。

「え…。」

「知らなかったの?」

「そりゃ苦労するわ。」

「キリト、よく頑張ったな。」

 各人各様の反応をされ、困惑した表情を浮かべるセツナにキリトは諦めたように口を開いた。

「間違ってないよ。1年以上前からだ。」

 戦闘の勘に比べて対人関係の鈍さはキリトの上を行く。そんな事実を突き付けられ、開き直ったキリトをまた皆が冷やかすもんだからセツナはもうどういう顔をして良いか分からなかった。隣で柔らかく微笑むサチだけが救いだった。

 

 

 そんな中、キリトのメッセージボックスにメールが届いた。差出人はアスナだ。

 

【大変! ギルド本部に急いで。】

 

 内容は特になく、用件は全く分からなかった。こんな騒ぎの中、外出したくない…と言うのが二人の本音ではあるが緊急性を要するならば仕方ない。もしかしたらキリトの脱退をそれとなくアスナが伝えたのかもしれない。そうであればそれは逃げるわけにはいかない問題でもあった。

 からかわれながらも安らぐ、温かい空間に別れを告げ、鉄の城グランザムに向かうことにした。

 

 

 




最初何の話書いてるのかと…
お花畑全開に出来ているでしょうか。
黒猫団再び!最近出せてなかったので。

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