白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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53:75層*立ちはだかる恐怖②

 転移門広場には欠けることなく会議のメンバーが集まっていた。先ほどは到着してすぐに会議が始まったため確認できなかったが、見回せば顔見知りのメンバーも見える。エギルやクラインの姿もあった。《舞神》と《黒の剣士》のコンビは攻略組の中では知らないものはいない。好意的な挨拶や不躾な視線に応えながら待機場所を探っていると後ろから突然声をかけられた。

 

「新婚なのに悪いな。」

 

 二人とも誰にも結婚したことは話していなかったため、思わず飛び上がる。それがディアベルの言葉だったから尚更。

「な…なんで知ってるの?」

 恐る恐る振り返り、セツナは相手の様子をうかがった。ディアベルはいつも通りの笑顔を浮かべている。

「それは…」

「オレっちだヨ!」

 ゆっくり口を開きかけた彼の後ろから姿を表したのは神出鬼没、《隠蔽(ハイディング)》スキルの達人、アルゴだった。確かに彼女にはユイと出会った時に頼ったために知られていた。

「あ~る~ご~…」

 どこから出しているのか、地の底を這うような声でセツナは彼女の名前を呼ぶ。作られた表情は笑顔ではあるが底知れぬ恐ろしさが漂う。

 セツナはアルゴの胸ぐらを掴むと、極限まで引き寄せ更ににっこりと笑った。

「私、何て言ったかしら?」

「ニャ…セッちゃん…穏やかじゃないネ。」

 たらりと汗を流し、諸手を挙げて降参のポーズを取りながらもアルゴの表情には余裕がある。

「当然でしょ。契約違反よ。」

 セツナの目の奥には怒りの光が覗くが、アルゴは怯まない。

「あの時は何の契約も発生してないサ…それニ…。」

「なに?」

「友人のおめでたい話をそのまた友人にしただけサ。オレっち個人の世間話だヨ。」

 ニヤリと余裕たっぷりに言われて一瞬言葉に詰まる。二の句が継げないセツナにアルゴはポンポンと肩を叩いた。

「安心しナ。この爽やかイケメン以外には話してないヨ。」

 アルゴからディアベルに視線を移すと彼は首をかしげて見せた。特に気にした様子はない。それを見て、セツナはアルゴから手を離すと大きく肩から息を吐いた。

「ま、いいわ。」

 なんとなく恋愛感情の絡みがあるとどう接して良いかわからなくなってしまう。そんな自分の恋愛観とは違いディアベルは遥かに大人だってことを改めて思い知る。

「随分な反応だナ~。オレっちが手ぶらで姿を見せたと思ってるのカ?」

 散々引っかき回しておきながら、一応彼女は目的があって姿を表したようだ。

「まさか…!」

 それに一番に反応を示したのはキリトだった。その様子にアルゴはニヤリとシニカルな笑みを浮かべた。

「さすがキー坊は勘が良いナ。そのマサカだヨ。」

「何が分かったんだ?」

 ずいっと前に出てくるキリトに、珍しく対価などの話はせずにアルゴは情報を露にする。

「ボスの名前は《骸骨の刈り手(The Skull reaper)》ムカデのような体で両手は二本の鎌になっているようダ。」

「2本の…鎌。」

 アルゴからもたらされたのは、願ってもない情報だった。3人は口の中で反芻しそれぞれに対策を巡らせる。

「NPCから得られたのハ残念だけどそれだけダ。悪いナ、力になれなくテ。」

 飄々とした様子でいつも人をおちょくるような態度の多い彼女だが、情報屋としてのプライドが許さないのか殊勝な言葉を紡いだ。

「ううん、十分よ。少なくとも鎌の攻撃があるってことはその対策だけは今考えれば良いんだもの。体が長いってことはやっぱりサイドからの攻撃が有効だろうし。」

 ブツブツと対策を考え出すセツナにアルゴも安心したのかいつもの表情に戻る。

「君たちのオヒメサマはたくましいナ。」

 そしてにんまりとキリトとディアベルに視線を向けた。するとディアベルも似たような表情を浮かべた。

「もう俺()ではないかな。」

 そんなディアベルの軽口にキリトはじとりと睨めつける。

「いつお前()になった時があるんだよ?」

 そんなキリトにディアベルもアルゴも顔を見合わせ吹き出さずにはいられなかった。

「はは、キー坊は心が狭いナ。」

「ほっといてくれよ!」

 二人にキリトがからかわれている間もセツナはボスを思い浮かべてはぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまっていた。

 

「ねぇ、偵察部隊の前衛が全滅したことは確認したのよね? それってどれぐらいで扉は開いたのかしら。」

 

 何かに気付いたのかようやくクルリと振り返るセツナ。強い視線に応えたのは情報屋としての責務を感じたのかアルゴだった。

「10分足らず、らしいゾ。次に扉が開いた時には跡形も無かったそうダ。」

「10分…。攻撃力はかなり高いと言うことよね。74層の時みたいに特殊攻撃がなければ良いけど。堅い人か盾持ちに受け止めてもらうか…全部弾くか…っで、痛ッ!」

 聞くことだけ聞いてまた自分の世界に入ろうとした途端、何者かがセツナの背中を勢いよく叩いた。あまりの衝撃にその場に止まることができなかったぐらいに。

 セツナの後ろに姿を現した男達にキリトもディアベルも、そしてアルゴも苦笑いを浮かべる。

「なんつー…命知らず…。」

 キリトから漏れた言葉を男は豪快に笑い飛ばす。

「よぉ! 熱心だな、セツナ。商売放り出して加勢に来たかいがあるぜ。」

 それは数少ない友人のエギルとクラインだった。背中を押さえながら、セツナはゆっくりと振り替える。

「感謝してくれるのならもうちょっとまともに登場してくれないかしら。あなたのSTR値考えてよ。」

 つりぎみの目で睨まれてもエギルは怯むことはなく、実に堂にいった形で肩をすくめる。

「ははっ舞神サマにステータスのことでクレームを言われるとは光栄だな。俺のこの無私無欲の精神に免じて勘弁してくれ。」

 しかしセツナも当然に負けてはいない。

「無私無欲だなんて関心だわ。じゃぁエギルはドロップアイテムの分配はなくて良いのね。」

 するとしどろもどろに、いやぁ、それは…と軍配はセツナに上がり一同は笑顔に包まれる。それは緊張につつまれていた転移門広場全体に広がり、緊迫した空気が和らいだ。

 

「いやいやしかしキリトもセツナも来てくれて良かったぜ。やっぱお前らがいねぇと火力が足りねーもんな。」

 うんうんと頷きながら言うクラインにセツナは自身が導きだした結論を伝えようとするもそれは転移門から現れた集団に阻まれた。

 《血盟騎士団》のヒースクリフ率いる今回の参加者たちだった。ヒースクリフのすぐそばにはアスナも控えている。最強プレイヤーとしての余裕か、ヒースクリフの表情はいつもと変わらず、うっすらと笑みさえ浮かんでいる。

 ザッザッと統率のとれた軍隊のように足並みを揃え、迷うことなく人々の中央に歩をすすめる。その圧迫感すらある雰囲気に視線と言葉を奪われる。レベルだけならセツナもキリトも負けてはいないかもしれない。ただ最強ギルド特有の、何とは言葉にできない強さを感じさせられる。

 ヒースクリフと一瞬目があったと思えば満足げに口角を上げ、二人の元に向かってきた。

「キリトくん、セツナくん。今日は君たちのユニークスキルが存分に発揮されることを期待しているよ。」

 苦い記憶からか、放たれるオーラからか、セツナですら言葉を発することが出来ずに二人は無言で頷いた。ディアベルも、アルゴでさえその雰囲気に飲まれる。ヒースクリフはそれだけ言うと満足げに中央へと戻り、周囲を見渡した。

 

「見たところ誰一人欠けることなく集まったくれたことに感謝する。厳しい戦いになるかと思うが、解放の日のために!!」

 

 そして飛ばされた檄に沸き立つプレイヤーたち。圧倒的なカリスマ性。ディアベルやアスナの持つ指揮力とはまた違った種類の指揮官としての能力だった。

 

「では、行こうか。」

 

 そして短く言って取り出したのはセツナも目にしたのは数回限りのアイテム。《回廊結晶(コリドークリスタル)》だった。モンスタードロップ、もしくはトレジャーボックスでしか確認がされていない超レアアイム。いつかマーシーと言う男にオレンジプレイヤーを《黒鉄宮》送りにして欲しいと依頼を受けた時以来に使用する姿を見ることになる。効果は…その名の通り、回廊を開き集団を転移させること。

 レアアイテムを惜しげもなく使用する彼にどよめきすら起こる中、ヒースクリフはキーワードを口にする。

 

「コリドーオープン。」

 

 深い青の、通常よりも大きなクリスタルが音を立てて砕け散り、亜空間へ誘うかのようなゲートが姿を現す。光の渦を巻くそれに迷うことなくヒースクリフは吸い込まれていった。それに続いて参加メンバーも次々と飛び込んでいく中、アスナは踵を返して真っ直ぐにキリトとセツナの元に向かってきた。

「アスナ?」

 本来ならヒースクリフのすぐそばを歩くであろう彼女にセツナは首をかしげた。

「…参加、決めてくれてありがとう。」

 アスナは真っ直ぐに二人を見据え、それだけ言うと白いマントを翻し渦の中に入っていった。そう言えばアスナとは前線を離れる最後に会ったきりだった。裁きを担ってくれた彼女。二人の前線離脱と今回の作戦参加には思うところがあったのかもしれない。胸中は量ることは出来ないが、二人は顔を見合わせ互いに頷くと手を繋ぎその後に続いた。

 

 

 

 

 75層のボスフロアは74層とは全く異なった雰囲気で、漆黒の大理石のような壁に被われ、どこか高級感すら感じさせられる。さながら魔王の城のようだ。

 静まり返った廊下は耳鳴りがする程で、決戦前なのにそのアンバランスさが不気味に感じる。その空気に落ち着かない者も多いようで、辺りを見回したり、無意味にステータスを開いたりと不安を隠しきれない様子を見せる者は少なくはない。

 セツナも例外ではなく、キリトの長いコートを握り締める。

 戦う目的をニシダにあれほどに語って、キリトにも散々大丈夫だと言ったのは自分だったのに。アルゴの情報を基に対策だってしっかり考えた…それなのに、手がカタカタと震えるのが止まらないのは何故なんだろう。いつもなら武者震いと強がることも出来るのに何故。

 震える手はそっと暖かく包み込まれる。そして、強く握った手は1本1本丁寧に開かれ、手のひらが重ねられた。その時はじめて俯いていた自分に気付き、視線を上げていくといつも通りのキリトの表情があった。

「私…。」

 どうして良いか分からずに、口を開くとキリトはやんわりと笑った。

「俺はセツナを信じてる。だから、お前は自分を信じて戦えば良い。」

 重なった手から体温が伝わってくるように感じられた。暖かいその感触に少しずつ解きほぐされていく。なんとか口角だけを上げて笑顔を作りキリトのその気持ちに答える。

「ううん、私はキリトを信じて戦う。大丈夫だよね。私たちなら。」

 そのまま手をしっかり握りしめればキリトは強く頷いた。

「一緒に還る。その通過点だ。」

 いつの間にか震えは止まり、いつも通りの自分が戻ってくる。手を離し、セツナは両手で頬をパンパンと叩いた。

「私らしくない! よし!!」

 そして愛槍ノーブル・ローラスを格納し、天秤刀のグランドリームを手に取った。キリトのダークリパルサーと共鳴するように輝きを放つ。

 

 回りのプレイヤーたちも次第に落ち着きを取り戻し、装備品やアイテムを最終確認している。

 ヒースクリフがガシャリと音を立て、自身の剣を床に突き立てたのが合図だった。

 

「《血盟騎士団》が可能な限り前衛で食い止める。パターンをよみ、臨機応変に対応してくれたまえ。」

 

 では、行こう! あくまでソフトなヒースクリフの号令に誘われ、プレイヤーたちは開かれた扉の中に雪崩れ込んでいった。

 

 

 




タイトルが思い付かなかった…
前話投稿した時点ではあと3話か4話ぐらいかなーと考えていたのが話が進まない…!
もうちょっとお付き合いください。
しかし人数多いのと戦闘とイチャイチャは書けない…

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