白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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51:間層*世界とのつきあい方

 

 

「いやいやいや、奥さんがそんな有名人だとは」

 折角釣り上げた魚を堪能する間もなく四散させるも、ニシダはパチパチと手を叩いて喜んだ。

「しかしまぁすごい大物でしたなぁ。」

 ドロップアイテムのレアそうな釣竿は大した釣りスキルを持たない自分たちには無用の長物のため、当然にニシダに渡した。

 釣り上げる際に被った水のせいでケープを脱ぐ羽目になったことからその白髪は露になっている。集まっていたプレイヤーたちがセツナの元に集結し、慣れない愛想を振り撒くことになったのはほんの数分前のこと。

 

 

「白銀の髪に濃緑の…もしかして…舞神…。」

 

 いくらキリトに借りた黒い洋服を纏っていようとも、その髪が露呈しては何の意味もない。むしろ黒によく映えた。二つ名を呼ばれ思わず振り返ると大物釣りを見に来たギャラリーたちはメインイベントよりも色めき立った。

 《閃光》と《舞神》。双璧を成す二人ではあるが、《血盟騎士団》の副団長を務め露出の多いアスナに比べ迷宮区に籠りがちでギルド所属もそう長くないセツナ。名前だけが一人歩きし、アルゴがニュースに載せたりしなければ存在するのか怪しい、つちのこみたいなものだろう。特に、攻略組をはじめとする高層プレイヤー以外には。

「お目にかかれて光栄です。」

「実物はこんなに小さいんですね。」

 わらわらと周囲に集まるギャラリーたちにどう対応して良いかわからずひきつった笑みを浮かべる。

「はぁ…。」

 それもそのはず。上層プレイヤーは自分より強いセツナに簡単に声なんかかけないし、かけたとしても一蹴されるのが分かっている…もしくはキリトかディアベルに締め上げられる、と言うのが常識になっている。セツナがアイドルのようになるのは噂の上でか、このように下層プレイヤーたちのもとに限られるのだ。純粋にこんな反応をされるのになれていない。

 キラキラとした目で見られ悪い気はしないものの正直鬱陶しい。

「俺、写真持ってますよ! 本物の方がかわいい雰囲気ですね。」

「写真だとカッコいいとかキレイが似合いますよね。」

 終いには男たちの井戸端会議まで始まる始末。どうでも良いけど本人を囲んでそれはどうなのだろうか。ファンミーティングのようになってきた。

「あの…。」

 困ってセツナが声を上げると一人の男は目ざとくその左薬指に気がついた。

「え…ご結婚…されたんですか?」

 キラリと光る左薬指の飾り気のない指輪。デザインからして特殊効果を持つようなものではないし、その指が持つ意味合いを知らないものは少ない。

 ひきつった笑みは苦笑いへと変わり、左手を後ろに回すことでそれは肯定されたと見なされた。

 情報屋に口止めをしていても、これだけのプレイヤーの口に戸は立てられない。明日には広まってしまうことを覚悟し、曖昧に笑った。

 

「セツナ。」

 

 その標的である旦那はやや固い表情を浮かべている。その理由は突然に届いたメッセージにあることはセツナも気が付いていた。視界の端にチラチラと光るメッセージ受信のアイコン。キリトとセツナにほぼ同時に届いたそれ。休みの間も前線の様子は逐一メッセージで様々な方向から届いてはいたが、なんとなく同時に届いた…と、言うことが嫌な雰囲気だ。そしてそれはキリトの表情からしても間違ってはいないのだろう。

 やんわりと笑みを作り軽く周囲に挨拶をするとセツナはキリトの元に向かった。そして、放置されていた自身のメッセージボックスを開く。

 差出人はディアベル。

 

【75層の攻略、最悪の展開になりそうだ。君たちの力がなくては話にならないだろう。明日の攻略会議、参加してもらえないか。】

 

 過去に、キリトの参加していないボス攻略は何層かあった。その際に大きな被害を出したのは25層。もう随分前の話だが、それもクォーターだった。セツナが参加していないボス攻略は今のところはないが、ヒースクリフとアスナがいて、いなくてどうにもならないかと言えばそうではないだろう。…ただし通常の場合ならば。今回はクォーターの層で、これまでのセオリーで行くと通常より強い敵が出る。恐らく偵察部隊に何かあったのだろう。それ以外に召集される理由はない。

 口元が自然と引き締まり表情が凍る。ユイに心配そうに見つめられ、笑顔を作ろうとしてみるがうまくいかず、更に心配そうな表情を作らせてしまう。

 

「今日はメインイベントも済みましたしお開きにしましょうか。」

 

 ニシダから出された助け船に、なんとかその場を逃れることが出来た。周囲の興奮とは裏腹に、二人の心にはもやもやとした感情が居座っていた。

 

 

 

 

 暫しの休息に別れを告げる。召集されるとはそう言うことだ。

「はぁ…前線か…。」

 たった十数日離れていただけなのに随分と昔のような気分になった。休むと決めてからも戦闘はしていたが、命の取り合いになら前線の緊張感はまた違うものがある。

「きっと…きっと、直ぐに戻ってきますよね。」

 ユイにはこの家で待っていてもらうことは二人で話し合って決めた。連れていってもユイは死ぬことはないだろうが、むしろ先日のように力にもなってくれるかもしれない。ただこの存在を公にすることは正しい選択とは思えなかった。それはユイ自身も分かっているようで異論を唱えることはなく、ただただ不安げな表情を浮かべた。

「大丈夫だ。いつだって生き残ってきた。次も直ぐに倒して戻ってくるさ。」

 キリトが優しくユイの頭を撫でる。その言葉は自分自身に言い聞かせているようでもあった。

「絶対、絶対ですよ。」

 ただユイの反応からして、もしかしたら彼女は75層のボスの姿を知っているのかもしれない。ただそれはカーディナルシステムの制御下にあるために口にできないのか。キリトもセツナも安全マージンは十分だ。そして攻略組の面々も当然に。だから、しっかり対策をして挑めば倒せないことはないはずだ。

「大丈夫。私はキリトを守るしキリトは私を守るんだから。」

 セツナのその言葉にユイはようやく笑顔を見せた。

 

 

 

 翌日、転移門広場に向かうとそこにはニシダの姿があった。

「セツナさん、キリトさんおはようございます。」

「おはようございます。」

「もしかして…」

「見送りに参りました。」

 二人は昨日とは違い完全武装をしている。キリトは黒く長いコートを身に纏い、背には二振りの剣。セツナは空色の軽鎧に一振りの長い槍を背負う。今まで制服のように毎日来ていた装備品たちだ。自然と戦闘モードになり表情は引き締まり、背筋が伸びる。

 そんな二人の姿を見て、ニシダは息を漏らした。

「そうしていると見違えますな。…攻略組、と言うのは別世界のものだと思っとりました。」

 そう、呟くように言って視線が遠くへ移ったニシダを二人は見つめた。

「科学の世界は日進月歩で、帰っても居場所があるかどうか…きっとどこかで帰ることを諦めてしまっていたんですな。」

 現実(リアル)の話はご法度だが、攻略組ではない彼らの思いを受け止めなくてはならない、そう感じた。サラリーマンで恐らく妻子のある彼が失う現実での時間と、学生の自分達の失う時間の意味合いは大きく違うだろう。ニシダの気持ちは分かりたくとも分かりきれない。ただ、共感できるところは間違いなくある。

「帰っても…居場所があるか…私もよく考えます。私のこの髪の色も瞳の色も現実のままなんです。ここでは受け入れてもらってますけど、受け入れられることに慣れた今、拒絶されるのが怖い。だから、ずっとこの世界が続けば良いのにって思うこともあります。」

 それはセツナの紛れもない本音だった。

「だけど、この世界で初めて、私は人と関わることを覚え、友人を作り…そして、大切な人と出会うことが出来ました。」

 そう言ってセツナに握られた手をキリトは強く握り返した。

「この世界が教えてくれたこと、今度は帰ってもっと大切にしたい。この世界で出会った人とまた出会いたい、だから私たちは戦っているんです。」

 表情は笑顔だがその目尻には涙が浮かぶ。そんなセツナにニシダは目を細めた。

「…そうですね。あんな大物を釣ったり、君たちと出会ったり、この世界に来たことも捨てたもんじゃありませんね。君たちがクリアすること…楽しみにしてます。」

 もしかしたら同じぐらいの子供がいるのかもしれない。彼の表情は慈愛に満ちたものだった。涙に濡れ言葉が続かないセツナの代わりに今度はキリトが口を開く。

「まずは、75層から行ってきます。帰ってきたら釣り、教えて下さい。」

「楽しみに待っていますね。」

 呼吸の落ち着いたセツナと二人揃って、コリニアへの転移を転移門は告げる。青い光と共に向かう先に待つものを迎え撃つ勇気はここの層の人達に分けてもらった。

 今までとは違う想いをもらい二人は再び前線へと戻った。

 

 

 




前線へ帰ります。
原作と違い攻略会議への参加と、その場所はグランザムでなくコリニアです。
決戦前のお砂糖タイムがうまく書けるかが心配です。
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