白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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23話*ふしぎの国でのふしぎな出会い②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 万事休す…!

 

 

 リーファがそう諦め、衝撃に備えて強く目を瞑れば、隣からは早口で呪文を唱える声が聞こえた。

 

þeír(セアー) sér(シャル) lind(リンド) ásynja,burt(アシーニャ バート) eimi og sverð(エイミ・オーグ・スヴェルド)!」

 

 それを認識するが早いか火球が降り注ぐのが早いか。

 

ドォォン

 

 派手な音と衝撃と共に降り注いだ火球。しかしそれがもたらしたのは広範囲魔法が発動した衝撃だけだった。

 紡がれた呪文がなんだったのかようやく認識する。暖かい光が身体中を包み込んだそれは高位の防御魔法だったのだ。

 

「大丈夫!?」

 

 そう叫んだのは呪文を唱え窮地を救ったセツナだった。

 

「いつの間に…。」

 

 返事をする代わりにリーファの口から漏れたのはそんな台詞だった。プーカは確かに魔法に優れた種族ではある。それでもリーファが知る限り、1年続けているリーファですらやっと唱えられるような高ランクの防御呪文。メイジなら分かるがセツナはプーカには珍しいアタッカーだと言うのに。

 驚きに唖然とするリーファ。しかし今はそんな場合ではない。一度は攻撃を防いだとしても、襲撃されたと言う事実が無くなるわけではない。相手が撃った魔法もかなりの高位のもののようで、相殺した分、セツナのマナは大きくゲージを減らしていた。

 キリトが体に似合わないでかでかとした剣を背中から抜ききり、火球の飛んできた方へ向かって地を蹴り飛ばせば、それに遅れずディアベルもセツナも武器をとった。

 

ー対応が早い…!

 

 考えるよりも先に体が動くのは2年間と言うフルダイブ環境が成せることなのか。リーファが戸惑う間に3人して迎撃の準備を整えてしまった。

 

 キリトが前に出ると、そこには30人程のレイドを組んだ軍勢。火球が飛んできた通り、火妖精族(サラマンダー)のメイジの姿があれば、土妖精族(ノーム)の屈強な戦士の姿もあった。…領には属さない、脱領者(レネゲイド)のパーティだった。

 

「…随分なご挨拶だな。」

 

 キリトが低い声で呟くように言えば、サラマンダーの戦士が軽薄な笑みを浮かべて歩み出てきた。

 

「悪いな。邪神級が折角的の状態なのを逃す気は無くてな。」

 

 恐らくリーダー格なのだろう。きらびやかな装備品がいかにやり込んでいるプレイヤーなのかを物語っている。

 ALOはPK推奨。間違ったことはされていない。だからと言って仕方ないと割り切れるものでもない。

 

「…あれは私たちのよ。邪魔をするなら相手になるわ。」

 

 キリトに追い付いたセツナは完全に臨戦態勢になっていた。キリトと同じくでかでかとした剣を刃先を前に、脇に構えた。すると脱領者(レネゲイド)の軍勢は高々と声を上げて笑い出した。

 

「プーカがそんな剣振るって言うのか。」

「そもそも握りがおかしいぜ。」

「大体人数差考えてみろよ。」

 

 こんなおかしいことはない、とゲラゲラと笑いが伝染する。

 そんな光景を許容出来るほどセツナは()()()いない。小さく、低く呟いた。

 

「キリト、ディアベル……私、無理。」

「奇遇だな。俺も同じことを思っていたよ。」

 

 キリトのその台詞を聞くと直ぐ様セツナは地を蹴り飛ばした。そして、ゲラゲラと笑っている集団の中央に飛び込めば、そのまま一閃、周囲を凪ぎ払った。

 

「……振れるか振れないかは、身をもって知れ!!」

 

 ゴォォッ

 

 元より重い剣。火球が飛んできた音とはいかないまでも、轟音を立てて振り抜いた。完全に不意を突かれたパーティは、全てではないが残り火(リメインライト)に姿を変えていく。

 

「なっ……!」

 

 仲間の戦闘不能から理解しても遅い。セツナは直ぐに、遠心力を得て威力を増したものを振り下ろす。そしてそれに乗じて、キリトはキリトでメイジ隊の中央へ割り込むと、一体、また一体と狩っていく。

 

「私たちに喧嘩吹っ掛けたことを後悔しなさい!」

 

 剣と共に舞う白髪。残り火(リメインライト)が残酷にもその髪に反射し、地下世界に幻想的な光を放つ。

 その光景に顔色を失ったサラマンダーの戦士は、そこで1つの話を思い出す。

 

「まさか…ユージーン将軍に勝ったプーカって…。」

 

 しかし、それは少し遅かった。気付く頃には部隊は半壊。自分を含め多くは残っていなかった。

 そんな2人の様子を見てディアベルは呑気に剣を地面に突き刺した。

 

「やっぱ強いなー。俺の出る幕はないかな。」

 

 柄にもたれ掛かり頬杖をつく始末。目の前では激しい戦闘が行われているのになんと言う神経だ、とリーファの中ではSAOプレイヤーに対する疑問が膨らんでいった。…勿論、攻略組でトッププレイヤーだった彼らだからと言うことが大きいが、そんなことはリーファが知るところではない。

 

 態勢を立て直し、部隊も応戦をしてくるが元々の腕が違う。彼らがいかに邪神狩りの出来るベテランプレイヤーだとしても、潜り抜けてきた死線の数、潜り続けてきた時間がセツナとキリトの優位を揺るがすことはない。

 

 

 

「…嘘だろ。」

 

 少し離れた位置にいるサラマンダーのリーダーはぎりっと奥歯を噛み締めた。邪神狩りをしようとしたら、運良く非アクティブなんて珍しいのがいた。周りにプレイヤーがいたがどうでも良いと攻撃をした。それが間違いだったのだ。

 

「このままで終われるか…。」

 

 次々に仲間たちが残り火(リメインライト)へと姿を変える。一矢も報いずに、退却するなど自身のプライドが許さなかった。

 サラマンダーの男は一気に抜刀すると戦闘が行われているのとは逆方向に地面を蹴り飛ばした。狙うは戦闘に参加していないシルフの少女。

 

「リーファ!!」

 

 それに気付いたキリトが叫ぶも遅く。…と言うのもリーファは剣を抜いてすらいないのだ。

 

「えっ…キャァァァァア!!」

 

 ディアベルのことを呑気だと思っていたリーファだったが、自分が一番呑気だったと後悔する。咄嗟に魔法を唱えたり、高速で抜刀出来るほど、精神と肉体は分離していない。突然のことに混乱が勝る。そして、ただヤバい…それだけが頭の中を過った。

 

 すると、その瞬間だった。

 

 リーファの背後から目映い純白の光が迸ったのは。

 

 眩しく、とても目を開いてはいられないほどの強い光。エフェクト音を付けるとするならば、クワァンクワァンと警報音の様な、ガラスの鐘を鳴らしたかの様な、甲高い音が鳴り響いただろう。

 

「───っ何!?」

 

 その光はリーファの辺りだけに留まらず、少し離れたセツナとキリトのところまで照らした。

 そして、その第2波として、次は強烈な嘶きが響き渡った。ひゅるるるる! と巨大な笛の様な音が響き渡った。それは今まで沈黙していた象水母型の邪神級モンスターから放たれたものだった。

 ソレは殻のごとく覆っていた灰色の表皮を、光と共に剥ぎ落とすと、その下から8枚もの純白の翼を明らかにした。

 

──脱皮!?

 

 などと突っ込んでいる場合ではないが、そこのフィールドにいる者の視線はソレに奪われた。…驚愕と、今までとは違う圧倒的な美しさに。

 そんなことはお構いなしに、ソレは残っていた鼻のような部分でリーファを巻き上げれば脱皮前と同じく彼女を自分の背に放り投げた。

 

「うわわわわっうそぉっ!?」

 

 状況を理解できないままに持ち上げられ、リーファからは情けない声が出た。

 あまりの目映さに、そこにいた全てのものが動きを止めた。

 

「うそ…。」

 

 セツナも勢い良く剣を振り回していたことを忘れ、ソレに釘付けになった。

 ソレは8枚の羽を使い、ゆっくりと浮かび上がるとリーファの次にはディアベルに鼻を伸ばし、次はキリト、そしていよいよセツナの上に浮遊した。そして当然のようにセツナも鼻で絡めとると、自分の背中へと放り投げた。するとそのままふわりふわりと高度を上げ、脱領者(レネゲイド)の部隊がどんどんと小さくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度はどこへ行く気だろう…。

 戦闘を強制終了されたセツナは不完全燃焼で…きっとそれは助けたつもりだったのだろうがなんとも言えない気分だった。

 思いもよらない空中散歩。ヨツンヘイムで翅での飛行は基本的に出来ないため、かなり貴重な体験だろう。地上を歩いていた時ですら遠くの風景に嘆息したのに、空からは言葉にできないような光景が広がっていた。

 下を見れば命は助からない高さまでくると、今度は地上にいるときには微かにしか見えなかった天井が見えてきた。そこには無数の輝く木の根のが飛び出ていた。

 

「リーファ…あれはもしかして…。」

 

 それの正体をリーファに尋ねれば、リーファはこくりと頷いた。

 

「うん。世界樹の根っこだよ。」

「あれを伝っていけば地上に出れたりとかは…。」

「それは私は聞いたことないなぁ…。」

 

 キリトがセツナの気持ちを代弁するも、それはリーファに否定される。そもそも根に飛び移ること自体も高さからして不可能である。名残惜しそうに根を見詰める二人。するとその中にセツナは違った輝きを見付けた。

 

「ねぇ! あそこなんか光った!!」

 

 思い切り目を凝らしピントをあわせようとするも少し遠すぎる。

 

「セツナ。」

 

 短くディアベルに呼ばれれば、そこには変わったアイテムがあった。

 

遠見水晶(アイススコープ)。これなら見えるんじゃないか。」

 

 それは簡単な呪文で出来る水属性の魔法だった。透明感たっぷりな言われてみれば双眼鏡のような形状をしたものだった。

 

「ありがと。」

 

 お礼もそこそこにセツナはそれで光の主を見ようとした。

 

「あれは…。」

 

 (ひん)が損なわれるギリギリまで輝く豪奢な剣。細かな装飾が施され、この距離ですらオーラを放って見える。圧倒的な存在感。

 

「リーファ!!」

 

 光の主があまりの存在で、セツナは遠見水晶(アイススコープ)をリーファに投げ渡した。どんなに貴重な代物なのか、見ただけで感じ取れた。セツナのそんな様子にリーファは恐る恐るスコープを覗いた。

 

「―――あれは…聖剣エクスキャリバー…!!」

 

 リーファは興奮を押さえずに叫んだ。まだ誰も見付けてなかったのに! と1人興奮する。

 

「聖剣!」

「エクスキャリバー?」

 

 ここにいる者はセツナ以外剣の使い手だ。その響きに心踊らないものはいない。リーファは熱量を抑えることなく答えた。

 

「《魔剣グラム》。今発見されているレジェンダリーウェポンより強い最強の剣だよ。私、雑誌で見たから間違いないよ。」

 

 最強の剣と言う甘美な響きにリーファの手にあった 遠見水晶《アイススコープ》を奪い取るとキリトはそれに釘付けになった。しかしそんなキリトを横目にリーファはため息をついた。

 

「でもこの距離じゃ取りには行けないね。また、セツナを助けてから来よう。丁度、この空の旅の終わりも見えてきたし。」

 

 リーファのその言葉に今度は進路の方へ視線が集まる。そこには無数の根の間に木製の階段が見てとれた。どうもこのモンスターはリーファ達の目的を知っていたようだ。助けた邪神に助けられ、どうやら無事にヨツンヘイムを抜け出すことが出来そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ナンバリングをした責任として…!
久しぶりに短期間投稿です。
文字数的に分ける必要もなかったかもですが…。

さて、なにか忘れています。
そう! 名前を着けていないんです。
ま、いいか。

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