皆すごい…どうしてあんな巨大な化物に恐れもせずに立ち向かえるのだろう。
でもあの男、気にくわないけど私にだって分かる。誰よりも洗練された無駄のない戦い方。取り巻きの《
男と出会った迷宮区。あそこでは必死だったし分からなかったけど比較対象の沢山いるここは肌で感じられる。
そして…初めて会った時、神様みたいに思ったあの少女。
早く流麗で全ての動きが1つのもののように完結しており、ここが戦地でなければ演舞のようで。今は隠されている白銀の髪が露ならばどれほど輝いて見えるか。
アスナは自分を助けてくれた二人のプレイヤーとパーティーを組んでいることが不思議に思えた。
「セッちゃん商談だヨ。」
決戦の前日早朝。アルゴに話しかけられ、セツナはまたかと思った。
「いくら積まれても売らないって…」
ここまで来ると依頼主にある意味尊敬の念すら覚える。
「何度もそう言ったんだがナ。買値は5万コル、だそうダ。」
「ごっ…!」
言葉を失った。いきなり倍とは恐れ入る。今の強化状況としては+6…ちなみに3
「…千コル出すからもうこの商談を持ってこないことは可能かしら。」
そう言って言葉を落とすとアルゴはニンマリと笑った。
「マイド。」
そんなやり取りを経て迎えた決戦の朝。依頼主を聞くことはしなかったがこの中にいたのだろうかとレイドメンバーを見渡す。ふと青い髪のリーダーさんと目が合い微笑まれた気がした。いや、微笑んだと言っても口元だけで何か大きな意味を含蓄しているような。
「セツナ?」
キリトに声をかけられ意識を戻す。
今はそんなことよりもボス戦だ。死者を出さず安全に乗りきることが何よりも優先すべきこと、今後のこの世界にとって一番大切なことになると思えた。
第一層迷宮区の最上階、20階にその扉はあった。重厚で、いかにもといった感じにボスモンスターのレリーフが施されている。
ディアベルはレイドメンバーを静かに鼓舞し、一言だけ強く、大きく
「勝つぞ!」
と叫ぶとその扉の中央部に手を当て、勢いよく押し開いた。
扉の奥は長く広く、その一番奥に標的はいた。
《イルファング・ザ・コボルドロード》。そのロードと言う名が示す通り、獣人たちの王なる存在だろう。
ディアベルがその長剣を振り下ろすと指示通り、一気にレイドが扉の向こうへと雪崩れ込む。そして先頭プレイヤーたちが奴の射程圏内に入ったであろう時に、私たちおまけパーティの担当する《ルインコボルドセンチネル》が天井よりポップした。
定石としては奴らの武装を弾き、防具の隙間である喉元を突くこと。隣では早速キリトがハルバードを弾き、スイッチと叫ぶことでアスナが喉元に《リニアー》を叩き込んでいた。初めてあった時からアスナのそのスキルの片鱗は感じていたがこの二週間でこんなにも強くなっているとは背筋が震える。二人に遅れをとるまいと、自身も敵のハルバードを上に弾きあげ、《ソニック・チャージ》を叩き込んだ。
ひゅぅっとキリトが口笛を吹いたのが聞こえた気がした。
取り巻きの《センチネル》潰しは至って順調だった。私たちおまけパーティの他にもう一隊配置されていたし、即席にしては私たち3人の連携に乱れは無かった。
もう一隊にあの男、キバオウがいたのが気掛かりではあったが…下手したら女なんか、とかなんとか言い出しかねない。
余所見をして余計なことを考えていたバチが当たったのだろうか。ツンツン頭の男が寄ってきて、ひそひそ話しかけてきた。
「…ボス戦が終わるまで精々大人しくしときや。」
周りの様子を見ると正直《センチネル》の相手はキリトとアスナの二人で十分だし、キバオウの隊はきっちり6人のパーティなので私たち二人が会話するのは問題はなさそうだった。
「…何が言いたいのかしら。」
あの騒ぎからして良い感情は持てていなかった。口調が雑にならざるを得ない。
「そんな武器持ちよって言い逃れはさせへんで。元ベータテスターが。」
彼の口振りは確信めいたものだった。それは武器だけではなく何か他の…
「言ってる意味が全然分からない。」
「わいは知っとんのや! あの黒髪の小僧と組んで
聞かされてる、この男そう言ったか。ビギナーと元テスターの確執がある中、クローズド・ベータテストのことは一種のタブーだ。情報屋のアルゴですら―彼女自身がベータテスターであることもあるが―絶対にその情報は売らないし流さない。誰か、この中にそれをこの男に教えた人間がいると言うことだ。
「まぁええわ。ディアベルはんの邪魔だけはせんときや! センチネルで我慢するんやな。」
何も答えずにいるとそれだけ言い、キバオウは自分のパーティに戻っていった。自分もキリトとアスナと合流すると二人とも気遣わしげな表情を作った。
「何話してたの?」
…どう考えても今話すことではない。
「なんでもない。今はボスに集中しよう。」
キリトは何か言いたげな顔をしていたが、ボス戦の最中であることを優先したようだった。
ディアベルの指揮は見事なもので誰も瀕死状態に陥らせることなく、ボスのHPバーを三本削り終えようとしていた。HPバーが残りの一本になるとボスの攻撃モーションは大きく変化する。攻略本によると次の武装は
獣人の王は武装を投げ捨て、腰の辺りから長い刀を引き抜いた。
「俺が前に出る!」
ディアベルの吼えた声が聞こえた。それは珍しく定石とは違う行為で振り返ると、何か様子がおかしいと感じだ。長刀は長刀には違いないのだがそれはタルワールではなく日本刀のように見えた。気がつけば自分の役割を忘れ、走り出していた。それが本当に日本刀であるならば、ボスのソードスキルも情報とは違うものが来る。
「全員後ろへ飛べ!!」
キリトもそれに気付いたようで後ろから叫び声が聞こえる。そんなこともお構いなし飛び込むディアベルたちに、容赦のない攻撃が振り下ろされた。
「うぐぉぉぉぉ!」
唸り声と共に繰り出されたのはカタナ専用のソードスキル《
「ディアベル!!」
やっとのことでボスの前にたどり着くと、《
―死者は出さない!!
とっさにそれを自分武器と左手で彼の武器を拾い上げ、受け止めた。
重たい一撃だった。受け止めていても尚HPがジリジリと減るのを感じる。
「はぁぁぁあ!」
なんとか押し返そうと力を込めると、目の前でポリゴン辺が散らばった。
パリンっ…
コボルドロードのカタナは弾きあげることに成功したがその代償として、彼の、ディアベルの武器が四散したのだった。
武器が散り行く様に、この世界での終わりを見た気がした。命を失うことはこんなにも呆気ないことなのだと。
その姿に気をとられている間にも、コボルドロードの追撃は当然止むことはなく、再びカタナが振り下ろされようとした。まずい、改めて武器を握り直すも間に合わない。防御体制に移行しようとすると、後ろから飛んできたソードスキルにカタナは弾きあげられた。
情報と違うこの状態でそんなことができる人間を私は一人しか知らなかった。
「セツナ、ディアベルと一旦下がれ!」
同じくセンチネルを狩っていたはずのキリトだった。
コクりと頷き放心状態のディアベルを抱え、後ろに下がる。多くのプレイヤーの
取り敢えず彼の口の中にポットを突っ込み回復するのを待つ。しかし
何故彼があの時定石通りの対応をしなかったのか。その答えはキバオウの言葉の中に隠されていた。ボスモンスターは倒した者に
「頼む、ボスを倒してくれ。キリトさんと君なら…」
虚ろな瞳で彼は呟いた。
思うことは色々ある、もしかしたら5万コルで私の武器を買い取ろうとしたのだって
前線では今だキリトたちが
ケープを剥ぎ、視界をクリアにさせディアベルの意思を継ぐことにした。
あんな無茶な戦い方集中力が途切れたら一瞬でやられる。
急いで前線へ舞い戻り、声を張った。
「キバオウ! センチネルを引き付けて! F隊G隊はそのサポート!」
場内があっけにとられる。それでも
「B隊はC隊を下がらせて、D隊は回復したら援護、ただし全方位は囲まないこと!」
叫び続けるしかなかった。思考が停止していた彼らもソードスキルのキャンセルを続けるキリトに希望の光を見たか、のろのろと動き始める。
指示が通り安堵した瞬間だった、ついにキリトに向かってソードスキルが振り下ろされた。軽装備の彼のHPゲージがレッドゾーンに突入するのを見た。吹っ飛んだ彼にヘイトを重ねすぎた追撃が迫る。アスナが迎撃の姿勢をとるが細剣ではとてもじゃないが受け止めきれないだろう。万事休すかと思ったとき、黒い巨体がアスナの前に現れた。
両手斧使いのエギルがそれを受け止めていた。
「
そして先日の立ち回りから恐らくディアベルの次に信頼を得ているであろうその男は私には何より頼もしい言葉を叫んだ。
「ディアベルが次のリーダーはその嬢ちゃんだと!」
すると戸惑いながら動いていたメンバーたちが彼が言うならと自身の役割に向き合い始めてくれた。なんと感謝して良いか言葉も見当たらずそれは態度で示すことにした。
「B隊はD隊とスイッチ! キリト、ソードスキルの発動をみんなに。」
そう叫びながら自分もボスに飛び込みHPを削る。
戦線は立ち直ったか、ディアベルと言うリーダーを失ったA隊とダメージの大きかったC隊を除いては全員HPも安全圏内だ。
ボスのHPもそろそろレッドゾーンに突入と言ったところだった、確認したのは再びの《
まずい。そう思った瞬間だった。まだHPを回復待ちだったであろうキリトがコボルドロードの左腰にソードスキルと共に飛び込んだ。ざしゅぅと音を立て派手なエフェクト共にコボルドロードはよろめいた。
ここが好機! そう考えたのは当然彼も同じで、
「セツナ、アスナ、最後の攻撃!」
彼が叫ぶがままにアスナは左腰に《リニアー》を私は右足に《ソニック・チャージ》を叩き込み、そして彼は空中から二連撃技の《バーチカル・アーク》を叩き込んだ。
するとボスの顔が歪み、握られていた日本刀が音を立てて床へと転がり落ちた、そして全方位へ向けてそのポリゴンを崩壊させていった。
ついに、やっと、第一層のボスを倒した。
「お疲れさま。」
いつの間にかアスナのケープも剥がれ美麗な素顔が露になっていた。
「Congratulation!この勝利はあんたたちのものだ!」
とエギルからも労いの言葉が飛んできた。
キリトとハイタッチを交わし未だ放心状態のディアベルの元へ向かう。
「ごめんなさい。あなたの武器、壊してしまって。」
「いいんだ。これは報いかもしれない。それよりもボスを倒してくれてありがとう。」
青年は力なく笑った。私たちが手を取り合うと横から怒鳴り声が飛んできた。
「なんであんたたちはボスのスキルを知っていたんだ!」
A隊のディアベルの側近とも言える男だった。
「その情報を伝えていればディアベルさんだって…!」
「よせ、リンド。」
ディアベルがそう抑えるも疑惑はすぐに広がる。
そうだよな。攻略本には書いてなかったもんな…と。
そして…
「そいつら元ベータテスターだ! 知ってて黙ってたんだ!」
と呪いの言葉が場に響いた。まずい。折角死者を出さずにクリアしたと言うのにこれでは…。ベータテスターへの疑惑、嫌悪。対立と分裂を招く。
「違う、ベータ時は本当にタルワールだった。」
そんな中、ディアベルの静かな声が響いた。それでも、
じゃぁなんで…、まさかディアベルも? と混乱するみんなに答えたのはキリトだった。
「元ベータテスターだって? そんな素人連中と一緒にされちゃ困るな。」
芝居掛かった物言いに彼が荊の道を歩む決心をしたことはすぐに分かった。昨晩のアルゴとのやりとりが頭を過る。
「そこにいる男だって元テスターだろうと死にかけたのをみたろ? 本物のMMOプレイヤーなんてほとんどいなかったのさ。」
ギリッと奥歯を噛み締め自分の選択を考える。
「…そうよ。」
取るべき選択はあの頃散々コンビを組んだ彼を見捨てることではない。
「みんなレベリングのやり方も知らない素人だったんだから。あなたたちの方がましなくらいよ。」
私の台詞にキリトは目を見開いた。そんなつもりはなかったと。それでも。
「私たちは誰よりも高い層に登った。ボスのソードスキルを知っていたのもそこで散々戦ったからよ。」
生け贄は一人でなくていい。キリトが孤立して居なくなってしまったらこのゲームはクリア出来なくなってしまう気がした。そしてディアベルのようなリーダシップを持った人間をベータ上がりだからといって切り捨てさせてもいけない。なら取るべき手段は決まっている。純粋なただの元テスターと利己的な穢い元テスターに分類してしまうことだ。
「…他にも色々知ってるわ。情報屋なんか目じゃないくらいにね。」
キラリと背中で光る店売りでない私の武器が何よりもその証拠として映ったらしい。
そんなのズルじゃないか。チートだな。チーターだ!
口々に皆の罵声が噴出する。そんな中黙っていたのはエギル率いるB隊とディアベル、そして驚くことにキバオウだった。
キリトは罵声に奇妙な響きの言葉を見付けたようだった。
ビーター
ベーターとチーターを掛け合わせた言葉か、それがその日、ボス撃破との対価として私とキリトが受け取ったものだった。
ディアベルのすまないと言う言葉は私の中に小さく響いて消えた。
ディアベル生存ルート…です。
主人公が元ベータテスター、明言せずに書いてきたつもりでしたがここで正式に。