白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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52:75層*立ちはだかる恐怖①

 

 

 75層、ここに来るのはあの日のデュエル以来のことだった。景色は当然に変わらずコロシアムに臨む。しかしあのデュエルのお祭り騒ぎの欠片もなく人通りは疎らであった。

 

「待っていたよ。」

 

 それはメッセージの差出人の声だった。

 

「ディアベル。」

 

 振り返るとそこには二人へのもう一人の差出人、アスナの姿もあった。

「珍しいな。二人が一緒にいるなんて。」

「あなたたちがいない前線を支えていたのに随分ね。あなたたちの代わりができるのなんて私たちぐらいしかいないでしょ。」

 キリトが言えば、やや不機嫌そうにアスナから反撃が返ってきた。口でアスナに勝てる者なんてこの世界には存在しないと言っても…いや、アルゴぐらいか。何れにしてもほぼいないと言っても過言ではないため、キリトは苦笑いして、言葉を続けることはしなかった。

「まぁ、何にせよ戻ってきてくれて助かったよ。どうも即席コンビはうまくいかなくてね。」

 絵面としては美男美女で中々のコンビなのだがそういう問題ではないらしい。ディアベルも苦笑いを浮かべた。

「全く…ホントあなた達って自由極まりないわよね。」

 あの事件さえなければ前線を離れることも無かったのかもしれない。ただ何の定めはないとしても前線を離れたことには変わりないため、その不平は当然に受け止める。自分達がやらない分を誰かがやっているのは確かなのだ。

「ごめんなさーい。」

 休暇は実に楽しかったが、こうして前線に帰ってくるとやはり自分の居場所はここなのだと感じ、謝りながらもセツナの口元は緩んだ。

「悪いけど笑ってられる余裕なんて話を聞いたらなくなるからね。…ま、強制したぐらいだし分かっていると思うけど。」

 しかしアスナにきっちりと諌められてしまう。状況は本当に芳しくないらしい。キリトもセツナも背筋を伸ばし、顔を引き締めた。

「そんなにヤバイのか?」

「それの続きは攻略会議で行おうか。」

 ディアベルに促されて一行は会場へ向かう。その場所はセツナにとって苦い記憶のある場所で、その中央にはその時と同じようにヒースクリフ、違うのは沢山のプレイヤーが集結しているところ。そう、会議場はデュエルの行われたコロシアムだった。他に適当な場所はなかったのかとセツナは顔をひきつらせた。

 そんな胸中は露知らず、隣ではアスナが姿勢を正していた。

 

「団長、二人をつれて参りました。」

 

 ザッと音を立てて足を揃え、パリッとした声でアスナが言えば一同の視線が二人に注がれた。やや不機嫌そうな視線から少しの希望の視線。居心地が良いとは言えずにキリトもセツナもただヒースクリフに視線を向けた。

 ヒースクリフはゆっくりと頷くと満足げな表情を浮かべた。

 

「これで役者は揃ったね。アスナくん、ご苦労だった。ディアベルくんも手間をかけたね。」

 

 一礼してそのまま腰を下ろす二人に倣ってキリトたちもそのまま腰を下ろした。ヒースクリフが攻略会議の指揮を執るなんて今までに一度もなかった。それぐらいの異常事態が起きているのだと思い知らされた。

 四人が最後の参加者だったようでヒースクリフは全体を見回し、一呼吸おいてから口を開いた。

 

「諸君も既に聞いていることだろうと思うが、75層ボス攻略における偵察部隊が全滅した。」

 

「「ぜんっ…!?」」

 

 その台詞に反応したのはセツナとキリトのみであり、他のメンバーは彼の言うとおり既に聞いていたようだ。ディアベルとアスナが警告していたのはこう言うことだった…と言うのを二人は理解させられた。

 思わず立ち上がりかけるのをどうにか抑え、ヒースクリフに続きを促す。

 

「20名で組んだ部隊の前衛10名が部屋の中央部に到達した際にボスは現れ、残りの後衛10名は部屋に入ることを許されず、扉は閉じられたそうだ。そして扉は何をしても開くことはなかったと報告されている。」

 

 以前も戦闘が開始されると部屋の扉の締まるボス戦はあった。しかし外部からは開くことができ、援軍を呼べないことは無かった。おまけに、

 

「74層のボス部屋と同じく結晶無効空間と言うことも想定できる。…いや、ここからは全てそうなのだろう。10名のうち一人たりとも帰ってきておらず、脱出した形跡もないとある。」

 

 退却は事実上不可能と言うことだ。74層の時は扉は開け放たれたままであり、退路は残されていた。

 コロシアムに集結した歴戦の(つわもの)ですら息を飲む。

 

「本格的なデスゲームになったって訳か…。」

 

 キリトがこぼした呟きが全てを物語っていた。

 

「だからと言ってゲームクリアを諦めるわけにはいかない。ならば可能な限り大部隊を編成して当たるしかない。そこで今回諸君らに召集をかけた。」

 

 ヒースクリフの揺るがぬ物言いに異論を唱えるものは誰一人としていなかった。何があろうとも倒さなければならない、そうでなくてはクリアすることはできず、この世界から出ることはできない。

 

「願わくばこの34人、全員が欠けることなく挑んでくれることを期待する。攻略予定時刻は午後1時。ここ、コリニアの転移門広場に集合してくれたまえ。」

 

 解散! の一言を最後にヒースクリフの話は終わった。攻略会議とは名ばかりで、与えられたのはヒースクリフからの指示だけだった。事情を全く知らなかったのは二人だけであり、残りのメンバーは既に通達を受けていたのだろう。呆けるセツナの肩をキリトは叩いた。

 

「セツナ、ちょっと歩こう。」

 

 

 

 

 

 作戦開始まではあと3時間程だった。あれ以来来てなかったコリニアの町を二人は歩いて回る。普段ならあまり開拓していない町は喜んで散策し、色んな店に入ったりするがどうもそんな気分にはなれなかった。言葉なく歩いていたが、町外れに差し掛かった辺りでキリトが口を開いた。

 

「今日のボス攻略…参加しないでほしい。」

 

 静かに放たれたその言葉にセツナはピタリと足を止める。

 

「なに…言ってるの?」

 

 言葉が震える。それは怒りか哀しみか、どんな感情から来るものか自分でも分からなかった。

「嫌なんだ。…何かあったら全体の安全よりセツナの安全を優先しようと思ってる。だけど、結晶無効空間では何が起こるかわからない。だから…」

 泣き出しそうなキリトの声。

「だから私に参加せずに待ってろって?」

 反面、セツナの声は感情の通わないようなものだった。

「怒んないで聞いてくれよ。」

「怒らないわけないでしょ!」

 その声色にキリトが視線を合わせれば、その赤い瞳には涙が滲んでいた。

「キリトは私が同じこと言ったらどう思う? おとなしく待ってるわけ?」

「お前と俺とじゃ違うだろ!」

「違わないわよ! 私だって戦える。キリトを守れる。なんでそんな勝手なこと言うの?」

 拳を作った手は血が滲みそうな位に強く握られている。ふるふると肩を震わせながらも大きな瞳から滴がこぼれ落ちないのはセツナの意地か。そんな姿にキリトは胸を掴まれたような気持ちになり、視線を下に落とした。

「…ごめん。元の世界に還すって約束したのに、怖くなったんだ。」

 キリトの気持ちは痛いほど分かる。怖いのは誰だって一緒だ。74層のボス戦の時に、状態異常で一旦戦闘不能に陥ったセツナを見ていることもあるのだろう。望まない形であっても、セツナを思ってのことだと言うことは分かり、返事はできなかった。

「…………。」

「二人で一緒にいた時間が止まってしまえば良かったのに。」

 小さく、呟くように絞り出された言葉。それが一番の本心だろう。それはセツナにとっても口にしてはいけない望みだった。キリトの気持ちにセツナも涙を落としてしまいそうになる。それでも…

「…私も、ここに来てから一番の幸せだったよ。だけど、もうひとつの約束は? 本当の私に会いに来てくれるんでしょ? …もっと素敵なことが待ってる。そのためには戦わなきゃ。それは一人じゃダメなんだよ。」

 ニシダにも言ったように、元の世界に帰る。初めからあった強い気持ち。その理由は形を変え、徐々に増えている。その増えた理由は出会った人の思いの数でもある。そして、攻略組として戦い続け、生産職のサポートを受け、リソースを享受している。自分達にはやらなければならない理由がある。それは押し付けられたものではなく、選択したものだ。

「あの日、私は戦うことを選んだ。だから戦うことを止めない。それは責任でもある。」

 強い視線を向けられ、俯いていたキリトも顔をあげた。真っ直ぐな想いはぶれることなく、キリトの胸を射した。赤い瞳に浮かぶ涙はまだ落ちていなかった。

「…そうだな。一緒に、一緒に還んなきゃな。」

 迷いの晴れたキリトの額にセツナは自分のそれをくっつける。

「もう、置いていこうだなんて思わないで。」

 一番の近い距離で視線を合わせる。キリトが頷くのを確認すると、目尻の滴を落とし、いつもの自信にあふれた笑顔を浮かべた。

「大体、「私のことを誰だと思ってるのよ。」」

 重なった言葉に二人で笑う。不安が無いわけではない。絶対の保証なんてない。それでも自分の強さを信じ、二人で立ち向かいさえすれば、なんとかなるように思えた。不安を押し潰すようにそのまま唇を重ねると、言葉少なに転移門広場に戻ることにした。

 繋がれた手を握る強さはいつもより、不安と手を離さない意思の大きさの分だけ強かった。

 

 

 

 




今回短めですがきりがいいので。
甘々はどうも苦手なようです。
もともとセツナはがそういうタイプでもないのもありますが。
大分加筆しましたがもうちょっと加筆したいです

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