白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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8:11層*月夜に鳴く黒猫と白猫①

 

 

 

 今日はたまたま別々に行動していた。

 キリトから【暫く一緒にいれない】そんなメッセージが飛んできたのは夕食を食べようとしていた時だった。

 

 

 あれから4ヶ月。前線は24層まで来ていた。最初の1層に1ヶ月かかったことを思えば順調と言ってもいいペースだろう。セツナのレベルも40を越え、スキルもバランスよく揃ってきていた。メインアームの槍のドロップやクエスト報酬もそれなりにあり、プレイヤーの鍛冶屋も段々と出てきたことからあの頃のように苦労することも無くなった。今装備しているのはグレイブと言う種類で…分類的には薙刀のようなものなのだろうが、同じく槍としてスキルを使えるのが却って助かった。

 

 一人で宿の下のレストランで食事をとっていると青い髪の男が近寄ってきた。

「今日は騎士(ナイト)はどうしたんだい?」

 端正なマスクにキザな台詞。図々しくも目の前に腰を下ろしたこの男のファンクラブがあるとか言うから驚きだ。娯楽が少ないから異性の話は盛り上がるんだヨとアルゴが言っていたが、みんな騙されている。

「ディアベル…あなたのファンに後ろから刺されたら嫌だからあまり話しかけないんで欲しいんだけど。」

「連れないねー。そんなところも魅力的だけど。」

 よくもまぁこんな歯の浮くような台詞が言えるもんだ。仮にもここは私たちの現実であると言うのに。まさか本当の現実でもこのキャラならばすごい強心臓の持ち主と認定してやる。

「大体、キリトとは今でもパーティ組んでる訳じゃないから。必要な時にお互いサポートしあってるだけよ。」

 それはただの事実だった。二人はビーターと呼ばれたものとして、数少ないソロプレイヤーを貫いており一人で乗りきれない局面をお互いが埋めあっている状態だった。

「キリトさんは大分奥手なのかな。だからこうしていつも俺に君をギルドに誘う隙を作ってしまう。」

 この甘ったるさを全女性プレイヤーにやっているならいつかこいつの方が背中から刺されそうだ。

「一緒にいるからってそんな関係でもないし、何度誘われてもギルドには入らない。」

 あれからディアベルは別の仲間たちと無事にギルドを立ち上げており、今ではリンドとも関係を修復できたようだった。ディアベルとセツナとキリト、そしてアルゴが元ベータテスターだという噂は一時的には広まったがベータテスト時にクリアできていた層を通り越した頃からそんな確執は少なくなったように思えた。先行情報というアドバンテージもその時点で消えた。

「ま、取り敢えずは食事を楽しもう。俺は君より強い女性プレイヤーを知らないから闇討ちの心配はしないよ。」

 いけしゃぁしゃぁとよくもそんなことが言えるもんだ。残りの料理を高速で片付けると、セツナはごちそうさまと勢いよく席を立ち上がった。

 

 

 

 噂が下火になった頃からケープを被るのはやめた。視界を妨げるから純粋に戦闘に邪魔になる。最近では髪色を変えるアイテムも大分メジャーになってきたことから色だけで目立つことは少なくなったように思えた。それでも最前線にいる女性プレイヤーなんてセツナかアスナか、といった所から注目が集まることは避けられない。ビーターのセツナ。そう呼ばれることは減ったがいつ誰が呼び始めたか《舞神(ぶしん)》と言う名前がついていた。ネットゲーマーは二つ名とかホントに好きだなーなどと思いながら自分につけられるとは思っていなかったからなんだかくすぐったかった。それから白い槍使い(ランサー)とか好き勝手に呼ばれていた。

 

「セッちゃんセッちゃん! キー坊と喧嘩でもしたのかナ?」

 たまにアルゴとディアベルはグルなんじゃないかと思う時がある。情報が早すぎる。

「わたしの情報は渡さないし、売らないで。今度はいくら出せばいい?」

 好き勝手に噂されるのは極力避けたい。ビーターとしての道を選んでから余計なネタを提供することは出来る限り摘み取ってきた。

「ちぇっ。セッちゃんは連れないナ。」

 どこかのキザな男と同じ台詞を言いながら、売れればいい商売になルのに、と溢しながらもきっちり対価を受け取る。

 確かにキリトのメッセージだけみるとなんだか倦怠期のカップルのような、はたまた別れ話の前兆のようなそんな文章だった。特に気にしてもいなかったがなんとなく、彼の様子を見に行くことにした。

 

 

 

 11層主街区の《タフト》。レトロな感じを醸し出していて中々にいい町だ。この町に来るのは久し振りのことだった。キリトも今日はただの素材集めに行っただけのはずだったのに何があったのか。前線よりも13層も低いこの階層で、キリトのレベルも40を超えているだろうに何かあるとは考えがたい。じゃぁ何があったのか。それを確かめに来ただけだ。そう、それだけ。マップ反応を見るとどうやらこの酒場の中にいるようだ。やはりレトロな西洋風の建物の扉を開く。中はそう広くはなく、姿を見つけることは容易かった。ただすぐ面食らうことにはなったのだが。

 5人のメンバーに囲まれ和気藹々としたムードをはなつ。こんなキリトは始めてみた。いや、どちらかと言えば周りの雰囲気に腰が引けていると行った方が正しかったのかもしれないけれども。

 ただ無事なことを確認しに来た、それだけ。だからそれで良いじゃないか。彼の交遊関係なんて私には関係ない。あまり長居をすると私に気付く人が出てくるかもしれない、これはアルゴに聞いたことだが記録水晶に記録された私とアスナは出回っているらしい。キリトに声をかけることはせずにその場を後にした。

 釈然としない気持ちを抱え、宿に帰るとベッドにダイブしてふて寝した。

 

 

 

―イライラする。

 

 それは朝を迎えても変わらなかった。

 別にいつも一緒な訳じゃないんだから他に知り合いがいたって構わないじゃないか。…だけど、昨日は彼の緑色のカーソルに四角の表示を見つけた。それが何を意味しているか。…ギルドへの所属。それが本当に彼の望みだったなら今まで私は縛り付けてしまっていたのかもしれない。そう思うといっそうやりきれない。

 やり場のない感情をモンスターに向けて思いっきり解き放った。フィールドの巨大なグリズリーのようなモンスター。完全なる獣型で鋭い牙と爪に独特の早い動き。ソードスキルとのやりとりに慣れ始めた今、却ってイレギュラーな動きに思えた。

 前足の爪が伸び、4本の刃が襲い掛かってくる。武器を握りしめ、タイミングを見切り、前足に飛び乗って狙うは視界を奪うこと。《リヴォーブ・アーツ》。今私が習得している技の中で一番攻撃力が高いソードスキルで両目を一閃に薙ぎ払った。ぐぉぉぉと呻き声をあげて怯むモンスターに降り飛ばされる前に飛び降りた。そして腹の下から得意な《ソニック・チャージ》で突き上げる。湯気でも出そうな勢いでモンスターは怒り狂い、攻撃スピードがどんどん早くなる。負けじとパリィを繰り返し弾きながらも、懐に飛び込み、《ヘリカル・トワイス》を発動し夢中で叩き切る。

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

 ダメージを食らっていることにも気付かず叫び、狂ったようにソードスキルで切り裂き続けた。槍の回転で空でも飛べそうな勢いだ。愛槍スプレンダーグレイブが踊り狂う。

モンスターがよろめいた瞬間、

「っ、はぁ!」

最後の一撃を脇腹に叩き込むと大きく爆散し、紫色のウィンドウが現れ、HPゲージを見れば赤く染まっていた。

 

 

 

 昨日の夜にメッセージ飛ばしたのに返事がない。

 キリトは少しイライラしていた。

 かと思えば昼のアルゴの号外で『《舞神(ぶしん)》ご乱心!?』なんてコピーと共に単機でフィールドボスを撃破したとニュースが出ていた。身体中に赤い切り裂かれたエフェクトが入りながらも槍と舞う、なんとも勇ましい写真が使われていたがそこから推測するにHPも大分減っていただろう。俺が言えることじゃないがセツナは多少無理をするきらいがある。そんなところが心配ではあるが、こんなニュースを見ては余計に俺は必要ないんじゃないかと思える。常々私たちはパーティを組んでる訳じゃない、とセツナは言うがだったらなんなんだと言うんだ。

 そっちがそのつもりなら、と言うのもあるし、単純に俺は頼られて嬉しかったんだと思う。少し、一人で気を張り続けることに疲れてもいた。

 だから、さすがに勝手にギルドに入るのは悪いとは思いつつ、この温かい《月夜の黒猫団》と言う名前も傑作なギルドに入ってしまったのだろう。

「全く…」

 生身なら傷跡が残るレベルだといつか言ってやりたい。

「キリトー?」

 このイライラはメッセージのスルーに対するものとフィールドボスのLAボーナスを知らぬ間にとられたことだ。そう思い込み、ギルドの女の子、サチに呼ばれるままにダンジョンへと出掛けた。

 

 

 

 

 

 つっかれた。ストレス発散にと思って戦った相手が間違っていた。やたら大きいとは思ったけれどもモンスターの表示を全く見なかったのが失敗だった。紫のウィンドウがポップしてLAボーナスの表示を見てはじめて、あ…ボスだったんと気がついた。

 それはそれはきついのは当然だ。…叩きがいがあるのももちろん。怒りに任せて自分のHPのゲージも気にしていなかったため正直危なかった。

「セツナ!! 無事!?」

 まぁこうなるな。とアスナが飛び付いてきたのをどこか他人事のように見つめる。まぁ毎度毎度アルゴ姉さんの仕事の早さには感心せざるを得ないが私が死にかけてるんだから記録水晶で撮影なんかしてないで助太刀してくれても良かったのではないかとも思う。

 アスナに「ゴメンゴメン」と謝ると「ホントだよぉー」とよりいっそう泣かれてしまって。世の中の男の人はだから女の涙に弱いのかと思考を明後日の方向に走らせた。アスナは一通り泣いて心配と労いの言葉を落とすと、

「キリトくんはどうしたの?」

 今の私にとってはタブーな話題に触れた。

「知らない! 別にパーティメンバーじゃないし!」

 どうしてこうもみんな同じ認識なのか逆に聞きたいぐらいだ。パートナーでもなんでもない筈なのに。

「喧嘩なんて珍しいね。ボス戦までには仲直りしてよね。」

「べっつにあんなヤツいなくても私がけちょんけちょんにしてやるわよ!」

「けちょんけちょんって…」

 アスナは声を出して笑った。

「セツナが強いのは分かってるよー。でも私も余裕をもって戦いたいもん。私のためにお願い。」

 そう言われてはなんだか私が悪いみたいで、

「だって、キリトが暫く会えないって言ったから。」

 ニュアンスは違うかもしれないがつまりはそういうこと。そしてそれはキリトが新しい仲間を見つけたから…。急に寂しさに襲われ俯くしかなかった。

「うーん。ちゃんとキリトくんと話した方がいいんじゃない?」

 アスナおねーさんはにっこり笑った。

 でもそう言われて素直にそうですねと言える私でもなくて。

「あっちがちゃんと事情を話してくれるまで私から言うことはないよ。」

つい、そんな殻を作ってしまうのだった。

 

 

 

そしてきっかけを作れないまま、ボス戦の日は迫る…。

 




うちのディアベルさんはこんなキャラです。
それに引っ張られてセツナのキャラが崩壊しそうだったのでその①として取り敢えず。
アスナ→キリトはまだの時期ですね。

※初稿は28層でフィールドボスは狼だったのですが、原作ではキリトが月夜の黒猫団と出会ってから壊滅するまで約2ヶ月半あり、恐らく最前線は30層だったので変更させていただきました。
狼ヶ原からフィールドボスをいただいていたのでそれもグリズリー型モンスターに変更してます。

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