「セッちゃん。セッちゃん。」
馴れ馴れしく人のことをそんな風に呼ぶ知り合いを私は一人しか知らない。
「アルゴ。本当にあなた神出鬼没なのね。」
ある意味褒めている。
恐らくかなりの前線の方にいるとは自負している。それなのに職業柄、戦闘スキルはさほど高くはなさそうにも係わらず彼女はついてくることが出来る。《
にゃはははと特徴的に笑い、マイペースに彼女は続ける。
「ちょーぉっとセッちゃんにお願いしたいことがあってサ、探してだんだヨ。」
語尾が特徴的なのは頬の髭と同じでキャラクター作りだろうか。
《鼠》のアルゴ。私たちがこの世界に捕らえられて約2週間。SAO初の情報屋として彼女の名前が知られ始めてきた頃だった。
私としては彼女とケープが色違いのお揃いと言うのが不本意なのだが仕方ない。
「無理なお願いなら聞かないけど。」
アルゴと話すと情報を抜かれる。そう真しやかな噂もあるせいか迂闊な口は開けずつい邪険に扱ってしまう。そんなことを気にする風もなく彼女は続ける。
「違うヨ~。人助け、カナ。」
どんな言葉に私が弱いのかもよくお分かりで。
「話だけならきくわ…。」
人使いが巧い。情報屋のなせる業なのか、それとも本人の資質なのか。
「オレっチの名前で《隠しログアウトスポット》なるものがなぁーんが出回っちゃったみたいなんだよネ。もちろんそんな情報流しちゃいないヨ。」
「で?」
「
初心者の多くは外からの救援を待って何もせず《はじまりの町》にいると聞く。そんな人たちがその情報を信じ、ログアウトするために町の外へ出たらどうなるだろうか。
―何も知らず散り行くかもしれない。
引き受けざるを得ないその依頼にため息混じりに続きを促した。
「場所は?」
「《はじまりの町》の西の森だヨ。」
お誂え向きに《はじまりの町》の近くと来れば余計に犠牲になるプレイヤーは少なくないかもしれない。
しかしこの世界、アインクラッドは円錐型の形をしている。つまり一層が一番広い。正直《はじまりの町》に戻るのは若干の骨だったりする。
「あそこはレベル3はいるって言われてるケド、《コボルド》がポップするんダヨ。」
その言葉がやや迷いのある私の背を押したことは間違いない。大きなため息を肩から吐き出した。
「分かった。その代わり条件がある。」
「なにカナ?」
終始貫徹して飄々と答えるアルゴ。漫画やアニメなら周囲に音符でも飛んでそうなその様子。舌打ちでもしてやろうかと思う。
「私の情報は売らないこと。」
切り裂くように言い放てば、ヒュゥと口笛が聞こえた。そしてニヤリと笑うと、依頼の対価分は売らないコトにするヨ、とそれだけ返ってきた。
《コボルド》は好戦的なモンスターだ。攻撃しなければ襲ってこない《フレンジーボア》や近寄らなければ攻撃対象にならない《リトルネペント》とは訳が違う。本当にそんな噂が流れているなら犠牲者は少なくないかもしれない。
敏捷性寄りに強化してきたステータスをフルに利用して《はじまりの町》へと急ぐことにした。そんな私に着いてくるもんだからやっぱりこの《鼠》タダ者じゃない。
何度かのエンカウントを捌きながら、《はじまりの町》西の森に辿り着くと奥には
…見たところ周辺の敵はレベル1相当のモンスターばかりだけれども…
「《コボルド》はここに出るの?」
「そう言うことだナ。」
穴の上から落ちている蔦を選り分け、中に人がいないか確認する。
確かにこんな入りにくい洞窟、《隠しログアウトスポット》なんて噂が立つのも無理もない。入り込んだ人は恐らく出てきてはいないのだろう。そこからログアウトとデマが広がったのだろうと容易に答えに辿り着く。
「っきゃぁぁぁああ!!」
少しの傾斜を下り入り口に立つと中から盛大な悲鳴が聞こえた。
「アルゴ!」
気のせいではない。呼び掛けると深く頷くことで返された。お願い、間に合って。声の飛んできた方向へ一心不乱に駆け出した。
目の前で人が死ぬのは真っ平ゴメンだ。
《コボルド》の影が見えかけたところでソードスキルを発動した。地面を蹴りあげ突撃系の《ソニック・チャージ》を繰り出すと、《コボルド》との距離が一気に縮まる。
一撃を与えて、怯んだ隙にもう一発。二連撃の《ツイン・スラスト》を頭から叩き込むと呆気なく《コボルド》はポリゴンのエフェクトを発し消えた。
「大丈夫?」
気になるのは声の主の方だ。
赤いフード付きコートを身に纏い、顔は見えなかった。大分ダメージを受けているようで、伏して動かない。
「これ、飲んだら回復するから。」
無理矢理に口の中にポーションを突っ込むと、はらりとフードが落ちた。栗色の長い髪。端正に整ったまだ幼いが品のある顔立ち。目は瞑られているが桜色の頬と唇。
「「美少女…」」
思わず口に出した言葉はアルゴと重なって互いに顔を見合わせた。
「この子を失うのは罪だったわね。」
「だナ。」
軽く気を失っている少女を抱え、再び《コボルド》がポップする前にと洞窟を出ることにした。西の森自体は洞窟さえなければそう危ない場所ではなかった。だからこそこの少女もここまで辿り着くことが出来たのだろう。どうみても腰に履かれてるのは《プレーンレイピア》で初期装備。二週間経ってまともに活動しているならば店売りの《アイアンレイピア》ぐらいは装備しているはずだ。
「ビギナーさん。帰りたかったんだね。」
「セッちゃんを呼んで正解だったナ。キー坊だったら間に合ってなかったカモしれん。」
他に依頼候補がいたのか。選ばれて光栄なのかアンラッキーなのか。
「ん…。」
少し身動ぎをして少女が目を覚ました。ゆっくりの開いたのは榛色の瞳で、誰が見てもきれいだと言う顔立ちをしていた。
「気が付いたのね。もう大丈夫よ。」
声をかければ、まだ意識がはっきりしないのか虚ろな目で少女は言葉を探す。そして瞬間、思い出したように口を開いた。
「ログアウトは!?」
それには私の代わりにアルゴが答えてくれた。
「デマなんだヨ。ゴメンネ。」
さすがの彼女も所在なさげな表情になった。当の少女は項垂れ、地を見つめ動かない。かなりのショックなんだろう。
「あの…」
「あのモンスター倒したの、あなた?」
どうにか励ましの言葉をかけようとすると少女の方から強い口調で返された。
「そう、だけど。」
意図が分からず曖昧な答えになる。すると意思を秘めた目で見つめられ、出てきたのは驚くような言葉だった。
「ありがとう。ねぇ。私にも、倒せるようになるかしら。」
思わずアルゴと再び顔を見合わせた。それはあまりにも唐突で。少女は臆せず続ける。
「死にそうになった時、後悔したくないって思ったの。」
何もせずに搾取されて終わる。確かに一番嫌な終わり方かもしれない。
「オネーサンは情報屋だからナ、知りたいことはなんでも売るサ。」
そんな彼女にニヤリと笑みを浮かべるアルゴ。さすが《鼠》。容赦ない。
「じゃぁ強くなる方法を。」
少女は簡潔に答えた。
するとアルゴはアイテムストレージを開き、一冊の本を取り出した。それは自分も持っているアルゴ印の攻略本だった。強くなる。それには確かにまず基礎知識が必要だ。
「必要なことはこれに全部書かれてるヨ。対価は…君の名前でいいサ。」
「なま…!?」
思わず大きな声を出しそうになった。私からは500コルも取っておいて! 確かにこの美少女の名前は高く売れそうだけど優しさなのか…不公平。
「名前? そんなのでいいの? 私の名前は結城明日奈。」
「「わぁぁあぁ!!」」
本当に
「キャラクターネーム! 今のは特別に聞かなかったことにするヨ。」
すると少女は"アスナ"と答えた。どうやらキャラクターネームもそのままのようだ。
「私はセツナ。こっちの情報屋はアルゴ。いつでもメッセ飛ばして。何かの縁だわ、力になるわ。」
折角出会った美少女がどこかでの垂れ死ぬのも夢見が悪い。何かの力になれればとフレンド申請を飛ばす。
「あっセッちゃんズルいゾ! アーちゃん、折角だからオネーサンともフレンド登録しておこうゼ。安くするヨ。」
女3人寄れば姦がましとはよく言ったものだ。
フィールドの中でいつモンスターに襲われるやも知れない場所で。でもこのゲームが始まってから初めてはしゃいだかもしれない。アスナの表情は固いままだったけれど、フレンド申請を受け入れてくれたのは信用してくれたからだと思いたい。
「あれー?先客がいるぞ?」
そちらに気をとられていると背後からプレイヤーの声がした。まずい。完全に油断をしていた。悪質なプレイヤーなら最悪の状況も考えられる。
弛んだ気を締め上げ、背中から武器を抜く。《索敵》反応も当然出ていて気付かなかった自分が憎い。目の前に槍を構え後ろに二人を隠した。
声の内容からして向こうもこちらに気が付いている。ザッザッと近づいてくる足音に、緊張が走る。何人…5人ぐらいか。一番良いのは友好的なプレイヤーなこと。攻撃してくるような相手ならレベルが自分より低くないとどうにもならない。
背後ではチャッとアルゴがダガーを抜く音がした。戦う彼女を見れるのはそれこそ売れるかもしれないがそれどころではない。
繁みから先頭の男がようやく姿を見せた。それは赤い髪の額に変なバンダナを巻いた男だった。
「…ってクライン!?」
現れたのが見知った顔で一気に体から力が抜けた。
「おーセツナじゃねぇか!元気にしてたか!」
あんな別れ方をしたと言うのに気のいい男だ。
「あなたたちも《隠しログアウトスポット》の噂を聞いて?」
武器を背に戻し尋ねると、仲間たちがすべて姿を表したところだった。
「ってぇとセツナもか。なんだ《鼠》さんもいるじゃねぇか。つーこたぁやっぱデマってことで良いんだな?」
私の後ろのアルゴの姿を目敏く見つけ、そう結論付けるクライン。
「オレッチの情報の裏付けをとりにくるとは中々だナ。」
「アンタの情報とは思えなかったから見に来たまでさ。」
ニヤリと笑みを浮かべる二人に苦笑いを禁じ得ない。
「そ、それより仲間と合流できたんだね。良かった。」
「あぁ。キリトから聞いたか? あいつはどうした?」
クラインの疑問は尤もだ。しかしその答えを私は持っていない。
「一緒には行動してないの。そろそろ《トールバーナ》に着いて迷宮区に篭り始めてるんじゃないかしら。」
そう答えつつも答えを持っていそうなアルゴを横目に見ると肩を竦め首を横に振った。当然売りものらしい。
「そっか。いやーしかし無事で良かったよ。気が向いたらまた一緒に狩りに行こうぜ。」
「ありがとう。」
何も聞かないクラインの心遣いが嬉しかった。
「デマって分かればここには用はないな。オレらは戻るわ。」
「そう。ならデマってことを拡散してくれると助かるんだけど。」
「オイラも戻って《鼠》印の号外出すかナ。」
お願いをするとクラインは背を向けて右手をひらひらと振った。追ってアルゴも姿を消した。
情報拡散にも多少時間がかかるだろう、アスナの狩りデビューのサポートも兼ね、少しだけこの場に留まることとした。
「アスナ、ちょっとだけ戦う?」
クラインと接している間一言も口を開かなかった彼女に振り向くと高速で攻略本をめくりブツブツと呪文のように唱えている彼女の姿があった。
「…細剣だから…切っ先を少し捻るようにして…」
本を読みながらプレーンレイピアを動かす。するとソードスキルが発動し、通りすがりの《フレンジーボア》を刺殺した。
細剣基本スキル《リニアー》。目を見張るような早さだった。初心者にしてこれだ。すぐにきっと強くなる。
「私の助けなんか必要なさそうね。」
そう呟くと集中していた彼女はこちらに意識を向けた。
「ううん。意識が途切れる前、あなたの姿が見えたの。今のはきっとうまくイメージできたお陰。」
そしてそう言ってアスナは微笑んだ。
「いま、初めて笑った…!」
嬉しくなって声をあげると自身では気付いていなかったようで、恥ずかしそうにアスナは頬を覆った。
それが後に双璧と呼ばれ、何かと比較対象にされるようになる少女との出会いだった。
この時は全く想像もしていなかった。強くなるとは思ったがまさか彼女が二つ名までもらい、最強プレイヤーの一角を担うようになるとは。
コミック版プログレッシブネタで失礼致します。
クラインとようやく再開しました。アッサリでしたけれども。