白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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45:22層*二人の休日

 

 

 

 昨日引っ越した22層のプレイヤーホーム。その新品のキッチンからはもくもくと煙が立ち上っていた。

 

「むむぅ…。」

 

 眉間にシワを寄せ、難しい顔をしてセツナはその様子を眺めていた。

 …おかしい。確かに料理スキルは昨日セットしたばかりで、熟練度はないが何故卵を焼くだけでこんなことが起きるのか。プスプスを音を立て真っ黒で原型をとどめない物体が目の前に鎮座している。

 理解できずに苦悩していると、臭いに起こされたのか煙に起こされたのか…普通にアラームで起きたのか知るよしもないがキリトが起きてきた。

 

「おはよ。ってなんか凄いことになってるな。」

「おはよー…メニュー通りにやったのにー…」

 

 しゅんとするセツナに確かに不思議だとキリトも考える。基本的にそう高度なことをやろうとさえしなければ失敗することはないはずだ。卵を焼くだけで丸焦げになるのは考えにくい。その証拠に隣に並ぶサラダはきちんと仕上がっている。

「なぁ、使った卵ってまだあるか?」

 キリトにそう言われアイテムウィンドウからセツナは卵を取り出す。

「これだけど?」

 差し出された卵をタップし、ステータスをみてキリトは納得する。

「この卵ドロップ品だろ。まだセツナに扱えないランク設定だよ。」

 この世界のアイテムには全て要求値がある。キリトのエリュシデータにしろセツナのノーブル・ローラスにしろかなりのレベルを満たさないと装備はできない。それと同じで食材も料理スキルによって取り扱いレベルが決まる。以前キリトのドロップした《ラグー・ラビットの肉》などはレア食材も良いところで、いくら良い食材だろうと自分達が調理すればただの炭になってしまう。セツナの焼こうとした卵もおそらくは68層のドロップ品だろう。初心者のセツナに扱える品ではなかった。

「そっか…良かったー…戦闘以外のスキルが根本的に向かないのかと思っちゃった。」

 戦闘スキル以外のスキルをセットするのは初めてと言うこともあり、珍しく不安もあったのだろう。セツナは肩から息を吐いた。

「まぁ向き不向きはあっても基本的なことは大して差違ないように思うけどな。」

「そこは私の作ったものなら何でも良いって言うトコじゃないの?」

「うーん…アスナの料理知ってるからな…。」

「うーん…それは敵わない。」

 セツナの不平に真面目な顔をして答えるキリトにご相伴に与ったことのあるセツナも真顔で頷く。

「よし、許してあげよう! じゃぁ仕方ないからあるものだけでご飯にしよっか。」

 切り換え早くテキパキとパンやらチーズやらそのまま食べられるものをアイテムストレージからテーブルに並べただけで立派な朝食の完成だった。

 セツナがそんな風に準備してくれたことなどこの2年一回たりともなかったので、それでもキリトは嬉しく思い席に着いた。

 

 

 

 昼にはキリトの釣った魚を焼こう! とお互いに全然熟練度の高くないスキルを初めの頃に戻ったように必死で強化する。こればっかりはいくらレベルが高くとも、お金があろうとも、回数を重ねるしかない。

 ただ失敗しても釣竿や餌を買うお金も、食材や調理道具を買うお金にも苦労はしなかったため一般プレイヤーよりは早く効率的に上げられそうだ。

「家買ってすっからかんだと思ってたけど…なんでこんなに残ってるんだよ。」

 それは財布が一緒になったことでキリトの方は助かった面もあった。

「だって、アスナみたいに家にもお金かけてないし、戦うのが趣味みたいなもんだったし…装備も基本ドロップ中心だったからね。」

 使うことなかったんだよね、とセツナからさらりと回答が返ってきて、キリトは自分の無駄遣いをやや反省することになった。

 

 今まではほとんど毎日攻略のこと、強くなることを考え、過ごしてきた。たまに1日寝たりだらだらすることはあってもこんな風に過ごすことはなかった。

 窓から外を覗くと、ちらほらと釣りをしたり買い物に出掛けたりするプレイヤーが見掛けられ、意外と普通に()()をしている人たちもいるんだなと知る。この世界の人たちは攻略組、ある意味一番ゲームを楽しんでいる中層プレイヤー、はじまりの町の救援待ち組と大きく三つに分類されると思っていたので二人には大きな発見だった。攻略組としてクエストをこなし、迷宮区に籠り、ボスを倒す。戦うこと以外の楽しみも知ってはいたつもりだったが結局はそれしか知らなかったように思う。

 しかし、そんな発見が楽しかったのも昼過ぎまでだ…。

 昼はしっかりキリトの釣った魚を焼いた。それなりの熟練度で釣れるそれなりの魚。それを初心者に毛の生えたような人間が塩焼きにした。それはそれで素材の味がして素朴で美味しかったのだが問題はそこからだった。

 

「ひまーひまーひまー…。」

 

 3時にお菓子を作り終えた時点でセツナが飽きだした。

 背中に張り付きごろごろとじゃれるセツナに、猫か! と突っ込みたい気持ちを抑え、キリトは目の前の釣竿に集中しようとした。

 …気持ちは分かる。ずっと戦闘に明け暮れて、冒険してきたのに今日から普通に生活しましょう、なんてすぐには順応出来るわけない。退職したサラリーマンが燃え尽き症候群になるようなもんだ。

 キリトも同じような気持ちで、湖に垂らしてた釣糸を引き上げた。今日は気持ち的にもう釣れなさそうだ。

「…明日になったら、もう一度この世界を巡るのはどうだ? やり残したクエストとか、好きなクエストとか。」

 キリトの提案にセツナは目を輝かせた。

「一緒に居なかった層を攻略し直しとか!?」

 よくよく考えてみれば、ただでさえここ数日迷宮区に行ってない。一見、禁断症状のようにも思える。背中にへばりついて釣りの邪魔をしていたのから一転、シャキッと起き上がった。戦闘狂め…と呆れる気持ちもありながら、提案している自分も人のことは言えないと、それは押し止めておく。

「そうだな。新しく解禁されたクエストとかもあるかもしれないし。」

「うんうん! きっと楽しいよ! アルゴの攻略本全部改稿させちゃおう!」

 共有化されたアイテムストレージには実に148冊の攻略本が格納されている。74層分の攻略本掛ける二人分…。よっぽど気に入ったのか、セツナはそれを全て取りだし、旅行のプランでも立てるかのように攻略本を開きだした。

「一冊はそのまま置いておこうね! 後で比べたらきっと楽しいよ! 本棚作ろうかー! 重たいし。」

 ワクワクとした表情を浮かべ、急に饒舌になる。休むって言ったのに、とも思いながら、嬉しそうなセツナに安心しキリトは自分も攻略本をめくり始めた。何も体ごと休む必要はない。

 

 

 

 

 

 翌日、二人で1層へと降り立った。

 《軍》の闊歩する城塞都市。全ての始まった場所でもある。茅場晶彦のアバターにデスゲームを告げられ本当の姿の自分達が出会った場所。

「さてと、行きますか!」

 昨日とはうって変わって気合い十分に実に楽しそうなセツナにキリトの口角も自然と上がった。

「モンスターがかわいそうなレベルだけどな。」

 

 《はじまりの町》から《ホルンカ》。時間がかかるおまけに苦い思い出のある《森の秘薬》クエストはスキップだ。

 《トールバーナ》の劇場では仲良くおしゃべりをしながら食べていなかった朝食をとる。《逆襲の雌牛》クエストは当然のように受注し、あの頃のようにパンを一緒に頬張る。

 初めてアスナと出会った西の森やクラインと3人で初めに狩りをした草原。歩いてみると所々に色々な思い出の欠片が散らばっている。

 

「やっぱ1層は広いねー。」

「74層は随分と狭くなってたんだな。」

 

 そして円錐型のアインクラッドの構造を実感した。

 

「なんか1層はホント遊び尽くした感じあるね。」

「攻略に時間もかかったしベータの頃も散々回ったからな。」

 

 迷宮区の階段を昇りながらも会話は弾む。低層ならソードスキルを使わずとも、武器を当てるだけでポリゴンの欠片が量産されるのでそれでも問題にならない。

 

「ここで私たち《ビーター》になったんだよね。」

 

 あの頃は2ヶ月かかった1層の攻略に今や1日もかからない。開け放たれたままのボス部屋へ入り、奥まで進めばもう2層への階段が待っている。

 

「セツナまで一緒に被ること無かったのにな。」

「そう? 一人より二人の方が良いじゃない。」

「あの時も横にいるって言ったのになー…。」

「先に裏切ったのはキリトだよ!」

 

 48段の階段をあの時と同じように二人で昇る。元ベータテスターへの風当たりがキツかったため、全ての疑念を背負うと決めたあの時。そして昇りきった草原でアスナと別れた。

 

「思えばあいつアノ時から…?」

「え?」

「ディアベルだよ」

「……それは知らない。」

 

 1層をまわり終えたが、プレイヤーは《はじまりの町》以外にはほとんど居なかった。上層プレイヤーが下層にあまり滞在するのは一歩間違えば荒らしになるためあまり歓迎はされない。念のためセツナの髪はケープで隠してはいるが暫くはそんな心配もなさそうだった。白銀の髪はいつだって人の目を引く。分かってはいてもキリトとしては少し複雑だ。

 

「ケープまであの頃仕様にしなくったって。」

「色は一緒でもこれサチ特製だから凄い隠蔽(ハイディング)補正なんだよ。」

「マジで!?」

 

 それでも効果付装備と聞くと反応してしまうのはもうゲーマーとしての性だろう。

 

 2層では主街区《ウルバス》を抜けると二人の多用するエクストラスキル、《体術》のクエストがある。仙人のようなNPCの元を訪れると、

『武の真髄を極めておるそなたたちには授けることはない。』

と言われ当然にもうクエストは発生しない。折角なので達成条件の大岩はそれぞれの得意技で破壊をしておく。セツナは当然にムーンサルトの《弦月》、キリトは手刀技の《エンブレイサー》だ。破壊不能物体スレスレの岩だがレベルを重ねた今ならそう問題にはならない。清々しいぐらいに綺麗に割り、心なしかNPCも嬉しそうな表情をしたような気がする。

 昔は高価だった名物の絶品ケーキ、《トレンブル・ショートケーキ》も今ならいくらでも食べられ、《タランまんじゅう》も中身がクリームだって知っているので美味しいスイーツとしていただく。

 

「なんか食べてばっかりじゃない?」

「いつものことだろ。」

 

 以前よりも遥かに気楽に楽しく世界を巡った。観光のように実に気軽に。

 直径10キロにもわたる二つの層をくまなく探検し、軽い戦闘で体も動かしたことで初日としては十分、と3層へと到着した時点でその日は家に帰ることにした。そろそろ日の落ちる時間帯でそれもちょうど良い。

 森林エリアの3層の主街区《ズムフト》を目指しながら、今日はよく眠れそうだと二人で笑い、戦闘で手にした食材をどう料理するか話していたその時だった。

「1層2層レベルなら今のセツナだってちゃんと調理出来るだろ。」

「…料理に関してはそのレベルなのが悔しい…ってキリト…。」

「え?」

「…女の子が倒れてる。」

 この世界には似つかわしくない小さな少女が倒れていた。

「嘘だろ!? 低層とはいえ…ここは《圏外》だぞ!」

 慌てて二人で駆け寄るも少女は瞳を閉じたままだった。白いワンピースに長い黒い髪。装備の類いは全く見当たらない。そして、セツナはあることに気付いた。

「…この子カーソルすらない…。」

 この世界のモノならNPCだろうがモンスターだろうが持っている頭上のカーソルが少女にはなかったのだ。顔を見合わせ理由を考えるも今までそんなものに出会ったことはないし、二人はあくまでもプレイヤーでバグやエラーを理解できるわけはなかった。

「…取り敢えず《圏外》には置いておけないよ、連れて帰ろう。」

 そう言って少女を抱き上げたキリトにセツナも頷き一先ずは真新しいプレイヤーホームへと帰ることにした。

「早く、目が覚めると良いね。」

 

 自分たちが偶々歩いて巡っていたから良いものの辺り人の通る場所ではない所にいた少女。不思議なことばかりだが、全ては彼女が目を冷ましてからに委ねることにした。

 

 

 




と言うわけでユイちゃんとの出会い。

セツナもキリトも現実では引きこもりの癖になここだと随分アクティブなようでお家デートは向かないようです。
直径10キロだから外周だけで約30キロ…2層もよく回ったな、と言うのは疾走スキルの賜物と言うことに。
書きたい思いはありつつ文体がどうも安定しないのが最近の悩みです…

どうでも良いですが活動報告にてセツナのスキル設定公開してます。興味のある方はどうぞ。

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