白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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24話*天空で待つものは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 象水母型のモンスターはゆっくりと階段に体を寄せると、その場で動きを止めた。

 木製の階段は気が遠くなるほど長かったが、先には微かに光が見えた。そこを抜ければ恐らくは世界樹のお膝元だろう。4人はここまで運んできてくれたものから飛び降りると、ソレに向き直った。

 

「ありがとね。」

 

 リーファがソレの鼻を撫でると、気持ち良さそうに小さくひゅぅっと鳴き声が聞こえた。

 何度確認してもカーソルは間違いなく黄色。助けれくれる謂われなど何もないはずなのに。まるでテイミングされたモンスターのように振る舞う。

 

「変なの。」

 

 セツナはポツリと呟いた。

 長くVRMMORPGの世界にいるが、こんなことは初めてだった。SAOとALOのシステムの違いが引き起こしたものなのかもしれないが、モンスターに自発的に助けられるなど、夢でも見ている気分だった。

 

「まぁ良いじゃない。ねぇ、名前付けてあげようよ。」

 

 能天気なリーファに違和感を抱いた自分が変なのかと思わせられる。しかも名前! と来たもんだ。しかし驚きながらもセツナとしても吝かではない。モンスターの珍妙な形態が愛嬌ではないかと思うぐらいには。

 

「名前…。」

 

 二人はどんな反応をしているだろうと、キリトとディアベルを見れば二人とも思いの外真剣に考えているようでブツブツ呟いていた。

 

 名前ねぇ…。

 

 ソレはふわりふわりとその場を浮遊している。さながら海月のようだが、脱皮したせいもあり全体的なフォルムは出会った時よりもシャープな印象。そして特徴的なのは何よりその象のような鼻だ。

 

「花子…。」

 

 象…と言えば花子。と言うのは小さい頃に読んだ本の影響が大きいのかもしれない。しかしみんなそんなもんだ。次に出てきた名前もセツナも知っている名前だった。

 

「じゃぁトンキー! トンキーにしようよ!」

 

 決して縁起の良い名前ではない。…そもそも象の名前は縁起の良いものを探す方が難しいかもしれない。リーファの口から出たのはその中でも、ソレの愛嬌のある形態には不思議と馴染む名前だった。

 

「トンキーだって。いい名前もらって良かったね。」

 

 リーファがしたように、鼻を撫でてやればトンキーは心なしかひゅうっと軽快に、嬉しそうに鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トンキーに別れを告げ、気の遠くなるぐらい長い階段を上ればそこは陽の当たる世界。体が地上に出ると共に飛び込んできたのは、以前森を抜けた後とは比べ物にならないほど色彩々のプレイヤーたち。

 

「──ふぁ…っ!」

 

 思わず漏れた情けない声に、セツナは慌てて両手で口を塞いだが、振り返れば皆似たような反応を見せていた。

 

「ここが、央都アルン?」

 

 案内役のリーファですら、声をかけるまで様々な種族が飛び交う様子に見とれていた。

 

「うん。私も来たのは初めてだけどね。ほら、見て!」

 

 地下世界から来たからか尚更陽の光を反射する世界が美しく感じる。リーファが指差したものを追えば、何よりも輝くそれがその場所であることを示していた。

 

──世界樹

 

 ゲームクリアのたった1つの手掛かり。セツナがALOに迷い込んで1ヶ月ほど。この数日の展開の早さには驚かされるばかりだが、やっとここまで辿り着いた。思わず涙腺が弛むが、まだ何も成し遂げてはいない。ようやくスタート地点にたったようなものだ。少し上を向き、こぼれ落ちようとするそれを塞き止める。

 

「…いざ、グランドクエスト…だね!」

 

 溢れ出る感情のエネルギーをモチベーションへ変換し、セツナは勢いよく振り返った。

 しかし、アルンも世界樹も憧憬をもって見渡していたのはどこへ行ったのか、3人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。…それは、今のセツナには全く関係のない事情で、それも2年もこの世界に居続ける彼女なのだから鈍くなってもしょうがないことだった。

 

「そう言いたいのは山々なんだけどね。」

 

 ディアベルがゆっくり口を開くのにセツナは首をかしげた。

 

「私たち、もう随分潜りっぱなしだから…日付も変わっちゃったし。」

 

 リーファにそう続けられ、忘れかけていた現実を思い出させられる。そう、彼らにはセツナにはない現実での暮らしが存在していると言うこと。ヨツンヘイムと言う密度の濃いダンジョンに迷い込んだことですっかり記憶の彼方。再会してからも一度そうして別れたのにも関わらず。

 

「…そうだよね。」

 

 努めて明るく答えるも、セツナの気持ちなどお見通し、とでも言うようにぽんぽんと頭を叩かれた。反動で下げられた頭を持ち上げればそこには曖昧な表情があった。

 

「すぐ、戻ってくるからさ。」

「…キリト。」

 

 そんなあやすように叩かれては、先程しまい込んだものが奥から出てきてしまいそうになる。そんなセツナを知ってかキリトは言葉を続ける。

 

「…セツナが還れるまで、出来るなら潜り続けたいんだけどな。現実でやらなきゃいけないことも、現実でしかやれないこともあるからさ。」

 

 困ったような笑顔を向けられ、セツナは目を伏せた。

 

「…分かってる。おかしいね。今生の別れってわけでもないのに。」

 

 そこにあるアンビバレントな感情。やらなきゃいけないこと、やりたいこと。それの向かう方向は同じでも、伴うものは違う。出来るならば傍にいて解決出来るのが一番ではあるが、こんなイレギュラーな状況下、きちんとした情報収集も必要だ。それは現実でないとできないこともある。

 

「なんか変なの。いつもはディアベルに言われるようなことをキリトに言われるなんて。」

 

 ぷっと吹き出し明るい表情になったセツナに、キリトの表情も晴れる。

 

「たまには良いだろ。」

「たまにはね。」

 

 二人が向かい合って笑顔を作れば、後ろからうおっほんっと態とらしい咳払いと共に、急かすような声が降ってきた。

 

「いちゃつくのは宿探しの後でも良いでしょ! なーんかさすがに眠くなってきちゃった。」

 

 そう言ってスタスタ前を歩き始めるリーファにディアベルもやれやれと続く。

 

「ちょっちょっと待ってよ!!」

「おいっ! ディアベルに比べれば俺は何にもしてないぞ!」

 

 高く昇った陽が傾き始める中、セツナとキリトも二人の背中を追う。

 

「それからっ! 俺素寒貧だからあんまり高い宿は勘弁してくれ。」

「…え…全財産オブジェクト化してたの?」

 

 対談の時の出来事のせいだと言うことはセツナもリーファも直ぐに気が付いた。あまりにも…な発言にリーファは歩を止め、振り返った。そして、同じことをしただろうセツナにもゆっくりと視線を向ける。

 

「まさかセツナも…じゃないわよね。」

「まさか。私はSAO時代のものしか渡してないわよ。ALOで稼いだ分はあるわ。」

 

 しれっと言い放つセツナにキリトは青ざめる。

 

「普段金に無頓着な癖して…。」

「こっちは命懸かってますからね。まぁキリトの宿代ぐらいは出してあげるわよ。」

「…助かる。」

 

 角度を落とす陽に見送られ、4人はようやく揃って街の中央へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ、本当に暫しお別れだね。」

 

 3人がそれぞれに部屋を取り、セツナはそれを見送る。すると思い出したかのようにキリトは胸ポケットを叩いた。

 

「あ、そうだ。ユイ、起きろ。」

 

 ふぇぇっ…と本当に眠そうな声を出しながら呼ばれた彼女は右へ左へとふらふら浮遊しながらポケットから出てきた。

 

「ユイ、俺はログアウトするからまたセツナと居てくれ。」

 

 右手で目を擦りながらユイはゆっくり口を開く。

 

「はぁぃ…お兄ちゃん。」

 

 そして続けられたのはあくび。ふぁぁっと伸びをしながらのそれに随分と人間らしくなったなとセツナは感心する。キリトがいつぞやトップダウン型AIの完成形だとかなんとか言っていたことがその時理解できずとも、実感となって顕れる。

 ユイはそのままふわりとセツナの肩に小鳥のように止まった。

 

「お姉ちゃんのことは任せてください。」

 

 そして二人に笑いかける。

 ゲームデータ上はキリトの付帯物に過ぎない彼女が、不思議と彼がいなくとも動けるのは本当にありがたい。セツナは肩から手のひらに彼女を移すと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「よし! ユイちゃんにはとことん付き合ってもらうからね!」

「望むところです!」

 

 そんなセツナにユイも両手で拳を作って応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと…。」

 

 3人のログアウトを見届けても、ゲーム内時間に慣れたセツナにはまだまだ眠さはない。と言ってもALOの1日16時間に適応したわけではなく、体内時計が完全に狂ってしまっていつが昼だかいつが夜だか分からないと言うのが正しい。陽が傾きかけようが、現実時間が深夜だろうが全く関係ない。眠くなれば寝るし目が覚めれば活動する。セツナの様に潜り続けている人間からすれば、SAOの様に現実時間と一致している方がありがたい。…勿論、SAOはそう仕組まれたものであり、ここにそんな人間は他にはいないのだからそんなことを言っても仕方はないのだが。

 

「アルンを探検でもしてみる?」

 

 皆がいない間に攻略をすることは今となってはただのリスクだし、遠く離れるわけにもいかないので取り敢えずは情報収集だ。ユイにそう言えば、ユイは直ぐにマップを検索してくれた。

 

「装備を調えるならあっちの道ですね。スイルベーンとは異なるものがあるかもしれません。それから…。」

「そうだなぁ…装備は別に良いかな。防具はともかく武器はどうせないだろうし。それより折角だから世界樹まで行ってみようよ。」

 

 街中に興味が無いわけではないが、まずは目的地の様子が知りたかった。攻略はしないまでも下見ぐらいは必要だ。

 

「分かりました。ならこっちの道ですね。」

 

 ユイが指し示す方を見上げればキラキラと星屑のようなものに囲まれた巨木が聳える。陽が落ち、色合いは少しずつ変化しながら。夜になればそれはそれは美しいのだろう。

 

「キレイ…本当にグランドクエストの舞台なのか疑うわね…。」

「根元に入り口があるのでそれは間違いないかと思います。」

 

 ユイの機械的な返答にセツナは頬を膨らませた。そんなことが言いたかったのではない。優れたAIと言えど発展途上と言うことかもしれない。

 

「ユイちゃんのイケずー。それだけキレイってことよ。」

 

 セツナがそう言えばユイは生真面目になるほどと言って頷いた。

 

「ね、ユイちゃんのマップで入り口が分かるんなら上から世界樹を見てみようよ。何かヒントがあるかもしれない!」

 

 ユイの返事を待たずに、セツナはそう言って飛び上がった。この世界の何よりの楽しみは飛行なのに地下世界に落ちてしまったため、暫く削がれてしまっていた。以前も迷いの森マップで飛べない期間を過ごしたが、今回のは精神的にそれ以上だった。勢いのままにぐんぐん高度を上げればユイは頼りない声を上げた。

 

「待ってくださーい。私、そんなに浮力強くないんですぅ…。」

 

 小さな体と小さな翅を一生懸命に動かす彼女に、少しだけ速度を落とすも、セツナはそのまま世界樹の方へと向かった。不思議に輝く樹も近付くにつれて葉の緑が主張をし始める。目を凝らせば一枚一枚を知覚出来そうな程、しっかりとしたオブジェクト。…勿論それはセツナがナーブギアを使用しているため、通常ALOにダイブしているアミュスフィアを使っているプレイヤーに比べ、信号素子が多く解像度が高いこともあるが。

 新緑の様な鮮やかな葉に何か隠されてないかと一枚一枚確認する様に見ていると、そこにキラリと光る金色の物体を見付けた。それは、一度見た画像に酷似しているもので。より凝らしてみれば、鳥籠のような形をしていた。

 

「…まさか……!!」

 

 それに向けてセツナは再び背中に力を入れた。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 ユイの声が追うことを気にもせず、より一層スピードを上げる。なぜならそれは…

 

「─アスナ!!」

 

 ユイに見せてもらった画像に写る鳥籠そのものだったのだから。彼女も囚われ続けているかもしれない。それはセツナが現実世界へ戻るための希望のひとつ。

 

「…───っ!」

 

 パァンっと弾けるような音と共に、見えない壁に体が押し戻される。侵入不能領域まで飛び上がった証拠だ。目の前に鍵となるかも知れないものがあるのに近付くことすらできない。それでも、

 

「アスナァぁっ!!!」

 

彼女がそこにいることを信じ、叫ぶことを止められなかった。

 

 パァンっ…何度その衝撃を受けたかなんて数えていられないぐらいに鳥籠を目指した。ユイがすぐ傍に追い付いてきていることにすら気が付かなかった程に。

 

「お姉ちゃん…。」

 

 やめて。そう言いたかった筈なのにセツナの表情にユイはその言葉を飲み込んだ。無茶をしているのではなく、それだけ還りたい想いが強いのだ。

 

「…どうして。」

 

 肩で息をしながら見えない壁に向かうのを止める。直に滞空制限にも引っ掛かる筈だ。この高度、落下すれば助かる見込みはない。諦めて降下する頃合いだ。

 すぐ傍にアスナがいるかもしれない。同じように囚われて続けている彼女が。もしかしたら還る鍵になるかもしれない。その想いがセツナをその場に留め置く。

 最後にもう一度、と鳥籠を見上げると、その金色のオブジェクトからヒラヒラと一枚のカードが落ちてきた。

 

「これは…?」

「…なにかのセキュリティカードの様ですね。」

 

 それがアスナの返事のように思えた。きっと彼女はそこにいる。少しだけ希望が繋がった。そう思った瞬間だった。

 

「ぇっ…。」

 

 セツナは自分の体が歪むのを感じた。既知の感覚。まるで転移結晶を使った時のような、はたまたあの世界で終わりを迎えた時のような。

 

「…っゆいちゃ…─。」

 

 強い光を放ち、そこに残されたものは一枚のカード。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 そして状況の飲み込めないユイの姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




さて…。詰め込み回。
ヨツンヘイムではリーファにユイの代わりをしてもらったのでユイちゃん復活!!

名付けイベント必要?…要らなかったかも…。

予告通りサヨナラ原作沿い。
何故かは…ネタバレになるので活動報告へ。
次はいつ更新できるかな。

次回消えた少女(仮)

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