白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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40:75層*3人のユニークスキル②

 

 

 

 55層にそびえ立つ鉄の城。血盟騎士団本部は、最強ギルドの名にふさわしい要塞のようだった。

 キリトとセツナが主武器(メインアーム)のインゴットを手に入れた層でもあり、何か因縁めいたものを感じる。

 低めに設定された気温は霧のようなものを演出し、いつでも物々しい雰囲気を醸し出している。先程までいたアットホームな雰囲気の《月夜の黒猫団》ギルドホームとは大違いで、入り口に見張り番まで立っている。

 

 アスナからのメッセージを受け、慌てて飛んできた。このギルドのホームがあるからか、純粋に寒さから敬遠されているのか、55層の転移門広場はいつも通りで騒ぎとは程遠い様子だった。それが今は助かる。

「ごくろうさん。」

 キリトは慣れた様子で入り口を通り抜けようとするが、見張り番はそれまで直立不動だったにも関わらずその姿をみて狼狽えた。…キリトが制服を纏っていなかったからだろう。アットホームなギルドの雰囲気に慣れたセツナは軽く会釈をすると緊張した面持ちでキリトの後を追った。キリトは一人で行くと言ったが、自分に無関係なわけではなかったためそこは言いくるめた。

 広い回廊。内部もそのまま城のような構造。天高い吹き抜けに中央にある左右対称の婉曲した階段。その奥に控える一際大きな扉をノックする。

 

「キリト、入ります。」

 

 キィィイと音を立て、ゆっくりと開く扉の先はいつも演出のように逆光だ。壁一面に設えられた窓のせいだろう。部屋の中央の執務机にはいつレベルを上げているのか、ヒースクリフが座っていなかったのをキリトは見たことがなかった。後ろには当然に護衛が控え、いつもと違うのはその部屋の中にアスナの姿があったことだ。アスナは引き吊ったような笑顔の表情をしていた。

 扉が開き終わるのを待って、セツナと部屋の中に進み出ると、ヒースクリフは柔和な笑みを浮かべ口を開いた。

 

「やぁ、キリトくん。急に呼び立ててすまなかったね。」

「いえ…。」

 

 アスナからの呼び出しは当然にヒースクリフからのものだと分かっていた。この男、まるで社長か何かのように自分の用事も配下にやらせる。副団長のアスナなどさながら秘書のようだ。

 入団し、顔を会わせる機会が増えようとこの男に慣れることなどなく、特にこの部屋で会うと気圧される。

 

「まさか、既に制服を着ていないとは思っていなかったが…まぁいい。まずは74層攻略おめでとう、と言っておこう。」

「そりゃどうも。」

 

 ぶっきらぼうなキリトの物言いに護衛の武器がかちゃりと動くがそれはアスナが視線で黙らせる。

 

「色んな話を聞いたが…キリトくん、ギルドを退団するつもりかね。」

 

 独特の間を持って話すヒースクリフ。他の人に敬語で話すことなど滅多にないのだがこの雰囲気がそうではければならないと言っているような気がする。誰に対しても容赦なく口を開くセツナも大人しくしており、表情が固まっている。

 

「…聞いた通りです。俺は、ソロに戻ります。」

 

 はっきりとそう口にしたキリトにアスナの瞳が揺らいだのをセツナは見逃さなかった。それでも気丈に振る舞う彼女の強さは純粋に尊敬する。

 

「キリトくんも知っての通り最強ギルドとは呼ばれていても我がギルドの戦力はギリギリだ。こちらとしてもはい、そうですか…と君を手放す気はない。」

「…よく言うよ。あんたとアスナがいれば十分だろう。」

 

 キリトのどんな物言いにもヒースクリフの柔和な態度は崩れることはない。

 

「…1つ、面白い話を聞いたよ。」

「…なんですか。」

「《二刀流》…だったか、君のスキルは。」

「!…それが、何か。」

 

 キリトの肯定にようやくヒースクリフの表情が動く。実に嬉しそうな、それでいて威圧するような態度。まるで審判にかけるかのような。

 

「自由が欲しいと言うならば剣で、《二刀流》で勝ち取りたまえ。君がその強さを見せ付けたならギルドの脱退を許可しよう。」

 

 それはつまり…ヒースクリフとのデュエル。その場にいる誰もが息を飲んだ。ヒースクリフのスキルは《神聖剣》。二つ名にもなっているそれはこの世界で初めて確認されたユニークスキルでもあり、ヒースクリフにイエローなし…と言う伝説のような風説を支えているスキルでもあった。ヒースクリフの言葉は続いた。

 

「しかし、私が勝ったらセツナくんにも血盟騎士団に入団してもらう。」

 

「「な…っ!」」

 

 自分の勝利を疑わないわけではないが急にセツナを賭けの対象にされ戸惑う。そう簡単に勝てる相手ではないことがわかっているからこそ尚更。

 

「ヒースクリフ…セツナは。」

「団長! それはあんまりです。」

 

 アスナもがそれに加わり反論を試みるがヒースクリフは再び穏やかに笑った。

 

「自信がないのか? 勝てばいい。実にシンプルだろう。それに…そのくらいでないと賭けにならない。」

 

 穏やかでありながら空気は張り詰めていた。ヒースクリフの笑顔が不気味に思えるほどに。このまま誘いに乗るのは彼の思う壺だ。一旦仕切り直した方がいい、キリトがそう思い口を開こうとするも、それは前に出たセツナに遮られた。

 

「…その賭け、私が乗るわ。キリトをソロに戻したくば、剣で奪い取れってことで良いわよね。」

 

 堂々と不敵な笑みまで浮かべるセツナに、ヒースクリフもほぅ、と口角を上げた。これだから連れてきたくなかった、とキリトが後悔するも、時既に遅し。

 

「セツナくんも特別なスキルを持っていたね。それも面白い。」

 

 楽しそうな笑みを浮かべるヒースクリフに対し、セツナは至って無表情だった。

 

「私はぜんっぜん、面白くない。人のコト景品扱いしてくれちゃって。大体、こっちの方が自然だと思わない?」

 

 そんなセツナを気にした風もなく、ヒースクリフはそのまま言葉を続けた。

 

「それもそうだな。では、君の《天秤刀》と私の《神聖剣》で。」

 

「えぇ、尋常に勝負しましょ。」

 

 じゃ、明日。とそれだけ言うとセツナは半ば放心状態のキリトの腕をぐいっと掴みズカズカとその部屋を後にした。あまりのセツナの態度に護衛もアスナも呆気にとられその場を動けないでいた。

 部屋から出るとき、楽しみは取っておくもんだ、そう彼の言葉が聞こえたのは気のせいか。ただこんな堅苦しい場所に長くはいたくなく、キリトを引きずるようにして、ギルド本部を出た。

 

 

 

 

 

「おい、セツナ!」

 路面に稀に、現れる霜柱をザクザクと踏みながら前を歩くセツナ。やや早足で歩く彼女をキリトは小走りで追いかけた。

「セツナってば!!」

 肩を掴み前に回るとようやくセツナはその足を止めた。

 

「あームカつく!!」

 

 すると思いきり不平をぶちまけだした。

「なんなの!? ギルドに入る入らないは個人の自由じゃない! なんで私まで巻き込むかなー…。」

 ダンダンと床を蹴る足からは体術スキルが発動しておりその度に床に破壊不能物体(イモータルオブジェクト)の表示が出る。無意識のスキル発動にキリトはゾッとする。《圏外》で怒らせたら殺されかねない。

「まぁ、ギルドの力関係とか秩序とかもあるからさ。」

 キリトが宥めようとするもセツナの怒りは収まらない。本当はキリトとて怒りたかったのにこれではやり場がない。

「私たち、ギルドを抜けたからって攻略をしなくなる訳じゃないわ。ずっとそうしてたじゃない。なのに一回入ったらー…なんて理不尽すぎると思わない?」

「セツナ。」

 静かな声を出すキリトにセツナは口を閉じる。

「セツナの言うことも分かるさ。だけどなんでお前はそんなに単細胞なんだ。」

「た、単細胞!?」

「売り言葉に買い言葉でデュエル受けて、お前まで血盟騎士団に入ったらしょうがないだろ!」

「な、負けるって決めつけないでよ!」

 単細胞と言われたことも腹が立ったが、一番頭に来たのは端から負けると決めつけているその姿勢だった。

「団長の強さはセツナもよく知っているだろう。同じユニークスキル使いでも次元が違う。」

 そんなことはセツナだってわかっている。ただし、

「…あのねぇ、私だって何の勝算もない訳じゃないんだよ。」

 いくら無鉄砲と思われていようが策がないわけではないからデュエルを受けた。

「え…」

 セツナのその言葉にキリトは完全に虚を突かれた。公に最強プレイヤーのヒースクリフ。自分がデュエルしたとして勝てるかどうかというところだ。

「それに…私が蒔いた種なんだから…それぐらいさせてよ。」

 背を向け天を仰ぐセツナ。本音のところそこなのかもしれない。自分がギルドに入ったからキリトもそうした。そして、そう都合よく脱退が出来ないなら、自分で勝ち取る。

「キリト姫は私が魔王ヒースクリフから助けて差し上げますよ。」

 冗談めかしてそう言うセツナにキリトもようやく笑みがこぼれた。

「ホント…お前には敵わないよ。」

 再び先を歩き出したセツナが息苦しくてお腹空いたと言うもんだから、キリトは明日のために好きなだけご飯を奢ろうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 翌日は更に大きな騒ぎだった。

 前日のニュースの興奮が冷めきらない中舞い込んだ新たなニュース。一大イベントにアインクラッド中が沸いていた。

 

「これは…」

 

 あまりの盛り上がりにセツナは戸惑う。昨晩、アスナを通じてヒースクリフが場所に指定したのは開かれたばかりの75層。主街区《コリニア》の中央には中世ヨーロッパを思わせるコロシアムが存在した。デュエルの場所に選ばれたのはいかにも…。しかし、全てのプレイヤーが集結しているのではないかと言うぐらいの人口密度に目眩がした。

 出店が立ち並び、盛況なトトカルチョ。オッズでは当然ヒースクリフ優位。全員蹴散らしてやろうかと少しの苛立ちを覚える。

 

「セツナー! いたいた。」

 

 駆け寄ってくる紅白の制服を来ている少女。ギルドメンバーとして一枚噛んでいるのではと思わず邪推してしまう。

「アスナ…これはどういうことかな…。」

 ただの個人的なデュエルだと思っていたらとんでもない。お祭り騒ぎにも程がある。火吹きコーンやブラックエールなどと観戦のお供で一儲け組まで出る始末だ。

「いや、あの…会計のダイゼンさんが…。」

 じとりとセツナが睨み付けるとアスナはしどろもどろに答える。どうやらシロ、のようだ。そんな彼女の後ろからあまり紅白の制服の似合わない、恰幅のいい中年男性が現れた。

「いやぁセツナはん! この度はえらい儲けさしてもろて助かりますわ。」

 その強烈な関西訛りはセツナの嫌いな男を思い出させそれだけで不快になった。

「はぁ…。」

 気のない返事をするセツナを気にすることなく、男はマイペースに話を続ける。

「一月にいっぺんぐらいやってくれはったら、助かるんやど…どやろか? 次はアスナはんとキリトはん辺りで!」

 誰、と聞かずともこの男がこの騒ぎの元凶で会計のダイゼンであることはすぐに分かった。一割ぐらいマージン貰ってもバチは当たらないぐらいだ。ダイゼンは一儲けに大忙しで言いたいことだけ言うと自由にも去っていった。

「あぁ言う人間がいるから関西人全てが誤解されるのよ…。」

 セツナがそう呟くと隣でアスナが謝るのが聞こえた。

 

 そんなトラブルがありつつも気を引き締め、ご丁寧にも用意された控え室に向かうとそこにはキリトがいた。道理で朝からいないはずだ。まだ血盟騎士団の一員であるからには準備にかり出されていたのかもしれない。

「おはよ。」

「他に言うことないの?」

 呑気にも挨拶をするキリトにセツナは思わず笑みをこぼす。

「ここまで来たら俺は信じるだけだ。」

 そしてキリトはセツナの両手を強く握った。

「一番いい場所で見てる。絶対に勝てよ。」

 その暖かさに自然と力の入っていた肩から力が抜けた気がした。

「当然でしょ。私を誰だと思ってるのよ。」

 不敵な笑みを見せるとセツナは大きな2枚の刃を持つ二つ目の相棒を手にした。キリトの2本目の相棒とは兄弟のようなグランドリーム。二人分の思いを乗せるのには丁度良い。

「さっ、魔王退治にちょっと行ってきますか。」

 

 

 




最後までどっちが戦うか迷いながらこっちの方がらしいかなーと…。
キリトを無理矢理血盟騎士団に放り込んだのはこの為だけです。

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