「まぁ、記憶喪失…。 」
招き入れてもらった教会の中にはアルゴの言った通り、沢山の子供たちが暮らしていた。小学校高学年ぐらいの、シリカよりも幼い子たち。レーティングは任意のようなものだと言いつつも、よくも一万人のうちにこんなに多くの子供たちが入り込んだもんだ。親子で、家族でログインできるほどの本数は残念ながら出ていない。それでも通常のゲームであればなんの問題もなかっただろうが…。
それでも元気に走り回り現実と同じように振る舞っていられるのは目の前にいる彼女の力が大きいのかもしれない。サーシャ先生、眼鏡のせいで少し大人びて見えるが、奥にのぞく瞳はまだ幼さを残しており、大人と呼ばれる年齢を迎えたばかりぐらいではないかと推測ができた。
ユイも助けた3人の子供を中心にみんなの輪に入り楽しそうに遊んでいる。大人びた話し方をしても…と言うことか。そんな彼女に安心しながらサーシャの淹れてくれた紅茶(のような飲み物)を啜った。
「あの子が、3層で倒れているのを見つけ保護したんですが、ここの話を聞いて…。」
少年たちを助けることになったのは偶然だがここの来たのは目的があってのこと。それを伝えるとサーシャは少し思案した後に横に首を振った。
「私、いつも一人でいる子はいないか探して歩いてるんですけど、ユイちゃんみたいな子は初めて見ました。少なくとも1層の子ではないと思います。」
それを聞き、肩を落とさざるを得ない。手掛かりはなし。また別の方法を考えなくてはならない。
「そう、ですか…。」
二人して目に見えて落胆すると、サーシャは困ったように笑い、やんわりと続けた。
「でも、あの子にはきっと保護者の方はいらっしゃると思いますよ。うちの子たちの中でもモンスターを倒し稼げるのは少し大きい数人だけですから。」
それは二人…厳密に言えばセツナの助けた、ミナ、ギン、ケインの3人のことだろう。武具を持っていた彼らには少なからず戦闘能力があると捉えられる。
この教会には20人ほどの子供たちが見られる。戦えるのは3人だけではないにしろ一部の人間でこれだけの人数の、食費やこの教会を維持していくのは正直難しいように見えた。
「あの、サーシャ先生は…。」
シスターのような姿からはとても戦えるようには見えないが。セツナの窺うような疑問にサーシャはクスリと笑う。
「私も最初は攻略を目指していたのですけれど、子供たちが放っておけなくて。小さい子を見つけては保護していたらこうなってしまったの。今ここの運営は主に寄付と少しの稼ぎで行っています。」
本当に現実の孤児院のようで、こんな生き方をしている人たちがいるのだと改めて気付かされる。やれ攻略組だ、最強プレイヤーだと持て囃されていても、この世界のことを、知っているようで何も知らない。前線を離れて初めて気付くことが沢山ある。
半ば自分本意にレベルをあげ、前線を闊歩する自分達よりもよっぽど立派に思えた。
そんなセツナの表情を読み取ってか、サーシャはゆっくりと口を開いた。
「あなたたちがいなければ、いつかこの世界から出られるという希望はなくなります。人にはそれぞれ役割があるんですよ。」
そういう彼女の表情は誰かと似ているように感じた。自分たちよりも遥かに大人で、大勢をみている。いくらレベルをあげゲーム内で強くなろうともこういう人としての在り方や強さは一朝一夕には身に付かず、敵わないと思う。
ぽん、とキリトに肩を叩かれそちらに視線を向けるとゆっくり頷かれる。そんな大義はなくとも目の前にある出来ることをする。それが自分達には攻略であり、サーシャにとっては子供たちと暮らすことだった。自分に出来ないことに憧れを抱くことは当然のことだ。
セツナはサーシャに向き直り、いつも通りの笑みを凛と浮かべた。
「少なくとも、ユイの保護者は見付けてあげられればと思います。」
「私も分かることがあればお手伝いさせていただきます。」
そうして浮かべられたサーシャの笑顔は今までで一番暖かいものだった。
情報屋からの情報収集や、新聞への尋ね人掲載など思い付く限りのユイの保護者捜索案を上げきり、一息着いたところでその声は教会に響いた。
「ごめんください。」
耳障りの良いアルトの声。セツナとキリトは勿論、サーシャも聞き覚えのない声のようだった。来訪者を迎えようと、戸口に向かうサーシャの後を念のために二人も追う。
大きな両開きのドアをキィと音をたて開くとそこに姿を表したのは銀の髪を1つに結い上げた長身の女性。その身にまとうのは深いモスグリーンの《軍》の制服だった。頭に過るのは先程の騒動。圏内とはいえ叩き潰したことについての制裁かもしれない。
しかし、女性は軽く頭を下げると随分と余裕の無さそうな様子で口を開き始めた。
「ALFのユリエールと申します。ここに、攻略組の方はいらしてませんか?」
背筋がきれいに伸び、畏まった雰囲気はありながらも《軍》特有の威圧感のようなものはない。キリトはすっとサーシャに前に出た。
「ALF、と言うのは?」
「
キリトの問いかけに困ったように笑う女性には、今まで会った《軍》の面々とは違う印象を受けた。セツナも室内で外したままのケープを被り直すのも忘れ、サーシャよりも前に出た。
「…さっきのことを咎めに来たんじゃないんですか?」
《軍》の人が追ってくる理由はそれしか思い付かなかった。おずおずと上目遣いに尋ねると、ユリエールと名乗ったその女性はセツナの白髪に目を見張り、口元を緩めた。
「……! あなたが! いいえ、それについてはお礼を言いたいくらい。私は副官なんですが彼らにはほとほと手を焼いていたところで。」
そうあっけらかんと言う彼女。では何をしに来たのか。その答えはすぐに続けられた。
「そうではなく、貴方たちの力をお借りしたくお願いに参った次第です。」
お願い。彼女の意図は分からず、キリトとセツナが顔を見合わせると、やはり長くなりそうだったのでサーシャが皆を中へと促した。
再びサーシャの淹れた紅茶擬きを啜るが、先程よりもやや緊張してしまう。ユリエールは悪人の匂いはしなくとも彼女の意図はイマイチ分からず、そしてどうしても《軍》の所属と言うことは気になってしまう。
「力を借りたいとは?」
どストレートにセツナが聞くとユリエールはかちゃりとカップをソーサーに戻した。
「シンカーを助けるのを手伝って頂きたいのです。」
「シンカーって確か《軍》のリーダーの?」
セツナよりは情報に明るいキリトが尋ねるとユリエールは神妙な面持ちで頷く。
「ALFはその人数の多さから複数の派閥を持ちます。その中で最大の権力を持つのがキバオウと言う男の一派で…。」
「キバオウ…。」
「お知り合いですか?」
知り合いとは違うが忘れるはずもない。1層で吹っ掛けられた言葉に攻略会議での立ち回り。なんだかんだ攻略組として受け入れ続けていてくれたことから悪い人ではないのだろうが、セツナにはどうも好きになれない人だった。
「まぁ…1層の頃から攻略組なので。」
曖昧な言葉を返すとユリエールはそのまま話を続けた。
「キバオウはALFを手中に納めようとギルドリーダーのシンカーを罠にかけ…。」
そこで一瞬ユリエールの瞳が揺らいだのが見えた。彼女にとってシンカーがどういう存在なのかがうかがえる。
「お願いです。彼を助けるのを手伝っていただけませんか!」
強い眼差しを送られ、はい、わかりました、とセツナが反射的に答えるとキリトはその後頭部をひっぱたいた。
「ったぁ…。なによ…。」
「脊髄で物を考えるなよ。ユリエールさん、俺も気持ちとしては助けたいのですがその真偽を確かめない訳には簡単に頷けません。」
キリトから向けられた言葉にユリエールも頷く。
「それは十分に分かっています。しかし、彼が迷宮区に捕らえられてもう3日も…。」
そんなことは分かってもいながらお願いするしか出来ないほど余裕がないのだろう。半ば泣き出しそうな様子のユリエールを見て、セツナは一気に捲し立てた。
「キリト、逆の立場になってみてよ。私はキリトがそんな風になったら心配で気が狂いそうになるわ。騙されて後悔したって助けられないよりは良いじゃない。」
その言葉にキリトも、先程のことは建前半分なのだろう、ぐっと押し黙る。するとどこから現れたのかキリトの膝にひょいっと可愛らしい顔が姿を表した。
「大丈夫です。その人、嘘ついてませんよ。」
それは子供達と遊んでいたはずのユイだった。
「ユイちゃんそんなことわかるの!?」
四人の視線を集める中、ユイはにっこりと笑った。
《軍》本部の黒鉄宮の地下にそのダンジョンはあった。
「こんなとこがあったなんて…盲点だった…。」
無念そうに言うキリトにユリエールが解説をしてくれる。
「上層が開けるともに開放される仕組みみたいですね。60層レベルの敵が出るので、倒せはしても連戦は私には無理で…。」
現在の最前線は75層。最大ギルドとはいえ攻略には参加していない《軍》は幹部とはいえそうレベルは高くないのだろう。74層に進出してきた面々を考えれば頷ける。
「それで攻略組を…。確かに60層程度なら平気です。」
セツナの右手に握られているのはノーブル・ローラス。左手に握られた小さな手という不安材料を除けば全く問題のないダンジョンだった。
「お姉ちゃん強いですからね!」
セツナに右の手を握られ、今は屈託なく笑うユイだが、サーシャに一時的に預けようとした時の頑なさは凄いものだった。自分もダンジョンに行くと言って聞かず、今に至るというわけだ。
「キリトお兄ちゃんはもっと強いんだよ!」
自分の隣にユイがいるからには、巨大な槍を振り回すわけにもいかず、戦闘はキリトに任せてしまうことにする。そんなセツナの言葉にユリエールも驚く。
「《舞神》と名を馳せるセツナさんより強いとは…キリトさんは一体…。」
「言ってるだけですよ。普段なら絶対自分の方が強いって言って聞きませんから。」
「まぁまぁ、謙遜なさらずに。キリト、敵だよ!」
セツナにうまいように使われ、釈然としないがそろそろまともに戦闘がしたい気分でもあったキリトは、初対面のユリエールがいるにも関わらず2本の剣を抜いた。
「ったく、人使いが荒いな。」
不平を口にしながらも口許に浮かぶのは不敵な笑みだ。目の前に広がる巨大なカエルの海にキリトは地面を一気に蹴り飛ばした。
目にも止まらぬ斬撃に飛び散る青いポリゴン片。
「なんだか、すみません。」
自分は苦労する敵をあまりに簡単に倒していくキリトにユリエールは唖然とする。
「いいんですよ。戦うのが私たち好きなんです。」
当然と言う表情を浮かべるセツナに、わぁー、お兄ちゃんすごい! とユイの歓声もあがる。
助太刀に入るそぶりさえ見せないセツナ。60層クラスをもこう簡単にダメージすら受けず倒していくキリト。
ユリエールは今更ながらに攻略組の力を思い知った。74層攻略時に受けた報告ではコーバッツ以下《軍》の面々はボスに成す術がなかったと言う。しかしそのボスを倒したのは攻略組の数名と聞いた。その時は半信半疑だったが目の前でこう技を見せられて、初めてパズルのピースがはまったような気持ちになった。
恙無く、下層へと道を進んでいくと長い廊下が現れた。そしてその奥には光だけが浮かぶ小部屋の入口。
「ユリエールさん、あそこに…人影が。」
セツナが真っ先にそれを見つけ指し示すと、今までは慎重に歩いてきたユリエールは急に駆け出した。
「シンカー!!」
無理もない3日も心配したその人が目の前で生きているのだから。両手を大きく振るその人物。迎えを喜んでいるのか…
「ユリエール!! ダメだ!!」
「え?」
しかしそこから発せられた言葉は予想のできない言葉だった。
「来るな!!」
シンカーの振る手は救出にたいして場所を示すものではなく、危険を知らせるものだった。しかしユリエールの足は止まらず、シンカーの元に届いた。そして、その後ろに姿を現し、二人とセツナたちを分断したのは巨大なローブをまとった死神のようなモンスターだった。
ゲージは四本。ボスモンスターだ。
ユイの手を離し、セツナは武器を構えた。
「ユイちゃん! ユリエールさんのところに走って!!」
HPゲージに終わりが見えない。赤黒いカーソルが示すことはそのボスが今まで戦ったどんなボスよりも強敵だと言うことだ。キリトも2本の剣を構え、臨戦態勢をとる。
「お姉ちゃん! 嫌です!!」
「ダメ! ユリエールさん! ユイを頼みます!」
泣き叫ぶユイをどうにか保護してもらおうと、モンスターを引き付ける。奥はシンカーが3日も無事でいられたことを考えると、安全地帯だ。そこに入ってもらい、転移結晶を使ってもらえれば少なくとも後ろを気にせずには戦える。
「キリト、どうみる?」
セツナにはほぼ黒く見えるモンスターのカーソル。自分よりややレベルの高いキリトにはどうみえてるだろうか。
「90層クラスだな…。こんなに分が悪いのは久々だ。」
「……ま、1層のことを思えば倒せなくはないわよね。黒いカーソルの敵、よく戦ったわ。」
敵のカーソルは基本的に赤だが自分より強い敵のものはより濃い赤になり警告される。そんな感覚、安全マージンを取りすぎるぐらいに取ってる身としては忘れかけていた。しかしそんな敵に背を向けて退却のリスクもかなり高い。
振り下ろされる鎌の速度は、その巨体に合わず速い。受け止めることは考えず二人とも横に飛んだ。
「ここは引き受けます。結晶を!!」
飛び退きながら3人の安全を確認すると、キリトは叫んだ。目の前に集中する。その状況を作ることが最善の一手だ。
ユリエールのは戸惑いながらもストレージから3つの転移結晶を取り出す。
目の前ではセツナとキリトがその武器をなんとか受け止めているが自分が出ていってもどうにかなるものではないことはこの道中でよくわかっていた。結晶でその場を去ること。それができる協力とし、発動させるが、その手の中から預けられた少女がするりと抜け出した。しかし、結晶の発動は止められず、ユリエールは少女が死神に向かって歩いていく後ろ姿を見送り、そこで姿を消すことになった。
「ユイ!?」
HPを削り取られながらもどうにか敵を引き付けていた二人の前にユイ立ち塞がる。
「ダメよ!」
セツナが悲痛な声を上げるもユイは困ったように笑い、あまつさえ、敵に背中を向けた。その背中に振り下ろされる攻撃。二人が目を見張るも、そこに現れたのは紫のポップ。
「大丈夫です。」
「キリトさん、セツナさん、攻撃は私が受け止めます。反撃開始ですよ。」
中途半端に…。
更新停滞していた間にどうやら文章の書き方を忘れたようです…
妄想は割りとはかどっているのですが。
セツナプロフィール更新します。