なんで
なんで
なんで
なんで
なんで…!!!
何度繰り返しても足りない。それほどに直葉は動揺していた。病院から出てすぐに走り出したのはその表れだろう。歩いて15分程の距離を一気に駆け抜け、5分程で駅に着くとすぐに電車に飛び乗った。今思えば美青年の友人…弘貴と言ったあの人が口にした名前で気付くべきだった。
キリト
確かにそう聞こえた。だけど都合のいい頭は桐ヶ谷の聞き間違えだと思った、思い込んだ。しかしそうではなかったのだ。
兄、和人は
ゲームに囚われていた兄が還ってきた時、どんなに嬉しかったことか。彼が囚われている間に知った真実のせいで芽生え始めた感情も相俟って。…2年間と言う時の中でそう言う存在が生まれるのは不思議なことではない。ただチクりと胸が痛く…自分の想いに気付かされた。叶わない。それでも捨てられない感情。だからALOでキリトに会い、同じものが芽生え始めたとき、どこか安心した。
しかし、直葉はVRMMOプレイヤーとして忘れていたことがあった。和人も雪菜も本名でプレイしている可能性は低いと。そんなプレイヤーは珍しいものだ。実際に自分もリーファと言うキャラ名をしっかり持っているし、クラスメイトの長田くんはレコンと言う名前を使用している。だから彼も彼女も当然そうであった筈なのに思い至らなかった。まさか和人がキリトであり、雪菜がセツナであったことに。
SAOの世界では現実の世界の姿が再現されたと言う。雪菜は眠ったまま。あの姿を見てすぐに答えが浮かんだ。セツナはまだ囚われたままであり、キリトは彼女を助けるためにあの世界に入り込んだのだと。
自分の2つの淡い想いは同じ人に向けられたものだった。
「…そんなのって…ないよね。」
ポツリと呟いた言葉は電車の音にかき消される。
雪菜…セツナがなぜALOにいるか、難しいことは分からなかったが、ただ1つ確かなのは自分の想いが実ることはないと言うこと。あの二人がどんな風に想いあっているかはALOの中で目にした。
今日、雪菜に会いたいと思ったのはただ確かめたかったからだった。キリトに向かい出した想いがどんなものなのか。それは和人の想い人に会えば分かるのではないか。そんな気持ちから病院に来ただけだった。…答えは分かった。最悪な形ではあったが。誰が悪いわけでもない。ただの偶然が引き起こしたことだ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので…時に非常に残酷だ。
しかし真っ白の髪に肌。
ALOの中やマンガでは目にすることもある。正に妖精…アバターだけでも羨ましいのにあの容姿が現実のものとは俄に信じがたい。
「世の中不公平だよ…。」
電車の窓に微かに映る自分。黒い髪にしっかりとした目鼻立ち、女子にしてはきりりとした眉毛。線の細い兄…
「でも…私、サイテーだ…。」
次々と湧いてくるどす黒い感情に直葉は自己嫌悪する。彼女は何も悪くなく、被害者だ。羨ましく、妬ましく思うのも自分の勝手な想いからなのだから。
直葉はゴツンと窓に額をぶつけるとガラス越しに伝わってくる外気にそのまま少し冷やしてもらうことにした。
「セツナ…。」
弘貴はゆっくりと白い頬に触れた。2年眠り続けている少女の顔色は決して良いものではない。それでも感じるほのかな暖かさに込み上げるものがある。
「…ディアベル…。」
弘貴のそんな様子を見て和人は改めて彼の情の深さを思い知った。あの世界でも常に優先していたのはセツナの気持ち。すれ違いを繰り返していた自分とは大違いだ。でなければあの時彼女をギルドから脱退させることなどできなかっただろう。彼女の隣にいたのは間違いなく自分であるが、背中を支え続けたのは彼に他ならない。だから彼には公平であらねばならないと思うのかもしれない。単なる恋敵ではない。セツナにとっても大切な存在であることは間違いないのだから。
しっかりと、存在を確かめるように触れると弘貴は撫でるようにその手を離した。振り返ったその表情は強い意思に包まれている。
「キリトさん…必ず…助けよう。俺は
弘貴は知っている。セツナが
セツナ…雪菜は和人と同じだった。人とのつきあい方を知らない。アバターを、壁を一枚挟んだ人間関係以外を恐れていた。和人のそれは自分の生い立ちに起因したが雪菜の場合はその容姿によるものだった。仮想世界での圧倒的な美しさが現実世界ではただの異質なものだ。それは想像するに難くなく、実際に自分が街中で雪菜と同じ容姿をした人を見たらどう反応するか…雪菜と言う存在を知っていたとしても…。それでも世界が終わる時、人と関わることを知れたのにと涙した彼女を救い、現実世界でも出会いたい。そして…。
「あぁ…!」
それは二人に共通する願いだった。
「雪菜は幸せね。」
二人の想いに雪菜の母は笑顔を見せた。その笑顔に報いるためにもその方法を必ず見付け出さなければならない。
ーしかし…気が重い。
帰路に着く、和人の本音だった。
なぜ
「サクヤ…ではないな…アリシャ…?」
もしくはあの会談にいたシルフかケットシーの誰か。ただ和人の中で数少ない人間に限定するのなら答えは出ていた。
「やっぱリーファ…だよなぁ…。」
真っ直ぐでどこか型を思わせる剣術を披露するリーファ。剣道で全国大会ベスト8の直葉と思えばすっと心に落ちてくるものがある。
ただ、驚くのは分かる。自分だって教えてもいないキャラネームを口にされたのだから動揺はした。だけどあのように飛び出して行くほどではない。
「なんかマズイコトしたっけなぁ?」
リーファの前での振る舞いを振り返るがさして思い当たるものはない。…SAOで心配をさせておいて短期間でALOにダイブしていることが問題だと言われればそうだが。どちらかと言えば逃げ出したいのはこちらの方だ。妹の前と知らずセツナを抱き抱えるなどパフォーマンスが過ぎる。その他にもあれやこれやの発言。思い返せば赤面ものの台詞がある。
直葉にすれば笑い飛ばせば済むような感じもするがきっと原因は他にあるのだろう。セツナの方が何かしたかとも考えたが、もう一度会いたいと口にしたからには違うのだろう。
「…わからん。」
いかに足取りが重かろうともいつかは家に着く。直葉になんと声をかけようか。直葉は何をしているだろうか。ALOにログインをしているだろうか。はたまた寝てしまっているだろうか。
考えが定まらないうちに家についてしまい和人は頭を抱えた。祖父の残した道場があり、外観は純然たる日本家屋でありながら中はそこそこにリノベイトされている我が家。自室の隣の部屋には可愛らしいドアプレートがかかっている。そこが直葉の部屋。ドアはぴっちりと締まり、明かりは漏れてきていない。電気をつけてはいないのか、はたまたいないのか。
コンコン。和人は意を決して部屋をノックした。
帰ってくる返事はないがドア越しに人の気配がするのを感じた。
「直葉…?」
呼び掛けにも答えないが聞いているならそれでもいい。
「…そりゃ俺だって驚いたけどさ…。またナーヴギアを使ったことを怒ってるなら悪かったと思うよ。だけど仕方なかったんだ。」
「放っておいて…一人にして…。」
ドア越しにようやく聞こえたのは低い声だった。それは和人の弁解をすべて否定する言葉だった。ただ、このままでは終われない。兄妹気まずいまま過ごしていくなんて真っ平ごめんだった。和人は言葉を絞り出す。
「…雪菜…セツナはまだあの世界に囚われている。あのままになんてしておけない。だから…。」
すると直葉からは泣き叫ぶような声が響いてきた。
「そんなの! 分かってるよ…。」
言葉尻は弱く、拒絶の意思を感じる。
「………。」
和人が言葉を発せずにいると直葉は静かな声で言葉を続けた。
「…分かってる。セツナもお兄ちゃんも何も悪くないの。自分が嫌になっただけ。」
「スグは…リーファは俺たちを助けてくれたじゃないか。なんで…。」
「お兄ちゃんを好きな気持ち、キリトくんにすげ替えようとした自分が嫌なの。雪菜さんに、セツナに嫉妬してぐちゃぐちゃな自分が。」
直葉の言葉に和人は言葉を失う。だって…
「…好きって俺たちは。」
「もう知ってるの。私たち、本当の兄妹じゃないって。」
それは和人が知った時、人との距離感が分からなくなった真実。その微妙な事実は人の感覚をこんなにも狂わせるのか。ただ、直葉は知らないはずだった。だからそこ和人はSAOから帰って来て、それまでの数年間を埋め合わせるように直葉に接してきた。それが裏目に出るなんて思っても見なかった。
「…2年も前から。だけど、こんなことになるなら知らないままが良かった!そしたら、こんな気持ちになることなんて無かったのに。」
「…ゴメン……な。」
直葉の悲痛な声に和人が返せたのはそれだけだった。何があろうとも自分にとっては直葉は妹であり、また大切な人は他にいる。しかしかけがえのない存在と言う点では直葉もそうである。どうしたらいいか。
「…だから…もう放っておいて。」
直葉の方はもう閉ざしてしまおうとしている。今、何かしなければ本当にどうしようもなくなる。
「…ALOで待ってる。宿の外のテラスで。」
かけられた言葉はそれだけだった。後は直葉が来ることを信じるしかない。和人は自室にはいるとすぐにナーヴギアを被った。
GWは如何お過ごしでしたか。
今週はやる気のでない方が多いのではないでしょうか。
また期間が空いてしまいましたがなんとか更新です。
また中途半端ですが…
さて、どうしよう。