白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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11話*最強を冠する者①

 

 

 

 

 迷いの森を抜け、央都へと道のりもあと少しとようやく腰を落ち着けたところだったのにそのメッセージは休ませてはくれなさそうだった。

 

 グランドクエスト攻略のための協力体制を敷いたケットシー領主、アリシャからのメッセージ。何か最新情報かと思いセツナは即刻それを開いた。

 

【シルフと同盟を結ぶことに正式に決まったヨー! 調印式でシルフ領主のサクヤちゃんに紹介したいから来れたら来て欲しいナ! 時間は現実時間で1時からだヨ。】

 

 なんともまぁ重要な情報の割に軽い調子で書かれた文章だった。彼女らしいと言えば彼女らしいが。

 

「1時ね…。」

 

 リアルで何時だろうがずっとゲームの中にいるセツナとしては関係ないが、時計を見れば22時を回ったところだった。少しずつプレイヤーの増え始める時間帯。実際にアリシャはログインしたばかりだったのかもしれない。それにしても…

 

「もうちょっと余裕をもって連絡してくれても良いんじゃないの…。」

 

 独り言だけがむなしく宿の部屋に響く。

 後3時間。土地勘が大して無い自分にどうしろと言うのだ。申し訳程度に添付されたマップデータはこことは少し離れた場所を指し示していた。蝶の谷。指定された場所はケットシー領から央都アルンへ向かうダンジョンを抜けた先だった。現在地はプーカ領からアルンへのダンジョンの途中…と言うのが正確なところだろう。ダンジョンを抜け、更に南下しなければならない。

 

 正直迷うところだった。

 

 神経をひたすらに消耗したダンジョンを抜けてようやく休めると思った矢先だ。この誘いにのるとするならば心地の良いベッドも、見晴らしの良い景色も、秘密基地のような宿の木の臭いも全部諦めなければならない。

 

「宿代払っちゃったよ…。」

 

 お金は有り余るほどあった。森で迷っただけ無駄に貯まったユルド。正直宿代なんてどうでも良かった。それでも何かには不平を言わずにはいられない。

 セツナはふかふかのベッドのスプリングを名残惜しみながら体を起こした。ただ宿を後にする。その現実を認めたくない気持ちから上りで使用した梯子も使わず、そればかりか宿のロビーすら通らずに部屋の窓から飛び立った。暫く飛べなかったため、その辺りは元気だ。体を空に躍らせてからゆっくりと翅を開いた。南にそびえる小高い山は世界樹の姿を少し隠してはいるが限界高度程の高さはないらしい。数々のプレイヤーが翅を閉じることなく山に向かって行っている。それならば少しは早く着けるかもしれない。走って移動することも得意ではあるが飛ぶ速さには敵わない。

 

「っ!」

 

 くんっと背中に力をいれ、スピードを上げる。数時間の間眠っていた翅は解放を喜ぶかのように光を散らしながらひらめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリシャ。」

 

 背の高い、自分とは大きく違ったアバターの友人に呼ばれアリシャは世界樹から視線を移した。

 

「ナーニ? サクヤちゃん。」

「…大切な会談なんだが…楽しそうだな。」

 

 声をかけてきたのはその大切な会談相手のシルフ領主であるサクヤだった。そう指摘されて初めて自分の顔が弛んでいることにアリシャは気が付いた。大切な会談。それは十分に領主として分かっているつもりではあった。長期政権を維持できているのは偶然に引き当てた愛らしいアバターのお陰だけではない。

 

「分かってるヨ。ただあの子に会うのは久しぶりだからネ。」

「言っていた協力者か。アリシャの大胆さには感心するな。信じて良いのか?」

「人を見る目は確かだと思うんだけどナー…会えばきっとサクヤちゃんも好きになるヨ。」

「だと良いがな。」

 

 今日はシルフとケットシー同盟を正式に調印をする。

 世界樹攻略の勢力を急激に伸ばしてきたサラマンダーに対抗するためだ。

 サラマンダー全てがとは言わないがやや強引な政策、いくら推奨されてるとはいえ、組織的なPK。それを捨て置くわけにはいかない。勿論彼らも世界樹攻略のために行っているのも分かるが、だとすれば尚更同じプレイヤーとして放っては置けない。世界樹の攻略は全てのプレイヤーの目的なのだから。初めに攻略するのは自分達だ。1つの種族じゃ攻略できないかもしれない、その真しやかな噂もあるためこうして同盟に踏みきった。攻略のための大切な同盟。それに自分の信頼する協力者を同席させない訳はなかった。

 

「不思議な子だヨ。全てをこの世界に懸けているような…ネ。」

 

 プーカ領からぼちぼちアルンに向かうと聞いたのはいつのことだったか。彼女が姿を見せるとするならば世界樹の方向か北東の方だ。

 アリシャは再び視線をそちらに向けた。

 

「それは楽しみにしておこうかな。」

 

 背に浴びた友人の声が色を帯びたのは気のせいではないだろう。その価値はあるとアリシャは信じている。

 独特な雰囲気。儚げな容姿に纏うオーラは鋭く大きい。そしてそれを裏切ることのない破天荒な戦闘スタイルに他の追随を許さない強さ。自分達と相まみえた時には一瞬にして、しかも一振りで四人のパーティメンバーを残り火(リメインライト)へと変えた。決して弱いわけではない、ケットシーの中では名前の知られた上位のプレイヤー達だった。アリシャもケットシー最強とは言わないが五指には入るはずだが敵わない、それどころか足元にも…と思わせられるような、それぐらいの衝撃。それだけの強さがありながらどこか無垢(イノセント)さも持ち合わせる。それを信じたくなるのは自分だけでは無いだろう。

 

 彗星のような輝き。

 視線の先にきらりと一筋の光。

 

「サクヤちゃん、来たよ。」

 

 誰に教わったのか猛スピードの飛行。白銀の翅と髪が高く上がった太陽の光を反射し大きく輝いて見える。プーカの証である淡い髪色。それに意思の強さを象徴するような真っ赤な瞳が近付くにつれて鮮やかにその存在を主張してくる。身に纏う青い衣装が本物の彗星のように見せてくる。

 

「セツナ!!」

 

 呼び掛けて手を振れば小さく笑ったのが見え、ますますそのスピードを上げた。

 

「アリシャ!」

 

 みるみるうちに距離を詰め、会談場所の円形の小さな台地(こ    こ)に姿を現した。大きく滑空したかと思えばふわりと音無く降り立つ。背中には相変わらず愛らしい容姿には似つかわしくない巨大な剣を携えている。それも柄が長く、あまり見ない形の。

 

「久しぶりだニャ!」

「連絡もらってからすっ飛んできたよー! もっと早く連絡してよね!」

 

 手を取り合って再会を喜びはしたものの、ぷうっと頬を膨らませてそう言うセツナの表情にはやはり現実感(リアリティ)を抱かせられる。

 

「にゃは…準備でバタバタしててサ、ゴメンヨ。」

 

 申し訳程度に謝るがセツナはアリシャの奥の見知らぬ顔に視線で挨拶をしていた。慌ててアリシャの方も二人を引き合わせる。

 

「サクヤちゃん、これがセツナだよ。セツナ、こっちがシルフ領主のサクヤちゃん。」

「サクヤだ。アリシャから話は聞いている。」

 

 すっと手を差し出すサクヤにセツナも応えて先程とは違うやや余所行きの笑顔を浮かべた。

 

「…セツナです。攻略のお力になれれば。」

 

 サクヤの方は既に彼女に興味を持ったようでアリシャは安心した。ケットシーとシルフの軍団に加え彼女の爆発的な攻撃力があればきっと上手く行く。そのためにはサクヤにも彼女を気に入ってもらう必要があった。

 

「ねっ、サクヤちゃんも好きになるって言ったでしょ?」

「…性急だな。だけどアリシャの言うことも分かるよ。不思議な良い目をしている。」

「…なんの話?」

 

 実際の調印式の開始まではまだやや時間にゆとりがあった。3人は二人の出会いから今回の同盟の話まで女性特有のあっちこっちに話題をを飛ばしながら時間を待つことにした。会場のセッティングは二人の配下の仕事で、領主である彼女たちが直接行うことではなかった。

 

 楽しい時間を過ごしている中、セツナが突然大きく後ろへ跳び、背中の大剣を勢いよく抜き放った。

 

「セツナ!?」

 

 驚いたアリシャはサクヤの様子を伺いつつその名前を呼んだ。セツナは遠くの空を見据え厳しい表情を浮かべている。その様子にアリシャもサクヤも他種族であるセツナが急に心変わりをし、自分たちに危害を加えようと言うのではなく、何かを警戒していると言う結論に落ち着く。

 

「…誰かに見られてる…どんどん強くなってる。」

 

 セツナのその言葉に二人も索敵を試みるもその反応はまだない。

 

「それは本当なのか?」

 

 懐疑的になりながらもあまりの警戒具合にサクヤも抜刀する。

 

「えぇ…羽音が強くなってきた。大部隊だと思う。」

 

 二人もセツナの視線の先に目を凝らし、耳をすませるが何も見えないし何も聞こえはしなかった。しかし気のせいにしてはセツナの警戒度合いは強く、どんどんと意識が張り詰めていっている。アリシャも二人にならい得物を手にした。

 

「目的は…私たちネ…。」

「あぁ、領主の首をとるとボーナスがあるからな。どこから情報が漏れたのか。」

 

 領主がPKされると言うことはALOの世界では大きな事件だ。その種族の権威が地に落ちると共に莫大な金が動く。そのため領主はあまり領地を出ることはないし出たとしても極内々に、しっかりと護衛をつけて出る。

 

「…言っておくけど、私はそんなことしてないからね。第一、この会談を知ったのはほんの数時間前よ。」

「分かってるヨ。」

「あぁ。そんなことよりも今はどうにかしてその軍勢を退けることを考えなくてはならないな。」

「ケットシー領まで引っ込む?」

 

 警戒をしながらあーでもないこーでもないと策を巡らせる。そうしている間にも敵の姿が目視出来る程に部隊は近付いてきていた。

 赤い甲冑。それの色はサラマンダーの種族カラー。全種族中最も好戦的で一般に戦闘能力の高いと言われている種族。厄介な相手にアリシャは臍をかんだ。後退が正解だったか。もしくは会談の場所を選ぶべきだったか。しかし今は後悔するよりもすることが他にある。

 するとセツナがその場から空へと位置を変えた。

 

「セツナ?」

 

 アリシャがそれを見上げると、セツナはなにやらブツブツと呪文を詠唱していた。暫く会わない間にしっかり魔法を覚えたらしい。やや長い呪文。中から高位の魔法だろうか。それを唱え終わる頃にはセツナたちの前に黒い煙のような霧の壁が広範囲に広がっていた。

 すると、近付いてきていた大部隊も急に妨げられた視界にその動きを止めた。当のセツナはその霧の壁を越え、軍勢に対峙する。そうなってはいつ交戦するか…迎撃態勢に入るしかないとアリシャは腰を落とした。

 小さな体をフルに使い、空間中の空気を吸い込む勢いで息を吸うと、その勢いそのままにセツナが口を開くのが見えた。

 

「剣を引きなさい!」

 

 空間がビリビリと揺れたように感じた。それほどに大きな声。霧の壁の向こうでサラマンダーたちも怯んだ姿が見えた。セツナは何をしようとしているのか。はらはらと様子を見ることしかできない。

 迎撃されることは予想していなかったのか、サラマンダーたちは戸惑い急に現れた…それもシルフでもケットシーでもない少女に状況を把握しかねている。

 

「指揮官は誰?」

 

 60人はいるだろう軍勢に、一人でも臆すること無くセツナは堂々と言い放つ。古参であればプーカの領主になってもおかしくないような立ち振舞いだ。

 そこの言葉通り、軍勢の奥から姿を現した屈強な男にアリシャもサクヤも息を飲んだ。

 

「サクヤちゃん…!」

「…あぁ。」

 

 それは他種族のアリシャでもサクヤでも知っているサラマンダー屈指の有名プレイヤーだった。離れていてもプレッシャーを感じるその姿。それは間違いなくそのプレイヤーであることを示していた。

 

「田舎者のプーカがこんなところで何をしている。」

 

 そう大きい声ではないのに威圧感が襲ってくる物言い。いかにも重戦士と言った姿に彼が指揮官であることは間違いない。ただそれは運が悪すぎた。敗北を覚悟するアリシャ。ただセツナの様子は全くもって変わらない。

 

「…それは随分ね。私はセツナ。ケットシーとシルフの同盟調印をプーカ領主代理として見届けに来たの。邪魔をするなら私たちプーカをも敵に回すことになるわよ。」

 

 そしてどっからそんな話を持ってきたのか、突拍子も無いことを言い出す彼女にアリシャは本当逃げ出してしまいたくなった。

 

「ふんっ領主代理だと? 護衛もつけずに一人で来てるやつをそうは信用できるもんか。」

「護衛がいないのは必要ないからよ。」

 

 おまけに更に悪いことに煽って見せるからたちが悪い。彼は、アリシャの記憶が確かなら全プレイヤー中最強と言われている男の筈だからだ。

 

「…面白い。俺に勝ったらその話、信じようじゃないか。」

「その自信、後悔することになるわよ。」

 

 後悔するのはセツナだとアリシャは言いたかったが、取り敢えず急襲を防げたことには変わりない。今はその行方をただ見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 




久しぶりの短期間更新!
ボーナス入ったので私から皆様にボーナスです(?)
アリシャ視点が難しすぎて…
セツナを書くの実に2か月ぶりと言う事実…
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