白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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56:75層*世界が終わる時

 

「ぅぁぁぁぁあ!!」

 

 雄叫びと共に両手の剣を振りかぶる。

 その色にシステムエフェクトの光はなく、彼がソードスキルを使用していないことを知る。

 

「キリト…。」

 

 それは正解だ。彼が茅場晶彦であるならばソードスキルをデザインしたのは彼であり、殊に限定されたスキルである《二刀流》には思い入れもあるだろう。軌道を読まれるのは必至だ。

 キィンッと金属音が重なっていく中、動かない体が口惜しい。キリトが戦っている姿を何も出来ずに見つめるのはこれで2度目だ。まだ記憶に新しい、74層でのボス戦。あの時も自分の体は麻痺状態で動くことはできなかった。思いがけず乱入してきた彼がその《二刀流》をもって敵を殲滅した。

 人のユニークスキルを見ると震える。自分だってユニークスキル使いの一人ではある。ただ、ヒースクリフの《神聖剣》もキリトの《二刀流》も別次元の強さを持っている。茅場は《天秤刀》も同列に並べたが自分ではよく分からなかった。攻撃速度と手数に特化したスキル。そして武器の特性柄、変則的な動きが持ち味。そして武器の強化具合で重さも少々。セツナの攻撃スタイルにはマッチしたものではあるが。

 目の前で光る音に心が揺れる。キリトの勝利を信じないわけではない。ただ、一度戦った者として不安が消えない。ヒースクリフは強い。自身でデザインしただけありそのスキルを手足のように使う。ソードスキルなしでどこまで立ち向かえるか。

 ずっとキリトは自分のこんな姿を見続けてきたのか。一度きちんと謝らないといけない。見ていることしか出来ない辛さを知った今、素直にそう思えた。

 

ーだから、勝って元の世界に還ろう

 

 セツナはただ強く願った。

 

 システムに頼らない戦闘は金属音を量産させていく。2年間も戦い続けてきた。システムアシストがなくともその身には剣技が多少身に付いている。戦況は膠着し、互いが互いの攻撃を受け止めるのが続く。

 時折赤いエフェクトと共に攻撃がかすり、HPを減らす度にハラハラする。

 何度かのエフェクトの後、キリトがキレた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 怒りの咆哮と共にエリュシデータとダークリパルサーが青く光ったのが見えた。キラリと右手のすぐ傍に落ちるグランドリームが共鳴した気がした。

 

ーいけない!

 

 キリト自身は意図してソードスキルを使わなかったのではなかったのだろうか。それはソードスキルの発動を知らせるもので…茅場には当然に読まれてしまう。そして、狙ってくるは当然にその技後硬直だろう。キリトも気付いたようで、はっとした顔をするが発動したスキルを止めることはできない。茅場の勝利を確信した顔が目に入った。

 ダメだ…。なんでこんな時に自分の体は動かないんだろう。茅場がGM権限にものを言わせて付与したシステム的麻痺。ステータス異常の麻痺よりも性質(たち)が悪い。回復アイテムも効果はなければ、アクセサリの緩和効果だって意味はない。当然に時間経過で回復することもない。今動かなければ何の意味もないのに。キリトが、危機に見舞われる未来は見えているのに…!

 自分勝手で独り善がりな想いだろうとやはり危険な目に遭うのは彼じゃなくて自分の方がいい。なんで自分は怖じ気付いて戦うことを選択できなかったのだろうか。でなければ今頃戦っていたのは自分の方で…。

 キリトはセツナを希望だと言った。それは果たして本当なのだろうか。自分勝手で誰よりも奔放に振る舞ってきた。強さに憧れ、自分こそが利己的で穢いビーターだったように思える。だから、無茶をして被害を被るなら自分が良かった。

 

ー動いてよ!!

 

 いくら強く願おうが軽業スキルも疾走スキルも発動することはない。渇れることを知らない涙が尚も光り続ける。

 

ーお姉ちゃん

 

 頭の中に彼女の声が聞こえたのは奇跡か。

 

ーお兄ちゃんを助けて…

 

 あまやかなその声は、22層に置いてきた彼女のものだ。祝福されるように、体が軽くなるのを感じた。確かに、元々プログラムの一部である彼女なら…。しかし、考えている時間はない。セツナは右手で傍の武器を拾い上げると何も考えずに走り、飛び込んだ。

 

「さらばだ、キリトくん。」

 

 キリトの最上位スキルである《ジ・イクリプス》の27連撃がうち尽くされたところだった。技後硬直で動けない彼に、無慈悲に剣が振り下ろされる。

 

キィィィンッ

 

 ポリゴンの欠片が辺りに舞散る。

 

「セツ…ナ…?」

 

 背中にキリトの声を浴び、目の前にヒースクリフ、茅場晶彦の驚愕の顔を見る。

 構えた筈のグランドリームは剣を受け止めることができず、中央でその身を2つに分けた。キラキラとポリゴンのエフェクトが割れたことを知らせる。

 そして、ヒースクリフの剣の切っ先はセツナの胸元に。傷口から赤いエフェクトが広がり、HPバーは勢いよく減少していく。

 武器壊しちゃってリズに謝らないとな。何て言ったら許してくれるだろう。あ、その前に乱入しちゃったからキリトに謝らないとかな。怒るだろうなぁ…。

 

 ピーッとまるで病院のモニター心電図が停止したような音を聞く。

 

【You are dead】

 

 この世界で死ぬってこう言うことか。HPバーは消滅し、紫色のポップを見た。何にも苦しくない。こんなに呆気ないものなのか。もう怒る声すら聞こえなくなるのか。目の前を沢山のポリゴンが被い、自分の体全体がポリゴンになっていったんだと、呑気に思ったところでセツナの意識は途切れた。

 

 

 

「セツナーーーッ!!!」

 

 

 キリトの叫び声は彼女に聞こえることはなかった。

 キリトの足元には格納されきらなかったアイテムが散らばる。いつか、結婚したカップルが死別したらどうなるかと検討したことがあったが実証なんてしたくなかった。転がるアイテムたちをキリトは虚ろな瞳で見詰める。そんな中、キラリと光る1つのアイテムに目を奪われた。

 金細工の施された深い青の丸い結晶。

 それは、いつかキリトが争いの原因になるからと手に入れることを否定し、結局は手にすることになったアイテムだった。

 《還魂の聖晶石》、それに一縷の望みをかけ、手に取った。

 

「セツナ!!」

 

 しかし、それは静かに光を湛えるだけで発動することはなかった。

 

「セツナ、セツナ…。」

 

 キリトが何度も名を呼ぼうとも、それは形を変えない。

 

「なんでだよ…セツナ…。」

 

「…驚いたな。それを手にいれているとは。しかし残念ながらここでは使えないよ。」

 驚きのあまり呆然とし、動けずにいた茅場もようやく言葉を取り戻したようだったが、それはキリトの望むものではなかった。()()では、茅場はそう言った。それはつまり…

「結晶無効空間だからか…。」

「ご名答。」

 足から崩れ落ちるキリトに茅場は厳しい表情を取り戻す。

「セツナくんには何かシステム的な介入があったようだね。終わったら確認しなければならないね。」

 そんな彼の言葉もキリトの耳には入らない。折角手にいれていた蘇生アイテムも役に立たなかった。

 セツナが死んだのは激昂してソードスキルを発動させた自分のせいだ。散らばるアイテムの中には当然彼女の愛槍、ノーブル・ローラスもあった。自分が、自分の甘さが彼女を殺した。もう良いんだ…愛しい彼女もいないし、諦めて自分も意識を手放してしまいたかった。しかしその存在はそれを許してはくれなさそうだ。

 セツナなら…セツナならどんな風に戦っただろうか。彼女とヒースクリフのデュエルをキリトは思い返した。最後を決めたのはその槍ではなかった。Modで瞬間的に呼び出したもう1つの武器。

 

ー力、貸してくれよな

 

 手を伸ばせば2つに折れたそれが転がっていた。何か意思を持っているかのように消えることのないその武器をキリトは拾い上げた。

 重い。どんな強化してるんだか。

 キリト自身も好んで重い武器を使うがそれ以上に重く感じた。彼女の意思の強さか、それとも自分に課せられた責任の重さか。

 キリトの両手が再び青く光る。その光を見て茅場も再び武器を構えた。

「ソードスキルは私には通じないよ。」

 そんなことは痛いぐらいに分かってる。だから彼女は死んだ。それでも…

 

「うるせぇよ!!」

 

 両手に握った、元は1本のその武器をキリトは振り抜いた。発動したのは《二刀流》のソードスキルではない。右手からは不思議と《ソニック・チャージ》が繰り出され、突撃系のその技は一気に茅場に突き刺さった。それはセツナの最も得意とした技だ。そして左手からは自身の最も好んだスキル、《ヴォーパルストライク》を繰り出す。

 

「終わりだぁぁぁ!!!」

 

 茅場は大きく目を見張った後、自分の運命を悟ったのか穏やかな笑みを浮かべた。

 

ザシュッ

 

 一際大きな音でそれは茅場の体を貫いた。

 

「見事だ…キリトくん…。」

 

 流石にGM(ゲームマスター)と言えど規定された動き以外は読みきれなかったようだ。ぐんっとHPを減らし、それは赤に変わり、消えていく。そして体はキラキラと光りに包まれ、ゆっくりとポリゴンに形を変えていく。そして2本に別れたセツナの半身も役目を終えたと、一緒に消え去った。

 

 

『ーーゲームはクリアされましたーーゲームはクリアされましたーー…』

 

 

 無機質に響き渡るシステムの声にその日、その時、世界は沸き立ったかもしれない。ただ75層のその場所にいた人々を除いては。

 消え様は驚くほど呆気なく、システムの声が無ければ倒したことが嘘のようなぐらいだった。それでも、失ったものは大きく、キリトはその場に倒れ込み、両手両足を放り出した。

 

「セツナ…。」

 

 目を閉じて、夢だったら良かったのにと強く願う。珍しく勝負を受けることを制した彼女。従っていればどうなっていただろうか。解放される日は先だったとしても共に還れただろうか。

 

「っつ…くぅっ……。」

 

 嗚咽が漏れるのも涙が溢れるのもキリトには止めることはできなかった。

 

「キリト!」

「キリトくんっ!」

 

 茅場が死んだことで麻痺が解けたのか、キリトの周りにはプレイヤーたちが集まってきた。でも、その中には一番会いたい人はいない。

 

「俺…ゴメン…セツナを…。」

 

 自分が希望だと言った彼女を自分が殺した。覚悟の仕方が間違っていたのだ。死ぬ気で戦っても救われるはずはない。

「キリトくん…セツナは…あなたに生きて欲しかったんだよ。キリトくんがセツナに生きて欲しかったのと同じくらい。」

 自分でもそうした、とアスナが涙を堪えながらキリトの体を起こす。目に入るプレイヤーたちの顔。

「私たちはみんなあなたに救われたよ。ありがとう。」

 皆が解放の喜びとセツナを失った悲しみとを重ねた表情をしている。それは当然アスナも。ただ、顔を目にすることで自分の選択が、完全に間違っていたのではないと、キリトは更に涙を溢した。

「俺が…アイツの代わりになりたかった。」

 少しずつプレイヤーが減っているのはログアウトが始まったからか。光の欠片が空間をさまよう。

 色んな言葉が飛び交うがもうゆっくり休みたかった。叶うならセツナのところに…。折角クリアして元の世界に還れるって言うのにバカみたいだけど。

 キリトは目を閉じたままポリゴンに身が包まれるのを感じた。

 アイツも消えるときこんな感じだったのかな。だったら苦しくはなかっただろうな。

 

 もう誰の声も聞こえなかった。

 

 そのまま光の渦に、白い空間に吸い込まれていった。

 

 




テンプレ…ナニソレおいしいの。
どっちが戦うとかはずっと決まってなかったわりにこのシーンだけはずっと前から決まっていました。
色々セツナに振り回されてブレてばっかりでしたが。
ご都合主義上等!二次ですから。

あと少し、お付き合いいただけると幸いです。

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