白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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21話*光の当たらない世界

 

 

 

 

 

 

 リーファに簡単に概略を教えてもらう。そんな中、飛べないことはさほど問題にならない。それがSAOプレイヤー3人の見解だった。ただ、そう言う問題ではないらしい。

 

「最近実装された最上級ダンジョンでね、邪神級モンスターが蔓延ってるのよ。」

「邪神級…?」

 

 それって何が問題なの? そんな考えが透けて見えるセツナにリーファは本当にどうやったら無茶をしないか頭をフル回転させる。

 

「…あなたたちがいくら強くたって無理なんだからね。セツナが戦ったユージーン将軍だって一人じゃ10秒もたなかったって話よ。アレを倒すのには壁戦士(タンク)回復役(ヒーラー)…支援系も勿論、火力重視の前衛、しっかり討伐隊をレイドで組むってのが通説なんだから。」

 

 リーファの説明に3人は顔を見合わせる。

 

「…確かセツナ…フィールドボスを単独撃破したことあったな。」

 

 キリトがそんなことを言えば、

 

「キリトだって74層のボス、半分単独みたいなもんじゃない。」

 

 セツナもそんなことを言い、

 

「だったらセツナは68層のこともあるよね。」

 

 なんてディアベルまで言いだす始末。全く伝わらないことにリーファは肩を落とした。そして同時にどれだけ規格外の人々かと思い知った。それに自分の兄が含まれると言うこともなんだかやりきれない。ただそれが助かるのも事実で…記憶が定かなら奴らは徘徊しているものだけではなく、この地底世界の出入口にガーディアンの様に配置されてると言う。完全に逃げ続けるだけとはいかないのが実情。…飛べもしないので逃げるのさえ危ういが。討伐隊に助けてもらうのも1つ、しかし挑めるパーティーはそう多くはないと聞く。つまりは討伐隊に遭遇できるのが早いか自力で抜け出すが早いか、はたまた…と言った具合だ。リーファはむーっとうなり声をあげることしか出来なかった。

 

「ま、倒すのは難しいとしても躱せば良いんでしょ。だったら方法はあるはずよ。」

 

 そんな中明るくそう言うセツナが何より頼もしく感じた。乗り越えてきた修羅場の数が違うと言うことか。理解していないのではなく、分かっていて方法を考える。デスゲームを生き残ってきた強さ。キリトもディアベルも同じような様子だった。キリトがマップデータを呼び出しそれを覗き込む。

 

「リーファ、出口はどの辺りにあるんだ?」

 

 未踏破のため現在地以外はグレーに塗りつぶされ、脱出ルートすら分からない。ALOに一番詳しいのは間違いなくリーファだ。まだまだ働かなければならない自分の頭を労う暇すらない。

 

「…確か東西南北にアルンに繋がる階段があるはずだわ。ここから近いのは西か南ね。」

「そのどちらを目指すかが鍵になるわけだね。」

 

 イケメンもいつの間にか地図を覗き込み、顎に手を当てて考え込む。

 

「そうね。でも私もこのダンジョンは初めてでどっちが良いかなんて分からないからね。そればっかりは運よ。」

 

 ただし、リーファの持っている知識もここまで。リーファは肩を竦めて見せた。後はリアルラック値に委ねられる。尤も、デスゲームを生き残ってきた人たちだ。実力は勿論だが運も良いのだろう。

 

「…ねぇ、邪神級モンスターってあれのこと?」

 

 興味を奪われたように何かを凝視するセツナ。その言葉にゾッとし、視線の先を追うとそこには2体の巨大なオブジェクト…。複数の腕と3つの頭を縦に連ねる巨人型のモンスターと、翼な様な大きな耳、象のような長い鼻を持ちながら胴体は水母(くらげ)を思わせる多量の足と目を持つモンスター。2体ともおどろおどろしいフォルムに加えてその大きさは100人乗っても大丈夫…なサイズ感。

 

「これまた、中々なサイズだな。」

「人っぽいのは剣持ってるな。」

 

 青ざめるリーファを余所にキリトもディアベルも呑気に感想を述べるだけだ。運がどうとかよりも、この世界においてかなり図太い…。かなりヤバい。本来なら緊急事態に焦ってしかるべきなのに、恐怖を通り越して呆れ返れば、更に後ろからセツナののんびりとした声が聞こえた。

 

「なんだか様子がおかしくない?」

 

 そう言われ、男共から再び邪神級モンスターに視線を戻せば、確かに2体のモンスターは通常では考えられないような行動を起こしていた。それは…。

 

「…モンスター同士で戦ってる…?」

 

 異様な光景を目の当たりにし、言葉を発することのできなかったリーファの横から半信半疑のキリトの声が響いた。

 通常、何かのイベントではない限りモンスター同士が戦うと言うことはない。プレイヤーにテイミングされている、もしくは混乱させられていると言う例外を除いてはまず無いことだ。ALOに1年いてそんな光景はリーファは見たこと無かったし、3人の様子からしてSAOでもそんな出来事は無かったようだ。

 同じ邪神級モンスターでも優劣はあるようで、形勢は巨人型のモンスター優勢。象水母型モンスターの体が大刀に切り裂かれ、黒い血飛沫のようなものが飛び散る。その度に身を捩り、ひゅるひゅると頼りない声が上がる。

 

「たっ助けて!!」

 

 その言葉に一同の視線が集まる。それはリーファの口から発されたものだった。当の本人も自分が何を言ったのか理解をしていないようで、驚いたような表情(かお)をしている。

 

「助けて…って言われたって…。」

 

 どっちを? どうやって?

 

 3人は顔を見合わせた。邪神級モンスターが如何に強く、倒すのが困難であるかを、そう叫んだリーファから聞いたばかりだ。そう、叫んだ本人が戸惑うぐらいには。その間も巨人型のモンスターからは大刀が降り下ろされ、象水母型のモンスターのHPを減らしていく。

 

「…助けるってぐらいだからやられてる方よね?」

 

「セツナ?」

 

 少し強く瞬きをしながら一歩前に出たセツナにリーファは少しの後悔をする。何とかしようとする。セツナはそう言う人だ。思いがけず出た言葉は確かに少なからず望むことではあるが身の危険を侵してまで…とは思わない。

 

「キリト、巨人型を引き付ける。その間に象水母型を逃がして!」

 

 そう言い終わるが早いか飛び上がるが早いか、次の瞬間にはタッと軽やかな音に似つかわしくない程にセツナは飛び上がっていた。巨人型を飛び越えるほどの高さ。

 

「せいっ!!」

 

 そして背から取り出した大剣を大きく前に突き出した。

 

 ーズガンッ…

 

 軽いモーションに大きな衝撃音。巨人型の1番上の目から黒い血飛沫が飛び散った。

 

「あんの…バカ…っ!」

 

 攻撃を加え、積極的にモンスターに関わってはもう逃げられない。キリトも仕方なしに覚悟を決め、頭をフル回転させる。目の前ではセツナが巨人型の頭に弦月を叩き込んでいた。ヒット&アウェイ。ダメージを極力受けないようにする時の基本。"やられる前にやれ"が本来のスタイルのセツナだが、流石に警戒はしているようで、それを足掛かりに大きく飛び退いた。

 減ったHPは僅か。HPの総量は気が遠くなる程。確かに攻撃を受けずに削り続けるのはちょっと…いやかなり難易度が高そうだ。

 

「キリトさん!」

 

 そんなセツナの様子をみてディアベルも武器を抜いた。可能ならばいつだって加勢するといった様子だ。しかしセツナはキリトに"逃がせ"そう言ったのだ。倒すのは難しい、それは彼女も分かりきっている。突破口を考えろ。何か方法はあるはずだ…。

 

ーー象水母型…

 

「ユイ!!」

「はぁい。」

「この近くに川か湖はあるか?」

 

 キリトに呼ばれ胸ポケットからふわりと飛び出たユイだったが、彼の剣幕にその表情はすぐに引き締まった。

 

「…北です! 北に200m! 凍結していますが湖があります。」

「――! キリトさん!」

 

 勘の良いディアベルはキリトたちのやり取りに彼の狙いを理解したようだった。そんな彼にキリトは頷きかける。

 

「よし! ディアベル! リーファを連れて北へ走れ!」

「OK! キリトさんは?」

「俺は…。」

 

 その答えを聞く前にディアベルはリーファの手を取った。セツナがいつまで持ちこたえられるか分からない。彼女を助けに来たのに死んでしまわれては困る。キリトならきっとうまくやってくれる。それに疑いは一ミリも無かった。

 答える代わりにキリトは腰から投擲用のピックを抜き出すと象水母型のモンスターに投げつけた。自分の立てた策には象水母型モンスターも連れていく必要がある。それはセツナの頼みと言う理由ではなく。HPが辛うじて1ドットだけ減ったことを確認するれは後は祈るだけだった。

 

 ー頼む…うまくいってくれ

 

 そして地を蹴って飛び上がり、自らも剣を降り下ろした。標的は…巨人型。

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

 セツナに標的を向けていたソレに脳天からクリーンヒット。ザシュゥッと派手なエフェクト音を立ててHPをやや減らした。

 

「セツナ!! 走れっ!」

 

 キリトから加えられた攻撃にようやくそれが体勢を崩したところだった。先に走り出したキリトを追い、セツナもそれに従う。目的は倒すことではない。リーファの望みを叶える、それだけだった。

 走り出すとやや遅れてズシンっズシンっと鈍い足音が響き出した。振り向かずとも分かる。タゲられていたのが無くなったわけではない。

 

「ブルルルルルっ」

 

 雄叫びに近いような鳴き声を上げながら追ってくるのは間違いなく巨人型のモンスター。そして、その後ろからは更に足音が響く。他に選択肢はない。間違いなく象水母型モンスターのものだ。それだけはセツナにとってはイレギュラーで…

 

「逃がしてって言ったのにーーー!!!」

 

 そう叫んだところで状況が変わるわけではない。邪神級モンスターのトレイン。もしこの場に他のプレイヤーが現れ擦り付けでもしたらマナー違反ではすまないだろう。それでも、流石のセツナもあの2体を倒すのは難しいことなど少し対峙しただけで理解はしていた。

 

「キリトのばぁかぁーーー!!」

 

 出来るのは最大速度で走ることだけだった。200mはそんなに長い距離ではない。今ならオリンピックメダリストもビックリな速度で走れるため目的地まではほんの数秒。それでも歩幅が数倍にも上るモノに追い掛けられるのは精神的にキツい。どんどん詰まる差に数秒のはずが途方もなく長く感じる。ようやくディアベルとリーファの姿が見えたかと思えば後ろではミシッと何かが軋むような音が聞こえた。

 凍結した湖面。プレイヤーが乗る分にはただの地面だ。しかし、あくまでもそれは水上。

 

 ミシッ…バリッバリバリバリッ

 

 負荷がかかればその存在を保つことはできない。派手にひびが入ったかと思えば足場が乱れ始めた。

 

「沈んでぇーーっ!!!」

 

 リーファの願いのこもった叫びと共に巨人型のモンスターは水中に吸い込まれていく。それはモンスターを誘導した4人をも巻き込んで。

 

「ちょっと、嘘でしょ!?」

 

 待ち構えていた二人、そして作戦自体を立てたキリトにはそれも想定していたことだったのだろうがセツナにとってはイレギュラーだった。氷の破片と化したオブジェクトと共にゆらりと揺れたかと思えば、そのまま水の中にそれこそ沈んでいく。まとわりつく水があまりに冷たく、その強烈な感覚に一瞬意識を飛ばしそうになる。なんとか浮力を確保すればリーファもディアベルもキリトも水の中。そして背後では2体のモンスターも。巨人型モンスターの動きは目に見えて鈍り、象水母のモンスターは…。

 

「ひゅるるるーっ!!」

 

 先程とはうって変わって強烈な雄叫びを上げ、その四肢を縦横無尽に操れば、巨人型モンスターへの反撃を開始していた。

 

「そう…か…。」

 

 その光景になぜキリトがわざわざ象水母型モンスターにピックを投げつけたのかセツナはようやく理解した。彼だか彼女だかは知らないが象水母型モンスターは水棲で…自分達に倒すことは難しいなら、フィールドを変え、モンスター同士で解決してもらえば良い。

 

「誰がバカだって?」

 

 いつの間にか隣に来ていたキリトにチクりと言われ、セツナはどんな顔をして良いか分からなかった。

 

「……すいませんでした。」

 

 消え入りそうな大きさでそれだけ落とせばキリトは実に満足げに笑った。

 

「ゴリ押し以外にも方法はあるんだよ。」

「…分かってるわよ。だからキリトに頼んだんじゃない。」

「セツナは脳筋だよな。」

「今は返す言葉もございません。」

 

 目の前では正に水を得た魚状態。巨人型のモンスターが水中で自由に身動きが取れないのとは逆に、象水母型モンスターは先程までの劣勢が嘘かのように勢いよく相手のHPを減らし始めた。セツナやキリトが削った微々たるものではなく確かに目に見える形でゲージを減らしていく。

 

「でもさ…。」

 

 ただしこの作戦、1つだけ気にかかることがあった。

 

「あのモンスター助けるのは良いとして…その後はどうするの?」

「あ…。」

 

 あと数秒で象水母型モンスターは巨人型モンスターを倒すだろう。そのあとに象水母型モンスターがこちらへ襲い掛かってこない保証は一切無いのだ。自分達は巨人型モンスター以上に水中では身動きが取れない。もし標的にされたらおしまいだ。

 

「どうしよう?」

 

 そこまでは考えが及んでなかったようでキリトはぐるりと首を回すとリーファに尋ねた。

 

「えぇっ!!」

 

 助けて。そう言った張本人は確かにリーファだ。ただしそれは反射的なもので、彼女に何か考えがあったわけではないのは明らかだ。

 そう言っている間に背後では派手な…正にボスを倒した時のようなエフェクトで巨人型モンスターが爆散していた。

 

 

 

 

 




諸事情あって執筆意欲が低下していましたがなんとか戻ってきました。
今回はほぼ原作通り。
3人なら倒せそうな気もしたんですけどね…。

髪を15㎝切っても誰にも気付かれなかったので更に15㎝切りました。

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