白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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41:75層*3人のユニークスキル③

 

 控え室から通路を抜け、案内されるがまま進む。その回廊は妙に長く感じ、光が見えた瞬間安心したぐらいだ。

 わーわーと歓声が歩を進める度に大きく聞こえコロシアムが満席であることを伝えている。出口の光に吸い込まれるようにして、闘技場に姿を出すと歓声は一際大きくなった。

「舞神さまー!」

「セツナちゃん頑張れー」

 と言う好意的なものもあれば

「ビーターは巣に帰れ!」

 敵愾心剥き出しなものまでそれは様々であったが。

 ぐるりと見渡すと《月夜の黒猫団》、《竜騎士の翼》メンバーの姿も見えそれには安心した。

「セツナさぁん! 絶対勝ってくださいねー!!」

「セツナァ! 一儲けさせてくれ!」

 シリカの可愛い声の後にクラインの欲求が聞こえたのは気のせいにしておこう。

 中央に迎えるはすでに姿を現していたヒースクリフ。紅白の鎧に身を包み、その手には十字の型押しがされた揃いの剣と盾。血盟騎士団ギルドマークを模したのはその武具か、それとも武具が模したのかは分からなかったがこれか最強ギルドのギルドマスターだとその姿だけで語っていた。

「こんなことになっていたとは…さすが人気者だな。」

 満席の観客席を眺めヒースクリフが初めに口にしたのはそんなことだった。肩をすくめセツナはNoと言う。

「…違うわよ。みんなあんたの《神聖剣》が見たいのよ。」

「ふっ、ユニークスキル同士のデュエルを見る機会はそうない、とね。今日はそれで戦ってくれるのかな。」

 ゆっくりと左手をあげ指し示したのは、セツナの右手に握られた両刃の武器。アインクラッド中でそれを装備出来るのは彼女だけだ。

「さぁね。でも当然だけど全力で行くわよ。」

 くるくるとそれをバトントワリングのように回し地に突き立てた。ガキィンと言う音がその重量を物語っている。

「それに…こっちの腕でも負ける気はないんだけどな。」

 そう言ってセツナはグランドリームを格納し、代わりにノーブル・ローラスを手に取った。

「…この私に《天秤刀》を引き出せと言うのか。…面白い。」

 くつくつと笑いながらウィンドウを操作するヒースクリフから、セツナの前にデュエル申請のウィンドウがポップした。

 さぁ布石は打った。《初撃決着モード》を選択しながら強く、愛槍を握りしめる。いかにクリーンヒットを当てるか。HPの削りあいでは正直敵わないかもしれない。ただし、ルールの決まったデュエルだからこそ出来ることもある。

 1分間のカウント。最前列にキリトの姿を見つける。瞳を閉じて大きく息を吸い込む。

 

―大丈夫。やれる。

 

 そう強く信じて、セツナは自慢の槍を腰脇辺りに、低く構えの姿勢を取った。目の前ではヒースクリフが盾から白い剣を抜き出したところだった。

 カウンターが0を数えたところでまずは《ソニック・チャージ》を繰り出した。最高速度で突っ込み、挨拶がわりだ。タッとほぼ音なく飛び込むも、それはキレイにガァンと言う音と共に盾で防がれ、そのまま押し返される。武器で弾かれたような感覚を覚え、その盾に攻撃判定があることを知る。盾で攻撃できるなんてキリトが言ったように確かに別次元のスキルだ。

 宙返りをし、着地を決めると今度は向こうの剣が降ってきた。アスナやキリト程ではないにしろかなりのスピードで襲いかかって来る。すさまじい剣舞に一歩引き、リーチを活かしていなす。

 6連撃を受けきったところで互いに一歩引くと、一瞬の攻防にコロシアムが沸く。

 

「…なるほど、確かに見事な槍術だ。」

「あんたこそ…堅い上に速いなんて反則よ。」

 

 その強さは堅さこそが源だと思いきや本当に速い。ただ、自分の方が速い。それを見せ付けようと、同じく6連撃の技を選ぶ。《トリップ・エクスパンド》、突きのみで構成される、最速の槍技。

 中央部は守りが堅い、足元、顔と攻撃位置をバラす。微かに当たる切っ先が赤い傷口のようなエフェクトを作りだし、僅かにHPを削る。

「ぬんっ!」

 セツナのスキルを受け止めると、ヒースクリフは盾からのスキルを飛ばした。どうにか槍を身中に構えることでそれを受ける。受け止める反動が少しずつダメージとして蓄積している。長期戦は不利か。

「はっ!」

 一気に飛び出し突きを繰り出した。勢いそのままに身を翻し上段から切りつける。そのまま槍を地に突き刺し、それを軸に蹴り技を叩き込む。《体術》スキル必須のソードスキル、《クラッシュ・ダンス》。珍しいそのスキルにヒースクリフも意表を突かれたようで、仰け反りギリギリのところで盾で受け止める。ビリビリと余波が体を巡り、確実なダメージとして残ったのがわかった。

 ニヤリと彼が笑ったのが見えたかと思えばそこからは高速剣技の応酬になった。ヒースクリフの剣を寸でで交わしながら、槍技を叩き込むもそれは盾に阻まれる。少しずつ掠り互いのHPバーを減らしていく。やはり、盾持ち相手に長期戦は不利だ。もしかしたらレベルとHPは自分の方が高いかもしれない。それでも減るHPの量が圧倒的に違う。

 セツナはバックステップで一旦引くと精神を集中させた。槍技最上位の《ディメンション・スタンピード》、勝負の行方はそれにかけることにした。

 地を蹴り、スキルモーションを起こすとまずは四連撃の突き。それは盾に軽々と防がれる。狙いはここから…だ。体を回転させ下から上へと切り上げると共に、空へ身を投げ出す。そして突き下ろす、と言うのが定石のこのスキル。ただ空に身を踊らせたところで、それを強制的にキャンセルした。《体術》スキル、《弦月》。身を翻し、それと共に右手の武器を持ち変えた。

 速く、速く。ダメージ量よりソードスキルを当てさえすれば!

「――――っ!!」

 基本スキルを頭上から当てにかかった。これで勝ちだ、そう確信すらした。

 その瞬間グニャリと空間が揺れた気がした。なんとも言い表せぬ違和感。自分の動きがコマ送りになっているかのような。そんなはずはない。システムアシストもフルに、意思ももって持てる最速で行動しているはずなのに。

 完全に当てたと思った。しかしその刃は地に当たり、砂埃が舞い上がった。そして予想だにせぬ方向から斬撃が飛んでくる。手放しそうな意識を必死に繋ぎ止め、手首を返すことそれを受け止める。二枚目の刃とヒースクリフの剣がキィィンと高い音を響かせた。

「………。」

 何か言いたい。それが何かわからない。目の前に対峙する男は今までにない厳しい表情を浮かべていた。ようやく本気にでもなったような。

 

「…いいだろう。君の思いはしかと受け取った。キリトくんは連れていくがいい。」

 

 しかし、それだけ言うとヒースクリフは降参、とデュエルを終了させその場を去っていってしまった。

 沸き上がるコロシアム。そんな周囲の盛り上がりと展開に着いていけず、セツナはペタンとその場に座り込んだ。

「なんなのよ…。」

 当たったはずの攻撃。その回避速度は今までの展開を考えても普通じゃなかった。何より《天秤刀》を手にした自分より速く動けるプレイヤーなどいないと思っていたのは驕りか。

 システム的には勝ちはした、そしてキリトの脱退という目的も果たした。それなのに…残る敗北感にはこれまでにない絶望を味わったように思った。最強の名を冠するのは伊達じゃない…と言うことか。

 キリトやアスナが駆け寄って来るのに応じることも出来ずただ地を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 55層、血盟騎士団ギルド本部。一応礼儀として挨拶をすると言うキリトについてセツナもそこを訪れたが今日剣を交えたばかりのヒースクリフと顔を合わせる気にはなれず、外の階段で待つことにした。

 スピードには絶対的な自信をもっていた。通常時ならアスナに譲るとしても、《天秤刀》スキルボーナスでは攻撃速度に2.0もボーナスがつく。だから絶対に誰にも負けることはないと思っていた。それなのに回避された…。ギリギリと奥歯を噛み締めずにはいられない。

「勝ったくせに随分浮かない顔してるじゃねーか。」

 そんな時、声をかけてきたのは知らない男だった。紅白の制服に身を包み長い髪を後ろで束ねている。血盟騎士団のメンバーには間違いない。

「あれが、勝ったと言えるのならね。」

 男を一瞥しすぐに視線を下に戻した。どうしたって初対面の人間と仲良くおしゃべりできる精神状態ではなかった。

「俺はアンタに感謝してんだぜぇ。邪魔なビーターを追い出してくれたんだからなぁ。」

 しかしねっとりとしたしゃべり方で吐き出すその言葉は無視出来るようなものではなく、頬をひきつらせながら再度男の顔を確認せざるを得なかった。よく見ると一度見た覚えがあった。確か、74層の転移門広場でキリトとデュエルをしていた男だ。名は…クラディールと言っただろうか。

「同じギルドメンバーに随分な言い草ね。」

「もう同じじゃねぇよ!」

 ヒャハハハと不快な笑い声をあげる。これ以上の会話はしたくなかった。立ち上がり、待機場所を変えることにした。

「精々背後には気を付けろよ。ビーター。」

 背にかけられた言葉に吐き気がした。この男と話したのは今日が初めてだ。そんなことを言われる筋合いはない。…ただもとベータテスターでユニークスキル使い。人の妬みを買うには十分だったためそのまま何も答えずに階段を降りきった。

 

 それから5分程でキリトはギルドから出てきた。カーソルを確認するとそこからギルドのマークはきれいになくなっていた。

「おまたせ。」

「うん。」

 差し出された右手に素直に左手を重ねると勢いよくキリトの首がこちらにまわった。

「ど、どうしたんだよ!?」

「どうしたも何も、アンタがそうしたんじゃない。」

「いや、いつもなら…ナニコレ、とか言いかねない。」

 キリトに大真面目にそう言われ確かにいつもならそのまま繋ぐと言うことにはならなかったかもと思う。先程の男とのやり取りが尾を引いてるのかもしれない。

「まぁ、いいじゃない。」

 その手の温もりに安心を覚えセツナは数時間ぶりに笑えた気がした。

「…ありがとな。」

「え?」

 突然の謝辞に首をかしげる。

「やっぱ…お前すごいな。抜かしたと思ってた、けど、あんな戦いかた…。」

 それは74層のボス戦でセツナがキリトに感じたものに似ていた。

「…あの時、私もそう思ったよ。」

 煮え切らない結果に釈然としないが、一応望みは叶った形だ。離れていた時間を埋めなければならない。この数ヶ月。知らないことが増えた。

「一番はあれだなー。俺がここに入ってしまったからアイツには勝てないって刷り込まれてたのかもな。」

「気持ちで負けてたら仕方ないもんね。」

 手はしっかり繋がれたまま、他愛もない話をしながら転移門広場に向かう。空気の冷えたこの層に来ることはそうそうなくなるだろう。静かで景観は美しいが50層の猥雑な雰囲気の方がよっぽど居心地がいい。

「ね、お腹すいちゃったよ。なんか食べに行こうよ。」

「セツナはそればっかりだなー。そうだな…アルゲードそばとかどうだ?」

「それ、全然美味しくないやつよね…。」

 何故、ヒースクリフは負けを宣言したのか。それを確かめる術は持たなかったがこうしてまた隣を歩けることに変えられるものはない。タイミングを逃してしまっていたが自分の力で勝ち得た今なら言えるかもしれない。

「ねぇ…。」

「ん?」

「私も好きだからね。」

 表現出来ない不安と、妙な男の言葉に押し潰されないようにようやく口にしたその言葉。顔を真っ赤にしたキリトに天変地異の前触れかと言われ、体術スキルの《水月》で蹴り飛ばした。

 

『背後には気を付けろ。』

 

 その呪いの言葉が何を示すか。その時は知るべくもなかった。

 

 

 




なんかタイトル全然関係ない感じに…。
そのうち修正するかもです。
対ヒースクリフ戦、勝負に勝って試合に負けた(逆?)のような感じで。
《メテオブレイク》があるならどのスキルにも体術必須スキル有っても良いよなーから《クラッシュ・ダンス》は生まれました。名前の出所分かったら凄い…。

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