それまで隣にいたのにあっという間に飛び去った。
色んな表情を見ていたつもりだった。
だけどそれは彼のたった一部でしかなかった。彼女は見たことのない表情をいとも簡単に引き出した。そればかりかこれまで見てきたどんなものよりも、リアルな…現実と紛うような表情だった。
ロケット噴射のように飛び立った白銀の翅を追った黒い翅はスピードクイーンを自負していたリーファですら驚くぐらいの速さだった。
「リーファ、彼は?」
そう上から降ってきた声に意識を取り戻す。サクヤの程よく清涼感のある声は目覚ましに調度良い。
「…彼は」
しかし尋ねられたことには答えられなかった。どう説明していいか分からない。考えてみればそれぐらいに希薄な関係。一緒に旅してきたのが嘘みたいだった。出会ってからまだたった1日と言えば勿論それまでなのだが。
答えに詰まっていると愛嬌のある瞳が下から覗き混んでくる。大きな瞳に獣の耳。そう言えばケットシー領主の彼女にもまだ挨拶もしないままだった。
「彼、あの子と良く似ているネ。キミもセツナを知っているんダロ?」
くるくると良く動く瞳には全て見透かされてしまいそうだった。
「はい…。あの、私はリーファと言います。」
「アリシャ・ルーダヨ! よろしく。」
同じ領主でもサクヤとは違い、随分気安い雰囲気だ。それでも何か、形容し難いオーラのようなものが漂っているように思う。
「アリシャさんはどこでセツナと?」
目を大きくしばたたかせてからアリシャはいたずらっ子のように笑った。
「古森の中だヨ。滞空制限を知らなかったみたいで落ちてきて…ちょぉっと仕掛けてみたらこっちの部隊の方が逆に蹴散らされてサ。」
アリシャの後ろの方では苦い記憶なのか、表情を歪める者もいる。リーファからすれば全くもって不思議なことではなかった。初期装備でサラマンダーの戦士達を一蹴した彼女だ。リーファと別れた後なら少なくとも街で準備する機会もあったはずだ。それならば彼女に会ったときは少しはまともな…いや、初期装備でも結果は同じだったかもしれない。
「私が出会ったときは初期装備でサラマンダーを蹴散らしてみせましたよ。…そして彼も同じ事をしてみせました。」
「ほぉーそれはまた! なかなか興味深い話ダネ。」
その事実を伝えるとアリシャの瞳はキラキラと輝いた。そう、セツナだけではない。キリトの方も彼女と同じ事をしてせた。その二人が今顔を会わせた。
「彼は…セツナを探していました。」
その手助けをずっとしてきたはずなのに口に出すと心がずしっと重たいのは何故だろうか。彼の目的はずっとそれで…案内してきたのだからそれが果たされたことは嬉しく思うべきことなのに。
そんなリーファの心中を知ってか知らずかアリシャの表情は変わらない。
「それで道案内してたってネ。キミも人が良いネ。」
初心者に対する親切心。果たしてそれだけだったのか。それは違う。彼と彼女に対する興味。それが根底にはあった。
「私は…。」
そして現実の自分と同じで認めたくない、認めてはならない想いがあることに精いっぱい気付かない振りをしていること。
「ごめーんっ!!」
遠くから響いてきた涼やかな声にそれは打ち切られた。リーファとしてはこれ以上なんと答えて良いのか分からなかったため、救われた気分だった。
声の主の方を見やると、黒ずくめの少年が先程まで大立ち回りをしていた少女を抱き抱えて翔んでくる姿が見えた。あっけらかんとした少女の様子からして滞空制限にかかったと言うところだろう。台地が近くなったところで体を空に躍らせると、軽々とアクロバティックに着地して見せた。
「急に失礼しました!」
やや遅れて少年も着陸する。ついさっきまで隣にいたのになんだか急に遠い人のようにリーファは感じた。それはどこか影を落とした表情だった彼女が晴れやかな表情に変わっていたからかもしれない。奥歯をキリッと噛み締めた。
「二人はどういう関係なのかニャ?」
リーファには答えられなかったことに興味津々とアリシャは耳をピンと立てた。そんな直截さはないもののサクヤの方もそんな雰囲気を醸し出す。…勿論リーファも興味が無いわけではない。今自分が知っていることは曖昧な事実。ただそれを確かにするのは怖さもあった。
目に見えて表情がクリアになった少女、セツナは答えを少年、キリトに促した。視線を合わせるだけで意思は通じているようだった。キリトはややあってから少し言いにくそうに口を開く。
「まぁ…訳あって連絡とれなくなってたんだが…お互い一番大切な人だよ。」
リーファと知り合った時にキリトはセツナのことをかけがえのない戦友と言った。それにしてはリーファが彼女を知っていると言った時の反応は大仰なもので、恋人だと思っていた。恐らくそれは間違ってはいない。ただそんな一言では片付けられないような、そんな関係なのかもしれない。キリトの言葉にセツナも頷いた。
「まさかここで会えるとは思ってなかったからちょっとビックリしちゃって。」
恥ずかしさの中の嬉しさも含んだ笑顔。逃げだしたのは元恋人で会いたくなかったから…と言うわけではないらしい。本当に何らかの事故で連絡がとれなくなっていたようだ。隣にいるのが当然。そんな雰囲気にリーファは少し悲しくなった。さっきまで隣にいたのは自分なのに。
「良かったね! ここまで案内してきた甲斐があったってものよ!」
それでもなんとか笑顔を作った。
「リーファありがとう。まさかここで初めて会ったあなたがこんな縁になるとは思ってなかったけど。」
「そうだね。ま、でも事実は小説より奇なりって言うぐらいだしこんなこともあるよね。」
不自然な表情に変わってなっていないだろうか。だとしても元々リーファはこの環境下でセツナやキリトほどの自然な表情を作るのに長けてはいない。ここが
「でも…なんでここが分かったの?」
目の前ではキョトンとした顔でセツナが首をかしげる。一体どうしたらこんな風にリアルになるのか。そんなことを思いながらもリーファはレコンに伝えられたことを思い出す。
「そうよ! サクヤ、大変なの!!」
リーファとキリトがここでセツナと再会したのはまさに偶然。目的は別のところにあった。
「大変…とは?」
セツナのおかげでサラマンダーを退けることが出来た。ただここでやれやれと終わらしてしまっては意味がない。リーファの剣幕にサクヤの
「ここにサラマンダーたちが来たのは偶然なんかじゃないの。内通者がいたのよ!」
その言葉を契機に空気は再びピリッとしたものに変わった。
キリトとの再会を喜んだのも束の間。セツナとキリトが会談の台地へ戻れば話は重苦しい方向へ。セツナはただ脅威を排除しただけのつもりだったがそう簡単な問題ではなかったらしい。リーファの話が終わるまで口を開く者はいなかった程には。
「シグルドって…。」
リーファの話によるとシグルドと言う男がこの情報をサラマンダーにリークしたと言う。その名に聞き覚えのあったセツナは小さく言葉をもらした。するとリーファが強く頷いた。
「確かセツナも一回会ってたよね。」
そう、それはセツナがこの世界に来たばかりの頃。スイルベーンでリーファと歩いていた時のことだ。人のことをじろじろと見て不躾なことを言った男。頷くことで返す。
「…でも、同じシルフじゃない…。彼にとって良いことってあるの?」
領主殺しは多大なボーナスがあると言うのは先程聞いたことだ。ただ同じ種族の者にメリットがあるとは考えにくい。おまけに自分ではなく他の者に手を下させるならば尚更。クエスチョンマークを浮かべるセツナに答えたのはサクヤだった。
「《アップデート五.〇》の話は聞いているか? 《転生システム》がいよいよ実装されるらしい。」
「それと何の関係が?」
「シグルドは数値的な強さもそうだが権力主義だ。我々はこうして同盟を結ぶが…実際サラマンダーに後塵を拝しているのが現状だ。彼らが先にグランドクエストをクリアし、滞空制限無く飛び回るのを見上げる…そんなことは許せないだろう。」
「…サラマンダーに転生するのと領主を討つのは関係ないんじゃないの?」
「転生には莫大な金がかかるとか…。領主討ちを幇助することでモーティマー…サラマンダーの領主と何か密約を交わしたんだろう。」
そこまで説明をされ、セツナはようやくなるほどと首を縦に振った。
「…でもさ、あいつヤなヤツよね? なんでそんな人がこんな重要な情報を?」
そしてそう尋ねるとサクヤは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「それは私のミスだな。公平主義を貫くが余りヤツを要職に置き続けてしまった。」
つまりは色んな考え方があっていい。そのためには自分と違う考え方の人間だとしても議会に置く必要がある。…今回はそれが裏目に出てしまったが。しかし次の瞬間にはサクヤはスッキリとした表情に変わっていた。
「しかしそれも頃合いだな。ルー、確か闇魔法スキルを上げていたな? 《月光鏡》を頼む。セツナでも構わないが。」
確かにセツナも闇魔法スキルは上げていた。実際にサラマンダーたちの目隠しに使ったのは闇魔法だ。しかし指定された魔法は知らなかったため、アリシャに首を振ることで促した。
「…昼間だからそんなに持たないヨ。」
そう言いながら愛らしい耳をピンと立て、呪文を唱え出す。するとその場所には豪奢な装飾が施された鏡が姿を現す。そして、その先にはシルフの政務室だろうか、しっかりとした造りの机に座り心地の良さそうな一人掛けの椅子。その机に足を放り出して座る緑色の長髪の男が姿を現した。
え、そこで切るの!?
…はい。
次回は適当に放り投げた伏線かいしゅー…
中途半端なのは取り敢えず更新したかったからじゃないよ!!
まだまだ続きます。
気長に待ってください…できる限りは頑張ります。