大地を揺るがすような衝撃音。音もなく敵を倒した彼女とは正反対。それでいて、同じ初期装備で二人目もあっさりと倒した彼は一体何者なんだろう。
キリトは用意されていた剣を左右に軽く振った。初期装備だから当たり前なのだが軽い。妙なところにログインしたら、丁度傍にはプレイヤー反応。少しの手掛かりを頼りに来ては見たものの、そこは戦闘中だった。重戦士3人が女の子を襲っているなんて場面、一緒に女の子をいたぶるなんて選択肢はなく、飛び出しては見たものの本当に正解だったのかは分からない。
残りは後1人。リーダー格と思われるそのプレイヤーを見上げると冷や汗が見えるようだった。
「どうする? あんたもやる?」
戦闘意思が見えないそいつに発破をかけてみるも、彼は首を横に振った。
「やめておくよ。もうすぐ魔法スキルが900なんだ。
「正直な人だな。」
キリトとしてはどっちでも良かった。倒すのも逃がすのもさほど問題ではない。ただし本来、襲われていた少女の敵だ。彼女がどう思っているかは確認しなければならなかった。
「なぁ、あぁ言ってるけど、お姉さん的にはどうかな? 戦うって言うなら止めないけど。」
視線を赤い鎧の男から金髪の少女に移すと、少女は握っていた剣をチンッと腰脇に納めると両手を挙げ、
「私も良いわ。今度はきちんと勝つわよ、サラマンダーさん。」
そう、少女が言うと男は弱気な発言をもらした。
「君とも一対一では遠慮したいね。」
そして赤い燐粉を撒き散らして遠くの空へと消えていった。相手の強さを認められるぐらいには、しっかりとした状況判断が出来るぐらいには強いのだろう。だからこそリーダーを任されているに違いない。
姿が消えるまで男を見送っていると少女はじとりとこちらを睨み付けていた。キリトとしてはただ助けただけなのだがそうはとられなかったらしい。彼女にとっては第2ラウンド開始! と言った様相だ。
「で、私はどうすれば良いの? 逃げれば良いの?」
その気になれば剣などいつでも抜けると言った姿勢の少女にキリトは首を捻った。
「俺としては涙ながらに抱き着いてくる…的なのを想像してたんだけど…。」
「はぁっ!?」
こちらとしてはただ助けに入っただけだ。冗談めかしてそんなことを言えば少女はすっとんきょうな声をあげ、ますます眉間のシワを深めた。
「正義の騎士がお姫さまを助けた的な…?」
調子にのってペラペラと余計なことまで続ける。今の自分にはお目付け役がいたことをキリトはすっかりと忘れていた。胸のポケットに隠しておいた存在がピョコリと出て来て鼻を殴った。
「ダメです!! 何言ってるんですか! お姉ちゃんに言い付けますよ!!」
「うわっ! バカ、出てくるな!!」
そんなキリトと突然現れた小さな存在に少女は目を丸くする。あまりの情報量に処理が追い付かない、と言った様子だ。そんな彼女に気付かず、キリトは必死にユイをポケットに押し戻した。キリトとしては小さな妖精がどんな存在か計りかねていた為、隠しておきたかったのだがそんなに彼女は大人しくはなかった。…本当に誰に似たのか。
しかしそんな心配はどうやら必要なかったようで、目の前の少女は概ね好意的にユイを解釈したようだった。
「それって…プライベートピクシーってやつ?」
「そっ…そうそう!!」
何を言っているのかキリトにはよく分からなかったが、これにのらない手はない。只でさえ自分が不自然な存在だと言うことは重々理解している。
少女は興味津々にまじまじとユイを見つめる。
「へぇー! プレオープンのキャンペーンで配布されたって聞いてたけど初めて見たよ。」
「はは…俺、くじ運良いんだ。」
それは嘘ではない。でなければSAOのベータテスターになどなっていない。相当な確率の筈だ。
「にしては…初期装備なのね。」
「いや、それは…アカウントだけ作ってずっと他のゲームやってたんだ。」
少女の指摘に我ながら苦しい言い訳をする。それでも少女はにっこりと笑うと完全に警戒心を解いたようで右手を差し出した。
「まぁ、ありがとう。私はリーファ。」
「キリトだ。」
差し出された手をキリトが軽く握り返すと、リーファはくすくすと声をあげて笑い出した。特におかしいことはしていない筈だと、戸惑いを見せると彼女はゴメンゴメンと軽快に謝罪を口先にだけ出すと、言葉を続けた。
「いや、なんか前も似たようなことがあったからおかしくなっちゃって。」
似たようなこと…と言うのはさっきの戦闘だろうか。いくら死んでも良いゲームとは言え、あの世界を経験したものとして、PKには抵抗がある。
「あぁいった集団PKって頻繁にあるのか?」
「まぁ、シルフとサラマンダーは仲悪いからね。それもあるけど、君みたいに初心者なのにすっごい強い人がいて、前も助けてもらったことがあったから。」
しかしリーファの答えは違った。すごい偶然だよね。そう言ってリーファはまた笑ったが、キリトとしては見過ごせることではなかった。
初心者なのに強い。そんなことは通常はありえない。ただし、フルダイブ環境下ではちょっと事情が違う。フルダイブでの動作は慣れが必要なため、ダイブ時間が長ければ長いほど適応していき、動作は自然になる。つまりは普通の初心者より明らかに強い…と言う事態が発生してもおかしくはない。勿論、キリト自身はそれに加えて、データが何故かコンバートされていた、と言うこともあるが。SAO
「それって…いつぐらい?」
心臓の音が響いて聞こえるような気がした。
リーファは特に気にした風はなく指を顎に当てて記憶を掘り返す。
「1ヶ月ぐらい前だったかな? どうして?」
1ヶ月。その期間はただの偶然なのだろうか。
「実は俺…ここへは人を探しに来たんだ。」
その言葉はどうしても調子を変えずには続けることはできなかった。キリトの最大の目的。ただし頼りはただの噂話。それにすがらなくてはならないほどに他に望みの手懸かりはない。
「ふぅん。結構いるわよね。リアルで連絡がとれなくてって人。」
キリトの思い詰めたような様子はどうやら伝わらなくて済んだようだ。リーファはそれにただ納得したようで、続きを話してくれた。
「キリトくんが探してる人か分からないけど、私が出会ったのはプーカの少女だったわ。自分で初心者って言ってたから1ヶ月前に初めたのは間違いないわね。でも、いきなりの
「…その人の名前は分かるか?」
「忘れるはずもないよ。もう一度会いたいぐらいだもん。今何してるかなー…"セツナ"。」
"セツナ"。
珍しい名前ではない。それでもその響きが持つものはキリトにとっては特別だ。
「セツナ…間違いない…のか?」
「え、ええ。」
期待せずにはいられない。声が震えるのを抑えることは出来なかった。
「その人の容姿は…?」
「ALOはアバターは基本ランダムだけど…真っ白の髪に真っ赤な目だったと思うよ。」
それを聞いてキリトはすぐに声を出すことは出来なかった。何と言う偶然なのか。肩の上でユイも驚愕の声を上げている。
「え…まさか…?」
リーファが戸惑うのは無理もない。偶然にしては出来すぎている。神の御心のままに導かれたとでも言う様だ。
「セツナは!! いまどこにいるんだ!?」
思わず大きな声をあげて両手でリーファの肩を揺らす。おにいちゃん落ち着いてください、と目の前でユイが制止するのも構わずに。そんなキリトの変化に目を見張った。
「…知らない。フレになる間もなくどっかへ行っちゃったんだもの。」
ふるふると首を横に振られて、彼女に非はないにしても落胆することを隠せはしなかった。
「…そうか。ごめんな、取り乱して。」
頭に上った血が一気に冷めていくような感覚を覚える。しかしよくよく思えば出来すぎだ。たまたま変なところにログインしたら、そこで会ったプレイヤーがまさかセツナの情報を持っているのだから。
「ホントにいるんだな…。」
キリトは小さくつぶやく。その可能性だけで十分だった。またこんな世界に来てしまったけれども、目的を果たせるのであれば本望だ。へなへなと座り込めば。ユイも涙を浮かべて覗き込んできた。
「おにいちゃん! 安心するのは見付けてからですよ!」
「説得力ないよ。」
ツンツンとつついてやればユイはくすぐったそうに身動ぎした。まだこの世界の事は分かっていなくても、いるかどうか分からない人を探すよりも、その人である可能性が高い人を探す方が幾分か楽だ。
「セツナって、キリトくんの彼女?」
キリトの反応にリーファはそう解釈した様だ。
「あ、でも会えないってことは元カノ?」
それは関係を表す1つの答えに違いなかった。確かに思いを通わせて、システム的に結婚までした存在。分かりやすく表現するなら"恋人"だろう。ただし何となく今の自分たちの関係にはそぐわないようにも思えた。
「…戦友だよ。…かけがえのない。」
恋人になるのは現実で出会ってからでいい。あの世界を一緒に生きた、最上級の存在を表すのはそんな言葉の方が相応しい。
「ありがとう、リーファ。俺、この世界に来てみて良かったよ。」
思わぬ偶然に感謝する。ただあまりのことに自分の反応を思い出し恥ずかしくなった。すくッと立ち上がりキリトは翅を開いた。
「それは良いけど…あなた行く宛あるの?」
「それは…」
「それにいつまでも初期装備ってままにもいかないでしょ。」
「うぐっ…」
颯爽と去ろうとするもそれはリーファに突っ込まれることになる。セツナがいるかもしれない。それ以外は未解決のままだ。
言葉につまるとリーファは肩から息を吐いた。
「良ければ助けてくれたお礼に少し案内するよ。私の知ってるセツナが向かった方向も含めてね。」
呆れたような仕草をとるのに楽しそうな表情を浮かべているのは気のせいか。何れにしても恥ずかしいところを見せてしまった彼女にまだ頼らなければならないのは間違いなかった。
ユイが空気…
昔こんなタイトルの歌があったなと思ったのは①を投稿した後。
全ては私のご都合主義のままに。