白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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20話*2つ目の再会

 

 

 

 

 

 

 

 少女は深々とセツナに目の前でお辞儀をした。

 

「改めてよろしくお願いします。」

「いえいえ、こちらこそ。」

 

 キリトのリアル妹であると言う彼女―――プレイヤーネーム“リーファ”。セツナがALOに迷い混んできて初めて出会ったプレイヤーでもあった。

 

「VRMMOについては二人の方が詳しいかもしれないけど、ALOは私の方が古参だからね。約束通り案内するよ!」

 

 どこか吹っ切れたような笑顔で言うリーファに、セツナからも笑顔が溢れた。

 

「ありがとう。心強い。」

 

 改めて、とセツナが差し出した右手をリーファはまじまじと見詰める。何か変なことでもしたかと首をかしげれば、リーファは恐る恐るその手を握った。

 

「…この姿が…現実のものだなんて…。」

 

 信じられない…。そう言葉にされることはなかったが、セツナにはなんと続けようとしたかは分かった。何人ものそんな反応を見てきたのだ。分からないわけもない。

 

「見ての通りだよ。ま、実際私には現実の私がどうなってるかは分からないけどね。」

「…………。」

 

 極力明るく返した筈だったけれど、リーファはそのまま手を強く握り、そこに視線を留めた。現実のセツナの姿を反芻しているのか。そして勢いよく視線を上げればしっかりと目を合わせてきた。

 

「大丈夫。お兄ちゃんも私もいるよ。きっと還れる!」

「それに、俺もいるしな。」

 

 リーファの力強い言葉は突然現れたプレイヤーによってインパクトを失う。突然のことに声の方向へセツナは体ごと振り向く。

 セツナにとっては聞き覚えのある…ハイバリトンのハスキーボイス。どこか柔らかい雰囲気も感じさせるそれは懐かしいものだった。青基調のアバター。柔らかく、男性にしては長い髪。作り物の顔はセツナの記憶にあるものとは違ったが、その表情も物腰もキリトの次に多くの時間を共有した人のそれに違いなかった。

 

「…ディアベル?」

 

 少しだけ震えた声に目の前の青年は穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「…セツナ。」

 

 目を合わせれば真っ直ぐな瞳が揺らいだ。そして、彼はゆっくりとセツナの体を抱き寄せた。

 

「……良かった…。」

 

 長い溜め息のように吐き出された言葉にセツナは瞳を閉じる。目尻から涙が滲み出てくる。この人はいつだって包み込むように護ってくれていた。どんなに格好つけようともそれが通用しない。

 

「…まさか、あなたまでこうして来てくれるなんて。」

 

 まるで親兄弟のような無償の愛情にどれだけ助けられてきたのかは分からない。そして今もこうして。

 

「どこへだって行くさ。言ったろ? 俺はセツナの騎士(ナイト)だって。」

 

 いつもなら笑い飛ばしてしまいそうなキザな台詞。冗談めかして言いながらもそれが事実であることに変わりはない。そんな言葉も懐かしく、嬉しくなってセツナは彼の背に手を回した。それは、あの時、あの世界で、セツナがギルド《竜騎士の翼》に入った時と同じく。

 

「ありがとう…。」

 

 思い出が過るようなやり取りに、ディアベルは更に強く引き寄せた。彼女の存在を確かめるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 リーファは闖入者と目の前で繰り広げられるやり取りに二重で驚き、隣のキリトに視線を移した。

 

「…いいの? あれ。」

 

 そしてセツナとキリトはリーファの思っているような関係ではなかったのかと不思議に思いながら小声で尋ねる。しかし当のキリトの表情は涼しいものだ。

 

「いいさ。セツナにとってアイツは大切な存在に変わりない。」

 

 ディアベル…と言った彼。確か和人(お兄ちゃん)が病室で口にした名前だ。つまりはあのイケメンもセツナを追ってこの世界に来た。リーファの目にはキリトとよりもよっぽど恋人のように見えた。それでもキリトが意に介してないのは信頼の成せることなのか。それにそう見えながらも、不思議と並んで自然に見えるのはキリトとセツナの方なのだ。共にあるのが当然かのような。

 

「へんなの…。」

 

 小さくこぼれ落ちた呟きはリーファの思う全てだった。少しの寂しさも滲みながら。やっぱりSAOの2年間がどんな時間だったのか、リーファには知り得ないことが妬ましく、疎外感を抱かせる。二人を見るキリトは穏やかなもので慈しみさえ覗かせてみせる。かと思えばキリトは表情を引き締めた。

 

「でも、ゴールじゃない…。まだ、どうすればセツナが助かるか分からないんだ。」

 

 真っ直ぐにセツナを見据えながら放たれた言葉は核心。ここALOにはSAOのように明確なゲームクリアはない。1つの指針として世界樹を目指している。ただそれだけだった。

 

「ユイ。」

 

 キリトが呼び掛けると、彼の胸ポケットから小さな妖精が飛び出す。

 

「はい、お兄ちゃん。なんでしょうか?」

 

 フワリとキリトの手のひらに降り立つと小首を傾げてみせる。

 

「俺たちは世界樹を目指している。それ以外に方法はあるか?」

 

 キリトが問えばユイは両手を耳に当て、目を閉じる。暫く耳を澄ますように深く考え込むとしっかりとした強い視線を向けてきた。

 

「…それ以外に考えられることは今はありません。あとはシステムコンソールをどうにかして使用できれば良いのですが、それもどうやら世界樹の上部にあるようです。」

「…ユイには……。」

「残念ながらこの世界での私は管理者権限を持っていませんので…。」

 

 どうやら現状とれる手段は2つに見せかけて結局1つのようだった。

 そんなキリトとユイのやり取りが聞こえていたようで、セツナは2人に歩み寄った。

 

「世界樹を目指す。シンプルで良いじゃない。それに…アスナもいるかもしれないんでしょ?」

 

 そしてそんなことを口にしたセツナにキリトは驚いた。

 

「…アスナが…ってなんで…。」

「ユイちゃんに聞いたわ。キリトたちがALOに私がいるかも知れない…その手懸かりの1つはアスナだったって。」

 

 だったら当然アスナも助けなきゃね? そう言って不敵に笑うセツナはあの頃のままだ。無茶は承知の上。目的のためなら手段は選ばない。そんな彼女に触れ、キリトはどこか盲目になっていた自分に気付かされる。

 

「…そうだな!」

「SAOのトップ2がまだ戻れてないなんておかしな話だしな。」

 

 横からディアベルに茶化され、それを捨て置けないのはまだまだ自分が幼い証拠だ。キリトはジトリとアバターまでイケメンなヤツを睨み付けた。

 

「…だれがトップ2だって?」

「勿論、アスナとセツナだろ?」

「そういうお前は何番目だと思ってるんだよ。」

「俺はトップ10のどこかじゃないかな?」

 

 飄々と言うディアベル。元よりそう拘る者とそうではない者。完全に遊ばれているキリトにセツナも追い討ちをかける。

 

「まぁまぁ、実力は兎も角、レベルは1番か2番よ。ヒースクリフのレベルが分かんないからなんとも言えないけど。」

 

 からかうつもりで口にしたその台詞。キリトとディアベルはそこでピタリと口を止めた。

 

「…ヒースクリフ……。」

「事実上のナンバーワン…か…。」

 

 天を仰ぎ見る二人。彼は今どうしているだろう。セツナもその人物を思い返した。

 

『命はそう軽々しく扱うものではないよ。』

 

 ヒースクリフ…茅場晶彦は最後の時、そんな事を言った。だから彼自身が彼の課したルールを違える筈はないだろう。それなのに命を拾った自分はなんなのか。

 神妙な空気になってしまい、セツナはその名を出したことを後悔した、SAOプレイヤーにとって彼はどこか絶対なのだ。茅場晶彦を憎みきれず、仮令あんな目にあったのだとしてもあの世界に焦がれてしまう。

 

「ま、1番は当然私だけどね。」

 

 態とらしいほどセツナが明るく言えば、再びキリトとディアベルにも笑顔が見えた。

 

「さ、リーファ。置いてけぼりにしちゃってゴメンね。この人はディアベル、胡散臭いけど私が一番信頼してる人よ。」

 

 目の前の出来事に戸惑うリーファにセツナが言えばディアベルは苦笑いを浮かべた。

 

「胡散臭い…は酷いな。」

「爽やかなイケメンなんて度が過ぎれば胡散臭いだけよ。」

 

 そんなディアベルをバッサリ切り捨てるセツナ。様子を見るだけだったリーファもようやく口を開いた。

 

「初めまして…になるのかな。リーファと言います。ALOは割と古参なんです。」

 

 雪菜(セツナ)の病室に来ていた人物だと気付きながら、リーファはそれに触れることはなかった。それをして良いのはオフで会ってからだ。そ知らぬ振りをして右手を差し出した。それにディアベルも応える。

 

「ディアベルって言います。ALOはまだ始めたとこなんだ。頼りにしてるよ。」

 

 セツナの言うようにどこか胡散臭さを感じる。容姿は抜群!(アバターだから!) 対応も紳士的で爽やか!(イケメンだから似合う!) そのせいか、また別の要因かは分からないが、裏を感じさせるのだ。そしてきっと何かに気付いていながら口にしていないような。にっこりと作った笑みがひきつっていなければ良い。リーファは、今だけは、フルダイブ環境下にあることで表情がしっかり出ないことに感謝した。

 

「さてと、じゃぁリーファ、時間食わしちゃったのは私だけど行こうか。」

「そうね。アルン高原にはモンスターは出ないから後は安心して進めるはずだよ。」

 

 そう、全てがそこで丸く収まり、後はグランドクエストに奮闘し、アスナとセツナを如何に脱出させるか…それだけ考えれば良い筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば辺りは薄暗い白銀の世界。広く天井も高い…と言うよりも、地面からは文字通りに天と地ほども距離があるが、翅に光は灯らない。

 

「さっぶっいーーーー!!!」

 

 反射的に大きな声で言うセツナの口をリーファは慌てて塞いだ。

 

「しっ! 静かにして!」

 

 小さな祠のような窪みに折角身を隠したのに何の意味もない。実に脊髄で物を考える人間だと思い知る程度には、リーファがセツナと過ごした時間は短くない。小さく息を吐き出し、リーファは辺りの様子を窺う。どうやら大丈夫だったようだ。

 

「もーっ! 何のために直ぐにここに隠れたのか分からないじゃない!」

 

 やや押さえ目のトーンで怒るのでは物足りない。リーファはグッとこらえながらセツナを叱りつけた。ぷぅっと頬を膨らまして拗ねて見せるのがあざとい。

 

「だって寒さの限界だったんだもん…。」

 

 可愛いとか思ったらこちらの敗けだ。リーファは瞳を閉じ、一呼吸置いた。無鉄砲、無頓着、無神経、自由、ある意味天然。

 

「私たちは死んだらセーブポイントに戻るだけだけど、セツナはどうなるか分からないんだからもうちょっと考えてよ。」

 

 リーファの尤もな説教もどこ吹く風とセツナは辺りを見回した。

 

「ここはどこなの?」

 

 現在地が分からなくなったのは数分前に遡る。

 アルン高原にはモンスターは出ない。そう思っていた矢先…蝶の谷の傍の町から滞空制限ギリギリまで飛んで地上に降りた所だった。少し歩けば小さな村があり、興味をそそられ、足を踏み入れたのが間違いだった。後から考えれば明らかにおかしかった。INNER表示もなく、更にはNPCが一人も見当たらなかったのだ。そう違和感を覚えた時には既に遅く、地面が揺れたかと思えば急にぽっかりと空いた穴に飲み込まれてしまった。それは村自体が擬態したモンスターで、そのまま消化されてジ・エンド…と思いきや、気が付けばこの場所にいた…と言うこと。不幸中の幸いは四人のうち誰一人はぐれることがなかった、と言うこと。

 セツナの問いにリーファは、自分としては信じたくない答えを述べる。

 

「…ヨツンヘイム。邪神級モンスターがうろうろしてるから間違いないと思う。」

 

 地下世界(ヨツンヘイム)。その名の通り、太陽の光も月の光も無いため翅は輝きを失う。しかし飛行手段を奪われて突破出来るようなマップではなく、広大で様々な城や町などの構造物すら存在する世界。そして、最悪なのは凶悪な邪神級のモンスターが蔓延っていること。リーファがセツナを叱りつけたのもそれが理由だ。

 

「ヨツン…ヘイム……?」

 

 首をかしげるセツナに、キリトとディアベルもポカンとした表情を浮かべる。リーファもそう知識はないが、どうにかしてこのマップを脱出しなくてはならない。どう伝えるのが良いのか…持てる知識を振り絞ろうとリーファは記憶を巡らせた。

 

 

 

 

 




ディアベルさんのターン!
なんだかキリトとより自然にイチャイチャしてくれるのはなんでだろう…
リーファの感想はまんま私の感想です。
第3者視点しっちゃかめっちゃかになってないと良いのだけど…大人数は難しい。
さて邪神級モンスター相手にセツナはやはり大暴れ…?

追記
ディアベル回がいつも不人気な気がしてならない…
キリセツ推しはとってもありがたいですし嬉しいんですけどね。

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