白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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19話*1つの回答②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう…。」

 

 静かな部屋に一人言が響く。外の陽が落ちかけ、明かりのついていない部屋は少し赤く染まっている。

 和人はALOの中で待つと言った。更には宿の外のテラスとも。直葉の反応に直葉=リーファと言うことに気がついたのだろう。

 直葉としてもこのまま…と言うわけにはいかない。だけど話をできるような精神状態ではない。なんで勢いに任せてぶちまけてしまったんだろう…。後悔しても過去には戻れない。ずっと秘め続けるはずだった感情。あんなイレギュラーさえなければそうするつもりだった。ALOでキリトと出会ってしまったことは偶然だったのか。そして、セツナとも出会ってしまったことも。とてもじゃないが今セツナと顔を合わせることだって厳しい。

 ALOで会うと言うことはセツナもいると言うことだ。…分かった事実としてセツナはずっとダイブしっぱなしなので、同じ場所にいない可能性もあるが、折角キリトと再会したのにわざわざ別行動をすることもないだろう。

 

「あー………。」

 

 天井に両手を伸ばし空を掴む。

 直葉は初めてセツナと会った日の様に天井のポスターを見つめた。空を飛ぶ"リーファ"の姿。

 

 自由な世界

 

 …だった筈なのに今は枷のように感じる。心の澱が濁流のように感情を埋め尽くしていく。

 

 …だけど

 

 あの世界で起こったことを否定はしたくない。キリトに言われた、人間関係は全て本物と言う言葉。今ならどれだけの意味が込められていたかが分かる。そして自分もそれを思い知った。

 直葉はヘッドボードに逃がしておいたアミュスフィアを手に取った。

 いつだってキツいことには変わらない。今が一番キツいかもしれない。でも…苦しい時が短くなるのなら。

 

「…リンク・スタート。」

 

 いつもとは違い呟くようにその言葉を口にした。

 デジタルの波に吸い込まれる感覚に桐ヶ谷直葉から風妖精族(シルフ)の剣士、リーファへと生まれ変わる気分になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ログインのシークエンスが終わり、ゆっくりと視界がクリアになる。目の前に飛び込んでくるのは自室に貼られたALOの世界のポスターではなく、木目調の暖かい雰囲気のする天井。現実の自分のベッドより少し柔らかいスプリングを揺らして体を引き起こす。結われた長い髪が直葉からリーファへと姿を変えたことを実感させる。簡素ではあるが鏡やテーブルなど最低限の宿らしい調度品は揃っている。昨日ログアウトをした正にその部屋だ。ゆっくりと立ち上がりドアノブに手をかけるのに大きく息を1つ吐いた。

 何を話して良いかなんて分からない。いつもなら直葉からリーファに姿を変えれば直葉じゃ出来ないようなことだって出来たのに。今日ばかりは気持ちはリーファではなく直葉のままだ。

 腰脇の愛剣ヴァルトレーニスがチカリと光る。その柄に触れれば少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。剣を握っている時は目の前の相手に集中するのみ。

 柄の感触を感じながらリーファはようやく扉を押した。

 

 

 

 テラスに足を運べば、そこには黒ずくめの少年の姿が見えた。その背中はなぜ今まで気付かなかったのかと思う程和人(お兄ちゃん)だ。…勿論そんなことが起こるなんて思いもしないし、現実と同じような振る舞いが出来る程自分がこの世界に適応してないので振る舞いなんて気にもしていなかった、と言うこともあったが。

 

「……ーー。」

 

 なんと声を掛けたら良いのか。リーファはキリトの後ろ姿を見て立ち尽くした。

 

「…よぉ。」

 

 するとキリトの方から声がかかった。キリトはテラスから真っ直ぐに世界樹を見据え、視線は動かさなかった。

 

「…キリト…くん。」

 

 それは和人ではなくキリトの姿。それを確認するとリーファはなんとか少しは話せそうな気がした。

 キリトはゆっくりと振り向くと困ったような笑顔を浮かべた。

 

「悪いな。呼び出して。」

「ううん…ねぇ、聞いて良い?」

「ん?」

「なんで、リーファ()だって分かったの?」

 

 変わらぬ()()()の振る舞いにリーファはまず疑問をぶつけた。するとキリトは左手で頭を掻いた。

 

「…俺のALO(ここ)での知り合いはリーファ以外にはほとんどいないんだ。サクヤやアリシャ…もしくはあの会談の場にいた誰かって線も考えたさ。だけど一番長くいたのはリーファだったからな。」

 

 キリトの答えに彼と出会ってそう経っていないことに気付かされる。なんだかもっと長い間一緒にいた気もしたが出会ったのはつい最近だったのだ。きっと驚くようなことがたくさん有った濃密な時間だったからそう錯覚したのだろう。

 

「…そっか。」

「…俺はここで一番最初に会ったのがリーファで良かったと思ってるよ。…勿論、驚きはしたけどリーファじゃなきゃこんなに早くセツナと再会は出来なかったと思う。」

 

 キリトの真っ直ぐな視線が捉えているのは間違いなく自分(リーファ)だった。それにはきちんと向き合ってくれていると言う姿勢を感じる。

 

「…うん。」

「またナーヴギアを使ったことは謝る。だけど、セツナをあのままにはしておけない。」

 

 未だ眠ったままの少女。キリト(和人)のようにきちんとログアウト出来た者がいる中で何故。和人にとって雪菜が、キリトにとってセツナがどれ程大切な存在かは側にいたから分かる。それでも割り切れるものではない。恋心とは厄介なものだ。

 なんと答えて良いか分からなかった。理屈では分かっているのだ。それでも溢れ出る感情を抑えられなかったから今こうしてここにいる。

 テラスの風が二人の衣服を揺らす。そう広くはないが世界樹が臨めるように高く位置付けられている。

 キリトは背に手を回すと背丈程もある黒い剣をテラスに突き刺した。

 

 ガキィィン

 

 重量のある音。道中軽々と振り回していたが、リーファにはとてもじゃないが扱えない代物。

 キリトは俯き、目を伏せると、次の瞬間にはしっかりとした眼差しをリーファに送ってきた。

 

「…なぁ、勝負をしないか。」

 

 そしてキリトの口出た言葉にリーファは驚いた。

 

 ーーそれって…

 

 それは彼女自身もヴァルトレーニスに触れた時に過った考えだったからだ。リーファは口元が綻ぶのを感じた。

 

「………。」

 

 答える代わりに腰脇から剣を正中に構えた。キリトも突き立てた剣を手に取り腰脇へと構えた。こうして剣を交えるのは何年ぶりだろう。まだ和人が剣道をやっていた頃…。幼い記憶にリーファは思いを寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配なんですか?」

 

 大きくついた溜め息に降ってきたのは愛らしい声。セツナは落としていた視線を上にあげた。

 

「ユイちゃんは心配じゃないの?」

「私はお姉ちゃんを探している時のお兄ちゃんを見てますから何も心配ではないですよ。」

 

 ユイの返答にセツナは吹き出す。

 

「私が心配しているのはそんなことじゃないわよ。」

 

 部屋の窓から見える景色に二人の姿。淡く緑掛かった金髪の少女と漆黒の少年。色合いの対比が上から見るとより一層浮き上がる気がした。剣を構えた二人からは誰も立ち入れない雰囲気を感じさせられる。どちらが仕掛けるか、じりじり詰まる間合いにセツナも緊張する。

 きれいな構え。先だって戦ったユージーンと言う男から感じたのは圧倒的な威圧感。それは自信から来るもので長いプレイ時間に裏打ちされたスキルの熟練度や希少でハイスペックな装備品にも由来するもの。リーファは恐らく強い…それはキリトの妹だからと言うことではなく、構えに入る自然な動作がそれを示していた。純粋に剣術に精通している。怠ることなく続けられた鍛練による強さだ。それはSAOプレイヤーとは違う強さ。

 

 本当にこれが正解だったのか…

 

 セツナとキリトが以前袂を分かった時に解決してくれた手段ではあった。しかし…

 

 瞬間、光が弾けた。

 二人の剣閃が交わったその場所。小さな光が重なり空間を目映く染める。細かい斬撃が交錯する。

 キリトの自由な剣とリーファの型のある剣。異なる強さと美しさをもつ2つにセツナは魅せられた。疼く体に心配が杞憂だったことを悟る。

 螺旋状に光を放ちながら上昇していく二人のプレイヤー。まるでイルミネーションの様に輝く。思いの外決闘(デュエル)は長く続く。実力が拮抗しているのか、はたまた必要な対話なのか。

 

「いいなぁ…。」

 

 ポツリと溢れた言葉。それは無意識のものだった。

 いかにキリトと近い距離にいようとセツナはキリトの家族ではない。血の繋がりよりも深い繋がりを築くには果てしない努力と互いを思う感情が必要だ。…勿論、血の繋がりがあったとしても大切に思わない人々もいる。だけどキリトとリーファの間には本当の兄妹じゃ無かったとしても、確かな繋がりと思いがある。それはセツナにはどうしたって手に入れられないものだ。

 互いを思いやるような、美しくもどこか不器用な打ち合いは続く。…かのように見えたが双方が急に剣を手放した。打てば決着も着くような間合いの瞬間に。

 滞空制限にかかったか、リーファは上空よりその体を空中に預けた。結構な高さ。そのまま落下して地面に打ち付けられては只では済まないような。セツナは今すぐ飛び出したいのをぐっと堪える。いま介入しては何の意味もない。きっと剣を手放すことは二人にとって意味のあることのはずだ。

 

「おねえちゃん!! いいんですか!?」

 

 隣でユイが悲鳴をあげたがセツナはただ奥歯を噛み締めた。

 

「…きっと大丈夫。二人の問題に立ち入ることは出来ない。」

 

 セツナに出来たのは信じることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受けるはずだった衝撃が来ない。

 キリトは衝撃に備えとっさに閉じた瞳を開いた。

 リーファ、直葉の想いを受け止めることは出来ない。自分にとって彼女は大切な家族なのだ。だから、その代わりでもないが彼女の剣は受け止めよう。そう思って剣を手放した筈だった。それなのに待てどもリーファの剣は自分に届くことはない。何故だと思いが目を開ければそこなは落下していく彼女の姿があった。滞空制限ではないはずだ…ならどうして? キリトは急降下し彼女を受け止めに行った。リーファの体に再び浮力が戻った瞬間、リーファは目を開いた。

 

「どう…して…。」

「なんつー無茶をするんだ。」

 

 目尻に滲む涙。考えなしにしたことではないのだろう。彼女の口から出てきた答えにキリトは驚くことになる。

 

「…私…お兄ちゃんに酷いことした…。でも何て謝って良いかなんて分からないから、せめて剣を受けようと思ったの。」

 

 それはキリトが思っていたことと同じことだったからだ。…結局は兄妹なんだ。いくら距離を置いた時期があったとしても。

 

「…俺も、同じことを思っていたよ。」

 

 キリトがそう言うとリーファの瞳が見張られた。

 

「お兄ちゃんも…?」

 

 そして、また自分と同じことを思うのだと思えば自然に口角が少し上がった。しかしそれをすぐに戒める。

 

「スグ…ごめんな。だけど今直ぐにはスグとどう向き合ったら良いか分からない。セツナがあのままな限り、俺は本当の意味では還ってきてないんだ。」

 

 セツナがまだこの世界に囚われているならば、まだゲームは終わっていない。ちゃんと現実と向き合えるのはしっかりとしたED(エンディング)を迎えてからだ。

 キリトがしっかりとリーファの目を見るとリーファもしっかりとそれに応えた。

 

「…分かる…分かるよ。私、待つよ。お兄ちゃんがちゃんと帰ってきてくれる日を。それに手伝うって言ったしね。それが…私に出来るごめんなさい…だね。」

 

 そして、ようやく笑顔を作ったリーファにキリトはこれが間違いで無かったことに安堵した。宿の部屋にはセツナとユイがいるはずだ。宿へと視線を向ければ窓越しにセツナが右手をあげたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言うことで…時系列は変わりつつ、場所も変わりつつ、原作の雰囲気を壊さないように…と。
次回からは冒険の始まりー!?アスナさんとディアベルの運命やいかに。
あ…レコン…。

*追記
どうでも良いけどお気に入り777ありがとうございます!
踏んだのは本日9月9日PM7時の人!
これからもよろしくお願いします。

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