白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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8話*拡がりゆく世界

 

 戦友。その言葉を口にしたとき、彼の表情は一変した。おそらく無意識だったには違いないのだろうけど。

 それまではやんちゃな表情を見せ、現実(リアル)でも同じぐらいの年かと思わせた少年だったが、その時の表情は何かとてつもないことを経験してきたかのような、悟るような表情だった。それは、あの時の別れ際に見せた彼女の表情とよく似ていた。

 

 

 

 

 ちょっと強引だったかな…とリーファは反省した。

 セツナに抱いたようにキリトとももう少し話していたいと、そんな思いから彼女を誘ったようにキリトも誘った。キリトはそうは言わなかったがおそらくは恋人なのだろう。そう思うと少し心に靄がかかったような気持ちになったが会ったばかりの人に特別な感情を抱くはずはないと1人首を振る。きっと戦闘時の緊張感のままに勘違いしているだけだ。いわゆる吊り橋効果ってやつだと自分を納得させた。

 プライベートピクシーを連れた謎の初心者プレイヤーはあっという間に随意飛行をマスターすると、気持ち良さそうにリーファの飛行に付いてくる。レコンなんていくら教えても出来るようにならないのに。おまけにリーファはスピードホリックと言われるぐらいに高速で飛ぶ。今まで自分についてこれるプレイヤーなんていなかったのに本当に変な人だ。

 私はもうダメですぅ…と表情豊かにプライベートピクシーのユイはキリトの胸ポケットに潜り込む。プライベートピクシーなんて初めての見たがこんなに表情豊かなものなのだろうか。純粋なナビゲーションピクシーはもっと画一的な答えしか返さないし、通常のNPCだってこんなに自我のようなものは感じない。違和感のないようにうまく調整はされているが、こんな風に感情を表したりはしない。

 

ー変なの

 

 彼らに会ってから何度思ったか。それもこの短時間のうちに。変以外になんと表せばいいか。大体初心者の癖にどうしたら2つの領地を越えた森に出ると言うのだ。道に迷ったと言うレベルではない。…彼はそう言い張ったけれど。そう言えば彼女と出会ったのも近い場所だった。何か妙な因縁を感じる。

 キリトの探している少女は今頃何をしているだろうか。現実の生活もあるためオンラインゲームに自分のように時間を費やしてるとは限らない。1ヶ月がたった今、またログインしているかはリーファには分からなかったが、ゲームクリアについて聞いた彼女ならきっと続けているだろう。

 視界の先、世界の中央に聳える世界樹。そこに行けばきっと答えは見付かる。親しい間柄ではないが彼女ならそうするに決まっている。なぜかそう確信できた。それは彼女に対する憧れか、それはグランドクエストに対する憧れか。闇夜にもかかわらず美しく輝きを保っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こんな景色…どこかで見たのは気のせいだろうか。

 

 遊牧民のようなテントを張った領地を持つ音楽妖精族(プーカ)。何故かその種族に変換(コンバート)されたセツナは、種族の特徴である歌スキルと魔法スキルを修得すべく、この世界に来て暫くは領地を拠点にスキル熟練度を上げてきた。そろそろ頃合いかと領地南東の森から世界樹へ向かおうとした矢先だった。

 

「うぅ…。」

 

 その森は何度マップを抜けようと同じ景色が拡がり続ける、所謂"迷いの森"。

 正直この手のマップは得意ではない。SAOでは35層にこの手のフィールドダンジョンが存在したが、好んで行くことはなかった。そこでしかとれない素材アイテムの価格は高騰していたが迷ってクリスタルを消費するよりは安上がりだった。それに日々のレベリングでお金にはさほど不自由していなかった。

 そんな苦手なダンジョンがゲームが変われば得意になるわけでもなく、やはりどこを抜けていいのか分からない。森は深く、闇に閉ざされており翅は光を灯さない。空から抜け出ることも叶わない。何度同じ場所を通ったかの判別は出てくるモンスターでしていた。…この飛行系モンスター3匹と戦うのは何度目だろう。

 この1ヶ月程の時間…と言ってもどうやらSAOとは違い時間の流れが現実とは異なるようなので実際はどれ程の時間が経っているのかは分からないが、完全にソードスキルを使用しない戦闘に移行するには十分すぎる時間だった。元々そんなにソードスキル依存の戦闘スタイルではなかったためそう苦労することはなかったが。

 分類は大剣だと言う武器を構え、間合いを計る。空中戦闘が出来ないこのマップでは、ALOの生粋プレイヤーなら苦戦するかもしれないが、地上で空からの敵を迎え撃つことはSAOの頃散々行ってきた。

 勢いよく滑空してくる小型のプテラノドンの様な竜の形状をしたモンスター。

 

「グギャァァァア!!」

 

 威嚇するようにつんざくような鳴き声を上げながら飛びかかってくるその速度に集中する。スキルモーションのタイムラグは当然なし。セツナは下段から一気に切り上げた。

 重たい剣に薙ぎ払われ、浮力を保てずにモンスターは墜落する。それを武器の重量のままに叩き潰す。このモンスターを倒すパターンになっていた。

 倒すことはそう難しくない。ただいつまでもぐるぐると同じところを回っている現実に精神が消耗してくる。無駄に貯まっていくユルド。ため息をつきたくなる。闇雲に歩き回っても仕方ないが闇雲に歩き回るしかない。ただ敵が強いとか、ただ暗闇だとかもっと分かりやすいダンジョンなら良かったのに。情報収集って本当に大切なんだなと今更ながら反省する。昔からその悪癖だけは直らない。

 

「あぁっ! もうっ!!」

 

 やり場のない憤りを地団駄を踏むことでぶつけるがそれは何の解決にもならない。取り敢えずリセットしようとその勢いのままごろりと寝転がった。

 仰向けに転んでも空が見えない空間。ずっとこんなところにいたらノイローゼになりそうだ。ただでさえ本物の空なんて随分仰いでいないのに。

 そう言えば1つ簡単な手段を忘れていたことに気がつく。この手のダンジョンは古今東西多くのゲームにあったが攻略法も実に様々で…正しいルートを行かなければスタート地点はかわいいもの。特定の回数同じ方向に進み違うマップを出現させると言った法則が必要なものもある。SAOのものは更に意地が悪かったけれど。そんな様々な攻略法の中で実に簡単で見落としやすい手段を忘れていた。

 セツナはくるりと方向を変えると来た道を戻った。

 そう、一定条件下で元来た道を辿るのも有名な方法だ。これでダメならばもう本当に闇雲に、体力が尽きるまで歩き回るしかない。

 運は良い方だ。SAOのベータテスターに当選し、本当は死んだはずなのに今もこうして生きている。

 広がる景色を見て再度それを確認した。

 今まで見たことのない道筋。そしてその先に微かな光の出口が見える。

 

「――――っ!!」

 

 思わずへなへなとその場に座り込んだ。差し込んでくる光が外からの明かりでなければなんだと言うのだ。剣を地に突き立て体を起こすと、一目散に出口へと走った。

 広がる景色が眩しく、一瞬知覚することが困難になる。突き抜けるような蒼穹(そら)が拡がり、森からの脱出を知らせてくれる。そこは丁度山間で、おあつらえ向きに村があった。

 どこか長閑な世界樹の膝下にある央都アルンに近付いていることを示すような中立の村。そこはプーカ領地からの道筋のためプーカの割合が多いものの様々な種族のプレイヤーがいた。

 色取り取りの人々にセツナは目を奪われた。シルフ領のスイルベーンにはシルフ、ケットシー領のフリーリアにはケットシー。そして当然にプーカ領もプーカ以外の種族はほとんど存在しなかった。それなのにここには他種族のプレイヤーが当たり前のようにいる。中立の村と言ってしまえばそれまでだが、そのことに驚く程にこの1ヶ月でALOに染まっている自分にも驚いた。いくら中立と言ってもこの央都の道以外の場所のそれには結局近隣の種族しかいなかったのだから。

 数時間ぶりの町にまずは宿で体を休めることにする。変わらず1人デスゲーム状態のため、集中力が切れないようにするのは当然のことだ。

 大きな木の枝に秘密基地のようにくくりつけられた小屋のINNマークにそこに決める。SAOではINNは安宿で最低レベルのものに過ぎなかったがところ変われば。翅で飛び上がることも出来たが、そこは雰囲気で斜めにかかった梯子を昇る。木製の小枝を集めて作ったようなそれがまた面白い。キシキシと微かに鳴る音を楽しみながら上がれば、見える景色は一変する。

 山の先に見える世界樹。目を凝らせば葉の隙間に覗く枝が確認できるほどに側に。随分と近付いたことに嬉しくなる。そこに行きさえすれば何か答えが見付かるかもしれない。その希望だけがセツナの支えだ。鋼鉄の城を登ったことを思えばもう少し。

 

「キリト…。」

 

 その時、セツナはこの世界に来て初めてその名前を溢した。

 元の世界に還りたい。SAOに捕らえられた時からずっとその思いはあった。一度、自分の犯した罪から一旦はそれを諦めた。それでも今こうして動いているのは彼の存在があるからだ。

 最後の瞬間、自分の家族に思いを伝えてくれると言った彼。おそらくはそれを果たしてくれているだろう。…それならばきっと現実の自分の姿も目にしているのだろう。動かない、人形のような姿を見てどう思っただろう。自分だったら、キリトのそんな姿を見続けたくはない。

 

「あと少し…。あと少しだよ。」

 

 キリトには謝らなければならないことが沢山ある。それを叶えるためにも生きてあの樹を登らなければならないのだ。

 

「登った先は巨人の世界か、それとも動く城か。」

 

 まだプレイヤーの誰もが知らないその世界。それを見る楽しみも抑えきれない自分もいるが、本来の目的は忘れてはならない。

 

「ただの天空の城が一番良いな…。」

 

 そう呟いた時、協力体制を結んだ彼女からのメッセージがポップした。

 

 

 

 




お待たせ致しました(?)
投稿初めて以来一番滞りました…
やっとこさ書き上げたものの短いですが。
停滞している間も多くの方に読んでいただけて嬉しく思います。
ALO編に入ってからメタ発言増えてますがよろしくお願いします。
無限ループは私がきらいなマップです。…やはりロンダルキア。
今回のマップはアークザラッド2とFF6がモデルですが。

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