白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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ご無沙汰しております。
少しですが続きをお送りします。


22話*ふしぎの国でのふしぎな出会い①

 

 

 

 

 

 

 さて、どうしたもんか。

 

 目の前には無数の触手を生やした巨大なモンスター。象のような耳らしきものを携え、見ようによっては愛嬌があるようにも見えなくはない…が、助けたところで邪神級モンスターと言う凶悪なボスクラスの戦闘力を持つことには変わりない。

 

「この子に知能があると助かるんだけど。」

 

 セツナは願いも込めてそう口にした。

 助けてと言われ、半ば反射的に動き始めた体。キリトに脊髄で物を考えるなと言われるが染み着いた悪癖がそう簡単に直るわけはない。骨折り損のくたびれ儲けには慣れてはいるが目の前のモンスターが襲ってくるような事態だけは避けたい。…それだけはどうやら杞憂に終わりそうで、カーソルは黄色くも攻撃態勢に移行する様子はない。どこか気持ち良さそうに、お風呂にでも浸かっている様な印象を受ける。多少は慣れたとしてもこっちは極寒だと言うのに。

 

「セツナ、この隙に行こう。いつ変化するか分からない。」

 

 ディアベルの冷静な言葉にセツナは視線をリーファへと向けた。助けてと言った彼女を無視はできない。

 

「…なんにも考えてなかった。」

 

 セツナの視線におずおずと声を発した彼女。まぁそうだろうな、と言うのが正直な感想だ。反射的に武器をとったセツナと同じように、目の前で窮地に陥っている相手を助けたいとただそう思っただけに違いない。ならば…

 

「…私もディアベルに同意するわ。邪神級モンスターの強さを身をもって体感したもの。流石の私でも倒すのは無理。しかもこんな水中で…一溜まりもないもの。」

 

 特に執着がないというのなら、それがセツナの素直な気持ちだ。ギリギリの攻防に心躍りながらも、勝てる気がしないと強く感じたのはアインクラッドの地下ボスと対峙した時以来だった。やるしかないなら仕方がない。やらなくていいなら避けたい。

 

「リーファ、良いな?」

 

 キリトに念を押され、リーファが頷いたの確認してから3人は氷の上へ上がった。冷えきった体。まとわりついた水分が乾くまでは寒いことには変わりない。それでもバーチャルの世界独特の水の感触に体を任せているよりは随分と楽だ。衣服は少し重いが自由が利く。

 ゆっくりと立ち上がったセツナはまだ水中にあるリーファの姿を見付けた。リーファはゆっくりと手を伸ばし、邪神級モンスターの鼻の様な部分をそっと撫でた。

 

「…もう、苛められないようにね。」

 

 恐れることなくソレに寄り添うリーファ。力を見せ付けられたセツナとしては信じがたい光景だった。そもそも邪神級モンスターがいかに危険なものかと語ったのは彼女だったはずなのに。ただ、ソレはリーファの気持ちを汲み取っているのか気持ち良さそうに湖面に浮かぶだけだ。襲い掛かってくる気配はないためセツナも余計な心配はしないことにする。

 しかしそれは予想外の出来事に打ち砕かれる。

 

「ふぇっ…!?」

 

 リーファが触れていたそれは彼女の体を巻き上げるとそのまま高度を上げた。

 

「リーファ!!!」

「ちょっ…えええーーーー!?」

 

 そしてキリトとリーファの声が響く頃には彼女の体は空中に放り出された。ここは地下世界。翅の力が及ぶ場所ではない。

 

「リーファっ!」

 

 セツナも堪らず声をあげるがそこから生じた隙に自分の身に降りかかっていることに気付くのが遅れてしまった。象水母の様な体の無数の触手が体に巻き付き、動きを封じられてしまっていた。

 

「まさか…。」

 

 完全なる油断だ。ディアベルが言ったようにいつ変化するかなんて分からなかったのに。

 しかしこの世界で使えるのは武器だけではない。相変わらず苦手ではあるが、もう1つの手段を選ぶ。

 

Ek fleygja þrír (エック・フレイギュア・スリール)…。」

 

「待って!!」

 

 セツナが呪文を唱え始めると、意外な声が飛んできた。モンスターの鼻に掴まれ吹っ飛ばされたと思っていたリーファだった。その声に呪文の詠唱を止めると自分の体が宙に放り出されるのを感じた。

 

「…っ!」

 

 もうなんなんだ…! そんな気持ちが過った次の瞬間には小さな衝撃と共に、体が何かに受け止められた。間違いなく地面でも水中でもない。そのまま宙を仰いでいると、上からキリトとディアベルも降ってきた。

 

「うぅわっ…!」

「っ…!」

 

 着地点は各々少しずつずれているものの、それは同じ何かの上に違いない。ゆっくりと体を起こせばそこにはリーファの姿があった。視線は水面より少し高い位置だった。

 

「豹変した訳じゃなかったのね…。」

 

 咄嗟に魔法で応戦しようとしたが襲ってきた訳ではなかった。リーファにはそれが分かっていたため止めに入ったのだろう。もし、そのまま攻撃をしていたら戦闘になっていただろう。それも向こうにとって得意なフィールドで。

 

「そんな感じしなかったから。」

 

 曖昧に笑うリーファ。確信はなくホッとしたのかもしれない。

 そう、4人が腰を落ち着かせたのは他でもない象水母型邪神級モンスターの背の上だったのだ。堅くもなく柔らかくもない、なんとも不思議な感触に少しの居心地の悪さを感じるも、かのモンスターはこちらの気持ちとは関係なくその無数の脚を動かしゆっくりと湖の移動を始めた。

 もうなるようにしかならない。セツナは改めて周囲を見渡した。

 地下世界とは思えないほどの広さ。そして流石は妖精の国、と言うべきか。命の危険にさえ晒されないのであればとても美しい景色。低い気温が織り成す結晶たちがキラキラと輝く。場所と条件さえ満たせばオーロラも目にできるのではないかと思う。どこかアインクラッドの55層を思わせ、感傷的な気分になる。それと同時に遥か遠くに建設物を見付け、こんな状況でなければ潜り倒したいと言う気持ちも出てくる。

 根がこの世界(フルダイブ環境)の虜のようだ。でなければSAOの世界ともあんなに向き合えていなかっただろう。

 

「でも…どこに行くんだろう。」

 

 セツナが素朴な疑問を口にすると同じように取り敢えずは状況を受け入れることだけを行っていた男たちが体を起こした。

 

「巣に連れて帰って喰うとかじゃないよな?」

「なんかのクエスト…と言う線はないか。」

 

 そして各々が妥当な考えを浮かべる。それがMMOプレイヤーとしての自然な思考だろう。何事もないのにモンスターライドをするなんで通常有り得ない

 

「リーファはどう思う?」

 

 ただあくまでも3人ともALOの知識についてはリーファには敵わない。彼女の見解が気になるところだった。

 

「…クエストなら開始ログがあるはずだからクエストではないと思う。何かのイベントかな。…ただ、ALOのイベントは結構クセモノなんだよね。」

「クセモノ?」

 

 セツナが聞き返せばリーファは恐るべき続きを淡々と話した。

 

「前にね、イベントの行動選択間違えて魔女に釜で煮られて死んだことあるんだよね。」

 

 それを聞いて3人は青ざめる。

 

「魔女に…。」

「煮られて…。」

「ALOって中々容赦ないんだね。」

 

 セツナとキリトが双子のように同じ反応を見せる傍らでディアベルも信じられないと呟きをもらす。SAOにはそんな理不尽なものはなかった。ゾッとする3人に対し、リーファは前を向きモンスターの様子を見た。

 

「でも、多分大丈夫な気がする。嫌な感じ全然しないんだもん。」

 

 今のところソレはただ歩いているだけだ。1つ問題があるとすれば、彼だか彼女だかが向かっているのは西でも南でもなくヨツンヘイムの真ん中だと言うことだった。

 

「…ま、なるようにしかならないよね。」

 

 もう死にさえしなければ良い。セツナは思考することを放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういう状況なんだろう。」

 

 導かれるままにモンスターに乗ってやってきたのは、目指していた階段より遥か遠く。上を見上げれば、本当に地下世界かと思うほどに天井は遠く、また、当然に周囲に壁などない。ソレの出方に次第では完全に失敗したパターンだ。

 セツナたちを乗せて湖面を実に優雅に泳ぎきり、のしのしと思うがままに移動を続けていたソレは凍った丘を登り終えたところで急にその動きを止めたのだった。

 

「死んでる…わけじゃないな。」

 

 キリトにそう言われてセツナはソレのHPゲージを確認した。ほぼほぼフルの状態で、巨人型邪神との戦闘の傷はもう充分に癒えた様だった。

 丘からの景色は相変わらず恐ろしい程美しい氷雪地帯であるが、更に恐ろしいのは丘と言えど恐ろしい高さで、歩んできた道と逆方向は底が見えず崖の様になっていることだった。反対側から見れば山…それもチョモランマ級…と言うのは言い過ぎにしてもそれぐらい深いものだった。

 

「さて、いよいよどうしよう。」

 

 肩を竦めるセツナに3人は顔を見合わせた。当然にも誰も、リーファだって答えは持ち合わせていない。ソレがどうして急に動きを止め、踞ってしまったかも分からないのだから。

 この選択の起点が自分であるリーファは居たたまれなくなり、ソレに語りかける。

 

「ねぇー…どうしたら良いのよぅ…。」

 

 答えを望んでいる、と言うよりはそうせざるを得なかったと言う方が正しい。しかしソレからの返答はなく、行動を停止したままだ。

 

「仕方ない、大分時間をロスしてしまったが戻るしかないか。」

 

 すぐに切り替えてディアベルは地図を開いた。それに倣い、皆地図を覗きこんだ。南西のポイントから中央までが明るくなっているが、そこから出口に繋がるものはない。

 

「戻るより北とかに抜けるとどうなんだろう。」

「それは無理だろ。あの谷の深さは尋常じゃない。翅が動けばまだしも今越えるのは不可能だ。」

 

 セツナがそう口にすれば、キリトがしっかりと窘める。リーファにはそうすぐに別のルートを検討することなど出来なかった。自分が助けてと言ったようにこのモンスターは襲って来ず、それどころ乗り物にさえなってくれた。しかし迂闊に出歩いてその他の邪神級モンスターに鉢合わせたらと思うと気が気ではない。自分で言っておいて、セツナもキリトとともに対峙しておきながら生きていると言うのが信じられない。…しかも初心者の癖に。

 

「リーファはどう思う?」

 

 そうセツナに言われ、自分も参加しなければとリーファは向き直った。

 

「…うーん…。」

 

 しかし、リーファとしてはここまで乗っけてくれたソレが再度動き出すのを待ちたかった。ダイブし続けて随分長くなってきた。ここの辺りでローテアウトでもしたい、と言うのが正直なところだった。

 

「ねぇ……。」

 

 そう、リーファが口にしようとした瞬間だった。

 

 ゴォォォォッ

 

 凄まじい勢いで火球が飛んできた。

 それも決して小さくはない。辺り一帯を被う印象を与える大きさ。4人と一体がその火球から逃げるには気付くのが遅かった。リーファは強く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 




大変お待たせしました。
忘れずにいた方々ありがとうございます。
さて、今回も原作沿い。
原作沿いは中々神経を使います。
間違っちゃいけないし、完コピでもいけないし。
次回はオリジナル!と言うことで筆の進みが早いと良いなぁ…。

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