白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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12話*最強を冠する者②

 

 

 

 

 

 

「え…どう言うこと…?」

 

 その場所に着くとリーファの口からは思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。

 レコンからのメッセージを受け、一度ログアウトし、それを知った時にはこんな状況は予想だにしていなかった。…と言うよりもこれがどういう状況か分からない、と言うのが正しいのかもしれないけれど。

 

 それはほんの一時間ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、どうだった?」

 

 現実の友人でもあるレコンからの意味深なメッセージに詳しい話を聞こうと一度ログアウトしたリーファだったがその内容は思いの外重い内容だった。再びログインした時、変わらぬ調子で飄々と話しかけてくるキリトにやり場の無い苛立ちと不安をぶつけてしまいそうになるぐらいには。

 

「どうしよう…私、行かなきゃいけないところができた…行ってもしょうがないのかもしれないけど…悪いんだけどここでお別れだわ。」

 

 キリトをアルンまで案内すると約束した。しかしその約束を守れそうにないぐらいの緊急事態。自分が行くことで解決するとは思わなかったがそれでもその場に向かわなければならないと思った。

 

「…何があった? 何れにせよ洞窟は抜けなきゃならないんだろ? 歩きながら聞かせてくれよ。」

 

 リーファのただならぬ様子にキリトの表情も一気にひきしまる。現在地はルグルー。洞窟の途中にある都市でどこに行くにしても一先ず外の世界に出なければならないのは明らかだった。リーファもそれならと首を縦に振り、来た道とは反対側の道に向かう。正直なところでは、途中までとは言え自分も行ったことの無い場所に向かうのに隣に強いプレイヤーがいるのは有り難かった。

 

「で? 何があったんだ?」

 

 街を抜けて再び暗い洞窟に入ったところでキリトは口を開いた。侮っていたスプリガンの魔法も暗視効果を発揮してくれて便利だ。

 

「今日、シルフとケットシーが正式に同盟調印をするみたいなんだけど…その会談をサラマンダーが襲撃するって…。」

「サラマンダーにとってそれは不都合だと。」

「うん。それもあるけど会談には当然両種族の領主が参加するの。領主殺しって言うのがそれは凄いボーナスでね…。」

 

 その情報をサラマンダーにリークしたのが同じシルフ族であるシグルドだと言うのだから性質(たち)が悪い。近頃たしかに彼の様子はおかしかったし、野心の強い彼のことだ、ずっとサクヤに政権を取られているのも気にくわなかったのかもしれない。…だからと言って…。

 

「領主を討たせるなんて種族の者として黙ってなんていられない。私が行っても変わらないかもしれないけど。」

 

 それにリーファにとってシルフ領主サクヤは数少ない友人の一人でもあった。友人の窮地を聞いて駆け付けないのは嘘だろう。

 

「所詮ゲームなんだから奪いたければ奪うし殺したければ殺す…か。」

 

 突然に響いたその言葉はキリトのものとは思えないほど低い声でリーファは背が凍るのを感じた。並んで走っていたが隣に視線を移すのが少し恐ろしい。

 

「そんな風にいうやつには山程会ってきたよ。」

 

 次の瞬間にはしっかりと前だけを見据える端正な横顔があった。視線の先にキリトは何を見ているのだろうか。

 

「…それはある意味1つの答えかもしれない。…ただ俺はそうは思わない。この世界での行いは全て現実に還る。ゲームだからって人との繋がりは嘘じゃない。」

 

 続けられるキリトの言葉にリーファはドキッとする。どこかで自分も所詮ここはゲームの世界。そう薄っぺらく考えているところがあった。そんな心を知ってかキリトはリーファとしっかり視線を合わせた。

 

「俺、リーファのこと好きだよ。友達になりたいと思う。お別れなんて悲しいこと言うなよ。リーファが助けてくれたように俺もリーファを助けるよ。」

「え!? だってキリトくんは…。」

 

 それは願ってもない言葉だった。但し、彼は急いでいるはずだ…。恐らく最愛の人を探すために。

 

「恩人をほったらかしてなんてそれこそセツナに殺されるよ。な、良いだろ?」

 

 そう言われてはリーファとしては断る理由は無かった。ありがたい申し出のせいか心臓が大きく動いているように感じた。どんな表情をしているのか、照れ隠し半分に頷くことでそれに応えた。

 するとキリトは満足げな表情を浮かべると、リーファの手を取り、恐ろしいスピードで走り出した。

 

「え!? 何っ!? いやぁぁぁぁあああ!!!」

 

 そんなことは予期していない。流れる景色に意識が飛びそうになる。それはどんな絶叫マシンよりも速く、ある意味怖かった。お陰で目的地には随分と早く到着したのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあっての会談場所。到着したのはレコンに聞いた開始時間に10分ほど遅れて。てっきりサラマンダーの襲撃を受け、窮地を陥っているものだと思えば、幸いまだみんな無事であった。

 サラマンダーの軍勢おおよそ60人とたった一人の少女が空で膠着状態にある。交戦状態ではないもののかなりの緊迫した雰囲気。そしてその少女が当事者であるシルフでもケットシーでもなくプーカ…それもキリトの探している少女であったのだから全く状況が分からなかった。

 リーファが気付いているのだから隣のキリトは当然に気付いているだろう。ただそれを圧し殺しているのはそれどころではない雰囲気だからだろう。一先ず彼も促して領主のサクヤたちのいる台地へと翅を下ろすことにした。

 

「サクヤ。」

 

 声をかければ空に視線を縫い止められていた美貌の領主は我に返ったかのような反応を見せた。

 

「! リーファ!」

 

 隣で同じような反応をしたのは、会うのは初めてだが恐らくケットシー領主のアリシャ・ルーだろう。愛らしい容姿は他種族にも響くほどだ。

 

「…これはどう言うこと?」

 

 状況を確認しようと尋ねるもサクヤは困惑する。

 

「…それが私にも分からないんだ。急にサラマンダーたちが来るのを彼女…アリシャの連れなんだが…が感知して…。」

 

 それで彼女が対峙している、と言うことらしい。リーファが以前会った時と違い、店売りではあるが明らかに装備が強化されている。黒い煙幕のようなものは恐らく彼女の魔法だろう。プーカは魔法に長ける種族。1ヶ月も経てば中ランク程の魔法など楽々だろう。

 こんな状況なのに妙に冷静に分析する自分にリーファは驚いた。隣では睨み付けるように空を見上げるキリトがいた。この状況に何を思うだろう。

 

「あいつの索敵スキルなら当然だな。おまけに勘も良い。」

 

 恋人が60人もの軍勢に一人で向かっているのにその口から出た言葉はドライなものだった。心配のそぶりすら見せない。…いくらあの子が強いとは言え。

 

「キミ、あの子を知っているノ!?」

 

 そんなキリトの言葉に大きく反応をしたのはアリシャだった。サクヤが彼女の連れと言ったからにはリーファよりは深い繋がりがあるのだろう。キリトはその問いに首を大きく縦に振った。

 

「まさかこんな形で会うとは思ってなかったけどね。」

 

 少し困ったような笑顔で答える。本音では今すぐにでも再会を喜びたいに違いない。平静を装いはしているが瞳が何よりも雄弁に語っている。そんなキリトの姿を見て、リーファは自分だってあんなに彼女に会いたかったはずなのに、そう思えていないことに違和感を覚えた。

 

「…あの子がどれだけ強いか私は知らない。だけど相手が悪すぎる。」

 

 サクヤの言葉に余所事を考えている場合ではないとリーファは空に意識を戻す。しかしそんな風に言われるとは60人の軍勢の中央にいる男はどんな人物なのだろう。

 

「相手が悪いって?」

「…あのサラマンダーの男。ユージーン将軍だ。サラマンダー領主の弟でサラマンダー最強と名高い。」

「それって…。」

 

 息を飲むリーファにサクヤは強く頷く。サラマンダーは戦闘に長ける種族。サラマンダー最強と言うことは全プレイヤー中最強を表す。パワーだけならノーム、スピードならシルフが勝るかもしれない。バランスが良く、特に武器の扱いに関して言えば右に出る種族はいないとされる。

 

「おまけに彼の武器は魔剣グラム…伝説の武器(レジェンダリーウェポン)だ。」

 

 そんなおまけまでついているなんてもう何も言えなかった。彼女は1ヶ月前まで初心者だったのに。

 

「やってみなきゃ分からないさ。」

 

 3人揃って心配をしているのにキリトは涼しいものだ。

 

「…凄い信頼だネ?」

 

 キリトの次に親交が深いであろうアリシャですらこの反応であるのに。

 

「強いって言ったって一介のプレイヤーだろ? あいつが…セツナが負けるところなんて俺は見たこと無い。」

 

 キリトの強い調子の言葉に上空では遂に戦闘が始まろうとしていた。そこまでの強い信頼…本当に二人の関係はどこまで深いのかリーファには想像もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いに大きく啖呵はきった。負けられないのはお互い様。それでも勝負は尋常に。

 

空中戦闘(エアレイド)で良いの? 途中で落ちても知らないわよ。」

 

 飛んできただろう彼らが残り飛べる時間はどれくらいだろうか。セツナとしては気を使ったつもりだったが言葉選びが如何せん上手ではなかった。敵の将は不敵にふんっと鼻で笑うだけだった。

 

「軟弱なプーカとの戦闘にそう手間取りはせん。十分だ。」

「…そうね。滞空制限の前に私が叩き落としてあげるわ。」

 

 そこはセツナも譲らないところでお互いに片頬の口角だけを上げると、得物を前に構えた。あの世界での武器の生まれ代わりのようなこの武器になら託せる。武器のほぼ中央、刃に近い場所を握ったのは無意識だった。

 あの頃のようなデュエル開始の合図はない。お互いの間合いが詰まった瞬間、どちらともなくその牙を向いた。

 

「せぁっ!」

 

 体の大きさからスピードは自分の方が明らかに勝る。瞬間的に背に意識を集中させることで爆発的な推進力を得る。先ずは縦に振りかぶり小手調べに上段からの攻撃を繰り出す。

 

 ガキィィンッ

 

 大きく金属音が鳴り響き、それは相手の武器にいとも簡単に防がれる。セツナは自分の口元が緩むのを感じた。簡単に終わっては詰まらない。この男…この1ヶ月は出会えなかった強敵だ。あの頃の新しい層に上った時のような高揚。

 直ぐに横へと弾き、すぐに攻撃態勢を立て直す。強打を当てるのは難しいかもしれない。ならば手数。大剣に分類されていようがセツナにとっては変形の槍。片手で握り、無数の突きを繰り出す。敵の装備は両手剣。つまりは盾を持たない。堅そうな(そうび)ではあるが盾に比べれば確実にダメージは受けるはずだ。

 ガツッガツッガツッキンッと細かい音が時折武器にいなされていることを知らせる。相手の表情を窺うと涼しいものだ。うっすらと笑みさえ浮かんでいるように見える。HPバーを確認はしていないため、どれほど減っているかは分からない。その表情が示すのは問題にならない程度しか減らせていないと言うことだ。

 思ったよりも堅い相手に一旦大きく引いた。結局は強打を当てなければならないらしい、と即座に頭を切り換える。

 

「ふんっ」

 

 すると大きな風圧を身に感じた。それは相手が攻撃モーションに入ったためだった。

 大振りの攻撃など…と正中に構えた。パワーヒッターであることは明らかなので衝撃をきちんといなせるように。しかし、その刃先はセツナの予想しない方向へ進んだ。

 

「え……っ!!」

 

 気が付いた時には時既に遅し。相手の剣先はセツナの得物をすり抜け、その胸元へクリーンヒットした。

 エセリアルシフト。魔剣グラムの持つその特殊効果。伝説の武器(レジェンダリーウェポン)を持つもののアドバンテージを身を持って体感することとなった。

 

 

 

 




よしよし。ペースを戻せてる!
役者が揃ってきました。後はディアベルさんだけ!

戦闘はやはり難しい…

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