白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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セツナギルド加入前、心の温度の後ぐらいのお話。


50層*混ぜるな危険

 

 

 

 

 

 50層《アルゲード》。キリトはその日、いつもとは違い小走りでその街を歩いていた。エギルに呼び出しを食らったためだ。ついでにディアベルからも同時に。よっぽど焦っていたのか誤字のオンパレードで。

 

「なんか…嫌な予感しかしないな。」

 

 キリトは大きなため息をつくと、指定された50層のエギルの店まで急いだ。半分迷路のような雑多な街ではあるが、勝手知ったるものでその足取りに迷いはなかった。

 

 カランカランとカウベルが鳴る。少しレトロな雰囲気を醸し出すそれは、いかにもゲームの道具屋と言う感じがする。そしてギィ…と木の軋む音がドアと床から響いた。このまま中に入れば浅黒い肌色の巨漢が迎えてくれる筈だ。…いつもなら。

 

「邪魔するぞー……うぉっ!!」

 

 俯きながら中に入ったのが間違いだった。キリトが扉を開けると共に何者かにタックルを食らった。その衝撃で折角中に入ったはずなのに外に吹き飛ばされる。ドシンという衝撃と共に強烈に尻餅をついた。…おかしい。ここは圏内じゃ無かったのか。痛覚は遮断されている筈なのに痛い。衝撃から痛みを誤認しているようだ。

 

「なっなんだよ……ってセツナぁ!?」

 

 起き上がろうと飛び付いてきた主を確認するとそこには見知った顔があった。天然の白髪に赤い瞳。アインクラッド屈指の美少女であり最強の一角を担うプレイヤー、セツナだった。

 

「ふふっ…キリトだぁ……。」

 

 しかし様子が大分おかしい…。普段ならこんなことをするキャラではない…。どちらかと言えばドライなキャラクターの筈だ。それなのに…何故か満面の笑みでゴロゴロと猫のようにじゃれてきている。プレイヤーホームを隣にもつ相棒で、心を寄せている相手だ。嬉しくないと言えば嘘になるが、しかしこの状況は…。

 キリトが視線を上にあげると、エギルの店の扉から男二人がこちらの様子をうかがっていた。…取り敢えず扉の隙間から男二人揃ってひょっこり顔を出すのは止めろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだよこれは!!!」

 

 のし掛かってきたセツナをどうにかひっぺがし、半ば引き摺りながらエギルの店に入るや否やキリトは叫んだ。二人は示し合わせたように、ハハハハと乾いた笑いを浮かべている。嫌な予感が当たってもちっとも嬉しくない。キリトは苛立ちを隠すことはしなかった。状況はよく分からないが尻拭いをさせようとしていることは確かだ。

 

「まぁまぁキリトさん落ち着いて。」

 

 青い髪のイケメンがいつも通りの胡散臭い笑顔で宥めすかしてくる。

 

「これが落ち着いていられるのか? あんたなら。」

 

 そんなものはキリトの苛立ちに油を注ぐだけだった。圏内ではあるが今にも《エリュシデータ》を抜きそうな剣幕にディアベルは少しおののく。

 

「落ち着いたらぁー?」

 

 追い討ちかけるように問題の少女自身もキリトの肩をポンポンと叩く。舌っ足らずな話し方が可愛い…じゃなくて腹が立つ。一瞬弛みかける表情をキリトは引き締める。

 

「おいおい役得だなぁ。」

 

 巨体の男もニヤニヤと視線を送ってくるが、キリトはそれも睨み返す。

 

「あんたがこんなことするとは思ってなかったぜ、エギル。今度からレアアイテムドロップしても他に持っていくからな。」

 

 エギルのアキレス腱なら知っている。そして自分がいかにお得意様なのかも。攻略組の中でも一、二を争うレベルで迷宮区のマッピングにもかなりの貢献をしている。そんなキリトの持ち込みアイテムは当然に量も多ければレア度も高く、そして新しい。エギルは目に見えて焦りだした。

 

「おっおいおい! そいつはねぇよ。」

「だったら話すんだな。何がどうなってこんなことになっているのか。」

 

 そんな間にも今度は背中にへばりついている彼女から意識を逸らすのは至難の業だった。威圧感のある声を出そうがどうにも締まらない。

 エギルは降参と両手を挙げ、ディアベルの方を見ると、ディアベルも首を縦に振った。

 

「いや、悪い。本当に困ってたんだ。」

「セツナのホームを知ってるのはキリトさんだけだしね。」

 

 さぁ連れて帰ってくれ。そう言わんばかりの二人。キリトが聞きたいのはそんなことではない。大体、最近行動を共にしているのは自分ではなくディアベルの方なのだ。納得がいくわけがない。

 

「…そんなことより状況を説明してくれ。普通じゃないだろ。」

「ふつーじゃないだろー!」

 

 キリトの言うことを面白そうに復唱するセツナ。どんな罰ゲームだ。あまりのギャップに気を抜けばずっこけそうだ。

 二人の男は顔を見合わせるとしどろもどろに話を始めた。

 

「いや、それはだなぁ…。」

「大人の楽しみってやつかなぁ…。」

 

 話が全く見えない。そもそもこの二人は結託して何かをするような関係だったかと疑問もわく。

 

「大人の楽しみ?」

 

 キリトが怪訝に眉をひそめると隣ではセツナがケタケタと笑った。

 

「ふふふっ楽しみぃ!!」

 

 勘弁してくれ。こんな姿見たかったような見たくなかったような。キリトは複雑な気分だった。

 

「いや、セツナがこんな風になるなんて思わなかったんだよ。」

「俺らは何ともなかったわけだし。」

()()()?」

 

 勿体つけないで話せと促すも、イチイチ横槍が入る。

 

「わたしらってらんともらいんらからー!」

 

 キリトの背中におぶさり、右手の拳を勢いよく突き上げる彼女。…ここなら鍛え抜かれたパラメータでなんともないが、現実でやられたら諸とも後ろに倒れそうだ。─じゃなくて、完全にこれはアレだ。未成年が口にしてはいけないアレを過剰摂取したときに起こるアレ。しかしそれはおかしい。

 キリトは頭を抱えた。

 

「…確認して良いか?」

 

 キリトは二人が頷くのを待ってからゆっくりと話始める。背中ではヤツがモゾモゾとさらに上に登ろうとしている。

 

「アインクラッドの酒はレーティングを考慮してアルコールの特性は無い筈…だ。そうだな? それとも新しく発見されたのか?」

 

 キリトも何度も口にしている。アインクラッドでの酒と呼ばれる種類の飲み物は味は再現されているらしいが、──現実世界で飲んだことがないため真偽のほどはわからない──アルコールがもたらす人体への影響の方は無くなっている。キリトがそう言えば大の男二人はだらだらと汗を流し始めた。

 

「そう。ないんだよ。」

 

 ディアベルが真顔で答えた。無いなら何故こんなことになっている。発見されたという線でも無さそうだ。キリトの背中を登っていたモノはそれは飽きたようで今度は人の足元で丸くなっていた。…猫か。

 

「で?」

「ちょっとした出来心だったんだよ。いや、うちは幸いにも故買屋だったしなぁ…。」

 

 ポリポリと頭をかきながら答えるエギル。困っている、と言っておきながらこいつら全くもって反省の色はない。

 

「だからなんだよ。」

「アイテムをちょっと…な。」

 エギルは親指と人差し指で1㎝程の幅を作ると片目を瞑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発端はディアベルの一言。

 

「いくら品揃えがいいここでも、酒は置いてないよな。」

「あぁ? 酒ならNPCショップで買えるだろうが。」

 

 カウンターに頬杖をつき残念そうにいうディアベルにエギルは怪訝な声を出した。何を言っているんだ、と。

 

「いや、そうじゃないんだ。あれは似て非なるモノだろ? そうじゃなくてさ。」

 

 ディアベルが言うことにエギルは直ぐに理解を示した。

 

「あぁ、成る程な。まぁ分かるさ。ノンアルコールドリンク飲んでるようで…なんつーか物足りないんだよな。」

「そうなんだ! かれこれ1年以上禁酒してるみたいなもんだろ? だからどっかに無いかな、と。」

「確かになぁ…。」

 

 SAOの世界に囚われ1年以上が経った頃。良くも悪くもこの世界での生活に慣れた。…だからこそ出てきた発想だった。

 

「アスナくんが食べ物の再現はしているみたいなんだけど…俺はご相伴に与ったことは無いけどね。」

 

 ディアベルがそう言えばエギルは悪い顔で笑った。元々強面の気があるからより怖い。

 

「無いなら作れば良い……か。」

「エギルさん…まさか………!」

「おう! そのまさかよ!」

 

 こうして攻略時以外あまり接点を持たない男二人は結託した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その話を聞いてキリトは溜め息をついた。SAOにダイブした時には14歳だった自分にはわかり得ないことだった。それと同時に下らないと。しかし……

 

「それでなんでセツナが巻き込まれてるんだ?」

 

 当のセツナは今度は人の背中の剣をカチャカチャ弄っているがもう気にしたら負けだ。《エリュシデータ》はかなり重い筈なのに軽々と触っているから、華奢な見た目でありながら、かなりのSTR値らしい。

 おっさん二人はどうも言いづらそうにお互いに擦り付けようとしていた。

 

「完成品が出来たんだけどさ……。」

「俺たちじゃどうもよくわかんなくてな。」

「何が?」

「いや、確かに既製品より良いテイストになったんだ。だけどなんかこう……。」

 

 どんな研究をしたのかその下らない試みは成功したようだ。セツナを見れば一目瞭然なのだが。

 

「なんだよ。」

 

 煮え切らない男どもにキリトは半ば諦めの境地で続きを促した。

 

「俺らじゃ効果を実感出来なかったと言うか…。」

「酒と言う名のジュースみたいな…な。」

「おいしかったー!!」

 

 無邪気に言うセツナは置いといて、曰く、ほろ◯い的な何かで物足りないと言うことだ。全くもってキリトには理解できないが。それで未成年で試したのか。

 

「だからってセツナじゃなくても良いだろ。」

「いや、俺らも別にセツナで試すつもりは無かったんだよ。」

 

 ディアベルがそう言うのなら本当だろう。この男、胡散臭いところはあるがセツナを大切に思っていることに偽りはない。態々実験台にしてこんな醜態を晒させようとは思わないだろう。

 

「だったらなんで……。」

「キリトぉ……。」

 

 キリトが企ての一部始終を聞き出すのもそろそろ限界のようだ。

 

「セツナ?」

「キリトも飲むー? おいしかったよー。」

 

 セツナはどこから持ってきたのかその実験の産物を手にしている。気が付けば後ろから羽交い締めにされ、動けなかった。ギリギリギリと音でもしそうな程強く。

 

「お…俺は良いよ。」

 

 なんとか外そうと試みるもキリトの力をもってして敵わない。するとディアベルとエギルが慌ててセツナの手をとった。

 

「始まったよ…。」

「セツナ、良いから離そうなー。」

 

 バランス型と壁戦士(タンク)二人の力にはさすがのセツナも敵わず、キリトは解放される。どこにそんな力が…恐ろしい。しかし無理に引き離されたセツナは床に座ってぷぅっと頬を膨らませた。

 

「やぁだぁ飲むのー!!」

「セツナ、良い子だから。」

「やっ! キリト!!」

 

 まるで駄々っ子のセツナをディアベルが宥めようとするも今度はプイッとそっぽを向いてしまう。

 そんな状態を見てキリトは呆気に取られた。ゆっくりと視線をエギルに移せば苦笑いするしかないと言った様子だった。

 

「おまいさん以外にはどうしようもないみたいだ。」

 

 キリトはセツナの正面にしゃがみこむとそっと頭を撫でた。諸々の事情はもう後回しだ。

 

「セツナ、取り敢えずホームに帰ろうぜ?」

 

 優しく語りかけるとセツナは上目遣いにニッコリ笑った。

 

「帰るのー?」

「そうだよ。」

 

 向き合って頷くと今度はふにゃりと頬が落ちた。セツナは甘えるように両手を前に出す。

 

「キリト抱っこ。」

 

 そして飛び出てきた言葉には耳を疑った。

 

「は?」

「抱っこ!」

 

 どうやら聞き間違いではないようだった。両手両足を投げ出して抱き起こされるのを待っている。キリトの後ろでは二人が噴き出すのを我慢しているのが聞こえる。諸悪の根元が勘弁して欲しい。

 

「抱っこは流石に…。」

「えー?」

 

 不満げな声を上げるとセツナを面倒だとキリトは担ぎ上げた。いい加減、埒があかない。するとセツナは両手足をバタバタと動かし始めた。ヤダーと叫んでいるが構っていられない。

 

「取り敢えずこいつは回収していくよ。今度覚えてろよ。」

「ははは…。」

「悪いな。」

 

 セツナが暴れ始めたのでキリトは一刻も早くホームに届けようと店を出た。結局なにがなんだかよく分からなかった。

 

「キリトーおーろーしーてー!!」

 

 抱っこの次は下ろしてと来た。キリトは今日何度目かの溜め息をついた。

 

「歩けるのか?」

「あるくのー。」

 

 言質をとってから…今はあんまり関係無さそうだが、キリトはセツナを下ろした。満足げににへっと笑うと逃げ出しそうだったのでキリトは直ぐに手を繋いだ。

 

「はぁ……。」

「ため息よくないよー?」

「誰のせいだ誰の…。」

「ふふふふふっ。」

 

 同じ層にあるホームまでゆっくりと道を辿る。セツナがこんな状態じゃなかったら少しデート気分でも味わえたのかと思う。手を繋いでいるせいかセツナは大人しく後をついてくる。

 

「全く…。なんでこんなことに…。」

「嫌いになるー?」

「ならないよ。」

「良かったー。」

 

 謎の飲料を飲まされたからか、普段とは言動が大きく違う。

 

「アスナとどっちが好きー?」

「は?」

 

 絶対に普段ならそんなことは聞いてこない筈だ。

 

「アスナがね、特別でね、遠慮しないけどね、一緒にいた方が良いって言うの。」

 

 言っていることが分かるようでよく分からなかった。良いように勘違いしてしまいたくなる。

 

「はいはい。セツナの方が好きだよ。」

 

 この調子じゃどうせ忘れるんだろうな、とキリトは普段は言えないことを言った。するとセツナもふにゃりと破顔し満足げに笑った。

 

「リズといるのとどっちがいーい?」

「はいはい。セツナだよ。」

 

 分かって聞いてんのかどうなのか。キリトはあまり期待はせずにただ適当な相槌を打った。

 

「私もね、キリトといるのが一番好きだよ。」

 

 この頃のセツナはディアベルとよく出掛けていた。本当かどうか分からないがその言葉が聞けただけでここ暫くの別行動は帳消しだなと思った。

 

「普通の時にそう言ってくれたらどれだけいいか。」

「ふふふふー。」

 

 手を繋いだままセツナはしなだれかかってくる。歩きにくくなるが悪くない。いつか素面の時にそうしてくれることをキリトは切に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、残された男二人は…

 

「はぁ、嵐が去ったな。」

「お前さんにとっては苦い経験だな。」

 

 脱力するディアベルの肩をエギルは叩く。それは混乱自体の話ではない。

 

「セツナが酔っ払って呼ぶのがひたすらキリトさんだったって? そんなのはとっくに分かりきっていることだよ。」

 

 そう、ひょんなことからそれを口にして酔っ払い状態になったセツナだったが、それからはひらすらにキリトを探し始めたのだ。最近行動を共にしているのはディアベルだと言うのにたまったもんじゃない。

 

「そうか。苦労してんだな。」

「それより残りはどうする?」

「どうするもこうするも…被害を広げちゃぁなぁ。俺らで飲むか捨てるしか無いだろうな。」

 

 作り出してしまった謎の飲料を寂しく処分していた。

 

 おまけに後日、こってりキリトに絞られた二人。それ以来、アインクラッドに既製品以外の酒が出回ることは無かった。

 

 

 

 

 




お酒、という話を頂いたので法に触れない感じで 笑
しかし時期を誤ったかなぁ…消化不良…。
結婚後とかにしといた方が良かったかもしれない。
気が向いたら改稿します。

この後どうなったんだろう。
私も酒の武勇伝は多々ありますが全部覚えてます。恥
おっさんはビールとハイボールしか飲みません。
かれこれ1年以上飲んでないからこんな暑い日にはエクストラコールドのアサヒスーパードライを飲みたいです。

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