白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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2話*妖精の世界

 

 

 どうやら夢ではなく自分は別のVRMMORPGの中にいるようだ。そして、そのソフトの名前はALO(アルブヘイム・オンライン)。それが1つ分かったことだった。

 

 セツナはリーファと別れて直ぐに()()でウィンドウを開いた。彼女といる時に抱いた違和感。それはウィンドウを開く際に彼女が()()を使用したことだった。そして彼女や他のプレイヤーは当然にログアウトができ、この世界で死んでもデスペナルティを受けるだけなのだろう。

 自分のウィンドウをよく眺めてみると所々以前と変化している。レベルの概念が無いことやマナと言う数値、そして魔法のマニュアルがあることは勿論だ。しかしながら肝心なものは備わっていなかった。

 

「logoutボタンはない…か。」

 

 それは即ちまだ自分はSAOに囚われたままだと言うことを示していた。解放される(すべ)はおそらく1つ。ゲームクリア。どのような経緯でこの世界に放り出されたかが分からなかったために迂闊にGMを頼る気にはなれなかった。

 

「取り敢えずは装備かな。」

 

 そして、未だに死んだら現実でも死ぬと言うことは有効なのだろうか。それすら分からないため、まずは心許ない初期装備は卒業しなくてはならない。

 一度失ったはずの命。それでも再び失えるかと言えばそうではない。最後の瞬間、自分にあんな欲があったことに驚いたぐらいだ。…ただし、それでも現実に戻るのは少し怖い。アンビバレントな感情を抱え、その答えを見つけるためにもゲームクリアを目指さなければならない。

 

 スイルベーンはシルフ領の首都だ。マップデータを呼び出すと実にショップは充実していた。当座をしのぐには問題ないだろう。SAOでも強力なアイテムはダンジョンで手に入れたりモンスタードロップに頼らなければならなかったが、ショップアイテムとて力にならない訳じゃない。

 

「…そう言えばお金。」

 

 たとえショップが充実していたとしても、お金がなければ始まらない。右手を振り、基本ステータス画面を見るとどこか見覚えのある数字が並んでいた。それは単位や端数こそ違えどその桁は間違いなく自分の所持金だった。

 

「…心配するようなことじゃなかった。」

 

 杞憂にセツナは一気に脱力した。ならばアイテムは、と見てみるも、アイテム欄は初めに見た通りほとんどが文字化けしており、以前の装備を身に付けることは叶わなそうだった。エラー検出プログラムに引っ掛かっても嫌なのでそれは一思いに削除してしまう。…2年間の奮闘がパーだ。

 何故、腰に佩かれていたのが剣だったのか。それは分からなかったがいつも通りまずは槍を調達することにした。先程はイメージだけで乗りきったが、実力の拮抗した者や高位のモンスターと戦うのは厳しいだろう。手に馴染むようなものがあればいいが…。

 

 

 

 

 

「だからさ、戦斧槍(ハルバード)でもなく突撃槍(ランス)でもなくて!!」

 

 案の定セツナが望むようなものはなかった。それは当然のことなのだがクレームをつけるセツナにNPCの武器屋も苦笑いする。長槍(スピア)は基本的にそういう武器ではない。店にあるものを全て手にしてはみたが軽すぎる。それでは期待した攻撃力も生まれなければ、取り回しのイメージに差異が出る。妥協するか、別の武器を手にするかやや苛立ちを隠せずにいると、そんな中、セツナは懐かしい雰囲気を持つ武器を目にした。

 

「これは…?」

『ツヴァイヘンダー、両手剣だよ。』

 

 NPCに渡されるがままにそれを手にするとしっくりと馴染む。長い刀身に長めの柄。両手剣の割に細身の刃。分類が両手剣のため重さは十分だ。

 …それはいつか彼と別れたときに出会った武器と似ていた。

 

「…リンキング・ガーディアン…。」

 

 分類は違えどそれ以上に良いと思える武器はなかった。先程の戦闘でこの世界ではソードスキルが発動しないことも確認済みだ。ならば自分がどう取り回すかだ。

 ずしりとした重みに納得し、セツナはそれを軽々と右手でバトンの様に回してみる。言うまでもなく、今までのどの槍よりもイメージに合っていた。そのままpurchaseのボタンを押すと、NPCも気のせいかやれやれと安心した表情を浮かべた。

 

『まいど。』

 

 NPCにすれば売れれば関係ない。対価を差し出すと笑顔で見送ってくれた。

 

「あとは…。」

 

 今度は防具を揃えるべくマップを見るも、1つ迷うことがあった。

 

「ケープ…要るかな?」

 

 SAOの頃はリアルなアバターだったため、目立つ髪色と性別を隠すために装備していたケープ。…勿論ハイド効果もあってのことだが。妖精のこの世界は実にカラフルだ。リーファの髪色は緑がかった金髪だし、シルフは緑と名の付く色の髪色をしている者が非常に多い。シグルドは深い黄緑色だった。リーファを追い掛けていたサラマンダーたちは燃えるような赤だったし、リーファは自分のことを見てプーカと言った。プーカにはこんな容姿のプレイヤーが多いのかもしれない。

 だとすればケープは命を取り合う戦闘ではただの障害物でしかない。それに、SAOと違ってここには誰もセツナのことを知っている人はいない。

 それならば敢えて被らなくても良いように思えた。お金は有り余るほどある。セツナは周りのプレイヤーに見られたら羨まれるような勢いで自分に馴染む強力な装備を見繕った。贅の限りを尽くし、スイルベーンで買える一番良いものを。

 防御補正の強く付いた紺の短いジャケットにショートパンツを合わせる。ロングブーツまで履き、いつもの配色に落ち着くとやっと一息ついた。

 

 問題はここからどう動くかだ。

 自分が本当にプーカならば一度その領地を目指して拠点にするのも悪くはない。しかし最終的に目指すは中央の世界樹。ならば直接行ってしまうのもまた一興。ただ自分には死亡が許されないとするならば選ぶべきは前者なのだろう。いかにコンバートのように自分が強くとも、この世界のことについては何も知らない。

 プレイヤーショップで相場も分からずにマップデータを手に入れるとそれにはきちんとどこがどの種族の領地なのかも載っていた。

 

「北…。」

 

 プーカの領地はシルフの領地よりも北だった。しかも途中には猫妖精族(ケットシー)の領地を挟む。リーファの話によると異種族間PK推奨で、異種族領地ではアンチクリミナルコードが無効。シルフのプレイヤーたちは今のところ、いきなり襲ってくる! なんてことはないがケットシーはどうなのだろう。…偏見にはなるがリーファと交戦していたこともあり、サラマンダーなら襲ってきかねない。

 ただ恐らくはプーカの領地にはプーカに必要な情報があるのではないだろうか。セツナは北を目指すことに決める。

 

「2年間戦ってきたんだもん…本来、後25層有ったわけだし、どうってことない。」

 

 言い聞かせるように一人ごちると意を決してその翅を開いた。

 ふわりとまだ慣れない感覚に身を預け、空中に体を運ぶ。買い物している間に日は沈みきり、空は夕闇に染まっていた。飛び上がり後ろを振り返ると到着したときよりもずっと幻想的な光を放つ街が広がっていた。他の領はどんな顔を見せてくれるのだろうか。ささやかな楽しみを胸に一気に翅を動かし飛翔する。

 放り込まれた世界。そこに楽しいと言う感情が湧くなんて…ゲームホリックにも程がある。月明かりが美しく世界を照らす。キラキラと自分の翅から鱗粉のようなものが舞い散る。

 SAOも十分にファンタジーの世界だった。中世ヨーロッパのような街並み、古代エジプトのような街並み。様々なものが入り乱れ、不思議な生物や植物は未知の世界へと(いざな)う。それでもALOはより異世界だと感じさせてくれる。それは翅の力が為せるものなのか。興奮状態からぐっと背中に力を入れ、ぐんぐんスピードをあげる。疾走スキルよりも疾く、軽業スキルより軽快に。《舞神》と呼ばれては来たが本当に舞うとはこう言うことだと体を旋回させる。

 北へ北へと向かって夢中で翅を動かしていたら、突然にそれは起きた。

 ヒュウウウと聞こえる風の音。この効果音は…

 

「ッキャァアアアアアア!!!」

 

 落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 ズザッザザザザザザザザッ ドスンッ

 

 葉が擦れる音が盛大に響き渡り、最後には地に衝突した音が添えられた。

 

「っ…たたた…。」

 

 調子にのって飛んでいたら急な落下。衝撃にセツナは目を回した。…一先ずあの高さから落ちて生きていたことに感謝する。気持ちよさや楽しさばかり前に出ていたがどうやら飛行は気を付けなければならないらしい。

 高所から落ちたため、当然にHPは半分ほどに減っていた。スイルベーンでアイテムも一通りは揃えた。ただ、これはある意味好機だ。

 

「えっと…。」

 

 セツナは右手を縦に振るとリーファと会っていた時には直ぐ様閉じたマニュアルを開いた。

 ALOでは魔法が使える。プレイヤーに襲われたときに、それを知らなくては不利になってしまうだろう。訳の分からない異国の言葉を覚えるようなそれには閉口する。それでも、必要ならば致し方ない。セツナにとって最優先は命の確保だった。他のプレイヤーとは自分は違う。その恐怖はここに迷い込んだ経緯を知るまではなくならないだろう。まずは手始めに回復魔法から試す。

 

「…Ek fylla heill austr(エック・フィッラ・ヘイル・アウストル)…。」

 

 瞳を閉じて、マニュアル通りに一音一音しっかりと呪文を唱える。すると自分の周りを文字が踊り、体は光に包まれた。自分のステータスバーを見てみると、少しマナが減り、HPはみるみるうちに回復していった。SAOで言うならば結晶アイテムを使ったときのように。

 

「これが、魔法…。」

 

 飛んだときと同じような衝撃が胸を走った。SAOには魔法はなかった。どんな他のハードでゲームをしていた時とも違う、自分自身から魔法を発動する感覚。コマンドを選んで決定ボタンではなく、呪文を唱えることで発動することが、初めてソードスキルを使った時の興奮にも似ていた。思ったよりも随分と簡単に魔法が使えることを知り安心もする。後はいかに外国語よろしく、魔法を覚えるか…といったいところだ。

 HPもきっちり回復し、取り敢えず問題はない。しかし、疑問は1つ残る。

 

「でも、なんで急に落ちたんだろ…。」

 

 首をかしげるセツナ。そんな彼女の姿を窺うものがいることにまだ彼女自身は気付いていなかった。

 

 

「なぁんか面白そうな子がいるナ。」

 

 

 そんな呟きはセツナの耳に入ることは無かった。

 

 

 




初心者セツナ。説明書とかを真面目に読むタイプではない。
今回登場人物が1人(…2人?)のせいか説明的ですね。
精進します。

あ 帰国したんで通常運転です。

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