白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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13話*孤独の先に

 

 

 

 

 

 先にクリーンヒットをもらったのはセツナだった。

 派手なエフェクトライトと共に華奢な体が吹き飛ぶのに地にいる面々も黙ってはいられない。

 

「セツナっ!!」

 

 初めてキリトは声を荒げた。

 確かにセツナは相手の攻撃を武器で受け止めたように見えた。しかし、魔剣グラムはセツナの武器を通り過ぎ、彼女まで届いた。

 

「あれは…」

 

 リーファも答えを持たないようで言葉を探していた。明らかにおかしい。それだけ明らかに刃は交わっていたのだ。

 

「エセリアルシフト…。」

 

 その答えはシルフ領主と言う長身の美人からもたらされた。

 

「魔剣グラムの恐ろしさは攻撃力だけではない。相手の武器や盾を透過するあの特殊効果にこそある。」

「それがエセリアルシフト…。」

 

 つまりは防御が出来ないと言うこと。相手の攻撃は避け続けなければならない。

 剣技においては…実際は槍術であるが、セツナの右に出るものなんていないとキリトは思っていた。命の奪い合いを2年間してきた。どんな武道の有段者であろうともそんな経験はそうはない。だが防御が叶わない、と言うのは大きすぎるハンデだ。確信していた勝利が揺らぐ。

 空では防戦一方に攻撃を避けるセツナの姿があった。持ち前の反射神経で躱し続けてはいるがどこまでもつか。それに逃げているだけでは勝利を引き寄せることは出来ない。自然に右手が背の剣の柄を手繰り寄せる。それでも、セツナの目は諦めていない。そんな状況で乱入したらどうなるか。

 

「後でブッ飛ばされるか…。」

 

 余計なお世話だとかなんとか言われ激怒されるのは目に見えている。しかし劣勢には違いない。キリトはどうするのが最善か決めあぐねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 相手のエンジ色の切っ先を躱しながら、なんとか少しずつ攻撃を加えていく。

 

「っ!!」

 

 気を抜けばいつその刃が再び身を切り裂くか。先端が丸くなった切ることに特化した剣。

 セツナは自分のHPゲージを横目に見ながら避けることに集中する。相手の初撃は咄嗟に後ろに飛び退くことで、食らいはしたものの衝撃はなんとか散らした。それでもHPは大きく減少しており、次を受ければどうなるか分からない。当然に治癒魔法を唱える余裕なんてものはない。SAOの世界にいた頃、いかに戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルに甘えていたかが分かる。…しかもセツナの場合スキルがほぼコンプリートのおまけにブーストアイテムまで所持していたのだから尚更。ただ、今そんなこと思ってもしょうがない。考えるべきはどうすれば相手にダメージを与えられるかだ。何度目か既に数えきれない斬撃は絶え間無く襲ってくる。

 

「どうした、避けてばかりではオレは倒せんぞ。」

 

 余裕たっぷりにそう言われて苛立ちは募るばかりだ。そんなことは自分が一番分かっている。

 

「その余裕、いつまで続くかしら!」

 

 虚勢でもなんでも大声で吐き出し、また一太刀交わしながら、やっとのことで強打のモーションに入った。

 

「せぇいっ!」

 

 上部から大きく振り下ろすもあえなくそれはキィンと音を立てて受け止められる。セツナは小さく舌打ちをして大きく離れた。一度クールダウンが必要だ。

 相手の攻撃は自分の武器をすり抜け、自分の攻撃は相手の武器に遮られる。そんな理不尽なこと…しかし、それは1つのことを示唆している。当たり前過ぎてなんとなく見落としてしまっていた1つの事実。

 武器はずっと消えているわけではない。

 セツナに攻撃を当てる瞬間、そしてセツナの攻撃を受け止める瞬間は確かに存在する。言い換えればそれが通り抜けるのはセツナが攻撃を受け止めようとした瞬間だけ、その一時だけそれはすり抜けるのだ。

 長い武器の中央を握り締め、出来ることを考える。

 どこかで傲りがあったかもしれない。自分は強い。元ベータテスターで攻略組。スキルもカンストしていて、誰よりも高いレベル。それでも…あの時HPは0になり死んだはずだった。終わったこと。今は関係ない。なぜ迷い込んだか分からないここでは新参者だ。自分より強いプレイヤー、強力な装備を持っているプレイヤー、そんなのいて当たり前ではないか。

 それでも、倒さなければならない。いつも立ち向かっていたフロアボスたち。強敵なのは分かっている。それを死なずに倒すためにどうしてきたか。

 肩から息を吐き出しあの時の感覚を思い出す。

 そんな間にも相手の斬撃が襲いかかってくる。

 いつもそうだった。逃げていてはしょうがない。対策を打ち出すことが勝利に繋がった。今回だってこの消える武器をどうにかしなければいけない。ならば…

 セツナは敢えてその攻撃を受け止めようと剣を構えた。その様子に男は笑みを浮かべる。

 

「気でも触れたか!」

 

 容赦なく振り下ろされるその攻撃に集中する。ずっと消えているわけではない。自分に当たる瞬間は実体を持っている。ならば、受け止めるは攻撃の当たる直前!

 当然のごとくすり抜けていく攻撃を見送るとセツナはその手を返した。

 

キィィンッ

 

 男の顔が驚愕に染まる。確かにその刃はセツナの首を捉えるはずだった。しかし、その攻撃は長い柄によって防がれる。下から弾きあげるように剣を旋回させると、セツナは更にオールを漕ぐように刃を返した。

 

「はぁっ…!」

 

 完全に虚を衝かれた男はそれに為す術なく、次の瞬間には衝撃を受けた。派手なエフェクトに目が眩む。そして、それは一度では終わらない。切り上げられたかと思えば、それは即座に振り下ろされる。細い体に見合わない…パラメータ制のため当然なのだが、重たい攻撃にHPはみるみるうちに減っていく。

 

「ぅぐっ…。」

 

 恐ろしい速さの六連撃の突きに男は思わず呻いた。それでもセツナの攻撃はやむことなく、そこから大きく飛び退くと、かつて一番得意だった攻撃のモーションをとった。

 自身の誇る最速の突き。

 

「やぁっ!!」

 

 一瞬、消えたようにも見えたそれに男もHPが空になるのを覚悟した。しかし、セツナはそれを当てず、剣を喉元に突き付けるとそこでピタリと止めた。

 

「チェックメイト。」

「…なんのつもりだ。」

「私の勝ち。でしょ?」

 

 その先端が当たりさえすればHPは無くなる。その程度にしか男のHPは残っていなかった。

 

「…情けのつもりか。」

「…別に、相手のHPを奪いきることだけが勝負の結末じゃないでしょ。」

 

 そう言ってセツナが笑みを浮かべると、男はややあってから剣を背にしまい両手を上げた。

 

「変わったやつだ。オレはユージーン、貴様の倒した男の名前だ。」

「あなたも十分変わってるわよ。」

 

 そこでようやくセツナも剣を納めた。

 戦いの終結に周囲は一気に沸き上がった。ALOは魔法の世界。物理攻撃でのこのような攻防を目の当たりにすることは滅多にない。大抵の場合は魔法の撃ち合いになるのが常だ。サラマンダーたちもその行方を固唾を飲んで見守り、その剣舞の攻防に心を奪われたようだった。

 その中心にいながらセツナは飄々と尋ねる。

 

「で、要求はのんでいただけるの?」

「仕方あるまい。我々としても三種族を敵に回すのは得策ではない。」

「そ。ありがと。」

「プーカの強いプレイヤーがいる…ガセだと思っていたがここまでとはな。」

「ナニソレ。」

「ふん、まぁいい。実力に免じて今回は引こうじゃないか。」

 

 そう言うと男、ユージーンはサラマンダーの軍勢に撤退の合図を出した。

 

「また会おう。今度は別の形でな。」

「リベンジマッチ? 受けてたつわ。」

「口の減らない…」

 

 そう言いながらも小さく笑うとユージーンは軍勢を率いて去っていった。60人もの軍勢の撤退は中々の迫力だ。全く気にしていなかったが、一気に襲いかかられたことを後から想像して少し怖くなる。

 運も良くそんなピンチにはならずに上手く撤退させることが出来た。セツナも元の台地へと身を降ろした。

 

「ただいま。」

 

 何事もなかったかのように降りてきたセツナにアリシャは興奮して飛びかかる。

 

「ビックリしたヨ! あんなデタラメ! でもいいもん見せて貰ったネ。」

「見事なものだな。アリシャが言っていたことが良くわかったよ。」

 

 二人の領主をはじめ、会談に来ていた両種族から拍手が送られ、セツナは気恥ずかしくなる。自分としてはただ必死に戦っただけだ。確かに守った事実もあるが、その拍手には別の意図が含蓄されていることに気付かない程鈍くはない。

 

「あは…ちょっと危なかったけどね。」

 

 そんな雰囲気に堪えきれず視線をそらすとそこには飛び上がる前にはなかった顔を見つけた。それはこの世界に来て初めて出会った少女の顔。そして…

 

「リーファ!」

 

 呼び掛けるとリーファは片手を上げて応えてくれた。それよりも隣の強張った顔をしている少年に意識を奪われる。こちらに向けられる強い視線。それは既視感のある…そしてどこかあたたかいものだった。

 

「どこかで…?」

 

 それはすぐにはセツナには分からなかった。ただ知っている。なぜかそう感じた。

 

「…セツナ…。」

 

 少年から放たれた声に大きく胸が揺れ動くのを感じた。

 

「え………。」

 

 ただ名前を呼ばれただけ。それなのにこんな風に心が揺さぶられる相手なんて一人しかいない。そして、その人はここにいるはずがないのだ。そんな偶然あるわけがない。訳が分からずセツナはそのまま地を蹴り飛ばした。

 

「セツナ!?」

 

 背中を追う声。それまでもが想起させる。

 混乱し、セツナは最大速度で空を駆けた。

 

―なんで…なんで…なんで!?

 

 訳が分からず真っ直ぐに世界樹を目指して。しかしそれもすぐに終わることとなる。

 思っていたよりもユージーンとの戦いは長かったようで、翅に残された時間はそう多くなかったのだ。光を失った翅はその機能を失う。慣性でやや進みはしたものの、向かう先は重力のままに地面だ。

 あぁ…やってしまった。そう思うも後の祭り。以前何も知らずに落下したときは運良く森に助けられたが、今回はそんなクッションも無さそうだ。

 あんな大立ち回りをしておきながら最後はこれなんてカッコ悪すぎる。行き当たりバッタリなところが自分らしすぎて笑ってしまう。

 そんな覚悟をした時、体は不意に浮力を取り戻す。ますます混乱する頭を整理しろと言うのもむちゃな話。ただ1つ分かったのは取り敢えず命はまた拾ったと言うことだ。

 

「全く…相変わらず無茶するんだなお前は。」

 

 それはさっきの少年のお陰だった。

 あろうことか少年は最大速度で飛んでた自分に追い付くほどの速度で飛んできたおまけに、落下した自分を受け止めたのだ。

 そんな離れ業を出来る人間。そしてこの口調。セツナの脳裏に浮かぶのはただ一人だった。

 

「…キリト…なの?」

 

 どこか信じきれずに語尾が上がる。そんなセツナに少年は少し所在無さげな顔をして困ったように笑った。

 

「あぁ…。」

 

 出てきた肯定の言葉に視界が滲んで行くのを感じた。

 

「なんで…。」

 

 なんで。どう考えても偶然ではない。キリトはあの時ログアウトして、日常に戻ったはず。あんな時間を過ごした後、短期間に別のゲームに入り込もうなんて考えにくい。たとえ有ったとしても、いくつものゲームの中から偶然に出会うなんてこと…。

 

「今度こそ、助けに来た。」

 

 それは現実でキリトがセツナを探し、ここまで来たことを示していた。

 

「…バカ。」

「なんとでも言えよ。」

 

 言葉とは裏腹にセツナの瞳からは涙が溢れ出ていた。

 

「私…まだ生きてるんだ。」

「あぁ。」

「キリトも。」

「お前が還してくれただろ。」

「…私も還りたい。」

「そのために来たんだよ。」

「うん…。」

 

 塞き止めていたものが溢れ出る。

 信じてはいた、でもどこかで信じきれていなかった彼の生還と自分の命が繋がっていること。その答えがクリアになることはまだ見えぬこの世界から出る希望に繋がる。

 

「俺も…お前の母さんも…ディアベルも。みんなお前を待ってるよ。」

「…ちゃんと、みんな本当に還れたんだね。」

 

 茅場を疑った訳ではなかった。しかし死んだはずの自分がこんなことになっているのだから他の人がどうかなんて確かではなかったのだ。

 

「だから今度はセツナの番だ。」

 

 キリトに言われたその言葉にセツナは強く頷いた。朧気に信じていた可能性。ただ闇雲にゲームクリアを目指していた。本当に還れるかなんて分からないのに。しかし自分の体が生きているのであれば何かしら方法はあるはずだ。

 

「うん。向こう側でやらなきゃいけないことがある。」

 

 自分が犯したものがあろうとも、諦めきれない願いがある。

 

「この世界でキリトが一緒で出来ないことなんてない。」

 

 2年を一緒に過ごした彼への想いは心からそう信じさせてくれた。

 

 

 

 




本当はクリスマスに上げるつもりが書き上がらなかった…。

と言うわけで再会です。
なんかずっと考えてたわりにはあっさりとした再会に…要は思ったようには書けなかったと言うことですが。
ユイどこ行った…

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