それを見つけたのは偶然だった。
目が覚めた時、そこは病院だった。沢山の役人に詰め寄られたことも記憶に新しい。現実に帰ってきた。その事実に喜びながらも、ただ1つの事実だけは受け入れられずにいた。
ひたすらに手懸かりを探した。何でもいい。それを裏切るものさえあれば。
そして見つけたのは1つの噂話。それと、意外な人物からの連絡だった。
東京、御徒町。それは上野駅からアメ横を通り喧騒の中を歩くとあっという間に着く駅だ。下町の味な雰囲気の漂うその場所に指定された店はあった。
ちょっと飯でも食わないか…と連絡があったのは決して二人で会うような間柄の人物ではなかった。横浜で上野東京ラインに乗り換え、敢えて山手線ではなく上野から徒歩で向かった。それは気持ちの整理…と言うことも含めてだ。
答えを知りたいと言う気持ちと時間の自由さが彼をここに導いた。
"Dicey cafe"
路地を裏に入ると名前の通りサイコロがモチーフの看板が姿を現した。キィと音をたて、扉の奥へ進むと中は閑散としており客は1人も見当たらない。その変わりに浅黒い肌の巨漢がバーカウンターの奥で迎えてくれた。
「いらっしゃい」
その太く響くような声は聞き覚えがあった。そしてその姿も当然に見覚えがあった。
「…あんた…エギルか。」
特徴的な容姿だったためすぐに分かった。あの世界でも猥雑な町で店を開いていた、それでいて攻略組の一角を担った
「ご名答! オフでは初めましてだな、ディアベル。」
エギルはグラスを磨きながら人懐っこい笑みを浮かべた。ディアベル、そう呼ばれて弘貴は知らずと封印していた記憶が呼び覚まされるのを感じる。
「…弘貴だ。」
ただ、まだそれを受け入れられるようになっているかと言えばそれは別の話だ。あの頃の名前を現実では呼ばれるのには抵抗があった。そんな弘貴の様子を察したのかエギルはジェスチャーで返事をし、カウンターの席を勧めた。
「…キリトさんはまだか。」
「見ての通りだな。まぁ、一杯どうだ?」
促されるままに席に着くとエギルはすっとグラスを差し出してきた。色からしてハイボール…まだ昼だと言うのに。しかし素面で話ができるか不安もあったため一気にそれを飲み干そうとした。
「…っ! ジンジャーエールか!?」
それは期待を裏切る味で、おまけに予想していたよりも炭酸がキツく噎せそうになる。目の前では男が人の悪い笑み。
「ははっグラスで雰囲気出るだろ。お前さんいくつになった?」
「…22だよ。」
「む。本物でも良かったか。」
それは失敬と豪快に笑った。あまり若く見られることはないが確かに微妙な年齢か。そんなやり取りをしているとキィッと木の軋む音が聞こえた。ドアの方に顔を向けるとそこには中性的な容姿をした線の細い少年がいた。あの頃よりやや幼く見えるが、それはイメージや装いのせいかもしれない。黒い髪に黒い瞳、ご丁寧に服まで黒い。その人物を見間違えることはない。
「よぉ、あんたの方が先だったか。」
自分を呼び出した張本人、ゲームクリアの立役者、黒の剣士、ビーター…形容するものならいくらでもある。キリトだった。キリトはエギルに軽く挨拶をするとそのまま慣れた様子でカウンターに腰を下ろした。
「急に呼び出してすまなかったな。」
悪びれずにそう言いながら、エギルに飲み物を頼む。ごく普通に彼と並んで腰を下ろしていると妙な気分になる。
「いや…。」
「隠すなよ。みんなあの世界に折り合いがついていないだろうと思って連絡は控えてたんだが、あんたには知らせておきたいことがあってさ。」
彼の言うとおりだった。ただ、疑問は浮かぶ。
「…なんで連絡先を?」
すると彼はさも当然かの様に答えた。
「また会ってみたいと思ったヤツは思い付く限り役人に聞いたんだよ。」
その手があったかと思い至らなかった自分にがっかりした。勿論、ネットですらゲームクリアをして解放をしたのは黒の剣士と言うのは有名だ。対策室の役人たちが知らないわけはない。彼にはトクベツに許された可能性だってある。
「…また会いたいメンバーに入れてもらったのは光栄だけど何故?」
「…セツナのことだ。」
心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。それは今日ここに来た一番の目的だ。ゲームクリアの日、目の前でHP全損させた少女。ベータテストの頃から憧れ、随分と年下にも関わらずいつの間にか思慕の情を抱くまでに至った。彼女がこの世界にいないことなど信じられずにとにかく噂の欠片でもと拾い集めた。キリトは役人に連絡先を聞いたと言った。ならば当然にそのメンバーにはセツナは含まれているはずだ。
「セツナは…セツナは生きているのか?」
この世界に戻ってきてから一番に知りたかったこと。頷くことで答えられたことに全身の力が抜けた。
「そうか…良かった…。」
しかしその割りにはキリトの表情は硬い。店に姿を現した時とは大違いだ。
「ディアベル…。」
真っ直ぐに見られ、名前を訂正することすら出来なかった。キリトはカウンターに視線を落としながらゆっくりと口を開いた。
「ただ、目を覚ましてはいないんだ…。」
それは、殴られたような衝撃だった。生きてはいる、ただし目を覚ましていない。それはどういうことなのだろうか。何を聞いていいのか分からない。しかし1つの答えを弘貴は持っていた。それは見付けた噂話だった。
「まさか…まだ囚われているのか…。」
「「!」」
弘貴の言葉に二人は大きく反応した。彼らも何かしらの情報を持っている。
「…なんでそう思う。」
強張った表情で尋ねるキリトに弘貴もゆっくりと口を開く。
「…確証はない。ただ、噂を聞いた。とあるゲームで白髪、赤目の恐ろしく強いプレイヤーがいると。」
そんなプレイヤーは正直どこにでもいる。アバターは作れる。2次元カラーとしては珍しいものではない。ただし、恐ろしく強い…それはどうしても彼女を連想せずにはいられなかった。そしてそれはキリトも同じようで大きく反応を見せた。彼の口から出たのは予想だにしないものだったが。
「それは、
「! 知っているのか?」
キリトは答えずにエギルに視線を移した。するとエギルは頷き、タブレットを取り出す。そこにはかなり不鮮明な画像が表示されていた。かくかくと大昔のゲームもビックリなドット表示。解像度はどうなっているのか。それでも、その画像には目を奪われた。
「…これはアスナくん?」
「お前もそう思うか?」
と言うことは少なくともエギルもキリトもそう思っていると言うことだ。栗色の髪に榛色の瞳。これだけ粗くともその美しさは損なわれてはいない。アインクラッド一の美少女と言っても過言ではない少女を見間違うことはない。
「…実は、あの世界から帰ってきてないのはセツナだけじゃない。全部で300人程いるらしい。」
そして続けられたキリトの言葉に弘貴は息を飲んだ。茅場晶彦はゲームクリアをすれば全てのプレイヤーを現実に還すと言った。そして実際自分も目の前の二人も帰ってきている。
「この画像が撮影されたのはALO。…SAOの開発をした《アーガス》が解散した後に管理を委託された《レクト・プログレス》が開発したゲームらしい。」
それを聞いてしまっては単なる偶然だとは思えなかった。アスナと思わしき少女の画像に、セツナと思わしきプレイヤーの噂。
「二次的な被害が起きている可能性があると言うことだな。」
それは犯罪だ。SAO事件も犯罪であり、自分達は被害者だった。ならばこれが犯罪じゃなくてなんになると言うのだ。警察に…と言いかけるとキリトは頭を振った。
「…ただ、確証がない。でもディアベル、やっぱりあんたに会って良かったよ。セツナがいる可能性があるならやっぱり俺は行って確かめる。」
その目は揺るぐことのない想いを秘めていた。キリトもおそらくは自分と同じように目が覚めてからずっと思い悩んでいたのだろう。それは自分以上かもしれない。行動を共にし、自分のために命を散らした少女。命があったと安心したらその意識は戻ってこない。なにか自分に出来ることがあれば良いが、ただ待つことしか出来ない。その辛さは計り知れない。
「キリトさん…。」
「セツナがそこにいるかも、って考えはしたけどその噂は知らなかったんだ。だけど動く決心がついたよ。」
ありがとな、とあの頃のような
「…俺も行く。」
探し求めて見付けたたった1つの手懸かり。願ったものに繋がっているかは分からないが他には何もない。ならばそれにかけてみるしかない。自分の目で確かめる。その噂のプレイヤーが彼女なのかどうか。
ディアベルさんこんにちは。
番外編を読んでない方にご案内致しますがうちでのディアベルさんの本名は
ようやく話が動きそうです。