偉くありたい
人に称賛されたい
そんな気持ちは少なからず誰しも持っているんじゃないだろうか。
それが強いか弱いか。
それだけのこと。
自分の場合は少しそれが顕著なだけだ。
自覚しているだけかわいいもんじゃないか。
シグルドは主のいない部屋でリクライニングのよく利いた椅子に腰掛けた。
―この椅子が欲しい。
そう思ったのももう終わりだ。
もっと魅力的な椅子が用意されているのだから。
慣れ親しんだ緑基調のアバター。有料オプションを駆使してカスタマイズもしている。例のアップデートで種族が変わればこの姿はどうなるのだろうか。このまま赤基調の姿に変わるのだろうか。いや、それは違和感が有りそうだ。緑と赤は相対する色であるし、シルフの線の細いイメージのままサラマンダーにはなりたくない。
他者の軍門に下るのは些か不満もあるが、他種族に空を支配されるよりは幾分かましだ。ALOのグランドクエストをクリアすると、初めてクリアした種族はアルフに転生し滞空制限がなくなり、自由に空を飛べると言う。それに一番近いと言われる種族はサラマンダーだ。そんな姿を下から眺めるなんて真っ平ゴメンだ。今となってはなぜシルフを選んだのかも忘れてしまった。いくら金を積んだとしても自分は見下ろす立場にいたいと思う。
シルフでもサクヤがいる限りトップに立つのは難しい。ならば一番自分の望みに近いのはこの手段しかない。…たとえ自分の領主を売ったとしても、そんなのは一時だ。自分はもうシルフではなくなるのだから。
ずっとトップに立ちたかった。
いつだってそれは阻まれる。
それはこの世界でも。そしてあの世界でも。
憧れを馳せていると目の前に急に豪奢な装飾の施された鏡が現れた。それは鏡のような姿でも実際には自分の姿は映してはいなかった。その代わりに鏡に映るのは自分がサラマンダーになるために売った領主の姿だった。艶やかなロングヘアーを携えた美貌の剣士などそうはお目にかかれない。
「サッ…サクヤ…!!」
思わず椅子から転げ落ちそうになる。自分の目論見ではもう彼女は討たれていても…いやたとえ未だだとしても戦闘中のはずなのだ。それなのにも関わらず随分と涼やかに映っている。
そう、これは闇魔法の通信魔法。月光鏡だ。
「残念ながらまだ生きている。」
淡々と、口元に笑みを浮かべてはいるがその瞳には暖かさなどない。彼女の美しさがそれを際立たせている。
「か、会談は…。」
「予期せぬ来客があったから調印はまだだが…無事、終わりそうだよ。…ユージーン将軍がシグルドによろしく、と。」
温度の感じられないサクヤの声に部屋の気温が一気に氷点下まで落ちたように感じられた。なぜ彼女は生きている…そしてなぜその事を知っている…。ユージーン将軍を退けられるプレイヤーなどいないと思っていた。しかしサクヤがこうしていると言うことはその算段が甘かったと言うことか。しかし全プレイヤー中最強と名高い彼を倒すとは尋常ではない。
混乱して視線を泳がせているとサクヤの周りの人物たちが目に入った。
まずはポニーテールの少女。パーティを組んでいた彼女は政治には興味がなかったのではないのか。その彼女がどうしてその場所に。そしてその隣には黒ずくめで背丈ほどの大剣を携えた少年。それは確かスイルベーンでリーファの連れていた人物だ。更にその横には…真っ白の髪で背丈より長い武器を背負った少女がいた。その二人の姿にシグルドは古い記憶を揺り動かされた。…自分としては思い出したくもない苦い記憶。
かつて、同じようにダイブしていた別タイトル。そこには種族と言う概念はなく、魔法もなかった。純粋な強さのみが中心の世界。当然の如く誰よりも強くあることを望み、誰よりも早く新たな道を拓こうとした。
しかしそれをすることは叶わなかった。
井の中の蛙とでも言うか、自分より遥かに上手く、強いプレイヤーたち。どれだけプレイ時間を伸ばしても敵うことはない。次元の違いを見せ付けられた。今となってはそのゲームは伝説となり、大事件になってしまったため、途中で意思を挫かれたことは良かったのかもしれない。自分はベータ版のみをプレイし正式サービスをプレイすることはなかった。しかし記憶には強く残っている。その筆頭にいたのも黒ずくめの男と白髪の少女だった。
いかにもRPGの主人公然とした美丈夫のオーソドックスなプレイヤーの側に、透き通るような容姿でいて鬼のような破壊力の武器を振り回すプレイヤー。そう、白髪で赤目…そしてリーチの長い武器に空色の装い。
「まさか…。」
サクヤの後ろに認めた少女。彼女とも一度スイルベーンで顔を会わせた。その時は何も思いはしなかったが…。パーソナルカラーを大切にする者は多い。そしてその容姿は…。記憶の中の少女と寸分違わぬ姿だった。何故あの時気付かなかったか不思議なぐらいに。もし彼と彼女があの二人ならば、もしそうであるならば、ユージーンが討たれたことに合点はいく。あの時でさえ別次元…時間が経った今、更に上を行くのは間違いない。何故今までこの世界で名を馳せていなかったか不思議なくらいに。
全て悟った様子のシグルドにサクヤはゆっくりと言葉を浴びせる。
「シルフでいるのが耐えられないのなら、その望み叶えてやろう。」
そして左手を縦に振ると現れたパネルを操作していく。それが何を示すか分からないシグルドではない。
「まさか…、お前そんな事をして只で済むと思っているのか。」
「それはお前ではなく次の領主投票で民が決めることだ。…去らばだ。
サクヤは躊躇いなく左手を動かす。
「ま、待て…!」
必死の制止にも彼女の眉はピクリとも動かず、その代わりに再び薄い唇が開いた。
「いずれそこにも楽しみが見付かることを祈っているよ。」
強制転移。
体が浮遊する感覚を味わいながら様々な思考が飛び交う。
虚無
敗北
喪失
サービス開始から1年程…自分が築き上げてきたものが失われていく。本当にそれは得てきたものなのか。少しの疑問も浮かびながら。結局自分には自尊心と慢心…それしかなかったのか。
その真価はこれから試される。その事に思い至るようなシグルドではなく、そのまま意識を飛ばした。
鏡がゆっくりと消滅をし、それを維持していたアリシャ・ルーが腕を下ろしたところでサクヤも視線を下げた。
「サクヤ…。」
リーファの声にサクヤは直ぐに表情を変える。
「私が間違っていたかどうかは民が決めてくれる。それよりも政に関心のない君がこうして駆け付けてくれたことが嬉しかったよ。」
覚悟を孕んだその表情は清々しいものだった。そこには迷いの欠片もない。領主として領民を追放するのは大きな決断だったろう。リーファはそんな自分の種族の領主を誇らしく思った。
「結局何もしてないけどね。」
照れ混じりに答えれば再び興味は彼女に戻る。何かした、彼女に。
「そう言えばセツナ、プーカ領主の名代だって言ってたけどいつ知り合ったのかニャ?」
アリシャの疑問にセツナは目を丸くする。そしてカラカラと軽快に声を上げて笑った。
「そんなことも言ったわね。まっさか! 知り合いでもなんでもないわ。テキトーよ。あれぐらい言わないと話にならないと思って。」
あっけらかんと事も無げに言うセツナに一同は唖然とし、キリトは大きくため息をついた。
「あ、キリト、マタコイツハ…とか思ってるんでしょ! 自分だって同じ事をする癖に!!」
目敏くそんなキリトを視界に入れたセツナは直ぐ様不平をぶつける。そしてそんなことを言われて、言われてみればそうかもしれない自分に今度は苦笑いを浮かべた。
かたや一段落した横では領主同士でそんな彼女の奪い合いが始まる。
「ははっ頼もしいネ。ずっとケットシー領で用心棒をやって欲しいぐらいだヨ。」
「ルー、君の友人ではあるが、聞けばリーファの友人でもあるみたいじゃないか。今回のことはシルフの諍いだ。こっちにも交渉権はあると思うが。」
色仕掛けを仕掛けられたら男ならイチコロと言う色気を漂わせながらのそんな会話。勿論そのベクトルは真逆ではあるのだが。しかし、残念ながらセツナは女性であるためその色気も100%の効力は発揮しない。
「お気持ちは嬉しいんだけど、私はまずゲームクリア…なんだよね。だから取り敢えずは央都に向かいたいの。」
そう口に出してセツナは大きな戦闘で片隅に追いやっていた目的を思い出す。キリトと確認しあった元の世界、現実の世界に還ること。その方法の手掛かりはまだゲームクリアしかない。それが正しいのかすら分からないが他を考えられない限りはそれを目指すしかない。
「そうか…我々の会談もそのためのものではあったが、もう少し時間がかかりそうだ。」
「攻略にはお金もかかるもんネー。」
二人の領主は気分を害することはなく淡々と答える。するとキリトが何かに気づいたかのように口を開いた。
「なぁ、セツナ。」
キリトに耳打ちされた提案にセツナは直ぐ様乗ることに決めた。必要最低限。それ以外は必要のないものだ。何故今まで気が付かなかったのかと思い、キリトもセツナも
「ねぇ、これ、使ってもらえないかしら。」
それが攻略の手助けとなり、自分がこの世界から解放されるなら本望だ。チャリっと音を立てる重量のあるそれをアリシャは恐る恐る覗き込んだ。大きさにして歩幅程のものが腰ぐらいまでの高さを持つ。
「さ…サクヤちゃん…これ…。」
そしてその中に入っていたものの1枚をつまみ上げるとその顔色を青くした。
「10万ユルドミスリル貨!? まさかこれ全部?」
サクヤも慌てて二人が出したそのものの中身を覗き込む。
「ちょっとは足しになるでしょ? 勿論、あなたたちが攻略する時には同行させてもらうのが条件だけど。」
肩をすくめてサラリに言うセツナだが二人の領主の表情は強張ったままだ。この世界の金銭感覚をよく分かっていない二人ではあったがそれは結構なもの。
「こんなの無くてもセツナには協力してもらうつもりだったヨ!」
「どうやってこの額を…一等地に城が建つぞ。」
「キミもいいノ?」
アリシャにゆっくりと振り向かれキリトも首を大きく縦に振る。
「当然! セツナの意思は俺の意思だ。」
「それなら有り難く…これだけあれば十分かも知れないネ。」
「なら良かった。私たちは先に央都に向かうよ。…リーファはどうする?」
「えっ!」
攻略の話がトントンと思いもよらぬ方向へ進み呆気にとられていたリーファは声をかけられて戸惑う。キリトの目的はセツナを探すこと。それが達成されたから自分はもうお役御免ではないかと。
「私は…。」
二人を間近でみるのは少し心苦しい。だけど二人の振舞いは見ていたいと思う。矛盾した思い。
そんな彼女を後押しするのは彼女が案内してきた人物本人だった。
「俺もセツナも…まだこの世界に慣れてないからもしリーファがいいなら一緒に来てくれないか?」
キリトにそう言われリーファはセツナに視線を移す。するとセツナも柔らかい笑顔で頷いた。
「魔法、まだそんなに得意じゃないの。サポートしてくれると嬉しい。」
チクりと胸の痛さはあるものの二人にそれ以上に惹かれているのも事実。そして、シルフ領からこんなに離れて自由に歩き出したことにもワクワクしていた。
「あ…アルンまで案内するって言ったじゃない。当たり前よ。」
ただ素直には言えずにリーファは顔を背けた。頬が赤くなってしまったのがバレていないだろうか。横目でチラリと二人に視線を向けると見透かされたような笑顔が憎らしい。
「ふふ、ありがと。そしたら…アリシャ、サクヤ央都で待ってるわ!」
「できるだけ早く向かうようにするヨ!」
「これだけされては動かずにはいられないよ。」
その約束。たったそれだけでセツナはゆっくりと翅を開いた。森を抜け、世界樹を目指したときとは違い、隣に二人の仲間。そして後から来てくれる仲間。頼もしく思える。そして隣のうちの一人はもっとも信頼できる人だ。
まだ、何も解決したわけではない。それでも心踊らずにはいられない。
「キリト、リーファ、競争しよっか。」
セツナは一気に背中に力を入れた。
と言うわけで…期間が開いてしまいましたがやっとこさ更新です。
それがあるべき場所
二人の立ち位置みたいに思っていただければ幸いです。
次回はALO編で書きたかったエピソードのうちの1つを書きたいと思います。
ディアベルはん…私は忘れていない。
適当に張っといた伏線も回収です。
シグルドさんがSAOのベータテスターだったら。
勿論捏造です。