ーー不思議な人だったなぁ…。
桐ヶ谷直葉は自室でアミュスフィアを外し、そのまま天井を見つめた。そこにはあの世界のポスターが貼られている。自由に飛び回ることの出来る、仮想世界。
直葉は目を閉じて彼女との出会いを思い返した。
真っ白な髪に瞳は赤。空色の服に薄く銀色に光る翅。突然飛び出してきて、明らかに初期装備なのにも関わらず、一瞬で
「ところで、なんで
地に足を下ろし、リーファは一番の疑問をセツナにぶつけた。戦闘していたのは中央から南西に位置する
ALOでは種族間のPKが推奨されている。そのため、シルフは東隣の領地のサラマンダーとは仲が悪く、領地境の古森では先程のようなことは珍しくはなかった。
しかしプーカの領は現在地から北北西。シルフの北隣の領地のケットシー領の更に北に位置していた。
だから本来ならこんなところいるはずはない。それがリーファの疑問であったのだが、セツナは少し考えると首をかしげ、疑問に疑問で答えた。
「んーと…ぷーかって…?」
装備品は確かに見るからに初期装備。まさかとは思うが…。
「あなた…本当に
「えっと…。」
「し、知り合いに頼まれて、テスターやってたんだけど、正式サービスはやってなくて…おかしいな…いつも違うVRMMOやってたんだけど誰かソフト入れ換えたのかな…。」
あはは…と苦し紛れに言うセツナだったが、VRMMOゲームはALOが初めてだったリーファを納得させるには十分だった。貧弱な装備のわりには慣れた様子で体を動かした彼女。シルフの中で5本の指に入ると言われる剣の腕前とスピードをもつ自分を明らかに圧倒する戦闘力。…しかも本来プーカは近接戦闘タイプじゃなくて魔法タイプのはずだ。他のVRMMOでダイブ環境に慣れていると言うならば少しは納得できることもあった。
「そっか。それで変なとこに出ちゃったんだ? 良かったら少しこの世界のこと案内しようか? 私コレでも結構古参なんだ。」
そう申し出ると、セツナは仮想世界とは思えないほど自然な笑顔を作った。戦闘時の猛々しさや人を食ったような態度とは違い、花が綻ぶような可憐な表情だった。
「それはすっごく助かるな。」
現実の容姿と違わず、シルフにしてはやや骨太な容姿をしている自分とは大違いだ。眉はしっかりと濃く描かれ、全てのパーツがしっかりと存在を主張している。ALOでは容姿はランダムだ。お金を払えば好きにカスタマイズ出来るようだが、今の容姿もそう嫌いではなかったためさほど気にしていなかった。それでも自分の理想のような容姿を持った者を前にすれば、少しの嫉妬心と後悔も生まれる。彼女の姿がランダムなのかお金にモノを言わせたものなのかはリーファには分からなかったが、自分もこんな風だったら良かったのに…と言う気持ちは少しながら浮かんでくる。
「どうかした?」
黙り込んだ自分を下から覗き上げてくるその表情に、男だったらやられるなと、苦笑いを浮かべざるを得ない。女の自分でもドキッとする儚い容姿。それでいて、言葉尻や仕草からはイタズラっぽさや少年のような雰囲気を漂わせるギャップがなんともアンバランスで危うい。もたげてくる妙な気持ちを首を振ることで抑え、リーファはセツナの手を引いて空へ舞い上がった。
「ううん。なんでもない。折角だから一杯奢らせて。こんなところで話してるのは危ないし。」
「ホントに! じゃぁお言葉に甘えて。」
それに引き上げられるようにセツナも翅を開いた。
随意飛行は慣れたプレイヤーでも出来ない者もいる。それなのにこの世界について何も知らない彼女は飛ぶことはおろか、
「…それ、誰かに教わったの?」
「え? ううん、さっきログインしたばかりで人に会ったのはリーファさんたちが初めてだよ。」
「…リーファで良いわよ。私もセツナって呼ぶし。」
自分と知り会う前に誰かに…とも思ったがそれはあっさりと打ち砕かれた。それはそうだろう。そうならば種族の話ぐらいは知っているだろう。親しい仲でも現実のことを聞くのは
「ねぇ、リーファ。どこに向かってるの?」
つい考え事をしていると、後ろをついてくるセツナから声をかけられハッとする。
「そうだなぁ…一番近いのはシルフ領のスイルベーンだけど…ちょっと北の方に中立の村があるからそっちまで飛ぼう。」
「…シルフ領だとなんか都合悪いの?」
「…私は良いけど町の中でもセツナはアンチクリミナルコードが有効じゃないのよ。」
「ふーん? リーファが一緒なら平気な気もするけどね。」
「命の保証をしなくて良いならスイルベーンに飛ぶけど?」
笑みを浮かべて小首を傾げるのが小癪だ。リーファは片方の口許だけを引き上げ、方向を変えた。
スイルベーンは美しい町だ。本人が良いと言うならば、一度は見て欲しい。特に夜は全体が緑色に光を放ち幻想的な雰囲気を醸し出す。別名、《翡翠の都》と呼ばれるのは伊達ではない。
サラマンダーから逃げていたこともあり、スイルベーンはすぐに視界に姿を現した。遠くでは日が落ち始め、茜色に染まっている。夕闇に溶け出す街は少しずつ
やや後ろで小さく歓声があがったのが聞こえた。
「あれが…シルフの…?」
「そっ。きれいでしょ。」
速度を減速し、ふわりと街の中に降り立つ。
プレイヤーが増えてくる時間帯に入り、街は賑やかだった。とりあえずどこかに腰を下ろそうと、目ぼしい酒場を思い浮かべていると後ろから声をかけられた。
「リーファ。」
振り返るとそこには3人の男がいた。
「…シグルド…。こんばんわ。」
それはリーファが最近パーティを組んでいるメンバーたちだった。古参でリーファよりも明らかにやり込んでいる彼は、パーティメンバーとしては非常に頼りになるが、高圧的で束縛するような言動があることからいつもリーファを辟易させていた。
シグルドはセツナを一瞥すると薄く笑みを浮かべ、軽薄な表情でリーファを見据えた。
「なんでプーカと一緒にいるんだ?」
「…別に関係ないでしょ。」
「関係なくはない。パーティメンバーだろ? 俺たちがいるのに何も
大仰に肩を竦める彼にリーファは眉を引き吊らせた。こういう態度が癇に障る。スカウトと称して勧誘されたから条件付きで加入したものの、そろそろ潮時かもしれない。
「今日は特にクエストの約束してないし、良いじゃない。また今度ね。」
ただ一応はパーティメンバーだ。波風たてないように苦笑いを浮かべ、足早にその場を去ろうとした。シグルドは今度はなめ回すようにセツナを上から下まで見ると、更に話を続ける。
「…良い女だな。お前、名前は?」
対象を自分に移され、セツナは冷たい視線を送った。この一瞬でもこのプレイヤーは好かないと判断した。リーファの知り合いでなければ切り払ってしまいたいぐらいには。嫌悪感を隠すことなくすぐに視線を反らし、短く言った。
「…あなたに名乗る名前はない。」
するとシグルドは実に面白そうに笑った。それは何かを思い出したような光を含んでいた。
「…その気の強さ。…まさかな。あんたならプーカでもパーティ組んでも良いな。」
「こっちから願い下げよ。間に合ってるわ。」
そのまま踵を返し、セツナはスタスタと歩き始めた。そんな彼女に慌てて、リーファは短く彼らに挨拶をするとその背中をすぐに追いかけた。
彼らの姿が小さくなったところでセツナは足を止め、勢いよく振り返った。
「ゴメン! 嫌な態度とった。」
そんな彼女に虚を突かれたが、そうしてきちんと謝る彼女にリーファはにっこり笑った。
「いいよ。なんかむしろゴメンね。アイツらもヤな感じで。」
リーファがそう言うとセツナは見るからに安心した表情を浮かべた。リーファが知る限り、仮想現実の表情なんて大雑把で適当なもんだ。それが出会った時からコレだ。セツナは本当に自然な表情を作ってみせる。どれだけこの世界に慣れていると言うのか。
「ね、丁度そこにケーキの美味しいカフェがあるんだ! そこでゆっくり話そうよ。」
これ以上街中にいるとまた知り合いに声をかけられそうだったので、リーファはさっさと店に入ることを決め込んだ。誰もすぐには襲わないが、種族の違うセツナがあまり人目に触れるのもよくはない。
店内に入ると時間帯故かNPC以外の客は見当たらず、落ち着いて話ができそうだった。リーファは手早くオススメを注文すると窓際の席に腰を下ろした。
「改めて助けてくれてありがとう。」
目の前の少女にそう告げると。セツナは肩を竦め、イタズラっぽく挑戦的な表情を作った。
「ううん。リーファならホントは助けなんて要らなかったんじゃない?」
構えを見ただけで強さを図ったと言うのか。出会ってからずっと彼女には驚かされてばっかりだ。
「まぁいいじゃない! セツナこそ、プーカなのにあの戦闘能力。凄いよ。」
「…で、そのプーカって?」
そう首をかしげられ、そう言えば
「あぁ、ゴメンゴメン。ここ
「リーファはシルフ…で、私はプーカって訳ね。プーカはどんな特徴があるの?」
「基本魔法攻撃が得意な種族だよ。一番幅広く使えるんじゃないかな。後は、音楽妖精の名前の通り全種族中唯一歌が使えるわ。」
「魔法に…歌!」
セツナのその復唱に驚愕が混じっていたことにはリーファは気付かなかった。歌はともかくALOでは魔法は当たり前の存在だ。
「HPが低めでマナが高めに設定されてるから大抵は魔法依存だよ。セツナみたいに戦うプーカは初めて見た。」
実際のところプーカどころかシルフでも、武器の扱いに長けるとされるサラマンダーでさえ、あんな戦闘は見たことがなかった。超高速でアクロバットな動き。初期装備で重装備の男たちを倒したのはこの世界での動き方を完全に心得ているからだろう。
リーファとて名の通る剣士だ。勝てないと思ったことに悔しく、それは口には出すことはできなかった。
セツナは近接戦闘向きでないと知り、やや嫌な顔をするもすぐに興味の対象を移していた。
「魔法ね…。それはどうやって…?」
「マニュアルに載ってるよ。呪文を唱えるの。」
リーファに言われるがままにセツナはマニュアルを開くも、さらにその顔を歪めた。
「げ…。」
「折角だからちょっとずつ覚えれば良いよ。いくらセツナが強くてもHPが低いから防御支援とか回復は必要でしょ。」
「そう…だね。」
頷いたものの、セツナはすぐに見なかったことにしようと言った様にマニュアルを閉じた。体を動かす方が得意なのかもしれない。
「と、ところで、このゲームはクリアとかあるの?」
「一応グランドクエストで世界樹を登るってのがあるよ。」
「世界樹…。」
「この世界の中心にあるね。プーカ領からだと南東に位置するかな。」
セツナはなるほどと頷き、その顔から表情を消した。
「ありがとう。お陰でこのゲーム、楽しめそうだわ。」
そしてそのまま席を立ち上がった。今までの多彩な表情はなんだったのか、急に機械のような表情になったセツナにリーファは戸惑いを隠せなかった。
「うん…。参考になって良かった…。」
出口に迷いなく足を進めていく彼女の背中にリーファは声をぶつけた。
「ね、ねぇ!」
くるりと振り向いたセツナからは色が消えたような印象を受けた。
「また、会えるよね?」
そのまま自分の希望をぶつけると、セツナはふわりと笑った。ただそれは何かを悟ったような悲しげな表情で先を約束するようなものではなかった。
「ありがとう…また、ね?」
そのまま店を出た彼女を見送り。リーファも今日はそこまで、とログアウトしたのだった。
兄が帰って来て1週間。
久し振りにログインしたら運悪くサラマンダーに追いかけられたものの、結果的には中々悪くないダイブだった。今はまだデスゲームから帰って来たばかりの兄にALOの話はとてもじゃないが出来ない。ただもう少ししたら、私もVRMMO始めたと、そこで面白い人に出会ったと和人に話したかった。
「セツナ…か。」
容姿から実年齢は図れないが、少女なのに少し少年っぽいやんちゃなところ。自分と同じぐらいの年なんじゃないかと感じた。それなのに憂いの表情は何かとんでもないことを経験してきたかのような大人びたものだった。
ーどちらが本当の彼女か。
目覚めたばかりの兄との失われた時間を埋めるのと、ALOでの新しい出会いに少し忙しくなりそうだ。
受験が推薦組で良かったと心底直葉は思った。
渡航前になんとか…!
予約投稿なんて余裕はない キリッ
ここまで原作展開とほぼ同じですが最後の直葉の通り、時系列が違います。
セツナが美少女設定なこと私が忘れそうなので今回描写盛り盛りです。
と言うわけでALO編完全スタートです。
あ…バティコンが…