白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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β版*悪魔(ディアベル)になると決めた日 後編

 

 のめり込んでしまうのは完全に予定外。

 時間の感覚がなくなってしまいバイトに遅刻しかけたぐらいだ。おかげで翌月のシフトは大幅に減らした。…SAOの世界に入り込んでいればお金を使うこともあまりなく、1ヶ月ぐらいバイトせずとも取り敢えずなんとかなりそうだった。

 世界の美しさや完成度、それが引き付けてやまなかったのは間違いない。ただここまでして潜るようになったのはもっと別の理由だった。

 初めてダイブした日に転んだ。それは俺だけではなく、世界に慣れないプレイヤーに全体的に見られたものだったらしいが、確かに適応して見せた人間だっていたわけだし、実際あの少女は何も関係ないと言った様子で自然な動きを見せていた。…ついでに言えば絶対にあの子は女の子だ。歩き方や些細なしぐさが男ではない。男が作って女を演じていればもう少し露骨だろう。そして柔らかいしぐさがありながらもどこか粗雑さをみせる辺りが間違いなく本物だと示していた。

 なんにせよ、悔しかった。今まで何かを出来ないと感じた経験なんてそうなかったのだ。幸い要領よく、初見でも人並みにはこなす。それは勉強でも運動でも、もちろん、遊びでも。だから許せなかった。あんな少女にすら出来ることがなんで自分には出来ないのかと。

 あれ以来、彼女の姿を見かけることはなかったが、その日は必然的に訪れる。

 

 

 

 

 サービスが開始して3週間程経った頃、フィールドは3層に突入したところだった。そこでの大量虐殺(スローター)系クエストのパーティメンバーの募集に彼女の姿があった。それはかなり珍しいことらしく、6人のパーティメンバー中、4人が驚いていた。

「セツナさん…ですよね?」

 募集していた本人が恐る恐ると言った様子で話しかけると、少女は大きくため息をついた。

「…人の名前、売買してるなんてあなたたち随分お金に余裕があるのね。」

 …正直、感じ悪い。波風を立てないように生きている身としては、なんでそんな勿体ないことをするんだと言う感想。それに初めに抱いた印象を返して欲しい。儚げな容姿にソフトな声であの時は、大丈夫? なんて言ったくせに本性こちらかと残念な気分になる。

 すると少女の隣にいた黒いロングコートの青年が勢いよく彼女の頭をひっぱたいた。

 

 スッパァン

 

「ったぁ!」

「お前は! またそういう言い方をする!」

「キリトに言われたくないわよ。」

 少女は頭を押さえ、青年を睨み付けるが青年はそれを華麗にスルーすると俺たちに向き直り、お詫びを述べた。

「すいません。コイツ、噂話にいい印象がないみたいで。」

「アンタ私のお母さんじゃないでしょ!」

 二人のやり取りに俺を含め呆気に取られるが、なんだか少女が外見通りの幼い反応をするのに次第に笑いが込み上げてきた。

「俺はヒロキ。よろしく。」

 そして笑いをこらえながら俺が手を差し出すと、少女はおずおずと手を握ってくれた。

「…セツナです。」

 窺うように上目遣いで。アバターだとわかっていても犯罪的に可愛い。

 そう思ったのはどうやら俺だけではないようで、常日頃から、女かどうか怪しいもんだ、アレはアバターだと言っている連中たちも次々に彼女に握手を求めた。彼女の隣ではやれやれと、青年が肩を落としたところだった。

 

 

 (くだん)のクエストは洞穴の内部だった。

 細かい小型の蜘蛛型モンスターたちを倒していくと巨大な女王蜘蛛が現れる。それが守っている秘宝を手にいれるのが目的のクエストだ。

 小型蜘蛛…と言っても30cm程はあるので正直気持ち悪い。リアルサイズだと攻撃は当たらないが世界最大の蜘蛛もビックリの大きさだ。

 

「せいっっっ!!」

 

 そんな奴らに向かって景気よく攻撃を振り下ろす。細く長い柄に、長くはない刃。それは俺の武器である片手剣とは大きく形状が異なっていた。長いその武器を勢いよく振り回し、敵を薙ぎ払っていく。そこに違和感を覚えたのは俺だけではないはずだ。

 …スキルモーションを起こすと武器は光る。武器によって少しずつ色は異なっているがそれ自体は共通だ。しかし彼女の武器は光ることなく敵を屠って行く。あまりの勢いとその事実に自分の武器を動かすことを忘れてしまうぐらいには。

 その彼女と背中合わせに、気にすることなく同じように動き回るのはやはりキリトと呼ばれた青年だった。黒いコートをなびかせ、確実に敵を倒していく。

「セツナ今何体?」

「8、9…10!!」

「ちっ…まだまだぁ!!」

 競争でもしているのだろうか。随分と余裕な様子だ。

 時折、固まったモンスターを倒し終わると次のターゲットに突撃系スキルを繰り出すものの、やはり彼女の武器からは独特の光はあまり見られなかった。勿論、通常攻撃でもダメージを与えられないことはないが威力は段違いだ。そして普通なら攻撃速度も。まるで、ソードスキルを常に繰り出しているかの様なスピードで動く彼女から目離せない。…鬼のように強いとはこう言うことを言うのだとまざまざと見せ付けられた。それは勿論黒コートの彼も。

 結局、規定値の半分以上を二人で倒してしまった形だ。どういうやりこみ型をすればそうなるのか聞きたい。それと、勿論その攻撃の秘密にも。

「セツナさん、聞いてもいいかな?」

 クエストの帰り道、俺が声をかけると彼女は直ぐに振り向いたものの、少しの間を置いてから口を開いた。

「…ものによるけど。」

 噂話をされることはよくありながら、こうして直球で質問を投げ掛けられるのはあまり無いのかもしれない。感情表現が少し大袈裟に出るらしいこの世界で目尻の辺りが朱に染まっている。

「さっきの戦闘の時、ソードスキルは使っていなかった?」

「…まぁ大体ね。」

「それであんなに動けるものなのか?」

「慣れの問題じゃない? ソードスキルを使う時もただシステムに引っ張られるだけじゃなくてきちんと自分の体も動かすの。そうしていくうちに段々身に付いてくるわ。それに、ソードスキルには技後硬直(ポストモーション)と言う最大の弱点があるでしょ。だからソロ戦闘では大切な技術ね。」

 彼女の隣では意外そうな表情(かお)をしながらもキリトが2回頷く。当然だ。彼も同じ技術を使っていたのだから。しかし俺たち4人はただ驚くしかなかった。そんなこと、考えたこともなかったからだ。

「…勿論、システムアシストがないから攻撃力は落ちるけどね。」

 彼女はそう加えたが、そうとは思えない勢いで敵は倒されていた。華奢な体に似つかわしくないSTR値なのかもしれない。それは聞かないでおこう。お礼を言うと、彼女は耳まで赤くして、別に…と小さく呟いた。

 

 

 

 

 それから暫くした頃、LA狙いの盾無し片手剣士(ソードマン)白髪(はくはつ)槍使い(ランサー)の噂を聞いた。1度しか戦うことのできないフロアボスやフィールドボス。強さは勿論通常の敵の比ではないがアイテムも最後の一撃(ラストアタック)を与えたものに強力なものがドロップするという。

 俺はと言うとまだフィールドボスの討伐にも参加できずにいた。彼と彼女の立ち回りを見てはとてもじゃないがボスに立ち向かうことなど出来ないと。…明確な募集制限などがあるわけではない。それは俺の気持ちの問題だった。参加するなら不様に散るのはゴメンだ。どうせなら二人のように揶揄されるぐらいが丁度良い。それは勲章のようなものだ。

 二人がそう呼ばれるのは、勿論狙ってのこともあるかもしれないが、結局は抜きん出て強いのだ。それは一緒に行動したことのある者なら誰しもが感じただろう。ただ、素直にそれを認めたくはない。ゲーマーとはそう言うものだと理解するぐらいには他者と交流をし、自分もそう染まっていた。

 

ーもっと強く。より速く。

 

 ただ、自分があんな風には戦えないことも理解はし始めていた。それはスタイルの問題で、あの二人が極端に言えば防御は度外視で攻撃に特化しているならば、自分はバランス型だ。回避、もしくは弾く(パリィ)の上に攻撃が成り立つ。盾を持たない、武器も大きくない。だからこそあの速度と敏捷性が実現する。

 自分は盾持ちのオーソドックス型ならば完全な手本にしてはならない。取り入れられることは取り入れながらも、自分なりのスタイルを確立させねばならなかった。

 それが出来たのはテストがスタートして、1ヶ月半。テスト終了まで残り2週間程になった頃だった。

 

 

 

 

 第6層フロアボス攻略戦。

 

 それが俺の初めて参加したボス戦だった。

 

 当然に二人の姿はあった。ボスは《マンドラゴラ》。伝承によく聞く植物の名前。根に人形の球根を宿すとされる有名な植物であるが、この世界では花の雌しべ部分が人形だった。緑色の透き通るようなその本体は女神のような形をしている。花びらがそれを被い、容易には攻撃できず、取り巻きのモブはいないものの、無数の蔦がソードスキルを繰り出してくる難敵だった。

 …そして勿論、つんざくような悲鳴。伝承ではマンドラゴラは引き抜く時に悲鳴をあげ、それを聞いたものは死ぬ、とされているが、さすがにそこまでのとんでも仕様ではなく、一時行動停止(スタン)効果が付与される具合だった。

 

「ギィャァァァァァ!!!」

 

 女神のような美しい姿からは考えられない悲鳴の破壊力は抜群。3度程の叫び声を経ても慣れることはなく、皆の行動が止まる。ただ、そこでもやはり彼女はいち早く見切っていた。

 叫び声を上げる瞬間は花が開き、本体が無防備になる。叫び声を攻略することがこのボスを倒すことに等しかった。花弁に被われている状態で攻撃を加えてもダメージは殆ど与えられない。おまけに周囲の蔦は刈っても刈っても、後から生えてくる。

 

「うるっさいわねっ!!!」

 

 身を反転させ繰り出したのは、片手直剣の基本技《スラント》のような初動から始まった。薙ぎ払ったと思えばそのまま突き刺し、上部に切り上げた。そして、切り上げた際には蹴りのおまけ付き。後から聞いたら《ネビュラス・ソーサー》と言う三連撃(四連撃?)のスキルらしい。

 どこからそんな声が、と思うほど大きい声で文句を吐き出し、敵にクリティカルヒットを与える。一気にHPゲージが揺れた。

 直ぐに技後動作(ポストモーション)で固まる彼女を蔦のスキルが襲い掛かるが、それは真っ青な剣閃が弾き飛ばした。実に鮮やかなそれは、お手本のようだった。

 

「サンキュー、キリト!」

「セツナ次っ!」

 

 その様子を見て、他のメンバーも段々に悲鳴の防ぎ方を覚え、段々と攻撃の加えられる速度は上がっていった。ただ、それでも俺は攻撃に加わることが出来なかった。

 ただただ周囲の動きに圧倒され、その様子を眺めるばかりだった。二人と初めてクエストに参加したときの衝撃を再び受けていた。それは勿論二人に対してもだが、周りのプレイヤーたちにもだ。ボスを倒すと言う強い意思に、あわよくばLAの淡い欲望。目まぐるしく移り変わる戦況についていけない自分とは大違い。これが、トッププレイヤー達か。

 過ごしてきた期間は同じはずなのにここまでの差がつくなんて認めたくはなかった。

 気が付けば目の前には青いポリゴンの欠片たちがキラキラと散らばり、ボスのHPが0になったことを示していた。初めて見た白抜きのcongratulationの文字には何が目出度いのかと悪態をつきたい気分だった。その中心で光の粒を浴びるのが誰かなんて見なくても分かる。

 

 

 初めてのボス戦は苦い敗北の記憶。

 この世界を知ってから、今までの自分とのギャップに襲われっぱなしだ。出来ないんじゃなくてやらないだけ。出来ないことなど無いと言う自分の価値観は崩壊させられた。いつだってヒーローになれたのに、ここではヒーローどころかモブの自分がいた。

 ただ、元来負けず嫌いの性格だったらしい。このままじゃ終われない。テスト期間が終わっても、俺はここに戻ってくることを渇望した。勿論、ヒーローになるために。

 

 

 

 正式サービス開始の日、ベータテストのデータは引き継がないことは決めていた。新たな自分は、もうあんな惨めな思いなんてしない。強くなる。周りに妬まれるぐらいに。

 ベータの頃はMMOに慣れない自分は本名で登録をしたが生まれ変わるためには新しい名前がいる。自分じゃなく強い誰かになるための。

 

ディアベル(悪魔)でいいか。」

 

 悪魔と呼ばれるぐらいに強くなろう。その決意を名前に託し、キーワードを口にした。まさか、現実に帰ることが出来なくなるとは思わずに。

 

 

 




世間は夏休みですか?

うちのディアベルさんはどうしてこうもウェットなのか…
そしてなんだか思ったよりがっつりセツナさんと関わってくれました。
キリトのコートはコートオブミッドナイトだと思って書いてました。

もう一本ぐらい番外編書きたいです。

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