白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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47:1層*少女の記憶①

 

 

 1層。昨日はすぐに出てしまった《はじまりの町》に降り立つ。昨日は気が付かなかったがどこか寂しい雰囲気が流れているように感じる。

「…なんか、静かじゃない?」

「…確かに、人通りが少ない気がする。」

 ユイはと言うとキリトの肩の上でキャッキャと景色を楽しんでいる。《はじまりの町》は名前通りチュートリアル的な要素を持つため、ありとあらゆる種類のショップが存在し、宿の数もレストランの数も中々だ。そんな町並みは確かに眺めてみれば楽しいのかもしれない。

 しかしそこに住むプレイヤーには中層以降に生きるプレイヤーたちとは違い覇気がなく、一歩間違えればNPCと見間違えそうな雰囲気を持つ。

 それにしてもこの人通りの少なさ。恐らくはプレイヤーの人口密度は一番高いはずだ。そらにもかかわらず外を歩くのはNPCばかり。

「これじゃぁその教会がどこか聞けないじゃない。」

 セツナもキリトもあの日スタートダッシュでホルンカに行ってしまったため、本サービスの《はじまりの町》には詳しくない。それにベータ版にしたって街中をあまり散策していない。

「教会なんてあったかな…。ベータの頃は結構むちゃなプレイしてたしな。」

「右に同じく。」

 デスゲームでなかった頃は多少冒険したとてデスペナルティーを受け復活するだけだ。性格にもよるだろうが、慣れたゲーマーには初心者の館なるものは無用の長物。習うより慣れろとフィールドに出るのは珍しいことではない。

 

 しらみ潰しに探すしかなく、ユイも喜ぶので広い町の中を歩いて回ることにする。安い武器屋は知っていても変わったお店はあまり知らない。基本二人の知識と言えば攻略と戦闘と食事だ。目的はありながらも楽しく、思いの外いい休日になりそうだ。

「おにいちゃん、あの人何してるんですか?」

 突然の呼称にキリトは頬が緩みつつ、ユイが指差した先を追うと、木をじっと睨み付ける男の人がいた。カーソルは緑。プレイヤーだ。しかしそれにしては動作に欠ける。ユイへの答えを持ち合わせていなかったキリトは近付き、男に声をかけた。

「この木…何かあるんですか?」

 一見して普通の広葉樹にしか見えない。どこにでもある街路樹にどんな秘密があるのか。男はややあって反応すると小さな声で耳打ちするように言った。

「あんた、この辺の人じゃなさそうだから教えてやるよ。極稀にだけど実を落とすんだ。それがNPCに、高く売れるんだ。食っても旨いしな。」

 食ってもうまい。そのワードを聞き付けセツナも興味を示す。

「へぇー! 因みに、いくらぐらいで売れるんです?」

 美味しいと言うなら一度ぐらい食べてみたい。ショップには売っていないのだろうか。むしろ買い取らせてもらいたい。

 

「5コルだ。」

 

「「へ?」」

 

 しかしその興味も次に続いた男のかなりの破壊力のある言葉に打ち消される。

「5コル!? 50コルじゃなくて!?」

「そんなに大きな声出さないでくれよ。」

 思わず声をあげたセツナに男は眉を潜めた。

「いや、だってフレンジーボアでさえ倒せば30コルぐらいには…。」

 少し抑えられたセツナのその台詞に男の眉間のシワはどんどん深くなる。

「モンスターと戦うだって? 死んだらしょうがないじゃないか。」

 そう言われては返す言葉もなかった。

 確かにどんなモンスターだろうと死んでしまう可能性はゼロではない。舐めてかかればスライムにだって殺される。まだいける! はもう危ない、は通説でもある。当たり前のように戦い前線を走ってきた二人には分からない世界。男にとってはそんな二人が理解できない存在だろう。いのちだいじに、正解はない。男にとっては例え時給2コルだろうが1コルだろうが死のリスクをとらないこの方法で稼ぐことが生活手段なんだろう。

 今度通りかかったら倍額で売ってくれ、とその場を去ることしか出来なかった。

 

 

 男と別れ、二つほど通りを抜けると、ユイがまた何かに気付いたようだ。

「向こうで誰かが助けを呼んでいます。」

 悲鳴などは特に聞こえず静かなものだ。ただユイのその感覚がもし本物なら助けなくてはならない。

「セツナ」

 キリトの呼び掛けに頷き、先行してユイの示した方向へセツナは走り出した。石畳の道を音もたてず走り抜け、区画を二つほどわたる。すると、袋小路になった場所にユイと同じか少し年上ぐらいの子供たちが三人いた。その進路は複数の男たちに塞がれている。その装いは、《軍》だ。

 

「お前ら税金滞納してるんだぞ、分かってんのか?」

「物納で許してやるって言ってんだ。」

 

 近寄るにつれて聞こえてくる言葉は聞くに耐えない。子供たちは身を寄せ合い、カタカタと震えている。

 

「さっさと装備を外せよ。」

 

 状況はよく分からないが男たちが非人道的に子供をイビっていることだけは分かった。勢いよく地面を蹴り跳ばし、軽々と男たちの壁をハードルのように越えた。タスッと音をたて着地を決める。

 

「もう大丈夫。さぁアイテムを元に戻して。」

 

 突然現れたフードの女に子供たちも《軍》の面々もギョッとして言葉を失い凍りつくが、子供たちにとっては味方が現れたと言う事実からすぐに外しかけた装備を元に戻していった。

 そんな子供たちのようすを口を開けたまま見ていた男は、アイテムが完全に格納されたところでようやく意識を取り戻したように、声をあげた。

「な、何してくれてんだよ! ナニか? あんたが代わりに払うとでも言うのか。」

「…何の話をしてるのか全然分からないけど、こんな小さな子達からカツアゲしてカッコ悪いと思わないの?」

 冷ややかな視線を送り…と言ってもケープのせいで表情ははっきりとは見えないのだろうが、極限に感情の無いような声を出すと、先頭のリーダーらしき男がたじろぐのが見える。

「カッ…カツアゲではない! 徴税だ!」

 しかし絞るように出された言葉に今度はセツナが唖然とする番だった。

 

「…徴税?」

 

 いつからアインクラッドには税金システムが出来たのだろう。ポカンと口を開けあきれたような顔をしたのがフード越しでも伝わったのだろう。男は高々と続けた。

「見ない顔だから知らないのも当然だが我が軍は物資を提供し、秩序を保持し、市民の生活を守っている。その対価として税金を課するのは当然ではないか。」

 

「あはっ…あははははははっ!」

 

 その台詞を聞いてセツナは高々と笑った。

「なっ、何がおかしい。」

「おかしいに決まってるわ! 秩序を守ってる? あなたが今ここで乱してるんじゃないの?」

 そんなセツナの高笑いを聞きつけキリトとユイもその場所に到着する。ユイの言っていたことが事実だったことに驚きながらも、キリトは真正面から喧嘩を買うセツナに頭を抱えた。男の方はセツナの威圧感におののきながらも、ピクピクと眉を動かし怒りに顔を歪めている。

 

「軍に楯突くのがどう言うことか分かってンのかぁ!? 《圏外()》出ろぉ!!」

 

 そして男は背丈ほどもある両手剣を取りだし、セツナに向けて突きつけた。ふんっと鼻を鳴らしセツナもそれに応える。

 

「バッカじゃないの! お望みならここでやってやるわよ。」

 

 そして鋭く大きな愛槍を取りだし、軽く前に突きだした。パァンと大きな音と共に障壁が現れるが、衝撃を消せずに男は弾き飛ばされ、その反動でセツナのケープがはらりとはだけた。

「《圏内(ここ)》でこの程度の攻撃すら受け止められないなら話しにならないわ。本当に《圏外》行く?」

 露にされた冷ややかな視線に男たちは怯む。そして、ひとつのことに辿り着いた。

「はくはつ…」

「濃緑の槍…」

 こぼれたその音を聞き、慌ててケープをかぶり直しても時すでに遅し、

「ぶっ…舞神!?」

「なんで1層に…」

「敵うわけねぇ!!!」

 その特徴が攻略組の彼女のものだと言うのは《閃光》のアスナの特徴と共に、アインクラッド中の人の知るところであり、男たちはバタバタと一目散に逃げ去っていった。

 

「お前の髪は印籠か何かか。」

 男たちを見送るとそんな突っ込みを述べつつ、キリトがユイを背負いながらのんびりと近づいてくる。

「…見てたなら助けてよ。」

 ばつの悪そうなセツナの不平も意に介す様子はなく、ユイをその場に下ろすとキリトは肩を軽く竦める。

「そんな必要なかっただろ。」

 そう言われては返す言葉もなく出来たのはぷぅと頬を膨らますことだけだった。

 地に下ろされたユイはトテトテと危なげなく歩くと少年たちに声をかけた。

「おにいちゃんたち無事でしたか?」

 呆気にとられていた少年たちはその言葉にはっとし、そして目を輝かせた。

「ねーちゃんすげぇ!!」

「本物の戦士様だ!!」

 きらきらと見詰められて悪い気はしない。セツナは少年たちと視線の高さを合わせた。

「こう言うこといつもあるの?」

 しゃがみこんだセツナの隣にユイも寄り添う。少年は空に視線を泳がし、言いにくそうにその後を紡いだ。

「…うちは目付けられてんだ。人数は多いけど子供ばっかりだからちっとも払えないから。」

 そして、うつ向いた彼らの心情を量りこちらも、心が痛む。謂れのない徴税にそれに心を砕く子供たち。いつからこんな制度が始まったのだろう。セツナとしては今すぐにでも怒鳴り込んで止めさせたいところだが、《軍》を完全に敵に回すのは得策ではないし、この層の住人でない自分が介入して解決することで別の蟠りが生まれるのはもっと困る。セツナが何も言えないでいると、その隣にキリトもしゃがみこみ少年に声をかけた。

「なぁ、お前たちが住んでるのって教会じゃないか?」

「!」

 その言葉にはっとする。人数が多い、子供ばかり。そのワードはアルゴに聞いた目的地の特徴と一致する。それはつまり彼らが教会の住人だと言うことに他ならない。すると少年らは予想通り頷いた。

「そうだよ。皆にも紹介したいし、案内するよ。」

 

 

 

「ミナ、ギン、ケイン!!」

 

「「「先生!!」」」

 

 彼らの後をついて行くと、《はじまりの町》のホルンカ側の門の正反対、迷宮区よりは一番遠い場所にそれはあった。

 いかにもな教会。屋根上には十字があり、赤い屋根に白い外装。扉は両開きの木製のもので、その前にはロングスカートの長い髪の女性が立っていた。先生と呼ばれたその人は長い髪をみつ編みに束ね、少年たちを強く抱き締めた。

「良かった。帰りが遅いから襲われたのではないかと…。」

 3人を優しく引き寄せる彼女からは強い母性と愛情が漂っていた。()()の名の通り彼女が彼ら教会に集まる少年たちの面倒を見ているのだろう。

「あのお姉ちゃんたちが助けてくれたんだ。」

 少年のその言葉に()()の視線がこちらを向く。軽く会釈をすると彼女は立ち上がりこちらへと歩を進める。

「…どなたかは存じませんがありがとうございます。何もないところですが宜しければ少し中で休んでいってください。」

 眼鏡の奥にのぞく視線は優しい。シスターのような服装もよく似合う女性だ。優しい彼女に感謝をしつつも、ここに来た目的は忘れてはならない。

「ありがとうございます。私たち、あなたに会いに来たんです。」

 ユイの情報を得る。そのためにここを探していた。すると彼女は目をしばたたかせた。

「私に?…まぁ…あら、その子は…。」

 そして、その先に見つけたユイに言葉をつまらせる。答えは分からずとも唯一の手がかりには違いない。

「…長いお話になりそうかしら、一先ずどうぞ中へ。」

 促されるままに一行はその教会へと足を進めた。

 

 

 




私にしては今回亀更新となりました。
だからいってクオリティが高いわけでもなく、…むしろ劣化してるのは否めないのですが…

今回ほぼ原作通りですね。
次回は違う形で行けたらとは思っています。
更新ペースまずは回復を目指して。

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